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第五章
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闇夜に紛れて蠢き出したのは、ヤツガシラの一座が誇る踊り子達。それを密やかに導くのは、微かに聞こえる葦笛の音。
足音を消し気配を消し、ランプに火を付けて回るルクサナ達の健闘により、光源を増した中庭では、妖しくも優雅な舞踊が為されている。観客たちはすっかりくつろいだ姿勢になりながらも、情熱的にかき鳴らされるウードの音色や、ダラブッカを叩く拍子に合わせ、惜しみない拍手と歓声を上げた。
「ひとまず、掴みはまずまずだね」
走り回って汗だくになった身体を拭っていたルクサナに、シャイマがそう囁いた。
この状況をまずまずと評するのは、過小評価が過ぎやしないか。観客は皆、もうすっかり一座の舞台に目を奪われている様子ではないか。一瞬そう返しかけて、しかしルクサナは、うん、と頷くにとどまった。
シャイマの意図はわからなくもない。
本番は、ここからだ。
香辛料が効いた肉料理の香りが、観客席から漂い始めた頃、踊り子のひとりが高らかに台詞を歌い上げた。
「ああ、誰か、誰かこの子を診てください」
布を丸めた小道具を我が子に見立て、そう歌うのは子を持つ母。それに呼応するように、踊り子達は役者となり、病に伏してゆく人々の苦悩を囁きあう。
「──赤洟熱のことか?」
観客のうちの誰かが言った。今はこうして宴を楽しんでいる彼らも、壁の外では人々が流行病に苦しんでいる現状を、知らぬわけではない。
物語は人々の悲哀を描きながらも、面白おかしく滑稽なやりとりや、しっとりとした愛の表現も織り込んで、次々に場面を変えて進んでゆく。あからさまな筋書きで構わない、というのがイブラヒムの注文であったが、注文通りの筋を踏みながらも、単純に物語としての面白みを持ち得るのは、脚本家の手腕によるものであろう。
それへ更に説得力をもたせるのが、役者達の演技である。臨場感のある台詞回しに、躍動感のある舞台遣い。稽古の際に既に何度かこの舞台を見ているルクサナですら、目の前で演じられている世界に没頭してしまいそうになる。そして、──
観客たちが演劇の展開に目を奪われ、物語に引き込まれたのを見計らったかのように、その場面は訪れた。
「私がこうして上前をはねていることなど、どうせ誰一人気づくまい。薬が足らぬ? 民が苦しむ? 知ったことか。こう振る舞えば私は潤う。こう振る舞えば、いとも容易く諍いの種が蒔ける。罪は西の首長に被せておけ。こちらは知らぬ存ぜぬで、あのお人好しを断罪する日が楽しみだな」
足音を消し気配を消し、ランプに火を付けて回るルクサナ達の健闘により、光源を増した中庭では、妖しくも優雅な舞踊が為されている。観客たちはすっかりくつろいだ姿勢になりながらも、情熱的にかき鳴らされるウードの音色や、ダラブッカを叩く拍子に合わせ、惜しみない拍手と歓声を上げた。
「ひとまず、掴みはまずまずだね」
走り回って汗だくになった身体を拭っていたルクサナに、シャイマがそう囁いた。
この状況をまずまずと評するのは、過小評価が過ぎやしないか。観客は皆、もうすっかり一座の舞台に目を奪われている様子ではないか。一瞬そう返しかけて、しかしルクサナは、うん、と頷くにとどまった。
シャイマの意図はわからなくもない。
本番は、ここからだ。
香辛料が効いた肉料理の香りが、観客席から漂い始めた頃、踊り子のひとりが高らかに台詞を歌い上げた。
「ああ、誰か、誰かこの子を診てください」
布を丸めた小道具を我が子に見立て、そう歌うのは子を持つ母。それに呼応するように、踊り子達は役者となり、病に伏してゆく人々の苦悩を囁きあう。
「──赤洟熱のことか?」
観客のうちの誰かが言った。今はこうして宴を楽しんでいる彼らも、壁の外では人々が流行病に苦しんでいる現状を、知らぬわけではない。
物語は人々の悲哀を描きながらも、面白おかしく滑稽なやりとりや、しっとりとした愛の表現も織り込んで、次々に場面を変えて進んでゆく。あからさまな筋書きで構わない、というのがイブラヒムの注文であったが、注文通りの筋を踏みながらも、単純に物語としての面白みを持ち得るのは、脚本家の手腕によるものであろう。
それへ更に説得力をもたせるのが、役者達の演技である。臨場感のある台詞回しに、躍動感のある舞台遣い。稽古の際に既に何度かこの舞台を見ているルクサナですら、目の前で演じられている世界に没頭してしまいそうになる。そして、──
観客たちが演劇の展開に目を奪われ、物語に引き込まれたのを見計らったかのように、その場面は訪れた。
「私がこうして上前をはねていることなど、どうせ誰一人気づくまい。薬が足らぬ? 民が苦しむ? 知ったことか。こう振る舞えば私は潤う。こう振る舞えば、いとも容易く諍いの種が蒔ける。罪は西の首長に被せておけ。こちらは知らぬ存ぜぬで、あのお人好しを断罪する日が楽しみだな」
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