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第五章
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(サラにも、見てもらえるかしら……)
舞台に立つため、色の白い肌を磨き、くせの強い赤毛をひとつに編み込んだ。ヤツガシラの人々に言われるまま、身体のラインが強調される細いドレスをまとっているのが、ルクサナにはなんだか気恥ずかしく、勝手にこんな格好をして、サラに怒られやしないかと、心の隅で怯えている。
小道具を隠した棕梠の木の影から、そっと観客席を覗き込む。観客席といっても、庭に面した吹き抜けのテラスのことなのだが、ここには普段より豪奢な絨毯が敷かれ、柔らかいクッションが敷き詰められている。邸宅の侍従達が、そこへフルーツやオリーブ、それからチーズなど前菜を盛り付けた皿を、運び込む姿が見えていた。
視線を移せば二階のテラスに、婦人達の為の席が用意されている。サラは──ルクサナの姿をした少女は、恐らくこちらへ座すのだろう。
──ここしばらく伏せりがちな、宰相の一人娘、ルクサナお嬢様を元気づけてやりたい、という意図もあるようだ。
(ルクサナの為の舞台だもの。部屋に閉じこもって、全く出てこないということは、ないはず……)
──その薄汚い子供を、今すぐここから追い出して!
──嫌、嫌、その顔は二度と見たくない!
酷く取り乱し、青ざめた顔でそう叫んだ、ルクサナのことを思い出す。
魂から溢れ出るかのような、それは悲痛な叫びであった。強い口調ではあったが、憤りより、恐怖や悲哀を感じさせる声音であった。
あのとき彼女は真っ向から、これ以上ないほどの強い意志の上にルクサナを──、眼前に姿を現した、明るい肌と髪の色をした少女のことを、明確に拒絶した。恐らくはサラの、本来の姿をした少女を。
宰相家の邸宅に人々が訪れ、徐々に賑わいが増してゆく。今日この場に訪れるのは、国王陛下の他、政務に関わる人々のはずであるが、ルクサナはいずれの人の顔も知らぬ。だがある人物のことだけは、癖のある高らかな笑い声で、すぐ気がついた。
(ザイーブ家の大臣、ターヒル)
それを出迎えるのは、ルクサナの父、ファリスである。一見親しげに肩を抱き合う彼らを見、きゅっと唇を噛み締めたルクサナの背を、節くれだったシャイマの手がとんと叩く。
「為すべきことを為せば良い」
穏やかなその声が、ルクサナの胸中にじわりと沁みた。
星月が空に浮かんでいる。その光が零れ落ちたかのように、ルクサナが幼い頃から慣れ親しんだ邸宅の中庭にも、ぽつりぽつりと光が宿っている。モザイクガラスで彩られたランプが方々で瞬き、その光が、池の水面に映り込んでいるのだ。
テラスでは既に、豪奢なローブを身に着けた男達が、次から次に運ばれてくる料理に手を出し始めている。挨拶の声で賑わっていた二階の女達も、銘々に座し始めていた。
宴の支度は整った。
物語が幕を開けた。
舞台に立つため、色の白い肌を磨き、くせの強い赤毛をひとつに編み込んだ。ヤツガシラの人々に言われるまま、身体のラインが強調される細いドレスをまとっているのが、ルクサナにはなんだか気恥ずかしく、勝手にこんな格好をして、サラに怒られやしないかと、心の隅で怯えている。
小道具を隠した棕梠の木の影から、そっと観客席を覗き込む。観客席といっても、庭に面した吹き抜けのテラスのことなのだが、ここには普段より豪奢な絨毯が敷かれ、柔らかいクッションが敷き詰められている。邸宅の侍従達が、そこへフルーツやオリーブ、それからチーズなど前菜を盛り付けた皿を、運び込む姿が見えていた。
視線を移せば二階のテラスに、婦人達の為の席が用意されている。サラは──ルクサナの姿をした少女は、恐らくこちらへ座すのだろう。
──ここしばらく伏せりがちな、宰相の一人娘、ルクサナお嬢様を元気づけてやりたい、という意図もあるようだ。
(ルクサナの為の舞台だもの。部屋に閉じこもって、全く出てこないということは、ないはず……)
──その薄汚い子供を、今すぐここから追い出して!
──嫌、嫌、その顔は二度と見たくない!
酷く取り乱し、青ざめた顔でそう叫んだ、ルクサナのことを思い出す。
魂から溢れ出るかのような、それは悲痛な叫びであった。強い口調ではあったが、憤りより、恐怖や悲哀を感じさせる声音であった。
あのとき彼女は真っ向から、これ以上ないほどの強い意志の上にルクサナを──、眼前に姿を現した、明るい肌と髪の色をした少女のことを、明確に拒絶した。恐らくはサラの、本来の姿をした少女を。
宰相家の邸宅に人々が訪れ、徐々に賑わいが増してゆく。今日この場に訪れるのは、国王陛下の他、政務に関わる人々のはずであるが、ルクサナはいずれの人の顔も知らぬ。だがある人物のことだけは、癖のある高らかな笑い声で、すぐ気がついた。
(ザイーブ家の大臣、ターヒル)
それを出迎えるのは、ルクサナの父、ファリスである。一見親しげに肩を抱き合う彼らを見、きゅっと唇を噛み締めたルクサナの背を、節くれだったシャイマの手がとんと叩く。
「為すべきことを為せば良い」
穏やかなその声が、ルクサナの胸中にじわりと沁みた。
星月が空に浮かんでいる。その光が零れ落ちたかのように、ルクサナが幼い頃から慣れ親しんだ邸宅の中庭にも、ぽつりぽつりと光が宿っている。モザイクガラスで彩られたランプが方々で瞬き、その光が、池の水面に映り込んでいるのだ。
テラスでは既に、豪奢なローブを身に着けた男達が、次から次に運ばれてくる料理に手を出し始めている。挨拶の声で賑わっていた二階の女達も、銘々に座し始めていた。
宴の支度は整った。
物語が幕を開けた。
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