ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第二十話

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 ヴァンはそれ以上は何も言わなかった。
 彼の横を通って部屋を出る。
 サーベルに付いた血を振り払って鞘へと納めた。
 この部屋の入口で敵兵を迎撃していた兵士三人が私に気が付くと、階段で座っていた所を立ち上がろうとした。
「そのままで、ご苦労様でした。しばらく休んでおいてください」
そういうと体勢を元に戻す。
 兵士達の武器は刃こぼれを起こして、もはや剣としての役割は担えないだろう。
 私たちが昇ってきた階段は血まみれで敵兵の死体が転がっていた。
 片腕が無い者や顔の一部が無くなっている者。
 どこで致命傷を受けたかは一目瞭然だ。
 真っ赤に染まった階段を一歩ずつ下っていく。
 私の後ろにはヴァンが静かについて来てくれていた。
「マクシミリアン将軍は捕えなくてよろしかったのでしょうか。誰かわからなくなるほど焼き尽くさなくてもよかったのではないですか?」
彼の言い分には一理ある。軍という組織に所属する以上、戦争に勝利する事はもちろん、国益につながる事を考えることは当たり前。
 私がこの手で殺し、焼き尽くしたマクシミリアンはこの要塞の統治者でもある。
 確かに国益を目的とするのであれば、生かしたまま捕えた上で賠償金や講和交渉に持ち込むのが普通だろう。
 しかし、彼の様子を見る限り既に軍人としての統治者ではなくて、最前線での兵士達の士気を上げる為の存在という風に感じた。
 かつて優秀な軍人と言われた人とはいえ、失ったとしても痛くないのだろう。
 相手を交渉の場に載せることができないのであれば、生かしておく理由はない。
 我が国の領土を侵していたのだから、利用価値が無ければ私ではない誰かの手によって処刑されていただろう。
「彼は私が生かしておくまでの価値はないと判断しました。全権は私にあるのですから気になさらないでください」
ヴァンにはこう答えるしかできなかった。
 確かに彼の言う通り生きて捕えた方が良かったのかもしれない。だが、それを許せない私がいた。
 マクシミリアンを倒してしまえば私の中身が満たされるはずと思っていたが違う。
 やっと終われるという気持ちだけだった。王に成れればこの気持ちは消えるのだろうか。
 お互いに黙ったまま、階段を下り終えた先の広間には投降した敵兵士たちが一か所に集められている。
 ほとんどの兵士たちは若く見える。兵役義務で配属されたばかりの新人兵士か、ここに送り込まれた貴族出身の将校にも見えなくはない。
 両手を頭の上に乗せて、不安そうな表情を浮かべている者ばかりだ。
 敵国に捕まったのだから何されるかわからないという恐怖はたまらないだろう。
 彼らの処遇は軍議で決まる。それまでは捕虜として過ごす事になる。
 もし、敵国が交渉に応じなければ処刑されるという道はそのまま。
 要塞の門前には二人の伝令兵がいた。
「旗を掲げてください。マクシミリアン将軍は戦死しました。私たちの勝利です」
二人の伝令兵は表情を明るくして、右側と左側に分かれて走り出した。
 旗を掲げればこの戦いは終わる。けれど、私は一つだけ見ておきたいものがある。
 この城壁の向こう側で繰り広げられている戦場を見てみたい。
 そう考えると自然と足が動き出していた。
「姫様、どちらへ?」
「城壁の上から戦場を見ようと思うのですがいかがですか?」
戦場を眺めても私が満たされない事はわかっていた。けれど、見ておかなければならないという思いがある。
 私が、私達が何をしてきたかを知る為に。
 そして、血まみれである私の武器を覚えておく為に。
 城壁上に登る為の階段を踏みしめて上り出す。高く上った太陽で少しだけ熱された石造りの階段が私の足に熱を伝える。
 旗が城壁の上に掲げられた。
 南風に揺れる私の旗。赤い布地に赤い薔薇とツルが絡みついた剣が描かれている。
 最後の段を上ると歓声が響き、勝利に酔いしれる兵士たちの声が聞こえた。城壁から戦地を見渡すと既に武器を降ろして敗北を受け入れている者や懸命に戦いを続けている者が見える。
 降伏すれば命を取らないという軍規に基づいて、一方的な攻撃は見えない。
 山の麓から流れてくる風が顔に当たり、赤い髪を揺らす。
「これでやっと終わりました。犠牲は大きかったですが、得たものも大きかった戦いでした」
私の後ろに立つヴァンに向かって振りかえる。
 いつもの小難しい表情。血で所々濡れてしまっている服。
「亡くなった兵達も報われることでしょう」
静かに彼が答えてくれた。第五騎士団の兵士にも亡くなった者もいるだろう。
 私の頭上で揺れる旗を見上げた。
 これで王に成れる。この戦いは生涯忘れる事は無いだろう。
「掃討戦は私達が居なくても大丈夫でしょう。戦闘が一旦終わった後で要塞の臨時防衛軍を編成したのち、残りは王都へ帰りましょう」
母様、私は一つ大きなことを成し遂げることができたような気がします。
 服の下に隠していた緋色のダイヤモンドネックレスを取り出して両手で包み込んで握りしめる。
 兄上達に虐げられていた私はやっと認めてもらえるようになるのだろうか。
 何より、父様に喜んで頂けるのでしょうか。
「それではサマル殿に伝えてまいります」
その言葉に私は静かにうなずいた。暖かいはずのやけに南風がなぜか冷たく感じる。
 雪解けの時期が終わった時から始まった戦争は、夏の訪れを知らせる時期になっていた。
 国立記念日である夏至祭には十分に間に合った。
―――おめでとうございます、私。良き国にしましょう?
もう一人の私が両肩に手を置いて、囁いているかのように感じる。
 この感情も考え方も私なのだから。
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