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第一章 虐げられた姫
第46話 裏では
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少し時間は戻り、ローランドがフィレンティアをフェリクスに預けた頃のこと。執務室では、カイラードが、公務を行っていた。
「……陛下。今よろしいですか」
「なんだ」
「隣国にいる奴の使い魔が──」
「今度は何をしでかした」
レクトが言いきる前に口を挟んだ。
何かをしでかした前提で話を進めている主に、レクトはため息をつきそうになるのをこらえる。主の気持ちも分からなくはないからだ。いつも使い魔は後始末を頼むときぐらいにしか送られなかった。
「……いや、ただの報告ですね」
使い魔の足に結ばれていた手紙を読んだレクトがそう答える。
「黒犬が入り込んでいるそうです」
「ただ入り込むだけか?」
「いいえ。害獣に成り下がったようですよ」
「ついに牙を剥くか。そこらをうろつくくらいなら、放っておいてやってもよかったんだがな」
カイラードは、隣国の手の者が潜り込んでいるのには気づいていた。だが、そもそも人に良い意味でも悪い意味でも興味を示さないカイラードは、たいして気にしなかった。
「報告では、ローランド皇子殿下がすでに狙われたようですね」
「ローランドなら問題ないだろう。簡単に獲物になるような奴ではない」
「そこにフィレンティア皇女殿下も居合わせたそうですが……」
レクトがそう呟くと、カイラードの手の動きが止まる。
「……彼女は無事なのか?」
「無傷ですよ。心配するなんて、ローランド皇子殿下とはえらい違いですね」
「……彼女は、魔法も剣も使えん。自衛手段がないから気にかけているだけだ」
(フェレスの言っていたことは本当だったか……)
フェレス、レクト、カイルは幼なじみ。そのため、お互いの性格は熟知している。だからこそ、カイルが丸くなったと酒の場で言っていたときは、レクトは正直信じられなかった。
「そういう割には他の皇子や皇女はそこまで気にかけてなかったよな」
「……」
(カイルが俺に口で負けた……)
いつも何か苦言を呈しても言いくるめられるが、普通に黙り込んでしまったカイラードを見てレクトは驚きを隠せなかった。
「……それよりも、他に何かあるか」
話をそらしたなと思ったものの、それを口には出さなかった。
「後は、俺への個人的な手紙だけだ」
「内容は?」
「……」
(言わなきゃダメか?)
内容が内容なだけに、カイラードに話すのをためらっている。それに気づかないカイラードではない。
「また私のことを面白おかしく書いているのか」
「……否定はしない」
(命知らずな奴だよなぁ)
替えが効かない存在ではあるが、普通の貴族なら、手足の一本や二本失くなってもおかしくないだろう。そんな言動を呼吸するようにしているため、レクトは常に冷や汗状態だ。
「読み上げろ」
「……長いですよ?」
「なら、要約でもすればいいだろう」
「……分かりました」
手紙の内容を要約するとこうだ。
ーーもう二週間近く留守にしているけど、何の問題もないか?
僕は変態付きではあるが、快適空間でのんびりダラダラしているよ。どうせ、僕がサボりとかそんな理由でここにいると思われてるんだろうから、一応報告書は同封しておいたけど。でも、そろそろ帰らないとあの漢メイドと冷血皇帝の機嫌が悪くなりそうだ。
あの冷血皇帝は、魔法関係はいつもこっちに押しつけるから、その押しつける相手がいなくてイライラしているところだろうし、漢メイドは期限を守らなかったとか言ってグチグチ言うつもりだろうし。
まぁ、誰かはもう襲われてはいるだろうし、もう一眠りくらいしたらそっちに帰るから。
「──だそうです」
「誰が漢メイドですか!!」
ドアを思いきり──一応ノックはして──入ってきたのはハリナ。
「あなたのことだとは書いてませんけど?」
突然入ってきたハリナに驚きつつも、レクトは冷静にハリナの言葉を否定する。
「奴のことですからどうせ私のことですよ!手紙でも口数が減らない奴です」
「口数が減らないのはいつものことだと思いますけど」
レクトの言葉には耳も傾けず「帰ったらどうしてやろうかしら……」とぶつぶつ言っている。
「それよりも、なぜここにいるのですか?」
偶然、通りかかったにしては不自然。
「あぁ、そうです。ご存じかもしれませんが、駄犬が……」
「どっちの駄犬だ?」
「両方です。一つは第五皇子殿下、もう一つは第四皇女殿下のようですよ」
フィレンティアは両方ともローランドを狙ったと思っているが、実は違う。最初はローランド。だが、二回目に狙われたのはフィレンティアだった。
それにローランドは薄々感づいており、フィレンティアに手を出したため、フェリクスにフィレンティアを預け、自ら出向きに行った。
「ローランドを狙ったのは隣国の方だろう。フィレンティアはあまり知られていないはずだからな」
「そうですね……私としたことがまだ駄犬を野放しにしていたとは……」
「そういえば、捕らえた奴らはどうしてるんだ?」
「兵士には任せられないということで、セリアがいますよ」
(影で一番の貴族思考のあいつがいるのか……)
セリアが見張りにいるなら、ろくな目に合わないだろうと、レクトは姿も知らぬ刺客に多少は同情した。
「徹底的に洗い出しましょうか?」
「そうだな。早く死にたくて仕方がないようだからな」
「承知しました。影を総動員してでも引きずり出します」
ニコニコと笑いながらハリナは出ていった。
「私も動くとするか」
「……公務は?」
「すべて終わっている」
いつものカイラードらしく淡々と言って同じように出ていった。
(フェレスが逃げたくなるのも分かる気がする)
フェレスと同じく帝国貴族らしからぬ思考を持っているレクトは、ハリナとカイラードが出ていってしまったドアをしばらく見ていた。
「……陛下。今よろしいですか」
「なんだ」
「隣国にいる奴の使い魔が──」
「今度は何をしでかした」
レクトが言いきる前に口を挟んだ。
何かをしでかした前提で話を進めている主に、レクトはため息をつきそうになるのをこらえる。主の気持ちも分からなくはないからだ。いつも使い魔は後始末を頼むときぐらいにしか送られなかった。
「……いや、ただの報告ですね」
使い魔の足に結ばれていた手紙を読んだレクトがそう答える。
「黒犬が入り込んでいるそうです」
「ただ入り込むだけか?」
「いいえ。害獣に成り下がったようですよ」
「ついに牙を剥くか。そこらをうろつくくらいなら、放っておいてやってもよかったんだがな」
カイラードは、隣国の手の者が潜り込んでいるのには気づいていた。だが、そもそも人に良い意味でも悪い意味でも興味を示さないカイラードは、たいして気にしなかった。
「報告では、ローランド皇子殿下がすでに狙われたようですね」
「ローランドなら問題ないだろう。簡単に獲物になるような奴ではない」
「そこにフィレンティア皇女殿下も居合わせたそうですが……」
レクトがそう呟くと、カイラードの手の動きが止まる。
「……彼女は無事なのか?」
「無傷ですよ。心配するなんて、ローランド皇子殿下とはえらい違いですね」
「……彼女は、魔法も剣も使えん。自衛手段がないから気にかけているだけだ」
(フェレスの言っていたことは本当だったか……)
フェレス、レクト、カイルは幼なじみ。そのため、お互いの性格は熟知している。だからこそ、カイルが丸くなったと酒の場で言っていたときは、レクトは正直信じられなかった。
「そういう割には他の皇子や皇女はそこまで気にかけてなかったよな」
「……」
(カイルが俺に口で負けた……)
いつも何か苦言を呈しても言いくるめられるが、普通に黙り込んでしまったカイラードを見てレクトは驚きを隠せなかった。
「……それよりも、他に何かあるか」
話をそらしたなと思ったものの、それを口には出さなかった。
「後は、俺への個人的な手紙だけだ」
「内容は?」
「……」
(言わなきゃダメか?)
内容が内容なだけに、カイラードに話すのをためらっている。それに気づかないカイラードではない。
「また私のことを面白おかしく書いているのか」
「……否定はしない」
(命知らずな奴だよなぁ)
替えが効かない存在ではあるが、普通の貴族なら、手足の一本や二本失くなってもおかしくないだろう。そんな言動を呼吸するようにしているため、レクトは常に冷や汗状態だ。
「読み上げろ」
「……長いですよ?」
「なら、要約でもすればいいだろう」
「……分かりました」
手紙の内容を要約するとこうだ。
ーーもう二週間近く留守にしているけど、何の問題もないか?
僕は変態付きではあるが、快適空間でのんびりダラダラしているよ。どうせ、僕がサボりとかそんな理由でここにいると思われてるんだろうから、一応報告書は同封しておいたけど。でも、そろそろ帰らないとあの漢メイドと冷血皇帝の機嫌が悪くなりそうだ。
あの冷血皇帝は、魔法関係はいつもこっちに押しつけるから、その押しつける相手がいなくてイライラしているところだろうし、漢メイドは期限を守らなかったとか言ってグチグチ言うつもりだろうし。
まぁ、誰かはもう襲われてはいるだろうし、もう一眠りくらいしたらそっちに帰るから。
「──だそうです」
「誰が漢メイドですか!!」
ドアを思いきり──一応ノックはして──入ってきたのはハリナ。
「あなたのことだとは書いてませんけど?」
突然入ってきたハリナに驚きつつも、レクトは冷静にハリナの言葉を否定する。
「奴のことですからどうせ私のことですよ!手紙でも口数が減らない奴です」
「口数が減らないのはいつものことだと思いますけど」
レクトの言葉には耳も傾けず「帰ったらどうしてやろうかしら……」とぶつぶつ言っている。
「それよりも、なぜここにいるのですか?」
偶然、通りかかったにしては不自然。
「あぁ、そうです。ご存じかもしれませんが、駄犬が……」
「どっちの駄犬だ?」
「両方です。一つは第五皇子殿下、もう一つは第四皇女殿下のようですよ」
フィレンティアは両方ともローランドを狙ったと思っているが、実は違う。最初はローランド。だが、二回目に狙われたのはフィレンティアだった。
それにローランドは薄々感づいており、フィレンティアに手を出したため、フェリクスにフィレンティアを預け、自ら出向きに行った。
「ローランドを狙ったのは隣国の方だろう。フィレンティアはあまり知られていないはずだからな」
「そうですね……私としたことがまだ駄犬を野放しにしていたとは……」
「そういえば、捕らえた奴らはどうしてるんだ?」
「兵士には任せられないということで、セリアがいますよ」
(影で一番の貴族思考のあいつがいるのか……)
セリアが見張りにいるなら、ろくな目に合わないだろうと、レクトは姿も知らぬ刺客に多少は同情した。
「徹底的に洗い出しましょうか?」
「そうだな。早く死にたくて仕方がないようだからな」
「承知しました。影を総動員してでも引きずり出します」
ニコニコと笑いながらハリナは出ていった。
「私も動くとするか」
「……公務は?」
「すべて終わっている」
いつものカイラードらしく淡々と言って同じように出ていった。
(フェレスが逃げたくなるのも分かる気がする)
フェレスと同じく帝国貴族らしからぬ思考を持っているレクトは、ハリナとカイラードが出ていってしまったドアをしばらく見ていた。
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