5 / 19
5 噂の回りは早く
しおりを挟む
私は、失念していた。あの国王は、名付けして以降、私のことをまったく訪ねていなかった。でも、私にはお母さまがいたから、何も寂しくなかった。
なら、そのお母さますらいない者たちは……?どんな扱いをされているのかなんて、想像に難しくはなかった。
◇◇◇
アレクシスとのお茶会を終えた翌日。私は、一枚の布切れに刺繍をしていた。紋様は、もちろん王家の家紋。白百合をモチーフにしている。
私は、どうやったらアレクシスをこちら側に引き入れられるか、必死に考えた。
アレクシスは、ラキエル侯爵家の嫡男なのだが、公爵家にも引けを取らないほどの権力がある。だからこそ、私と婚約をさせたわけだ。王国に繋ぎ止めておくために。
そんな侯爵家を引き込むのだ。必死になって当然だろう。
いきなり味方になってと言っても、了承してくれるわけがない。まだ初なところがある少年だが、そこは次期当主として育てられているだけはあり、そういう政治が関わってくることになると、次期当主としての顔を見せる。うんわかったと子どもらしく返事をすることはない。
それなら、外堀から埋めてしまおうと、私は王家の家紋を刺繍したハンカチを贈ろうとしているわけだ。そこに、アレクシス・ラキエルとイニシャルも一緒に縫う。そうすれば、私との仲は良好だとアピールできるきっかけになるだろう。
もちろん、ハンカチごときで侯爵家の意向までコントロールできるとは思っていない。まずは、地道にハンカチから始めて、じわじわと攻めていくのだ。
そうやって、ハンカチを作ること三日。もうできあがった。
ハンカチの刺繍なら、すぐに終わってしまう。王女としての勉強の一つでもあったし。
それで私は、以前のように、侍女たちの噂話に耳を傾けてみることにした。
お母さまは、宣言通りに、一週間前に、私付きの侍女と、お母さま付きの侍女に、福利厚生を与えた。王妃であるお母さまは、使用人たちの管理をしているので、それくらいは簡単にできた。
とはいっても、その対象の六人を呼び出して説明しただけなのだが。
有給休暇や、お母さまや私へ作られているお菓子のお裾分けなどだ。さすがにボーナスは、いきなりどうぞはできない。
ちなみに、ニアは早速使ったようで、今日は有給休暇によりお休みだ。
有給休暇は、お母さまに申請しなければならないので、勝手に休むことはできない。ニアは、私を通じて頼んできた。
私は、ちょっとでも噂を広めようと、休むのだから、城の人間に伝えておいたほうがいいという最もらしい理由で、ニアを広告塔にした。
でも、そんなわずかなことでも、すぐ噂になるのがお城だ。お母さまが福利厚生を提供してから、わずか三日で、城中に広まった。
平民も多くいる使用人たちは、私やお母さまの専属になれば、お菓子が食べられるとか、お給金が増えると、少なくとも私の前では、いつも以上に仕事に励んでいる。
貴族の血筋の者たちも、内容は大したことないが、特別扱いされるというのに惹かれるらしい。そのお陰か、目に見えて陰口とかは減ってきた気がする。
まぁ、それを他の誰かが、お母さまにでも告げ口されたら、福利厚生なんか受けられないだろうしね。自分は味方ですアピールのために、それをやる使用人なんて数えきれないほどいる。
そういう不安要素はあるものの、福利厚生は、今のところ悪い働きをしていない。
よかったとほっとして、私が部屋に戻ろうとした時、気になる話が聞こえてきた。
「王族が選ぶっていうんなら、マリエさまたちも入るのかしら?」
「いやいや、王妃殿下とリリー王女殿下だけでしょ?そもそも、あの二人は福利厚生すらも知らないわよ」
「なら、意味ないわね」
そう言いながらクスクスと笑っている。
マリエ。その名前は知っている。私の異母妹だ。側妃の娘だけど、側妃は、双子の弟であるラファエルも一緒に生んだときに亡くなっている。そのため、二人には後ろ楯がない。そして、あの国王も後ろ楯にはなり得ないだろう。
もっと、早くに気づくべきだった。力のない王女や王子が、ここではどんな扱いをされるのかなんて。
「あなたたち、何の話をしているのかしら?」
私が声をかけると、その場にいた侍女たちは、ぎょっとした目で私を見る。そして、慌てて頭を下げた。
「い、いえ。王女殿下のお耳に入れることでは……」
「それは、私が聞いて判断することよ。そもそも、私の耳に入れられないような話を、よく堂々と話せたわね?やましいことがないというのなら、言ってみなさい」
「「「……」」」
全員、黙ったまま俯いている。王族の質問に答えないだけでも不敬罪になる可能性があるのを、気づいていないのかしら?
私は、ニヤリと笑う。お母さまが悪妃なんて呼ばれているけど、こんなんじゃあ、私のほうが悪役だ。まぁ、止めるつもりはないけど。これを許していたら、後に、私やお母さまが舐められる原因になりかねないから。
「言わないのなら仕方ないわ。お母さまにお話しするしかないわね。やましいことがあるってことだもの。そんな侍女たちを雇い続けるわけにはいかないでしょう?」
「お、お待ちください!」
「それは困ります!」
「どうか……」
チクってやると言ったら、途端にペラペラと話し出した。
はぁ……こんな奴らを今まで野放しにしていたとは……自分が情けない。
でも、こんな奴らでも、ちゃんと仕事はしている。いきなりクビなどにさせては、仕事が回らなくなる可能性がある。ここは、見逃しのチャンスくらいは与えるとしようか。
「なら、話してちょうだい。やましいことはないはずよ?」
「み、身勝手ながら、マリエ殿下と、ラファエル殿下の身を案じておりました……。あまり、境遇がいいとは言えないものですので……」
ガクガクと震えながらも、そう答える。
よし、今日のところは見逃してやるとしよう。でも、しっかりと釘は刺していく。
「そうだったの。あなたたちが笑っている声が聞こえた気がしたから、勘違いしちゃってたわ」
「そ、そうでしたか……」
「こんなにも優しい心を持ってるのに、人を笑うわけがないものね」
そう言ってにこりと微笑むと、侍女たちは顔を青くしながらも、「もちろんでございます」と答えた。
「二人のことなら安心して。私からお母さまにお願いしておくわ。仕事中に邪魔して悪かったわね」
私は、いまだに顔を青くしている侍女たちに、最上級の笑みを向けて、その場を去った。
なら、そのお母さますらいない者たちは……?どんな扱いをされているのかなんて、想像に難しくはなかった。
◇◇◇
アレクシスとのお茶会を終えた翌日。私は、一枚の布切れに刺繍をしていた。紋様は、もちろん王家の家紋。白百合をモチーフにしている。
私は、どうやったらアレクシスをこちら側に引き入れられるか、必死に考えた。
アレクシスは、ラキエル侯爵家の嫡男なのだが、公爵家にも引けを取らないほどの権力がある。だからこそ、私と婚約をさせたわけだ。王国に繋ぎ止めておくために。
そんな侯爵家を引き込むのだ。必死になって当然だろう。
いきなり味方になってと言っても、了承してくれるわけがない。まだ初なところがある少年だが、そこは次期当主として育てられているだけはあり、そういう政治が関わってくることになると、次期当主としての顔を見せる。うんわかったと子どもらしく返事をすることはない。
それなら、外堀から埋めてしまおうと、私は王家の家紋を刺繍したハンカチを贈ろうとしているわけだ。そこに、アレクシス・ラキエルとイニシャルも一緒に縫う。そうすれば、私との仲は良好だとアピールできるきっかけになるだろう。
もちろん、ハンカチごときで侯爵家の意向までコントロールできるとは思っていない。まずは、地道にハンカチから始めて、じわじわと攻めていくのだ。
そうやって、ハンカチを作ること三日。もうできあがった。
ハンカチの刺繍なら、すぐに終わってしまう。王女としての勉強の一つでもあったし。
それで私は、以前のように、侍女たちの噂話に耳を傾けてみることにした。
お母さまは、宣言通りに、一週間前に、私付きの侍女と、お母さま付きの侍女に、福利厚生を与えた。王妃であるお母さまは、使用人たちの管理をしているので、それくらいは簡単にできた。
とはいっても、その対象の六人を呼び出して説明しただけなのだが。
有給休暇や、お母さまや私へ作られているお菓子のお裾分けなどだ。さすがにボーナスは、いきなりどうぞはできない。
ちなみに、ニアは早速使ったようで、今日は有給休暇によりお休みだ。
有給休暇は、お母さまに申請しなければならないので、勝手に休むことはできない。ニアは、私を通じて頼んできた。
私は、ちょっとでも噂を広めようと、休むのだから、城の人間に伝えておいたほうがいいという最もらしい理由で、ニアを広告塔にした。
でも、そんなわずかなことでも、すぐ噂になるのがお城だ。お母さまが福利厚生を提供してから、わずか三日で、城中に広まった。
平民も多くいる使用人たちは、私やお母さまの専属になれば、お菓子が食べられるとか、お給金が増えると、少なくとも私の前では、いつも以上に仕事に励んでいる。
貴族の血筋の者たちも、内容は大したことないが、特別扱いされるというのに惹かれるらしい。そのお陰か、目に見えて陰口とかは減ってきた気がする。
まぁ、それを他の誰かが、お母さまにでも告げ口されたら、福利厚生なんか受けられないだろうしね。自分は味方ですアピールのために、それをやる使用人なんて数えきれないほどいる。
そういう不安要素はあるものの、福利厚生は、今のところ悪い働きをしていない。
よかったとほっとして、私が部屋に戻ろうとした時、気になる話が聞こえてきた。
「王族が選ぶっていうんなら、マリエさまたちも入るのかしら?」
「いやいや、王妃殿下とリリー王女殿下だけでしょ?そもそも、あの二人は福利厚生すらも知らないわよ」
「なら、意味ないわね」
そう言いながらクスクスと笑っている。
マリエ。その名前は知っている。私の異母妹だ。側妃の娘だけど、側妃は、双子の弟であるラファエルも一緒に生んだときに亡くなっている。そのため、二人には後ろ楯がない。そして、あの国王も後ろ楯にはなり得ないだろう。
もっと、早くに気づくべきだった。力のない王女や王子が、ここではどんな扱いをされるのかなんて。
「あなたたち、何の話をしているのかしら?」
私が声をかけると、その場にいた侍女たちは、ぎょっとした目で私を見る。そして、慌てて頭を下げた。
「い、いえ。王女殿下のお耳に入れることでは……」
「それは、私が聞いて判断することよ。そもそも、私の耳に入れられないような話を、よく堂々と話せたわね?やましいことがないというのなら、言ってみなさい」
「「「……」」」
全員、黙ったまま俯いている。王族の質問に答えないだけでも不敬罪になる可能性があるのを、気づいていないのかしら?
私は、ニヤリと笑う。お母さまが悪妃なんて呼ばれているけど、こんなんじゃあ、私のほうが悪役だ。まぁ、止めるつもりはないけど。これを許していたら、後に、私やお母さまが舐められる原因になりかねないから。
「言わないのなら仕方ないわ。お母さまにお話しするしかないわね。やましいことがあるってことだもの。そんな侍女たちを雇い続けるわけにはいかないでしょう?」
「お、お待ちください!」
「それは困ります!」
「どうか……」
チクってやると言ったら、途端にペラペラと話し出した。
はぁ……こんな奴らを今まで野放しにしていたとは……自分が情けない。
でも、こんな奴らでも、ちゃんと仕事はしている。いきなりクビなどにさせては、仕事が回らなくなる可能性がある。ここは、見逃しのチャンスくらいは与えるとしようか。
「なら、話してちょうだい。やましいことはないはずよ?」
「み、身勝手ながら、マリエ殿下と、ラファエル殿下の身を案じておりました……。あまり、境遇がいいとは言えないものですので……」
ガクガクと震えながらも、そう答える。
よし、今日のところは見逃してやるとしよう。でも、しっかりと釘は刺していく。
「そうだったの。あなたたちが笑っている声が聞こえた気がしたから、勘違いしちゃってたわ」
「そ、そうでしたか……」
「こんなにも優しい心を持ってるのに、人を笑うわけがないものね」
そう言ってにこりと微笑むと、侍女たちは顔を青くしながらも、「もちろんでございます」と答えた。
「二人のことなら安心して。私からお母さまにお願いしておくわ。仕事中に邪魔して悪かったわね」
私は、いまだに顔を青くしている侍女たちに、最上級の笑みを向けて、その場を去った。
48
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
修道院パラダイス
羊
恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。
『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』
でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。
◇・◇・◇・・・・・・・・・・
優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。
なろうでも連載しています。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる