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手遅れの魔法
しおりを挟むその頃のコハクは、一人きりのダイニングでがんがんとオークのテーブルに頭を打ち付けていた。
「流石に二回もキスしようとしたのは良くなかったのかな」
真っ赤な顔で固まる真夜に引き寄せられるように二回目を迫ってしまった。がっついてしまったとも思うが、人生初めてのキスで、あんな顔をされて我慢できる男がいたら教えてほしい。
「っていうか、向こうから仕掛けてきたのに、あんなに本気で逃げなくても…」
頭突きの後、逃げる彼女を慌てて追いかけたが、魔女の本気は一瞬だった。
追いついたと思って曲がった後、誰も居ない路地裏を見て、防御線の先にあるものが、自分の期待とは違ったことが、すぐに分かった。
防御線があまりにも無防備だったから勘違いしてきたが、破るべきじゃなかった。その下の足場はコハクが思った以上に脆くて崩れやすかった。
「今しかない、と思ったんだけどな…」
離れたくない。
触れたい。
嫌われたくない。
自分のものにしたい。
いろんな気持ちが巡る中、コハクを馬鹿だと言った真夜の顔を思い浮かべながら、コハクは再び項垂れた。
「帰ってくるかなぁ…」
目を伏せると、上質なオークのテーブルには似合わない、拙い落書きの痕跡が目についた。コハクはそれをなぞりながら、最近した会話を思い出した。
『真夜さん、いい加減この落書き消してくださいよ』
『いやよ、消したらまた落書きするでしょう?』
『僕を幾つだと思ってるんですか。流石にやんないですよ』
冗談か本気かわからない言葉に、とりあえず真面目に返すと、真夜は不敵な微笑みで返してきた。
『じゃあ消さなくてもいいじゃない。』
『ああいえばこう言う…せっかくの上質なオークのテーブルなのに…』
会話を反芻しながら、真夜の魔法で守られた落書きを、恨めしそうに眺めていた。あの時も、はみ出た落書きを愛おしそうに見る真夜の様子に、小さい頃の自分に嫉妬して嫌になっていた。
「お前は愛されてていいな。」
コハクが、テーブルで項垂れたまま、うつらうつらとし始めた頃。
押し込まれたクッキーを飲み込んだあと、シャルムに追い出されるように玄関まで連れて行かれた真夜は、渋々バイオレットの家を出て、しばらく歩いてから、行きよりもゆっくりとつま先で地面を2回叩いた。
家の前の、薬屋の窓ガラスで、元の服装に戻ったか確認をした後、真夜は軽く息を整える。
明日になったら、今夜のことはなかったことにしよう。
私はあくまで、今までの関係で、今までの生活を続けよう。コハクがいつか、新しい幸せを見つけて出て行くまで、少しでも心地いいこの生活が続けられるように。
そう決心した真夜は、もう一度深呼吸をしてからドアを開けた。すると、かなりそっとドアを開けたつもりだったのに、一拍置いて、ガタガタっと階段を降りてくる音が聞こえた。
「師匠!」
よく転ばないなぁと言う勢いで、階段を駆け降りてきたコハクは、その勢いのまま真夜を抱きしめた。
「よかった帰ってきた!」
「ちょっとコハク…離れて…!」
いきなりの距離感に真夜が慌てて、離れようとすると、コハクはハッとしたように離れて、慌てて誤った。
「すみません!帰ってこないかと思ってて、安心したらつい…」
「ここは私の家だもの、帰ってくるわよ」
バイオレットの屋敷から追い出されるまで長居したことを後ろめたく思いながら、真夜はコハクをなだめた。
少し落ち着いたコハクは、改めて真夜に謝罪をした。
「さっきはごめんなさい。僕が無理やりキスなんかして…しかも」
真夜はキスという単語に心臓が跳ねそうになるのを感じて、慌ててコハクの言葉を止める。
「あぁもういい!気にしてない!気にしてないから!」
その言葉に、コハクは首を傾げ、月明かりに照らされた真夜の顔を覗き込んだ。
「ほんとに?でも真夜さん、頭突きした後、泣いてましたよね?」
「あんたが石頭だからよ」
コハクは腫れていない真夜の目と額を不思議そうに見ていたが、真夜はこれ以上覗き込まないで欲しいと叫び出しそうだった。顔が近づくと、さっきの光景が蘇って、なんでもない生活を続けようと決めた真夜の決心は早くも挫けそうだった。
目をそらしたいのをぐっと堪えて、真夜はコハクの方を向いた。
「泣いてないし、気にしてない。けど、あんなことはもうしないでね」
「…本当に、すみませんでした。」
真夜の困ったような笑みに、コハクは少し目を伏せて改めて謝った。
「はい、じゃあこの話はもうおしまい!遅くまで待たせてごめんね、ゆっくり寝なさい。明日は休みにしましょう」
少し落ち着きを取り戻した真夜は、コハクの頭を撫でた後、お休みの挨拶をしようとした。
だが、額に向けて背を伸ばそうとする真夜に気づいたコハクは、慌てて肩を押さえて元に戻した。
「真夜さん、そのキスはもういらない。」
「あ、そっか…もう魔法《キス》はいらないのね」
何年も続けてきた習慣が、急になくなってしまったことに、真夜は少しもの寂しさを感じた。
「でも、ただの挨拶《キス》なら歓迎ですけど」
浮かしかけた踵を元に戻した真夜を追いかけるように、少し屈んだコハクは彼女の額に素早くキスをすると、彼女の頭をくしゃりと撫でてすぐに距離を取った。
「真夜さん、おやすみなさい」
そのまま、小走りで階段を登りつつ、コハクは額をさすりながら独り言を呟いた。
「もう一回頭突きされたら、頭割れるだろうな」
でも、「もうしない」とは言ってないしな。
真夜はどういうつもりで帰ってきたか知らないが、追い出されない限り、足場には気をつけるが、破った防御線の外に出る気ない、多分。
そんな反抗期の決意と共に、頭を割られる前にと、急いで階段を登ったコハクは知らない。
ポリポリと首の後ろをかいている、その後ろで真夜が動けずにいることを。
「バイオレットの嘘つき」
暗くて見えにくいその顔が、薔薇のように赤くなっていることも。
嘘つき呼ばわりされたバイオレットは、同じころ、真夜のいなくなったソファの上で、残念そうな声を出していた。
「あーん、せっかくのチャンスだったのになぁ」
ねえ、キスする?としなだれかかるバイオレットをシャルムはしっしと振り払う。
「僕の恋愛対象は女の子だからいいです。」
「今は女の子だよ。」
「それは失礼しました。それよりも…キス、無駄に二回もしたでしょう」
「バレた?」
悪びれずに舌を出すバイオレットにシャルムはため息をついた。
魔法使いは自分の魔素は慣れてて、自分にかけた魔法はうまく認識できない、だから、真夜は本当に自分の魔法が間違ってかかったと思い込んでしまったのだ。
「にしても、まよは自分のことがほんとわかってない…のに、バイオレットは悪いことをするね」
「ね、悪い魔法使いにつけ入られて、すごく可愛そう」
バイオレットは真っ赤なジャムの乗ったクッキーにキスをして、頬張った。
「…バイオレットは、本当に魔法使いとして正しいよ」
だからって、かかってない魔法を解くふりは良くない、と嗜めるシャルムの言葉もどこ吹く風で、バイオレットは、少し遠くで浮かぶアイスボックスクッキーを口まで誘導する。
「欲望には忠実に、敏感で行かなくちゃ、昔から言ってるでしょ」
「いつまでも好きなように生きれるからって、ぼうっとしてたら、どんどん感覚が鈍くなって、本当は何がしたいか気付けなくなる…バイオレットが言ってたこと、最近分かってきたよ。」
みんなを見てると長生きも考えものだね、というシャルムにバイオレトは白い目をした。
「若造ぶっちゃって、あんただって分からなくなってたくせに」
「僕はバイオレットのおかげで結構取り戻してるよ。」
「さて、あの子はどうかしらねえ」
ゆっくり生きる我々が気づいた時には、大体のことがもう手遅れだ。
バイオレットは魔法はかけたけど、何も解いてはいない。
「まあ、分からずやの真夜は、せいぜいかかってもいない魔法に振り回されればいいんじゃないかな」
そう思ったからシャルムは2回目までは止めなかった。
喋りながらも、もしゃもしゃとリスのようにシャルムのクッキーを頬張るバイオレットは、ふと、あんたたち二人が好きなコハクくんってどんな子なのかしら、と呟いた。
「私も一度会ってみたいわ」
「…どっちで?」
シャルムの問いかけに、バイオレットの取れかけの口紅が弧を描いた。
「彼はどっちが好きかな?」
少し想像して、シャルムは首を振った。
「…やっぱだめ。コハクに師匠はまだ早すぎる。」
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