【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

4.

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 揺らぐ松明たいまつの火を受け、役者が悪役然としたわらい声を上げる。同時にルクサナは、観客席に目を凝らした。
 まず真っ先にとらえたのは、ルクサナの父、ファリスの動きである。彼は怪訝けげんな表情を浮かべ、しかしすぐさま何かを察した様子で、侍従を呼び寄せ耳打ちした。侍従は深刻な面持ちで頷き、すぐさまこの場を後にする。
 一方、そのすぐ脇に座す大臣は、眉間にしわを寄せ、信じられないと言った様子で台詞の飛び交う舞台を凝視している。
(お父様はきっと、薬の流通を調べるよう指示を出したんじゃないかしら。今のうちに事の次第が明らかになれば、半年先、無実の罪で断罪されることはなくなるはず。すごいわ。イブラヒムの計画どおりに事が運びそう!)
 心がはずんで、笑みがこぼれた。だが同時に、何やら視線を感じた気がして、いくらか顔を上げてみる。途端とたん、ルクサナはぎくりとその場に身を強張こわばらせた。
 二階の席から、一人の少女がこちらを見下ろしている。
 よく手入れされた黒髪に、浅黒い肌、健康的な、ふくよかな体つき。
 ほとんどの観客の意識は華やかな演劇の方に向いていただろうが、ばかりはそうではなかった。たったひとり彼女だけは、薄闇にじっと目をらし、探るように疑うように、舞台脇で雑用をこなす赤毛の女を──ルクサナのことを、見ていたのだ。
「……、サラ」
 声に出して呼んでいた。とはいえ囁くような小声であったから、きっと相手には届かなかったことだろう。
 だが彼女は、それで確信した様子であった。青ざめ、よろよろとその場へ立ち上がると、気遣わしげな侍女達に手を引かれて、奥へと下がってゆく。
「待って、あ、……」
 慌てたルクサナに、シャイマがすぐさま目配せした。その意図は、言葉がなくとも十分伝わる。「行っておいで」と、その目がルクサナの背を押した。
(シャイマ座長、ありがとう)
 感謝を噛み締めながら、ひらりと身をひるがえし、彼女を追って裏へと回る。
 ルクサナが場を離れても、中庭パティオではお構いなしに、今も劇が続けられている。西の首長──ルクサナの父をモデルにした人物が罪に問われ、罪が事実か、あるいは罠か、滑稽こっけいなやり取りが繰り広げられる、娯楽じみた脚色の場面。この後、西の首長は無実を証明することができず、悪人の手により断罪されてしまう──。
 サラは恐らく、私室に戻ったのだろう。ならばおのずと道は見えた。宰相家の邸宅リアドは造りが複雑ではあるが、ルクサナにとっては慣れた我が家でもあるし、月と花アヤラヴァみやこの迷宮ぶりとは比較にもならない。
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