【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第四章

6.

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 イブラヒムの腕を掴み、食いつくように、ルクサナは問いかけていた。
「お父様が罪を着せられないよう、今、動けば変えられる? お父様やお母様……、宰相家のみんなのこと、守ってあげることができる?」
 「それどころか」とイブラヒムが笑う。
「うまく行けば、赤洟テン熱で苦しんでる都の連中、丸ごとすべて救ってやれる」
 すべて。
 この男、ルクサナの言葉を突拍子がないだのなんだのと散々言っておきながら、それをおおいに上回る、思いもかけない事柄を、随分平然と語ってくれる。
 口元を引き結び、押し黙ってしまったルクサナを見て、イブラヒムはぽんぽんと軽く肩を叩くと、「そう固くなるな。仕事はこれからだぜ」と言い聞かせる。
「あなたって、何者なの?」
 問うてみる。また荷台を引きはじめたイブラヒムは、ルクサナを振り返ることはせず、「月と花アヤラヴァみやこの何でも屋だよ」と答えるにとどまった。
 そうこうするうちに二人は、ヤツガシラの一座が滞在している、隊商宿フンドクへと辿り着いていた。
「ルクサナ、お帰り!」
 明るい声で呼びかけたのは、ヤツガシラの一座の踊り子、ミレーナだ。年が近い彼女は、何かとルクサナのことを気にかけてくれている。
「水汲み、お疲れ様。イブラヒムも手伝ってくれたの? 朝食の用意ができてるから、一緒に食べていったらいいわ。ひよこ豆のペーストフムスも、パンもある。食事が終わったら、ルクサナは今日も稽古するでしょ?」
 尋ねられ、「ええ」と答えかけてから、「ええと」とイブラヒムを振り仰ぐ。先程の話の、続きを聞いておかねばならぬと考えたのだ。だがイブラヒムはそらっとぼけて、「稽古って?」と尋ねてくる。
「一座のみんなに、踊りを習っているの。アイシャ達がまだ本調子じゃないから、踊り子の数が少ないでしょう? この町での興行はまだ続くそうだから、私でも、多少のにぎやかしにはなるかと思って……」
「ルクサナは筋が良いのよ。それに物腰が上品だから、演劇部分の令嬢役なんかもお願いできるかなってみんなで話してるんだよね」
 ミレーナの言葉に、イブラヒムが「ほう」と興味深そうに声を上げる。
「成る程、シャイマ座長が手放したがらないわけだ。令嬢役だなんてぴったりじゃないか。人気の役者になる前に、サインをもらっておこうかな」
 からかう口調のイブラヒムを、ルクサナはじっとめ上げた。
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