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第五章
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揺らぐ松明の火を受け、役者が悪役然とした嗤い声を上げる。同時にルクサナは、観客席に目を凝らした。
まず真っ先に捉えたのは、ルクサナの父、ファリスの動きである。彼は怪訝な表情を浮かべ、しかしすぐさま何かを察した様子で、侍従を呼び寄せ耳打ちした。侍従は深刻な面持ちで頷き、すぐさまこの場を後にする。
一方、そのすぐ脇に座す大臣は、眉間に皺を寄せ、信じられないと言った様子で台詞の飛び交う舞台を凝視している。
(お父様はきっと、薬の流通を調べるよう指示を出したんじゃないかしら。今のうちに事の次第が明らかになれば、半年先、無実の罪で断罪されることはなくなるはず。すごいわ。イブラヒムの計画どおりに事が運びそう!)
心が弾んで、笑みがこぼれた。だが同時に、何やら視線を感じた気がして、いくらか顔を上げてみる。途端、ルクサナはぎくりとその場に身を強張らせた。
二階の席から、一人の少女がこちらを見下ろしている。
よく手入れされた黒髪に、浅黒い肌、健康的な、ふくよかな体つき。
ほとんどの観客の意識は華やかな演劇の方に向いていただろうが、彼女ばかりはそうではなかった。たったひとり彼女だけは、薄闇にじっと目を凝らし、探るように疑うように、舞台脇で雑用をこなす赤毛の女を──ルクサナのことを、見ていたのだ。
「……、サラ」
声に出して呼んでいた。とはいえ囁くような小声であったから、きっと相手には届かなかったことだろう。
だが彼女は、それで確信した様子であった。青ざめ、よろよろとその場へ立ち上がると、気遣わしげな侍女達に手を引かれて、奥へと下がってゆく。
「待って、あ、……」
慌てたルクサナに、シャイマがすぐさま目配せした。その意図は、言葉がなくとも十分伝わる。「行っておいで」と、その目がルクサナの背を押した。
(シャイマ座長、ありがとう)
感謝を噛み締めながら、ひらりと身を翻し、彼女を追って裏へと回る。
ルクサナが場を離れても、中庭ではお構いなしに、今も劇が続けられている。西の首長──ルクサナの父をモデルにした人物が罪に問われ、罪が事実か、あるいは罠か、滑稽なやり取りが繰り広げられる、娯楽じみた脚色の場面。この後、西の首長は無実を証明することができず、悪人の手により断罪されてしまう──。
サラは恐らく、私室に戻ったのだろう。ならば自ずと道は見えた。宰相家の邸宅は造りが複雑ではあるが、ルクサナにとっては慣れた我が家でもあるし、月と花の都の迷宮ぶりとは比較にもならない。
まず真っ先に捉えたのは、ルクサナの父、ファリスの動きである。彼は怪訝な表情を浮かべ、しかしすぐさま何かを察した様子で、侍従を呼び寄せ耳打ちした。侍従は深刻な面持ちで頷き、すぐさまこの場を後にする。
一方、そのすぐ脇に座す大臣は、眉間に皺を寄せ、信じられないと言った様子で台詞の飛び交う舞台を凝視している。
(お父様はきっと、薬の流通を調べるよう指示を出したんじゃないかしら。今のうちに事の次第が明らかになれば、半年先、無実の罪で断罪されることはなくなるはず。すごいわ。イブラヒムの計画どおりに事が運びそう!)
心が弾んで、笑みがこぼれた。だが同時に、何やら視線を感じた気がして、いくらか顔を上げてみる。途端、ルクサナはぎくりとその場に身を強張らせた。
二階の席から、一人の少女がこちらを見下ろしている。
よく手入れされた黒髪に、浅黒い肌、健康的な、ふくよかな体つき。
ほとんどの観客の意識は華やかな演劇の方に向いていただろうが、彼女ばかりはそうではなかった。たったひとり彼女だけは、薄闇にじっと目を凝らし、探るように疑うように、舞台脇で雑用をこなす赤毛の女を──ルクサナのことを、見ていたのだ。
「……、サラ」
声に出して呼んでいた。とはいえ囁くような小声であったから、きっと相手には届かなかったことだろう。
だが彼女は、それで確信した様子であった。青ざめ、よろよろとその場へ立ち上がると、気遣わしげな侍女達に手を引かれて、奥へと下がってゆく。
「待って、あ、……」
慌てたルクサナに、シャイマがすぐさま目配せした。その意図は、言葉がなくとも十分伝わる。「行っておいで」と、その目がルクサナの背を押した。
(シャイマ座長、ありがとう)
感謝を噛み締めながら、ひらりと身を翻し、彼女を追って裏へと回る。
ルクサナが場を離れても、中庭ではお構いなしに、今も劇が続けられている。西の首長──ルクサナの父をモデルにした人物が罪に問われ、罪が事実か、あるいは罠か、滑稽なやり取りが繰り広げられる、娯楽じみた脚色の場面。この後、西の首長は無実を証明することができず、悪人の手により断罪されてしまう──。
サラは恐らく、私室に戻ったのだろう。ならば自ずと道は見えた。宰相家の邸宅は造りが複雑ではあるが、ルクサナにとっては慣れた我が家でもあるし、月と花の都の迷宮ぶりとは比較にもならない。
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