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第一章 悪役王女になりまして

18. 偽装された書類

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 彩花は、帰ろうかと思ったが、誰かが来る気配を感じた。

(このタイミングとなれば……)

 彩花は、誰なのか予測して、三人に向き直った。

「どこかに隠れてくれない?面倒なのが来るから」
「はいはい。行こうぜ」

(『はい』は一回で充分だってーの!!)

 ずっと外に出られないフラストレーションが溜まっているので、こんなちょっとしたことにもキレている。
 彩花がキレているなか、三人は、その場を立ち去った。
 三人の気配がなくなったのを確認して、彩花は後ろに声をかける。

「何しに来たのですか?」
「それはこっちのセリフだ」

 彩花が振り返ると、そこにはアルフォンスがいた。

「おとなしくなったかと思えば、じゃじゃ馬になったようだな」
「ドアから出してくれませんもん」

 ふてくされるようにそう言った。彩花も、怪我一つなく窓から出られたことには驚いている。
 美月からは、エルルーアはそんなアクロバティックな動きができるとは聞いていなかったから。
 ゲームには、名前しか出てこない脇役。それがゲームでのエルルーアの役割だったから。

「……まぁ、いい。怪我はないか?」

 アルフォンスの言葉に、彩花は少し驚いた。てっきり、怒られるものとばかり思っていたからだ。
 それが、怒られるどころか心配までしてくれるなんて思わなかった。
 どんなことにも動じたりしないように精神を鍛えていた彩花は、それを表情に出すことはなかったが。

(変なものでも食べたのかな?)

 今思えば、自分をおとりに使おうとしないあたりから少しおかしいような感じはした。
 自分を妹とも思っていないのに、使わないのはなぜなのだろうかと。狙いが自分の命なら、自分がおとりになった方が一番手っ取り早い。彩花は気配にも敏感なので、かすりはするかもしれないが、致命傷は避けられると自負している。

(まさか、今さら妹だと意識し始めた?……それはないか)

 エルルーアがわがままになり始める前から、あんなに嫌っていたのに、今になって気になり出したというのは、彩花にとっては天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。
 おそらく、暗殺されそうになったのに、自分の目の届かないところにフラフラと出歩いていたから、そういう意味での心配があったくらいだろうと片づけた。

「いえ、大丈夫です」
「それならいいが……」

 アルフォンスは、それだけ返して、持っていた紙をじっと見ている。
 彩花はその内容が気になり、そーっと覗き込もうとするが、アルフォンスに気づかれないわけがない。

「なんだ?」
「内容が気になって……」
「お前には読めないだろう」

(どういう意味だこの野郎!)

 アルフォンスに馬鹿にされたように感じて、彩花は腹を立てる。

(……?)

 アルフォンスは、はっきりとはわからなかったが、エルルーアから何かオーラのようなものが伝わってきて、少し不気味に感じていた。
 エルルーアのことは少し気になったが、右腕につけている腕輪を外して、エルルーアに渡した。
 それを見た彩花は、怒りが戸惑いに変わった。

(何これ?)

 アルフォンスとは両手で数えられるくらいにしか交流していないが、その中でも、こんなアクセサリーは見たことがなかった。

「それをつけて、魔力を通してかざしてみろ」

 彩花は、言われた通りに、腕輪を右手につけて、魔力を通す。そして、アルフォンスが渡してきた紙にかざしてみた。
 すると、内容がどんどん変わっていく。
 それは、魔道具がフレイマーというのは変わらなかったが、その他は全然違った。

(テロの計画書……下準備の段階か)

 内容を要約すれば、各地に設置している魔道具を起動して、爆破を起こすというものだ。書かれている内容からして、かなりの被害になるのは間違いない。

 これを、堂々と王子の執務机に置いていたのだ。

「アルフォンスさま。これはどういうことですか?」
「偽装魔法の一種だ。かなりの高性能なものだから、普通は気づかないはずなんだが……」

 アルフォンスは、エルルーアをじっと見つめている。
 それは、完璧ではないとはいえ、偽装を見抜いていた存在が目の前にいるからなのだが、彩花はそんなことには気づかない。

(なんで私を見るの?)

 急に黙って自分を見ているアルフォンスに、不審に思っていた。

「とりあえず、これに書いてあるのを見ると、陛下に申し上げた方が良いかと思いますが……」

 クーデターと言えなくもないような内容なので、報告する必要はあるが、相手は王子のサインを欲していた。

(アルフォンスを、反逆者仕立てようとした……?誰が、なんのために?)

 芸能界でお互いに演技で騙しあっていたので、腹の探りあいは得意だが、政治には疎い。特にエルルーアは、いずれは嫁ぐ身なので、そこまで勉強していたわけではなかった。

「そうだな。相手が動くよりも早くしなければ、お前が危うい」
「……はい?」

 彩花は、アルフォンスの言っている意味がわからなかった。
 どちらかといえば、危ないのはアルフォンスじゃないかと思っていたからだ。
 アルフォンスに反逆の罪を着せて、失脚させるのが目的かと踏んでいた。

「自覚がないのか。これが、私の部屋に・・・・・置いてあったんだ」
「それが……?」
「お前が私の部屋にいるのは周知のこと。もし、偽装の証拠を消されたら、お前がわざと書かせようとしたともとれるぞ」

 そう言われて、彩花は、はっとなる。言われてみれば、自分はあの部屋から出ないように言われていたのだ。自分が書類の手伝いをしていたことを知らなかったとしても、あの書類に目を通したとは思われかねない。
 そうなると、偽装されていると知っていて、アルフォンスを失脚させるために書かせようとした。そう言ってくる者も出てくる可能性がある。

 そこまで考えた。そして、それならどうしようか。筆跡を調べても、犯人はわからない可能性が高い。そんなわかりやすい証拠を残すような真似はしないだろうから。彩花は考えを張り巡らせる。

「……アルフォンスさま。それでいきませんか?」
「……なに?」
「『エルルーアは、気づいていたが黙っていた』これを通してみませんか?」

 彩花は、あえて思惑に乗ってやろうと考えた。

「……お前、おとりになるつもりか?」
「相手は、アルフォンスさまが狙いかもしれませんし、私が狙いかもしれません。どちらかはっきりしない以上、相手の思惑に乗った方がいいでしょう?」
「それだと、お前の評判が……」
「問題ありませんよ。まだ私の評判はどん底ですし、それを最大限に利用してやりましょうか」

 もうアルフォンスの前でしおらしくするのは止めた。書類整理と速読能力を隠していたと思われている以上、『本当は賢いエルルーア』を演じた方が都合がいいと感じたからだ。
 アルフォンスは知っているとはいえ、食堂で侯爵令嬢を怯えさせたりした件もあるので、完璧に治まっているとは言い難かった。逆に、それを利用しようと考えたのだ。

「私が変わったのは、まだ噂で抑えられる程度です。また『お馬鹿な・・・・エルルーア』に戻りましょう」

 馬鹿を演じる・・・。彩花の一番の得意分野だ。
 彩花が自信満々に言えば、アルフォンスも拒否しなかった。

「……わかった」
「それじゃあ、やることは決まりましたし、私は部屋に戻ります。いろいろと・・・・・お願いしますね?」

 エルルーアは、穏やかな笑みで笑いかけると、女子寮の方に歩いていった。

「あれのどこが馬鹿なんだ……」

 アルフォンスは、そう呟きながら、男子寮に戻っていった。
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