魔女は恋心をキスで隠す。

矢凪來果

文字の大きさ
12 / 50
link

侵入者

しおりを挟む
 扉を閉めた後、 真夜はゆっくりと階段を降りて、飲みかけのワインを置いたダイニングへ戻った。

「真夜さんみたいに助けたい…か」
 目の前の本をめくり、コハクの言葉を反芻しながら、自分の過去を顧みると、矛盾だらけで笑ってしまう。
 他人のために…なんて感情は長い間忘れていた。割と自分の好き勝手に生きてきたし、嫌なことがあれば、取り返しがつかないほど暴れたことだってあった。

 変わったとすれば、コハクを拾ったからだ。
 いつか私の元を離れたコハクが、人の街で馴染めるようにと、街に長く住むようになってから、いろんな人と関わった。
 コハクと過ごした街では、なるべく普通の人を演じたし、怪しまれないよう、そして、コハクだけになっても受け入れられるように…そう考えていたら、昔のように感情のままに力を暴走させることはなくなったし、人にも少しだけ親切にすることができた。

 数えられないくらい生きてきたほんの一瞬なのに、コハクに言われるまで我慢していたことを忘れていた。この生活が馴染みすぎて、魂までずいぶん丸くなったものだと思う。

 真夜は自嘲しながら、空のグラスにワインを注ぎ直しながら呟いた。
「コハク、魔女なんて善《い》いものじゃないのよ」
「いや、深夜にワイングラスを傾ける魔女はなかなか魅惑的だよ」

 突然聞こえた声に顔を上げると、シャルムが開けっ放しの窓の枠に寄りかかって立っていた。

「不法侵入は殺すわよ」
「物騒だなぁ、怖い怖い。」
 口調と裏腹にへらへらとした顔のまま、戸棚のワイングラスを呼び寄せ、真夜の向かいへ座る。
「私の家で魔法使わないで」
「えー、不便だからやだよ。それより坊や喜んでたかい?」
 ワインボトルが空中で傾き、シャルムのグラスへと注がれる。

「…泣くほど喜んでたわよ。本、分けてくれてありがとう」
「それはよかった。でもびっくりしたなぁ、女の子とデートしてたのにいきなり『コハクの誕生日プレゼントどうしよう?』だもん」
 シャルムはおかしそうに笑ってワインを煽った。
「だって考えていたけど、何を用意すれば良いか分からなかったのよ。私だけじゃ間に合わなかったわ」
「お師匠さんの修行を真面目に受けないからだよ」 
 珍しく呆れた顔をするシャルムに、真夜は「あんたは真面目だったものね」とこれまた珍しく、素直に反省した。

「これでコハクも晴れて『魔法使いの弟子』だね」
「…魔法使いにするつもりはないのに、同じ仕事を仕込むのはひどいかしら」
「まぁ、時代や国によっては、薬屋ってだけで異端扱いされる厄介な仕事だけどさ…でも、まよって調薬以外に教えれることあんの?」
 ぐっ…と詰まる真夜にニヤニヤとした顔で、コハクの手料理の残りをつまむ。

 魔法使いにさせないなら、自力で生きれる力くらいは与えろ。
 こいつはそう言いたいのだろう。そんなの、こっちだって分かってる。

「まよが読んでるの、コハクのノートでしょ。健気だよな、教えられる前から薬草や薬のメモをこんなに取ってるなんて」
「うん…知らなかったわ」
 人間に正体を隠している手前、正体を知った人間を魔法使いとして仲間にしてしまうことは、そこまで珍しいことではなかった。

 こんなに魔法使いに憧れてるのに魔法使いにしないのも、それでも正体を明かした上で一緒に暮らしているのも真夜の都合だ。
 それをシャルムは分かってるから、真夜は居心地が悪かった。

「坊やがついてくるのを決めたけど、まよも離れないって選択をしたんだから、最低限の責任は持ちなよ。」
 トントンとダイニングテーブルの古い落書きを叩く。
 昔からこの男は、人の痛いところを突くのが本当に上手いな、と真夜は改めて思った。
 人が詰まる姿を見ながらワインを飲む奴からは、ニヤニヤとした表情にぴったりな、シャラシャラと楽しそうな意地の悪い音が聞こえて、無性にイライラする。

「面倒臭い、早く出てってくれないかしら」
「どっちが?」
「あんたに決まってんでしょ、大体あんたまでこの街に着いてこなくてよかったのに」
「だって、二人を観察してたらおもしろそうだったから。」
 ニコニコと笑うシャルムを真夜は、ジトっと睨め付ける。
「悪趣味…て言うか、本当にもう帰って。明日も早いのよ。」
「やだよー、アドバイスのお礼のキス、まだ貰ってないし」
「何よそれ?」
「僕、まよのせいで、デートすっぽかした女の子に振られちゃったんだ。ねえ、慰めてよ」

 シャルムはそっと真夜の頬に両手を添えて、鼻をキスするようにつけたまま、目を合わせてくる。真夜はため息をついて、シャルムの口に手のひらを重ねて拒否した。
「やめて、誰かの代わりになるほど安くないの。」
「かわりじゃないよ?」
「嘘つき、聞こえてんのよ」

 それでも、なかなか帰らないシャルムを追い出した後、寝室まで行くのも億劫でソファに沈み込んだ真夜は、久しぶりに懐かしい夢を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

処理中です...