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これは君が・・・  【前編】

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「お父様!」
 パーティー用のドレスから楽なドレスに着替えたリリィベルは
 応接間で父、ダニエルに飛びついた。

「リリィ!今日はとても綺麗だったぞ!私の天使!」
「あははっ!お父様!テオ様の最後の剣舞をご覧になりました?テオ様とっても素敵だったでしょ?
 私初めて見ました!」
「あぁとても見事だった。目を奪われたよ!」
「テオ様とっても素敵だわっ」
「おやおや、私にまで惚気るんだな」
「うふふっ、お父様とテオ様どちらが強いかしら?」
「リリィっ、なんてことを、やめてくれ」

 慌て出したダニエルに、皇帝家族は笑った。
「リリィ、俺はそんな実戦向きじゃない。父君の方が強いに決まってる。」
「殿下までっ!おやめくださいっ」
「はははっ、そうだ、何と言っても帝国の黒き壁だからな。」

 和やかに時間は過ぎていく。
 リリィはよく話し、みんなが笑顔となった。
 今夜の婚約記念パーティーは、無事に終わったのだ。

「さて、そろそろ夜も遅いから我々は失礼するよ。ダニエル、明日朝食で会おう。」
「はい、陛下。ありがとうございます。おやすみなさいませ。」
 部屋を出る皇帝と皇后に頭を下げるダニエル。

「父君、ゲストルームへ案内するよ。リリィも行こう」
「ありがとうございます。殿下」
 3人で城の廊下を歩く、その間もリリィは嬉しそうにダニエルとテオドールの腕を絡めて歩いた。

「リリィ、子供みたいな真似を‥」
「ふふっいいの。お父様とテオ様が大好きだものっ」
「はははっ父君が来たらすっかり甘えん坊だなリリィ。」
「テオ様っ、嬉しさの表現です。それにテオ様の事も離したくないのですっお許しください?」
「ま、仕方ないな。久しぶりだから。」
「本当にお前は殿下に困らせては居ないのか?」

 そんな会話をしながら、ダニエルをゲストルームまで案内した。
「では父君、明日また朝食で。リリィと迎えに来ます。」
「恐れ入ります殿下‥」
「当然だ。私の婚約者の父だ。じゃあまた明日。」
「お父様、おやすみなさいませ。いい夢を‥」
 リリィベルはダニエルの頬に軽く口付けた。

「お前をいい夢を、リリィ。」
 リリィの頭を一撫でして、優しく笑うダニエルだった。

 皇太子宮に戻り、リリィはベリーと共にバスルームに行った。
 その間、テオドールはブレスレットを3回叩く。

「はい。お呼びですか?殿下。」
「あ、フルー、今夜はご苦労だった。」
「とんでもございません。殿下。」
「疲れているだろうが、今夜も頼む。6人捕まえたが、夜もきっと来るだろう。
 あと、ゲストルームにいるダニエルをしっかり守ってくれ。」
「はい。あ、申し訳ありませんが、血をいただいても?」
 フルーはスッと針を出した。
「あぁ、構わないが・・・どうした?」

「いえ、ロスウェル様が、2倍にするから殿下に呼ばれたら血を賜るようにと。」
 そう言いながら皇太子の手を取り、指の腹を刺した。
「そうか、わかってるなロスウェル。地下牢の者たちはどうしている?」
「暗殺者たちは、今皇帝陛下とロスウェル様で足取りを調査しております。
 今夜は生きているので、口を割らせるつもりの様です。すでに自害する薬も取り除いておりますので」
「はっ・・・そうか、じゃあ父上に厳しく拷問される事だろうな。」
「はい、我々は攻撃魔法は本来御座いませんが、ロスウェル様の魔術は恐ろしいので・・・。」

 フルーの手の甲に魔術印が光る。

「そうか、しつこそうだもんなー」
「えぇ、とてもしつこいし。私だったら自害したい。」
 フルーはげんなりとした顔をした。
「そんなにか・・・。」
「えぇ、出来れば見ない方がいいです。」
「ははっ・・・」
 乾いた笑いを漏らしたテオドールだった。
「じゃあ、そっちは父上に任せるとしよう・・・。リリィは何も知らないから離れる訳にいかない。」
「えぇ、その様にと・・・。陛下からも言付かっております。」

「本当、息ピッタリか、あの二人は・・・。」


 一方その二人は・・・。
「ああぁぁぁぁぁあぁっぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 暗殺者の一人が叫んでいる。それを見ているのは魔術で変装したロスウェルだ。
 今日は中年男性の姿ではなく、お初のドSの鬼騎士団長だ。綺麗な皇室の騎士団長の服を着ている。

「さぁ・・・・楽になりたかったら、さっさというんだ・・・・。」
 暗殺者の耳元で囁く。暗殺者は四方のロープでその身を吊られてギリギリと引っ張られている。
 まさに八つ裂きだ。

「うぅぅぅぅっ・・・・」
「お前の所属するギルドを言え・・・・さぁ、早く。」
 パシィッ!!!!!
「あぁぁぁぁぁあぁ!!!」
 その上、鞭でも叩かれる。天井からは蠟燭までポタポタと落ちてくる。

「どんどん身体の血がなくなるぞ・・・・?お前のその、切れた指先から・・・・。」
 暗殺者の血も滴り・・・恐怖を煽る。

「このまま血が滴り落ちれば、お前は死ぬぞ・・・。」

 吊られた者たち6人。皆呻き声や叫び声をあげている。
 皆血が滴っているからだ。
 あっさり殺された方がまだマシだろう。これはもはや魔術ではない。

「お前・・・本当は好きなんだろ・・・拷問・・・・」
 皇帝がぼそりと呟いた。

「ははっ私はこの服装とこの顔が気に入っているのですよ。
 陛下、叩いて差し上げましょうか?」
 鞭をパシィィっと鳴らした。

 その音だけで、暗殺者達は泣き叫ぶ。

「バカ者!」
 ドンっとロスウェルを肘で押した。

 そして皇帝も前に出る。
 皇帝も目の色を変えて囁いた。
「さぁ、言え・・・・。今度は水が攻めてくるぞ・・・?」

 そう言うと、暗殺者達の口にボタボタと水が滴り落ちてきてやがて大量の水が雨の様に落ちてくる。
「そうだ・・・溺れてしまうぞ?・・・さぁ、口を割った者から解放してやる。」

 どんどん水で苦しくなる暗殺者1人はガクガク震えてカクカクと頷いた。

「ロスウェル、こいつのを止めてやれ」
「サー!」
「うるさい」

 暗殺者の水が止まる。
 ゴホゴホと咳き込む暗殺者が、涙を流した。
「南部‥‥」

「南部の?」

「‥‥‥ディア‥‥ボディック‥‥」

「他の者達も同じか?」

 濁った声でギルド名を言った。

「今日のパーティーの為にか?」

「‥‥‥‥」
 蒼白な顔でこくりと頷く。


「南部ですかー‥‥これはこれは。ご近所さんですね。」
 ロスウェルは、うんうんと頷いた。

皇帝は簡易な机に地図を広げた。
2人はギルドの場所をほとんど把握している。
今日の暗殺者がどこから来たのかが、重要だった。

「南部のディアボディックはオリバンダーの‥隣の領地だな。‥領主はジェイク•カドマン伯爵。」

「えぇ、そしてカドマン領地のすぐお隣はイシニス王国。」
「カドマン伯爵を調査しよう。オリバンダーが、国境を超えて悪巧みしているはずだ。ジェイク•カドマン伯爵は、依頼してるか、してないか、どちらかな?」
 皇帝はニヤリと笑った。

 1つ手掛かりが見つかる度にどんな悪が隠れていることか‥‥

「ロスウェル、こいつ1人だけ生かして繋いでおけ。あとは、明日処刑させる。」

「サーーーーー!!!!!!」
「うるせっってんだよ!!!!」




 パシャァっと水が弾く音が続く。
「‥‥はぁっ‥‥‥そろそろいいかぁっ‥‥」
 自室のバスルームで、テオドールは顔が赤くなる程顔を洗って、念入りに唇を拭っていた。

 こんなに気持ち悪い思いは・・・しかも自分へ‥

 誰がこっそりあんな真似を‥‥‥

「くそっ‥‥洗わないまま、リリィにキスしちまったじゃねぇか‥‥。」

 いくら拭ったとは言え、最後口付けてしまった事実は変わらない。

「あーーもぅーすーげーー気色悪ぃ‥‥マジでキメェ‥見つけたら顔面潰してぇーマジでー」

 タオルで顔を拭き、鏡を見た。

「‥‥‥‥‥」

 こうして顔を見ると、皇太子にあるまじき、前髪てっぺんで括って、楽な格好で顔洗って‥‥

「昔の‥‥俺(あきら)‥‥だな‥‥‥」

 今日花火の下で、リリィとキスした時に思い出したから‥
 この、髪が黒だったら‥‥
 リリィの髪が、黒だったら‥‥

 昔の俺達と、本当に変わらない‥‥

 リリィの見せる明るさと声と、その顔も‥
 俺を求めるあの顔も‥全部。


 さっきの俺達と、昔の俺達が繋がる。

 似たような経験をする‥‥


 リリィは、覚えて‥‥ないんだよな?


 髪を解いて、手櫛で鬱陶しそうに髪を整えた。
 顔も体も全身洗ったが、まだ唇には不快感がある。

「テオ様?テーオー様ー?」
 ベッドルームからリリィベルの呼ぶ声が聞こえる。
 ふっと笑みを浮かべてバスルームを出た。

 キョロキョロしているリリィベルの後ろ姿を見て、テオドールは悪戯に笑う。
 ゆっくり近づいた。 

「リリィ!!」
「わぁ!!!」
 ぎゅっとリリィベルを後ろから抱きしめた。
「もぉテオ様!びっくりしましたっ・・・。」
 ドキドキしているリリィベルに、満足気のテオドール。
 だが、テオドールの顔を見たリリィベルは眉を寄せた。

「なぜそんなにお顔が・・・のぼせたのですか?」
「いやっ・・・なんか顔が痒かっただけだ。」
 ポリポリと頬を掻いて誤魔化した。
「綺麗なお肌が・・・・そんなに強く擦ったら荒れてしまいます。」
 そっと頬を撫でるリリィベルに笑みを浮かべた。

「いいんだよ。俺は男だから・・・。」
「ダメですよ・・・」
「なんだ?お前は俺の顔だけが好きなのか?」
 ニヤリと笑って詰め寄った。
「そんな訳ないですっ・・・丸ごと愛していますっ・・・。」
必死になって言うリリィベル。

「ははっ・・・俺も丸ごとお前を愛してるぞっ!」
「わっ・・・もうっテオ様!」
リリィベルを軽々と抱き上げて、テオドールはリリィベルを上にしてベッドに倒れ込んだ。
「はははっ」
「ふふっ・・もうテオ様ったら・・・」

声を出して2人は笑う。何気ない瞬間もいつも幸せだと。

「リリィ、今日は・・・楽しかったか?」
「はい。テオ様と踊って・・・たくさん口づけをして・・・・テオ様の素敵な剣舞を見て・・
お義父様のグラスのタワーを見て・・・とても、楽しかったです。」

テオドールの胸に頬を寄せて幸せそうに笑っていた。
リリィベルはどんな危険が迫っていたかは知らない。

そう、リリィには、綺麗な思い出だけ残ってほしい・・・・。

「俺も・・・お前と一緒に居られて・・・楽しくて・・・・幸せだ・・・・。」

この胸に抱いていられるなら、どんなに危険があっても、強くあろうと思う。
すべてから、守っていたいんだ。

「テオ様・・・。」
「ん・・・・?」

「テオ様の剣は・・・・あんなに素早いのですね・・・・。」
「あ・・・ははっ・・・そう見えたか?」
「はい・・・まるで・・・・。」

リリィベルは・・・眠そうな目で呟いた。

「あんな・・・素早さは・・・見た・・・こと・・・・

いえ・・・夢で・・・・テオ様に・・・お会いした時・・・・見た・・・気が・・・・」

「!!・・見・・・た・・・・?」
テオドールは首を起こしたが、
リリィベルは言葉の途中で眠ってしまった。


見た・・・?夢・・・?

夢で見た・・・・?


あんなに驚いて、初めて見たと言っていたのに・・・・

夢で見た・・そう言ったか・・・・?


「俺の・・・夢を・・・見たのか・・・?」

どんな夢だった?俺は・・・どんな姿をしていた?
この世界の俺か?本当にそうか?
お前のその夢は・・・この世界のものか?

俺が見るのは・・・前世の夢だ・・・・。

リリィは、何も覚えていないはず・・・。
すべてが初めてで、俺の事も知らなかった。

初めての反応、初めてのキス。初めて作る俺たちの時間・・・。

でも、どれも繋がる時があるんだ。

俺の傷を手当してくれた時の言葉も・・・・。

花畑の中で、お前と抱きしめあった時も・・・あれは、リリィだったか・・・?

確かにリリィだ。けれど・・・何も覚えていないはずなのに・・・。

どうして、涙を流す程・・・俺の側を望んだ?

俺の為に産まれてきたと言った・・・。
俺も、お前の為に産まれてきた。この世界で・・・・。

そしてお前は現れた。俺の前に。

俺が苦しむ時に、共鳴して苦しみながら・・・こうして俺の前に現れた。


今日の夜だって・・・お前は、花火の夜に、前世のような・・・・。

俺を欲しがるあのキスを・・・・。

「・・・・リリィ・・・・お前は・・・・俺を、覚えているのか・・・・?」

その小さな頭の中に、その胸の中に、俺はずっと居たのか・・・?

知りたい・・・けれど、怖い・・・・。

まだすべてを思い出していない・・・・。
だから、とても、怖いと思うんだ・・・。

この、愛しい存在を・・・知らなかった俺が・・・

どうしてこんなに惹かれあうのに・・・俺は何も知らなかった・・・。

どうして、お前を失うと思っただけで・・・胸が切り裂かれる程・・・。
壊れそうな程、苦しいのか・・・。

「でも・・・ずっと・・・一緒だ・・・・・。」

一緒に居るよ・・・・。俺は、お前と共に生きたい・・・・・。
世界が皆俺の敵になっても、お前となら、きっと俺は、お前を守り生きていける・・・。
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