ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

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昔々の夢

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 記憶を取り戻すまで、前には進めない。

 そう思っていた。

 だが、それは始まりに過ぎない。



 ここから、また一歩、悲しみを一歩踏み出して‥

 進むべき道は、今この命と魂の宿るこの身体と心。



「殿下、これで傷は大丈夫です。塞がりましたから‥」

 ハリーが傷を魔術で治した。
 心配そうにリリィベルがテオドールを見つめている。

「俺が事故に遭ったことは‥?」

「その事は心配無用だ。」
 そう声を掛けたのはオリヴァーだった。
「お前達は姿を変えていたし、誰もお前達だとは思っていない。」
「そうですか、馬車の持ち主は無事ですか?」
「ああ、怪我もない。皇太子にぶつかったなどと夢にも思わないなだろう。ハリーが迅速に対応した。記憶違いに思っているかもしれないな。」

「そうですか‥」

 ことの真相を知っているテオドールは黙った。
 アレクシスに仕組まれた事だったのだろう。


 アレクシスは、伝えに来たのだ。



 もう、この悲しみを解放しろと‥‥。



「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。父上‥母上‥。ロスウェル達もありがとう。


 リリィ?‥‥心配かけてごめんな?もう大丈夫だから‥‥」

 テオドールは穏やかな声でみんなに告げた。





 背中が、軽くなったような‥‥そんな思いだった。




「あき‥‥いえ‥‥、テオが無事ならそれで私はいいの‥‥‥」


 リリィベルが瞳を濡らしたまま、テオドールに笑って見せた。


 その笑顔が、切なくて、愛しくてその頬を撫でた。

「リリィ、心配いらない‥‥」


「‥‥はい‥‥」



 その震えた瞼の裏に、広がる景色はどんな風に見えているだろう。




 あの死の瞬間、礼蘭が暁を危機から救った瞬間を、
 きっと思い出した事だろう‥‥。




 リリィベルが寝支度の前の入浴をしている頃、
 テオドールはソファーに座った。


 オリヴァーはマーガレットを宥め休むように伝えた。
 メイドに支えられ、部屋に戻って行った後、
 オリヴァーにテオドールは向き合った。

 オリヴァーは神妙な面持ちで口を開いた。
「テオ、私はお前に‥‥」


「父上‥‥。」


「ぁ‥‥なんだ?」

「きっと、不思議だったでしょう‥‥」



「あ‥‥‥あぁ‥‥‥その、‥‥私も少し‥‥

 だが、お前が無事で‥‥‥」

 心の底からテオドールが心配だった。
 このまま我が子を、次代を担う皇太子に万が一の事があってはと、考えるだけで自分の息の根が止まる思いだった。



「‥‥‥ご心配を‥お掛けしました‥。それに、父上が考えている事に、俺は‥‥‥」


「いやっ‥‥その‥‥‥ぅーん‥‥‥」

 テオドールが言おうとしている事を聞く事に躊躇いがあった。



 リリィベルが呼ぶその名を、口にする事が出来ない。

 その名について、自分は踏み入っていいものかと‥‥。



 戸惑うオリヴァーに、テオドールは複雑ながら瞳を閉じた。







「‥‥‥どんな事が俺の中にあっても、俺は父上の子で、この帝国の皇太子です‥‥‥。」




 そう、此処では自分は皇太子である‥‥‥。


 その事に意味はあり、その存在理由がある‥‥。



 皇族に生まれた宿命、ただの国民だったなら、


 この出会いは、なかったかもしれない‥‥。





「俺と、リリィは‥‥‥運命です‥‥‥」



「ぁ‥‥ああ‥‥‥」


「俺は、もし生まれ変わっても‥‥‥また、リリィを愛する運命です‥‥ただ、それだけです‥‥‥」



「‥‥‥‥‥‥」

 そう言葉にした事で、オリヴァーは数々の疑問が繋がっていく。



 生まれ変わっても。





 それが全てを語っている。




 彼らは生まれ変わって、出会ったのだ。


 生まれ変わっても、前世を覚えている事に疑問を感じた。


 それはいい事なのかどうなのか定かではない。


 だが、そうなのだろう‥‥。




 テオドールと、リリィベルと言う人間に生まれた。




 天を、地の底を知る者は居ない。


 死んだ者に会った事がある者はいないのだから




 この世でテオドールとリリィベルと言う人間がいる。




 その謎を知るのは、誰かが入ることの出来ない領域。




「お前が無事で‥‥本当に良かった‥‥‥。」

 それが、テオドールを息子に持った父の思いだった。

「はい、父上‥‥‥」

 テオドールは心の底から穏やかで満ち足りた笑顔を父に向けたのだった。



 城内が落ち着きを取り戻し、本来の仕事に戻る頃、
 リリィベルはカタリナに髪を梳いて貰っていた。
 鏡に映った表情はまだ少し曇っていて、それを心配そうにカタリナは見つめていた。


「妃殿下‥‥大丈夫ですか?」

「ぁ‥‥えぇ‥‥心配かけてしまってごめんなさい‥‥」

「‥無理もありません‥ご健康な皇太子殿下にあのような事が起きたのですから‥」

 再び、リリィベルの表情は陰った。


 そう、命は、いつどうなるかわからない・・・。


 そんなことは、嫌というほど知っている。
 この記憶を取り戻してからずっと・・・。


 あの時、テオドールが倒れるまで、どうして気付かなかったのだろう・・・。
 気付いていたのなら・・・・。




 気付いていたなら・・・私は、どうしていた・・・・・?





 また・・・・この体は・・・・彼を守るために・・・投げ出していただろう・・・・・。




 コンコンと扉を叩く音が鳴った。

「あ・・・きっと殿下ですね?妃殿下をお待ちです。支度は整っておりますよ。
 どうかゆっくりとお休みくださいませ。」

「ありがとう、カタリナ、あなたも休んで・・・。どうか、いい夢を・・・・。」
 カタリナにそう言って、リリィベルはテオドールの部屋へとつなぐ扉を開いた。


 扉を開け見上げると、優しい笑みを浮かべたテオドールが壁に寄りかかって見下ろしていた。
「リリィ、おいで・・・。」

 その笑みに、声に・・・差し出された手に・・・何度も導かれる。
 無意識に伸ばしたその手をとってくれる。大きな手・・・。

 その眩しい笑みを見られるだけで・・・。



 気が付けば、ベッドの上でテオドールはリリィベルを抱えるように座っていた。
 テオドールの足の間と両腕に収まるリリィベルは、安堵の息を静かに吐いたのだった。


「もう、身体は・・・・。」
「ああ、大丈夫だ。何も心配いらない。何度聞けば気が済むんだ?」

 テオドールが目を覚ましてから、大丈夫かと何度も尋ねた。
 もう何度目になるかも自分ですらわからない。

 ぎゅっと抱きしめくれている温かい身体の熱・・・。
 この温もりは・・・消えない・・・。


 絶対に、離れたくない・・・・。


 静かな時が流れた。暗く蝋燭の火が灯った部屋・・・・。
 こうして話をしなくても、寄り添っているだけで幸せだった。

 テオドールの肩に頭を預け、リリィベルは心底安心した。


「・・・リリィ・・・俺な・・・?」

「はい・・・・。」



「俺、アレクシスに会ったんだ・・・。」
「え・・・?」

 その言葉に、リリィベルは顔を青くした。

 リリィベル、いや礼蘭は知っている。アレクシスにあったのは死んだあとだった。

「っ・・・テオ・・・・まさか・・・・。」
 怯えた声で、リリィベルは包んでくれる両腕を掴んだ。

「・・・・俺な・・・・・。」




 リリィベルの髪に顔を埋めて・・テオドールは囁く。



「・・・お前を・・・・・。」




 話の途中で、リリィベルはぎゅっと体を縮ませた。
「うぅっ・・・・。」
「っ・・リリィっ?おい・・どうしたっ?」
 その異変にテオドールは目を見開く。
「テオっ・・・・。すみませんっ・・なんだかっ・・・。」


 リリィベルの顔は青ざめている。その顔色を見てテオドールはリリィベルの手首をつかんだ。
 その確か脈拍はドクドクと慌ただしく打つ。


「おい!!!!誰か!!!!!主治医を呼べっ!!!!!!!!」

 その声を張り上げて、テオドールはリリィベルの首筋にも手を当てた。

 ・・熱はない・・・?いや・・・微かに本来とは違う熱・・・高熱ではない・・・・。

 扉の前を守っているイーノクがすぐさま主治医の場所まで走ってく音が聞こえ遠ざかっていく。
「殿下!!!どうされたのですか!!!」
 扉の向こうからアレックスが声を張る。

 城内はまた慌ただしくなる。


 テオドールはリリィベルの身体をベッドに寝かせて身体を観察する。

「リリィっ・・どこが苦しいっ?話せるか?」

 苦痛な表情を浮かべたリリィベルはか細い声で口を開く。
「っ・・・ぅ・・胸が・・っわる・・・ぃ・・・です・・・・。」
「胸っ?気持ちわりぃってことか?お前ずっと何も口にしていないのかっ?それで?」
「っ・・・今はっ・・ぅ・・ぅぅっ・・・・・。」


 口元を抑えてリリィベルは身をよじった。

「横向け・・・っ・・・戻しても構わないからっ・・・・。」
 身体を横に向けてテオドールはリリィベルの背をさすった。






 しばらくして主治医が駆け付けた。こればかりはテオドールにも分からなかった。
 重要なことをひとつ、見落として・・・・・。


 主治医が診察中、テオドールはリリィベルを心配そうに見つめた。そして‥‥

「皇太子殿下、妃殿下、おめでとうございます。ご懐妊です!」






「あぁっ!?」

 テオドールの品の悪い返事が部屋にこだました。



 その知らせを扉の前で耳にしたのは寝間着姿のオリヴァーだ。

「ああぁっ!??」
 またしても品のない驚きの声が響いたのだった。


 周りに集まったメイドや騎士たちは、歓喜の表情を浮かべた。


 結婚式に続き、少々予定は早いが、それはこの帝国にまた良い知らせを運んできたようだ。
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