14 / 30
第一章 辺境の街 カルファ
14. 一日目の夜
しおりを挟む
僕たちは夕飯を食べ終わって、部屋に戻っていた。
さすがに子供用の寝巻きはないらしく、僕らは着替えないで眠ることになる。
まぁ、この服は薄くて柔らかい生地で作られてるから、寝巻きとして充分に使えるけど。
「お兄ちゃん、さっさと終わらせよ~……」
ふわぁとあくびしながらそう言うルーナに、僕はこくりと頷く。
二人きりになれたので、今から父さんたちへ今日の報告をするのだ。念のため精霊術で防音も施しておいたので、部屋の外に話し声が漏れることはないだろう。
僕が、ルーナのほうをちらりと見ると、目をとろんとさせながら、首をがくがくとさせていた。
ルーナは、いつにも増して眠そうだ。無理もないだろう。今日は、ルーナが生まれてから約百年の間で、最も長く起きていたと言っても過言ではない。久々にそれなりの距離を移動してもいるし、ルーナは完全にへとへとだろう。
僕も疲れてるくらいだ。なるべく早く終わらせることとしよう。
僕は、カバンの中から水晶を取り出し、そこに少しだけ魔力を込める。
すると、透明な水晶は虹色に輝きだして、部屋中に光が溢れた。
けど、不思議と眩しくはない。
「父さーん、母さーん」
僕が水晶に呼びかけると、向こうからガシャンと物音がする。
それも、一度や二度ではない。
向こうで何が起きてるんだ?と思いながらも返事を待っていると、水晶の表面が波紋のように揺れる。
「ルート!遅いじゃないですか!」
そんな声とともに、金髪緑眼の美人が現れる。僕たちの母さんで、風と光の上級精霊のファリスだ。
ぷくっと不機嫌そうに膨らむ頬は、ルーナにそっくりだ。僕もルーナや母さんとは顔立ちが似ているから、不機嫌になるとこんな顔になるのかもしれない。
「仕方ないじゃん。いろいろとトラブルが重なって、この時間じゃないと連絡ができなかったんだから」
僕だって、こんな時間に話すつもりはなかった。街に入ったら、適当にご飯でも食べて、身分証が作れるなら身分証を作って、フラッフィーのベッドがある宿に泊まる予定だったのだ。
それが、思ったよりも街の警備が厳しかったので、僕らは不審人物として捕まって、なんやかんやで屋敷に客として泊まることになるなんて、誰が想定できる。
「まぁ、忘れてなかったのならいいです。それで、ルーナはどこですか?」
水晶も万能ではない。魔力を通した相手と通信できるけど、逆に言えば魔力を通さなければ通信ができない。
音や声は聞こえても、姿を認識させることができないのだ。
「ルーナ。母さんとお話ししよ」
僕は後ろに座っているルーナに声をかける。
「は~い……」
ルーナは眠そうに目を擦りながら、こちらに這いずるように向かってくると、水晶に魔力を込める。
これで、母さんにもルーナの姿が見えるはず。
「ルーナ!起きていたんですね」
寝てると思ってたの?まぁ、ルーナならあり得るというか、当たり前の考えかもしれないけど。
「お兄ちゃんが話せって言うから」
「その言い方だと、僕が無理やりやらせてるみたいになるんだけど?」
「だってそうじゃん」
「違うからね?」
確かに、ここに父さんたちが突撃してくることのないようにルーナを説得したけど、最終的に話すと決めたのはルーナだ。ルーナがどうしても嫌だというなら、僕一人で何とかするつもりではあった。
ルーナの機嫌を損ねて精霊界に帰還なんて最悪のパターンを実行させるわけにはいかないからね。
「……母さん、父さんはいないの?」
とりあえず話題をそらそうと、僕はさっきから声すらも聞こえない父さんの話題を出す。
話題そらしではあるけど、気になるのも事実だ。父さんほど親バカなら、僕たちから連絡が来たら、真っ先に応答するだろうに。
「ああ。あの人なら、ふて寝していますよ」
「ふ、ふて寝……?」
「ええ。『いつまで経ってもルートたちから連絡が来ない!』って涙ぐみながら布団にくるまってしまいました」
子どもか。連絡が来ないって言っても、そこまで遅い時間帯でもないんだけど。
この国では、日の入りとほぼ同時に夕食をとるけど、夕食を終えてから一時間も経ってないよ。壁にかかっている時計を見ても、まだ七時にもなってないみたいだし。
「起こさないの?パパ、絶対に拗ねるよ?」
間違いない。母さんにぞっこんだから、起こさなかったことを怒ったりはしないだろうけど、間違いなく拗ねる。めんどくさくなる。
下手をすれば、こっちに突撃してくることだろう。それだけは阻止せねば。
「だって、起こしたら起こしたで面倒じゃありませんか、あの人」
はぁとため息混じりに呟くその言葉に、僕は苦笑いすらできない。気持ちはわかるけど、なぜそんなことをすると思ってしまう。
だって、起こさないほうがもっとめんどくさくなるから。起こしてよ。
「一応、父さんとも話すつもりだったからさ。起こしてくれない?」
僕のお願いに、母さんは「う~ん」と頭を悩ませるけど、仕方ないというようにため息をついた。
「わかりました。では、防音結界を解除しましょう」
防音結界を解除……?もしかしなくても、父さんが僕たちの通信に気づかずにふて寝してるのってこれが原因じゃない?
ショックのせいかと思ったけど、母さんは父さんに僕たちと話をさせる気はなかったのか。そう考えると、少し母さんが怖くなってくる。
「パパ~?いるの~?」
ルーナがのんびりとした口調で声をかけると、それとは反対に、水晶の向こう側からどんがらがしゃんと大きな物音がする。
絶対に父さんだな、うん。さっきの母さんといい、この夫婦は、もう少し落ち着けないものかな。
「ルート!ルーナ!遅いじゃないか、待ちくたびれたぞ!」
「それは悪かったけど、父さんはふて寝してたんじゃないの?」
別に待ちくたびれてはなさそうだよね。寝てたんだもん。
父さんは、わかりやすいくらいに目をそらした。おいこら。
僕がじとっと父さんに無言の圧を送っていると、父さんはリミッターが外れたように叫び出す。
「仕方ないじゃないか!ルートたちに忘れられてると思ったんだぞ!遅くなるならそう言ってくれてもいいだろう!」
「いや、その連絡すらもする余裕がなかったんだって」
今思えば、詰所にいたときにできたかもしれないけど、いつ誰が入ってくるかわからないあの場所で通信なんかできるはずもない。
騒ぎを起こさないことを第一にしてたから、仕方ないんだ。仕方ない。
「……まぁ、いいか。それで、今日は何をしていたんだ?」
「街の警備が思ったよりもしっかりしててね。列が長くて入るのにも時間かかったし、順番になっても、立ち入るための検査で一日が終わったよ。今は、街に入れてくれた人のお屋敷にいるの」
本当なら、いろいろと見て回りたかったんだけどね。まぁ、それは明日に回そう。
「あら、それならこっそりと入ればよかったのでは?」
「街の入り口には警備がいたし、街の周りは壁で囲われてるから入れないよ」
「飛べばいいじゃありませんか」
さも当然かのようにそう言う母さんに、僕は呆れ果てる。本当に、子が子なら親も親だ。
「だよね?ママもやっぱりそう思うよね!?あんな長い列に並ぶ必要なんてなかったんだ!」
当の本人も激しく同意を求める。なんかまるで、僕が間違っているような感じがしてくるけど、非常識なのは絶対にルーナと母さんのほうだ。
「それやってたらフラッフィーのベッドで寝れてないよ?」
僕が真顔で静かにそう言うと、ルーナは「うっ」と呻いて固まる。
同じことをそのときも言っていたはずなんだけど、きれいに頭からすっぽ抜けてたみたいだ。
「まぁ、フラッフィーのベッドを使ったのですか!?」
「寝心地はどうだったのだ!」
僕がフラッフィーのベッドという単語を出すと、今度は父さんまでもが興奮をしだす。
そうだった。この人たちも精霊だから、怠惰の道具には食いつくんだった。
「ふかふかしててよかったよ。僕はまだ寝てないけど」
「もふもふだったよ~。あれを味わっちゃったら、もう元のベッドじゃ寝られないよ~!」
僕は普通に説明したけど、ルーナは完全にとろけきった顔で説明する。
それだけ満足しているということなのだろうけど。だらけっぷりはすごかったからな、本当に。
「二人だけずるいですよ!うらやまけしからんです!」
母さんはぷくっと頬を膨らませて抗議する。ルーナほどではないけど、母さんたちもかなり怠惰なほうだからね。
これは、ベッドを買うなんて言ったら、自分たちの分を要求しかねないな。明日の予定も話そうかと思ったけど、黙ってーー
「明日はベッド見に行くんだ~。精霊界に戻ったらゴロゴロするの!」
あかーん!
ルーナからすれば、最高のベッドの自慢をしたかっただけかもしれないけど、今の父さんたちにそんなこと言ったら……
「ルーナたちだけずるいですよ!私の分もください!」
「私の分もくれ!」
ほらこうなった!無理だよ!小金貨一枚でベッド三つは、フラッフィーじゃない素材でも無理だよ!
「そんなにお金ないから!」
「お金ならちゃんと渡しますから!」
そういうことじゃないよ!立て替えてくれればいいわけじゃない!
「使えるお金に制限があるの。三つも買えないよ」
「なら、制限を増やせばいいだろう」
簡単に言うけど、それは難しいと思うよ?身元不詳の僕たちが自由にお金使うってのは。
少なくとも、フラッフィーのベッドが複数あるような高級店などでは入れてすらもらえないと思う。
「パパたちの分は今はいいじゃん。別にこの街にしかないわけじゃないんだし、わたしのがあれば」
真顔でそう言うルーナに、僕はため息をつく。
誰のせいでこうなったと思ってるんだか。
「……そうだね。ルーナが約束を破ったら母さんたちにそのベッドを渡そうか」
「なんでそうなるの!?」
ルーナは信じられないとばかりに声を荒らげる。僕も自分が意地の悪いことを言っている自覚はあるけど、ルーナにはこれくらい厳しくしないとダメだと思う。
「だって、約束を守れなかったら使わせないって言ったでしょ?使わないベッドを持っててもしょうがないし、欲しい人がいるんなら渡せばいいじゃん」
「わたしのベッドだよ!?」
「ちゃんと起きるっていう約束を守れば大丈夫だよ」
「わたしのベッドなのにぃ~……」
ルーナは少し涙目になりながらしょんぼりとする。
まぁ、約束を破ったとしても、さすがに本気でルーナのものを渡すつもりはない。
渡したふりをして、別のものを買うつもりではいるけど、これくらいの危機感を持ってもらえば、約束を破ることはないだろう。
泣かせたことに罪悪感はあるけど。
「じゃあ、僕たちそろそろ寝るから。また明日、このくらいの時間に連絡するよ」
「ちょっと!私たちの分のベッドも買ってくださいよ!?」
「ルーナが約束破ったらね」
まだぎゃあぎゃあと何か言ったいたけど、全部無視して、僕は一方的に通信を切る。
はぁ……まだ一日目なのに、どっと疲れた。
「ルーナ、僕はそろそろ寝るけど」
「……わたしのベッド」
そう言って、ルーナはベッドの中央に寝転がって占拠する。絶対に動かないという不屈の意志を感じた。
どうやら、よほど僕の言葉に腹を立てたらしい。僕も悪かったけど、やり方が大人げなさすぎる。
「わかった。じゃあ、僕はあそこのソファで寝るよ」
本音としては、もちろんベッドで寝たいけど、もうくたくただから、とりあえず寝転がりたい。ルーナと争うほどの体力が残ってない。
僕は、部屋の隅に置いてあるソファのほうに向かって歩き出す。
すると、後ろから服の裾をくいっと引っ張られる。
振り返ると、ルーナが枕を持って僕の服の裾を掴んでいた。
「……わたしもソファで寝る」
「えっ、そんなスペースないけど?」
ソファはこのお屋敷にふさわしい大きさではあるものの、さすがに二人で寝るスペースはない。大人一人がちょうどいいくらいだ。
子ども体型の僕たちでも、体を重ねあってなんとか乗るくらいだろう。寝返りなんてうったら落っこちると思う。
「じゃあ、床で寝る。一緒に」
「いやいや、せっかくあるんだから、ルーナはベッドで寝なよ。気に入ってたんでしょ?」
というか、『わたしのベッド』じゃなかったの?ルーナが寝ればいいのに、なんでこんなに頑ななんだ。
「……好きじゃない」
嘘つけ。部屋に入ってからずっと離れなかったくせに。
「ルートがソファで寝るなら、わたしもソファで寝る!床なら床で寝るの!」
ルーナはさらに強く僕の服を握ってくる。さっきまで泣いていたからか、少し涙目にもなっている。
そこまではっきり言われると、さすがの僕でもルーナの目的に気づいた。
「……僕と一緒に寝たいの?」
僕がそう指摘すると、ルーナは顔を赤くして俯く。
でも、小さくこくりと頷いた。可愛いところあるじゃん。
「じゃあ、一緒にベッドで寝る?」
「わたしのベッド」
そこはぶれないんかい。
「じゃあ、ソファにしようか」
僕がそう言うと、ルーナは嬉しそうに頷いた。
さすがに子供用の寝巻きはないらしく、僕らは着替えないで眠ることになる。
まぁ、この服は薄くて柔らかい生地で作られてるから、寝巻きとして充分に使えるけど。
「お兄ちゃん、さっさと終わらせよ~……」
ふわぁとあくびしながらそう言うルーナに、僕はこくりと頷く。
二人きりになれたので、今から父さんたちへ今日の報告をするのだ。念のため精霊術で防音も施しておいたので、部屋の外に話し声が漏れることはないだろう。
僕が、ルーナのほうをちらりと見ると、目をとろんとさせながら、首をがくがくとさせていた。
ルーナは、いつにも増して眠そうだ。無理もないだろう。今日は、ルーナが生まれてから約百年の間で、最も長く起きていたと言っても過言ではない。久々にそれなりの距離を移動してもいるし、ルーナは完全にへとへとだろう。
僕も疲れてるくらいだ。なるべく早く終わらせることとしよう。
僕は、カバンの中から水晶を取り出し、そこに少しだけ魔力を込める。
すると、透明な水晶は虹色に輝きだして、部屋中に光が溢れた。
けど、不思議と眩しくはない。
「父さーん、母さーん」
僕が水晶に呼びかけると、向こうからガシャンと物音がする。
それも、一度や二度ではない。
向こうで何が起きてるんだ?と思いながらも返事を待っていると、水晶の表面が波紋のように揺れる。
「ルート!遅いじゃないですか!」
そんな声とともに、金髪緑眼の美人が現れる。僕たちの母さんで、風と光の上級精霊のファリスだ。
ぷくっと不機嫌そうに膨らむ頬は、ルーナにそっくりだ。僕もルーナや母さんとは顔立ちが似ているから、不機嫌になるとこんな顔になるのかもしれない。
「仕方ないじゃん。いろいろとトラブルが重なって、この時間じゃないと連絡ができなかったんだから」
僕だって、こんな時間に話すつもりはなかった。街に入ったら、適当にご飯でも食べて、身分証が作れるなら身分証を作って、フラッフィーのベッドがある宿に泊まる予定だったのだ。
それが、思ったよりも街の警備が厳しかったので、僕らは不審人物として捕まって、なんやかんやで屋敷に客として泊まることになるなんて、誰が想定できる。
「まぁ、忘れてなかったのならいいです。それで、ルーナはどこですか?」
水晶も万能ではない。魔力を通した相手と通信できるけど、逆に言えば魔力を通さなければ通信ができない。
音や声は聞こえても、姿を認識させることができないのだ。
「ルーナ。母さんとお話ししよ」
僕は後ろに座っているルーナに声をかける。
「は~い……」
ルーナは眠そうに目を擦りながら、こちらに這いずるように向かってくると、水晶に魔力を込める。
これで、母さんにもルーナの姿が見えるはず。
「ルーナ!起きていたんですね」
寝てると思ってたの?まぁ、ルーナならあり得るというか、当たり前の考えかもしれないけど。
「お兄ちゃんが話せって言うから」
「その言い方だと、僕が無理やりやらせてるみたいになるんだけど?」
「だってそうじゃん」
「違うからね?」
確かに、ここに父さんたちが突撃してくることのないようにルーナを説得したけど、最終的に話すと決めたのはルーナだ。ルーナがどうしても嫌だというなら、僕一人で何とかするつもりではあった。
ルーナの機嫌を損ねて精霊界に帰還なんて最悪のパターンを実行させるわけにはいかないからね。
「……母さん、父さんはいないの?」
とりあえず話題をそらそうと、僕はさっきから声すらも聞こえない父さんの話題を出す。
話題そらしではあるけど、気になるのも事実だ。父さんほど親バカなら、僕たちから連絡が来たら、真っ先に応答するだろうに。
「ああ。あの人なら、ふて寝していますよ」
「ふ、ふて寝……?」
「ええ。『いつまで経ってもルートたちから連絡が来ない!』って涙ぐみながら布団にくるまってしまいました」
子どもか。連絡が来ないって言っても、そこまで遅い時間帯でもないんだけど。
この国では、日の入りとほぼ同時に夕食をとるけど、夕食を終えてから一時間も経ってないよ。壁にかかっている時計を見ても、まだ七時にもなってないみたいだし。
「起こさないの?パパ、絶対に拗ねるよ?」
間違いない。母さんにぞっこんだから、起こさなかったことを怒ったりはしないだろうけど、間違いなく拗ねる。めんどくさくなる。
下手をすれば、こっちに突撃してくることだろう。それだけは阻止せねば。
「だって、起こしたら起こしたで面倒じゃありませんか、あの人」
はぁとため息混じりに呟くその言葉に、僕は苦笑いすらできない。気持ちはわかるけど、なぜそんなことをすると思ってしまう。
だって、起こさないほうがもっとめんどくさくなるから。起こしてよ。
「一応、父さんとも話すつもりだったからさ。起こしてくれない?」
僕のお願いに、母さんは「う~ん」と頭を悩ませるけど、仕方ないというようにため息をついた。
「わかりました。では、防音結界を解除しましょう」
防音結界を解除……?もしかしなくても、父さんが僕たちの通信に気づかずにふて寝してるのってこれが原因じゃない?
ショックのせいかと思ったけど、母さんは父さんに僕たちと話をさせる気はなかったのか。そう考えると、少し母さんが怖くなってくる。
「パパ~?いるの~?」
ルーナがのんびりとした口調で声をかけると、それとは反対に、水晶の向こう側からどんがらがしゃんと大きな物音がする。
絶対に父さんだな、うん。さっきの母さんといい、この夫婦は、もう少し落ち着けないものかな。
「ルート!ルーナ!遅いじゃないか、待ちくたびれたぞ!」
「それは悪かったけど、父さんはふて寝してたんじゃないの?」
別に待ちくたびれてはなさそうだよね。寝てたんだもん。
父さんは、わかりやすいくらいに目をそらした。おいこら。
僕がじとっと父さんに無言の圧を送っていると、父さんはリミッターが外れたように叫び出す。
「仕方ないじゃないか!ルートたちに忘れられてると思ったんだぞ!遅くなるならそう言ってくれてもいいだろう!」
「いや、その連絡すらもする余裕がなかったんだって」
今思えば、詰所にいたときにできたかもしれないけど、いつ誰が入ってくるかわからないあの場所で通信なんかできるはずもない。
騒ぎを起こさないことを第一にしてたから、仕方ないんだ。仕方ない。
「……まぁ、いいか。それで、今日は何をしていたんだ?」
「街の警備が思ったよりもしっかりしててね。列が長くて入るのにも時間かかったし、順番になっても、立ち入るための検査で一日が終わったよ。今は、街に入れてくれた人のお屋敷にいるの」
本当なら、いろいろと見て回りたかったんだけどね。まぁ、それは明日に回そう。
「あら、それならこっそりと入ればよかったのでは?」
「街の入り口には警備がいたし、街の周りは壁で囲われてるから入れないよ」
「飛べばいいじゃありませんか」
さも当然かのようにそう言う母さんに、僕は呆れ果てる。本当に、子が子なら親も親だ。
「だよね?ママもやっぱりそう思うよね!?あんな長い列に並ぶ必要なんてなかったんだ!」
当の本人も激しく同意を求める。なんかまるで、僕が間違っているような感じがしてくるけど、非常識なのは絶対にルーナと母さんのほうだ。
「それやってたらフラッフィーのベッドで寝れてないよ?」
僕が真顔で静かにそう言うと、ルーナは「うっ」と呻いて固まる。
同じことをそのときも言っていたはずなんだけど、きれいに頭からすっぽ抜けてたみたいだ。
「まぁ、フラッフィーのベッドを使ったのですか!?」
「寝心地はどうだったのだ!」
僕がフラッフィーのベッドという単語を出すと、今度は父さんまでもが興奮をしだす。
そうだった。この人たちも精霊だから、怠惰の道具には食いつくんだった。
「ふかふかしててよかったよ。僕はまだ寝てないけど」
「もふもふだったよ~。あれを味わっちゃったら、もう元のベッドじゃ寝られないよ~!」
僕は普通に説明したけど、ルーナは完全にとろけきった顔で説明する。
それだけ満足しているということなのだろうけど。だらけっぷりはすごかったからな、本当に。
「二人だけずるいですよ!うらやまけしからんです!」
母さんはぷくっと頬を膨らませて抗議する。ルーナほどではないけど、母さんたちもかなり怠惰なほうだからね。
これは、ベッドを買うなんて言ったら、自分たちの分を要求しかねないな。明日の予定も話そうかと思ったけど、黙ってーー
「明日はベッド見に行くんだ~。精霊界に戻ったらゴロゴロするの!」
あかーん!
ルーナからすれば、最高のベッドの自慢をしたかっただけかもしれないけど、今の父さんたちにそんなこと言ったら……
「ルーナたちだけずるいですよ!私の分もください!」
「私の分もくれ!」
ほらこうなった!無理だよ!小金貨一枚でベッド三つは、フラッフィーじゃない素材でも無理だよ!
「そんなにお金ないから!」
「お金ならちゃんと渡しますから!」
そういうことじゃないよ!立て替えてくれればいいわけじゃない!
「使えるお金に制限があるの。三つも買えないよ」
「なら、制限を増やせばいいだろう」
簡単に言うけど、それは難しいと思うよ?身元不詳の僕たちが自由にお金使うってのは。
少なくとも、フラッフィーのベッドが複数あるような高級店などでは入れてすらもらえないと思う。
「パパたちの分は今はいいじゃん。別にこの街にしかないわけじゃないんだし、わたしのがあれば」
真顔でそう言うルーナに、僕はため息をつく。
誰のせいでこうなったと思ってるんだか。
「……そうだね。ルーナが約束を破ったら母さんたちにそのベッドを渡そうか」
「なんでそうなるの!?」
ルーナは信じられないとばかりに声を荒らげる。僕も自分が意地の悪いことを言っている自覚はあるけど、ルーナにはこれくらい厳しくしないとダメだと思う。
「だって、約束を守れなかったら使わせないって言ったでしょ?使わないベッドを持っててもしょうがないし、欲しい人がいるんなら渡せばいいじゃん」
「わたしのベッドだよ!?」
「ちゃんと起きるっていう約束を守れば大丈夫だよ」
「わたしのベッドなのにぃ~……」
ルーナは少し涙目になりながらしょんぼりとする。
まぁ、約束を破ったとしても、さすがに本気でルーナのものを渡すつもりはない。
渡したふりをして、別のものを買うつもりではいるけど、これくらいの危機感を持ってもらえば、約束を破ることはないだろう。
泣かせたことに罪悪感はあるけど。
「じゃあ、僕たちそろそろ寝るから。また明日、このくらいの時間に連絡するよ」
「ちょっと!私たちの分のベッドも買ってくださいよ!?」
「ルーナが約束破ったらね」
まだぎゃあぎゃあと何か言ったいたけど、全部無視して、僕は一方的に通信を切る。
はぁ……まだ一日目なのに、どっと疲れた。
「ルーナ、僕はそろそろ寝るけど」
「……わたしのベッド」
そう言って、ルーナはベッドの中央に寝転がって占拠する。絶対に動かないという不屈の意志を感じた。
どうやら、よほど僕の言葉に腹を立てたらしい。僕も悪かったけど、やり方が大人げなさすぎる。
「わかった。じゃあ、僕はあそこのソファで寝るよ」
本音としては、もちろんベッドで寝たいけど、もうくたくただから、とりあえず寝転がりたい。ルーナと争うほどの体力が残ってない。
僕は、部屋の隅に置いてあるソファのほうに向かって歩き出す。
すると、後ろから服の裾をくいっと引っ張られる。
振り返ると、ルーナが枕を持って僕の服の裾を掴んでいた。
「……わたしもソファで寝る」
「えっ、そんなスペースないけど?」
ソファはこのお屋敷にふさわしい大きさではあるものの、さすがに二人で寝るスペースはない。大人一人がちょうどいいくらいだ。
子ども体型の僕たちでも、体を重ねあってなんとか乗るくらいだろう。寝返りなんてうったら落っこちると思う。
「じゃあ、床で寝る。一緒に」
「いやいや、せっかくあるんだから、ルーナはベッドで寝なよ。気に入ってたんでしょ?」
というか、『わたしのベッド』じゃなかったの?ルーナが寝ればいいのに、なんでこんなに頑ななんだ。
「……好きじゃない」
嘘つけ。部屋に入ってからずっと離れなかったくせに。
「ルートがソファで寝るなら、わたしもソファで寝る!床なら床で寝るの!」
ルーナはさらに強く僕の服を握ってくる。さっきまで泣いていたからか、少し涙目にもなっている。
そこまではっきり言われると、さすがの僕でもルーナの目的に気づいた。
「……僕と一緒に寝たいの?」
僕がそう指摘すると、ルーナは顔を赤くして俯く。
でも、小さくこくりと頷いた。可愛いところあるじゃん。
「じゃあ、一緒にベッドで寝る?」
「わたしのベッド」
そこはぶれないんかい。
「じゃあ、ソファにしようか」
僕がそう言うと、ルーナは嬉しそうに頷いた。
25
あなたにおすすめの小説
筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~
九尾の猫
ファンタジー
亡くなった祖父の後を継いで、半農半猟の生活を送る主人公。
ある日の事故がきっかけで、違う世界に転生する。
そこは中世日本の面影が色濃い和風世界。
しかも精霊の力に満たされた異世界。
さて…主人公の人生はどうなることやら。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。
葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。
だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。
突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。
これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる