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第六章

事件 1

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 何だかんだ言って、やっぱり実家は落ち着ける。打撲を言い訳に、私は今回上げ膳据え膳だ。

 母は家事の手が空くと、急遽帰って来た私の分の食材が足りないからと買い物に出掛けた。

 母が出掛けたので、私は一人。自分の部屋に戻ると、久しぶりに高校時代の卒業アルバムを手に取った。

 高校を卒業して八年。同窓会をやろうという声が挙がらないので、特定の同級生と顔を合わせる機会はほとんどない。日浦くんが隣に引っ越してきたことはイレギュラーだ。

 パラパラとページをめくる。小春も私も大人になって化粧を覚え、この頃と顔が変わっている。きっと同級生たちも顔が変わって、街中であったとしても気付かない子がいるんだろうな……

 園児たちもそうだ。私は二十歳で幼稚園教諭になり、六年ちょっと、園児たちの卒園を見てきた。初年度に卒園した子たちは、今年中学一年生。街中で声を掛けられたとしても、成長とともに顔が変わって、すぐにわからない子もいるだろう。

 社会人七年目に突入し、急にノスタルジックな気持ちになったのは、怪我で仕事を休まざるを得ない状況になり、普段働いている時間にこうして暇を持て余しているせいだ。

 私はアルバムを閉じ、ベッドの上に横たわって目を閉じると眠っていたようで、いつの間にかお昼をとっくに回っていた。

 誠司さんとは一日置きにメッセージのやり取りをしている。

 実家に戻った翌日、誠司さんからメッセージを受信した。

 内容は身体を気遣うもので、日曜日、アパートへ戻ったら一緒に食事をしようと書かれてあった。

 先日のように、アパートで一緒に料理をするのも悪くない。私は承諾の返事をして、その後は普通の恋人同士がするような、たわいないやり取りをした。

 他にすることもなく、ダラダラと過ごしていると、あっという間に土曜日になっていた。

 実家で安静にしていたことが功を奏したのか、はたまた鎮痛剤のおかげか、打撲痛はかなり和らいだ。

 明日はアパートに戻るので荷物をまとめていると、スマホが鳴った。音からしてメッセージを受信したようだ。時間はまだ十五時を少し回ったくらいだ。いったいだれだろう……?

 バッグの中に着替えを詰め終えてスマホを手に取ると、どうやら送信主は誠司さんのようだ。ロックを解除して画面を開くと……

「……っ!! 何これ……」

 アパートの、私の部屋の前に、大量のごみが散乱している画像だった。

 既読が付いたのを確認した誠司さんから、すぐにメッセージが届く。

『今、通話大丈夫か?』

 私は返信する余裕もなく、通話ボタンを押していた。

「もしもし」

『愛美、画像、驚かせてごめん。この前預かったコンセントタップのことで気になることがあって、日浦の部屋を訪ねようとアパートに行ったんだ。そうしたら愛美の部屋の前があんなことになってたから、知らせようと思って画像を送ったんだけど……』

 画像の衝撃で、私は上手く言葉が出てこない。

『これはさすがに悪質だから、警察に連絡しようと思うんだけど、部屋の主じゃない俺が通報しても取り合ってもらえないかも知れないから、今から愛美、こっちに来られるか? 動揺して運転が心配なら、俺が迎えに行く』

 今はショックで運転なんてできそうにない。けれど、実家に車を置いて帰ると後々不便だ。

 そのことを正直に伝えると、迎えに来てくれることになった。

 到着まで二十分くらいかかるので、通話を終えると両親に画像を見せて事情を説明し、警察に通報することを報告した。

 両親は、警察の事情聴取があれば一緒に行こうかと言ってくれたけど、画像を送ってくれた人が一緒にいるからと断った。誠司さんがここへ迎えに来てくれることになっているから、両親も顔を合わせることになる。

 まだお付き合いを始めたことを話していなかったから、誠司さんの顔を見たら、きっといろいろ聞かれそうだ……

 自宅の場所は住所を教えたので、カーナビを見てやってくるとのことだけど、いろんな意味で落ち着かない。

 荷物をまとめて、玄関で誠司さんの到着を待っていると、思ったよりも早く到着したようだ。

 駐車場が狭く、両親と私の車が場所を取っているため、誠司さんは車を路肩に寄せて停車した。そして玄関にやってくる。

「愛美!」

 数日振りに見る誠司さんは、彼氏フィルターがかかって、いつもより数倍素敵に見える。

 私の背後から両親が姿を見せたので、誠司さんは二人に頭を下げた。

「はじめまして、愛美さんとお付き合いをさせていただいている大塚と申します」

 誠司さんの挨拶に、両親も挨拶を返す。

「はじめまして、愛美の父です。上がってもらってゆっくり話をしたいところだけど、さっきの……」

 父が言いたいことを汲んだ誠司さんが、頷いた。

「愛美さんから聞かれましたか……。詳細は、改めてご報告させてください。とりあえず、アパートは中井に見張らせてるから、何かあれば連絡が入ることになってる」

 誠司さんの配慮に、両親が頷きながら言葉を掛ける。

「大塚くん……でしたか。君に任せますので、愛美のこと、お願いします」

 父と母が、一緒に頭を下げた。

「この件は、必ずご報告に上がります。……愛美、行こう」

 誠司さんが両親に返事をすると、私を車に乗るよう促す。
 私は荷物を持って誠司さんの車の助手席に座ると、誠司さんは車を走らせた。

 サイドミラー越しに、両親が私たちを見送るのが見える。車が角を曲がって家から見えなくなるまで、両親はその場を離れなかった。

 車が幹線道路に出たタイミングで、誠司さんが口を開いた。

「この前、愛美からコンセントタップを預かっただろう?」

「はい、それが何か……?」

 車のカーステレオからは、ちょうど今流行っているドラマの主題歌が流れている。マイナーコードの、ちょっと切ない曲調だ。

 誠司さんは深呼吸を一つ吐いて、言いにくそうに言葉を続けた。

「あれ、実は盗聴器だったんだ……」

 盗聴器……?

 思いもよらない単語に、私は目を何度か瞬かせる。そして、ようやく言葉の意味を理解した私は、両手で自分の腕を抱きかかえた。

 なんで……? 恐ろしさのあまり、震えが止まらない。

「中井は昔から機械マニアでさ、預かっていたコンセントタップのことが気になって、仕事明けに預けてたんだ。そしたらあれ、盗聴器だったって連絡があって。他にも盗聴器がないか、調べてもらおうと思って呼び出したんだ。玄関の嫌がらせも、多分日浦の仕業だろう。事情聴取は俺も立ち会うから、警察に通報しよう」

 誠司さんの言葉に、私は頷くだけで言葉を発することができなかった。

 信号で車が停車するたび、誠司さんは左手で私の手に触れて、『大丈夫だから』と伝えてくれる。けれど、私の震えは一向に止まらない。アパートが近付いてくるにつれ、恐怖で自然と涙が溢れてきた。
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