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第四章

怪我と告白と 6

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 玄関の鍵を開けている間、誠司さんは部屋の外側をキョロキョロと眺めていた。

 部屋に入ると、室内はまるで温室のように蒸し暑い。日当たりのいい部屋だから、この時間はまだ陽射しも強い。私は窓を少しだけ開けると、エアコンと扇風機のスイッチを入れた。扇風機で部屋の中にこもった空気を外に逃がせば、部屋も早く涼しくなる。

 誠司さんはその間、買ってきた食材などを冷蔵庫の中に入れてくれた。

 空気に入れ替えを済ませると、窓を閉めた。遮光カーテンを使っているのにこんなに部屋の中が熱くなるのだから、カーテンがなかったらこの部屋は、もっと暑くなっていただろう。

 ある程度空気の入れ替えが終わったので、私は窓を閉めると一緒にカーテンも閉めた。遮光しないと、画面に光が反射して見づらいからだ。

「パソコンはないんですけど、タブレット端末があるのでそれで観ましょう。画面小さいから、見づらくてすみませんなんですけど……」

 私の部屋にあるテレビは、サブスクのチューナーがいくつか内蔵されているけれど、誠司さんの加入しているものは残念ながら内蔵されていない。

 そのため私は、リビングのテーブル下に置いていたタブレット端末を取り出すと、誠司さんが加入しているサブスクのアプリをダウンロードする。誠司さんがアプリにログインし、サムネイルをチェックしながら観たかったアクション映画を一緒に鑑賞した。

 画面が小さいので、テーブルの上にタブレットを立て掛け、ソファーが背もたれになるよう二人並んで床に直で座ると、私の右腕に誠司さんの左腕が触れる。

 私は背中に痛みが走るため、ソファーにもたれることはないけれど、誠司さんが途中、身体がしんどくなった時に背もたれがあればと思ってのことだった。

 誠司さんとの距離が近付きすぎると少し腰をずらそうにも、背中に痛みが走るため、そう簡単に動けずにいると、誠司さんはソファーの上に置いていたクッションを手に取り私の背中に沿わせた。じっとしていても打撲で背中が痛かったので、その気遣いがとても嬉しい。

 誠司さんと過ごす時間はとても心地よく、映画を一本観終えると十八時を回っていた。

「ちょっと早いけど、夕飯の準備しましょうか」

 私はそう言って立ち上がると、誠司さんが私を制した。

「愛美は怪我人なんだから、今日は俺が作る。と言っても簡単なものしか作れないけど。キッチン借りるよ」

 誠司さんは私を再びソファーへ座らせると、立ち上がってキッチンへと向かう。私の腕の保冷材はすでに溶けてしまっているため、誠司さんが買ってきた氷と水を氷嚢袋に入れ、それを私に手渡した。

 腕の痛みは、こうしてずっと冷やしていたのでかなり和らいだけれど、背中の痛みはそう簡単には引かない。
 私は誠司さんの申し出をありがたく受けることにしたけれど、一人暮らしをしているこの部屋に男の人がいるこの状況に慣れない。手料理を振る舞ってもらうのはありがたいけど、恐縮してしまう。

 あ、今さらながら思い出したけど、この部屋に来客用の布団がない! この季節、布団がなくても風邪を引くことはないと思うけど、どこで寝てもらおう。

 私の寝室に置いているベッドはシングルサイズだ。仮に彼にベッドを譲ったとして、身長が余裕で百八十センチ以上あるし、体格もいいからきっと窮屈だろう。

 私も背中を打撲しているし、左腕を火傷しているので、仰向けで寝るのは困難だ。

 それに、お風呂のこともある。

 今日も日中とても暑くて、お互い汗だくになっていた。お風呂を使ってもらうことについては特に何も思わないけれど、私はどうすればいいのか……。

 今日は汗だくになっているのに加えて、思いがけないアクシデントに見舞われていつも以上に汚れている。火傷と打撲で負傷した身体を一人で洗うことって、結構困難なのでは……?

 誠司さんがキッチンで夕飯を作ってくれている間、私はそのことに頭を悩まされていた。

「はい、お待たせ」

 目の前に、器に盛られたパスタとサラダが並べられ、私は我に返る。

 ケチャップと挽き肉をふんだんに使ったボロネーゼと、少し厚めに切られたキュウリとトマト、豪快にちぎられたレタスとゆで卵、食べ応えのありそうなサラダだ。

 器のそばに、冷蔵庫の中から取り出した和風ドレッシングが添えらえている。

「わあ……すごい、美味しそう」

 ボロネーゼは、先ほどスーパーで買ってきた挽き肉を使って作られたものだ。

 市販のソースではなく、全て誠司さんのお手製で、これだけの量を手作りすると、私一人ではなかなか食べきれない。そのため、最近はもっぱらレトルトや冷凍食品などに頼ってしまう。

 こうして自分のために手料理を振る舞ってもらうことに対するありがたみと、きちんと自炊ができることへの尊敬の念を抱いた。

「これ、実は俺の自信作。家族にも好評なんで、食べてみて」

 誠司さんが自信ありげに勧めてくる。私は添えられたフォークを手に取ると、パスタをくるくると絡め取り、自分の口へと運んだ。

「ほんとだ……、美味しいです」

 口の中にケチャップとトマトの甘味と酸味、肉の旨味が絶妙に絡まって、パスタとの相性が抜群だ。挽き肉の食感がしっかりとあるので、食べ応えがある。

 サラダも彩りが良く、みずみずしい野菜がとても美味しい。いつも野菜を丸ごと購入しても食べきれないから、カット野菜を購入しているけれど、こうして新鮮な野菜を食べると病みつきになりそうだ。

「ミートソースはたくさん作ってるから、おかわりもパスタを茹でたらすぐにできるし。もし食べきれずに余っても、冷凍できるから、後日解凍して食べてもいいよ」

 魅惑的な言葉に、私の声が弾む。

「え、本当に? じゃあ、また食べたいから、後で冷凍しなきゃ」

 こんな美味しいボロネーゼが、また食べられるのはとても嬉しい。

「うちは人数が多いから、大量に作っても、その日のうちに食べきってしまうんだ。だから、次の日に残ったりすることが滅多になくて、今日はつい作りすぎてしまった……」

 そう言って誠司さんは、申し訳なさそうにしゅんとした表情を浮かべた。

「いや、そんな……。一人暮らしだと、これはよくあることですよ。自分で作ったものが何日も続くのは苦痛ですけど、こうして人に作ってもらったものに対して文句を言うわけないですよ。それにこれ、美味しいし。冷凍で日持ちするの、助かります」

 誠司さんが作ってくれたボロネーゼは、お世辞抜きで美味しかった。これもきっと、同じレシピでも少量を作るのと、大量に作るのとで味が全然違うだろう。

「ならいいけど……。今度来るときは、一緒に作ろう」

 この言葉に、私の手が止まる。今度って……、また来てもらえるの?

 言葉に出さずとも、私の表情がそう物語っているようだ。誠司さんは左手で私の頭を軽く撫でる。

「俺、愛美の仮初めの彼氏で終わるつもり、ないから。これを機に、本物の彼氏に昇格するつもりなんで、よろしく」

 意表を突いた告白に、私は咀嚼中のパスタをそのまま飲み込んでしまい、盛大にむせ返る。

「うわっ、ごめん! 大丈夫か?」

 誠司さんはそう言うと、私の顔を下に向けた。そうして、優しく背中に手を置くと、ゆっくりと背中をさすった。

「少し背中、痛むかもしれないけどごめんな。ゆっくり息をして、そう……上手だ」

 誠司さんの落ち着いた低い声が、耳に心地よく響く。その声で冷静さを取り戻した私は、ゆっくりと呼吸をして少しずつ咳も落ち着いてきた。

 ようやく咳も止まり、誠司さんが用意してくれたお茶に手を伸ばして、それを一口飲んだ後、私は誠司さんにお礼を伝えた。

「見苦しいところをお見せしてすみません……。ありがとうございました」

「いや、そんなの気にしてないけど……、落ち着いてよかった」

 誠司さんがいなかったら、多分今もまだむせ込んでいた。こうしてそばにいてくれるだけで、安心できる。
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