【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

2.

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(サラにも、見てもらえるかしら……)
 舞台に立つため、色の白い肌を磨き、くせの強い赤毛をひとつに編み込んだ。ヤツガシラの人々に言われるまま、身体のラインが強調される細いドレスをまとっているのが、ルクサナにはなんだか気恥ずかしく、勝手にこんな格好をして、サラに怒られやしないかと、心の隅で怯えている。
 小道具を隠した棕梠しゅろの木の影から、そっと観客席を覗き込む。観客席といっても、庭に面した吹き抜けのテラスのことなのだが、ここには普段より豪奢ごうしゃ絨毯じゅうたんが敷かれ、柔らかいクッションが敷き詰められている。邸宅リアドの侍従達が、そこへフルーツやオリーブ、それからチーズなど前菜を盛り付けた皿を、運び込む姿が見えていた。
 視線を移せば二階のテラスに、婦人達の為の席が用意されている。サラは──ルクサナの姿をした少女は、恐らくこちらへ座すのだろう。
──ここしばらく伏せりがちな、宰相の一人娘、ルクサナお嬢様を元気づけてやりたい、という意図もあるようだ。
の為の舞台だもの。部屋に閉じこもって、全く出てこないということは、ないはず……)
──その薄汚い子供を、今すぐここから追い出して!
──嫌、嫌、
 酷く取り乱し、青ざめた顔でそう叫んだ、のことを思い出す。
 魂から溢れ出るかのような、それは悲痛な叫びであった。強い口調ではあったが、いきどおりより、恐怖や悲哀を感じさせる声音であった。
 あのとき彼女は真っ向から、これ以上ないほどの強い意志の上にルクサナを──、眼前に姿を現した、明るい肌と髪の色をした少女のことを、明確に拒絶した。恐らくはの、本来の姿をした少女を。
 宰相家の邸宅リアドに人々が訪れ、徐々ににぎわいが増してゆく。今日この場に訪れるのは、国王陛下スルタンの他、政務に関わる人々のはずであるが、ルクサナはいずれの人の顔も知らぬ。だがある人物のことだけは、癖のある高らかな笑い声で、すぐ気がついた。
(ザイーブ家の大臣、ターヒル)
 それを出迎えるのは、ルクサナの父、ファリスである。一見親しげに肩を抱き合う彼らを見、きゅっと唇を噛み締めたルクサナの背を、節くれだったシャイマの手がとんと叩く。
すべきことを為せば良い」
 穏やかなその声が、ルクサナの胸中にじわりとみた。
 星月が空に浮かんでいる。その光がこぼれ落ちたかのように、ルクサナが幼い頃から慣れ親しんだ邸宅リアド中庭パティオにも、ぽつりぽつりと光が宿っている。モザイクガラスで彩られたランプが方々でまたたき、その光が、池の水面みなもに映り込んでいるのだ。
 テラスでは既に、豪奢なローブを身に着けた男達が、次から次に運ばれてくる料理に手を出し始めている。挨拶の声でにぎわっていた二階の女達も、銘々めいめいに座し始めていた。
 宴の支度は整った。
 物語が幕を開けた。
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