小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

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シャルロッテ⑦

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目覚めると、白い天井で。
倒れて救護室に運ばれていたのだけど、これは後で知ったことよ。

(……ここはどこ)

でも私の頭も心もぐちゃぐちゃで、その時はよくわからなかったの。

(そうだ、結局アシュリー様にご迷惑をお掛けしてしまったわ。 謝らなくちゃ)

謝らなきゃいけないことばかりが増えていっている。
やっぱり知らないままにしておけば……いえ、知らなきゃいけないこと。知らなきゃいけなかったのに。
出てくるのはそんなまとまりのないことで、まずやるべきことや考えるべき順番もわからなくなっていた私はその場で起き上がって頭を抱えた。

「どうしよう……どうしたら……」

「──シャルロッテ? 起きたの?」

カーテンを開けながらそう掛けられた声は低く、アシュリー様のモノではなかった。頭を抱えて俯いていた顔を上げると、それはレオンハルト殿下で。

それすらすぐにはわからなかったけど彼を認識した途端、涙が溢れてきた。

「……わあ?!」
「ご、ごめっ……ごめんなさいぃ~!」
「えっ? なんで?」

突然泣き出し謝る私に殿下は意外にも間の抜けた声を上げ、オロオロとしだしたが、私の涙が止まることはなく。

「レオンハルト君?! なにしたんだ!」
「いえ先生! まだなにも……」
「『まだ』?!」
「いや話を聞こうとしてたって意味で決して変な意味では!」

救護医の女性の先生もやってきて、殿下はなんだか問い詰められていたけれど、その間も私は泣いていたの。
……今思うと、とんだとばっちりね。
そういえばこれについては謝ってないわ。




暫く泣くと、ようやく私は落ち着いた。
殿下はたまたま休憩所で御学友と歓談をなさってらして、アシュリー様の悲鳴で護衛の方と共に駆けつけ、運んでくださったのだそう。

「で、殿下が運んでくださったんですか?」
「そう……と言いたいところだけど、妙な噂になると良くないと思って。 こう、護衛コンラートのロングコートに腕を通してね?」

身振り手振りで教えてくださったけれど、どうやら上着を担架にしてこちらまで運んでくださったらしい。泣き止んでいたけれど、今度は恥ずかしくて泣きそうだったわ。

護衛のコンラート卿は今、アシュリー様を学園の軽装馬車で送ってくださっているそう。

「気にすることはないよ、シャルロッテ嬢。 レオンハルト君はやんごとなきお坊ちゃまでひ弱だから、君がいくら羽根のように軽くとも横抱きでここまで運ぶのは厳しい」
「酷い!」
「事実だろう」
「……まあいいです。 それより、彼女とふたりきりで話がしたいんですが」
「ほう、やはり迫る気か。駄目に決まっている」
「……迫るとはこういうことですか?」

なんと殿下は先生の座る椅子の背もたれに手を掛け、不埒にも耳元で囁くような真似をし出したのよ。

「僕と先生の仲ではないですか……」

でもアッサリ拳骨を食らっていたわ。

「フン、20年早い。 生憎私は35以上の渋味がかった大人の男にしかときめかないのでな。 レオンハルト君の色香なども子供騙しも同然……というか失敗したな。 彼女、ドン引きだぞ」

ドン引きというか、呆気にとられていた。
なんなのこの寸劇は。最初から芝居がかっていたからおふざけなのはわかっていたけれど、そういうことをするの自体に驚いてしまって。
イメージの殿下とあまりに違うんだもの。

「ええぇ……緊張をほぐそうというか、張り詰めてるのを和らげよう思ったんだけど」

なんかそういうことらしかった。

「だから君は子供だと言うのだ。 もっと空気を読みたまえ」

どうやらこれがいつもの遣り取りらしく、こうしたふざけた冗談を間に挟みつつ『殿下と私が一応縁故関係にあること』『大っぴらにできないような話がしたいこと』などを説明していた。




殿下は先の遣り取りの中で先生に進言し、防音効果のある魔術を私のベッドの周辺のみに掛けて貰い、先生の目の届く位置での密談を可能にしてくださった。

救護医のジルゼ先生は魔術師で研究者でもあって、学園の研究棟で魔術の研究を行う傍ら救護医として生計を立てているそう。

「先生と仲がよろしいのですね」

『お姉様がいらっしゃるのに』と言外に言うと、殿下はへにょりと情けなく笑った後で肩を落とした。そういう顔をすると幼くて『レオ様』とお呼びしていた時の殿下の面影が強くなる。

「……ああいう冗談を言うのは先生くらいだよ。 変な意味でなく、冗談が通じるのがつい楽しくて。 普段はあんまりふざけられないんだ。 壇上に上がって挨拶するのとかも本当は苦手で。 緊張から解放された分、少し気が緩んでた……でもちょっとふざけ過ぎたね。 ごめん」
「いえ……」

よく見ると殿下の目の下には隈。
アシュリー様から聞いているのもあって、語られたことにはそれなりの真実味があった。
実際、救護医の先生と仲がいいということは『それなりにお世話になっているから』なのだろう。それこそ変な意味ではなく。

「──で、なにを謝ってたの?」

改めて聞かれると答えるのに少し勇気がいった。
さっきは勢いもあったし、『兎に角謝らなきゃ』という気持ちが強かったけれど。

「手紙のことです。 殿下はあのせいでお花を詰んで、お倒れになったなのでしょう?」
「手紙? ああ……えっ、まだ気にしてたんだ? 確かにショックだったけど、花を詰んだのは僕の意思で君は関係ない。 それにこの通り元気一杯だ」
「それは……確かに殿下は……でも、だってお姉様も! だから私……!」
「ん? なんでギルベルタが…………」
「お、お姉様は療養で王宮へっ……」
「んん……? あ……ちょっと待って」

どうしてもまた涙が出てしまう。
そんな私をレオンハルト殿下は構うことなく、右手を軽く顎につけてなにかを考えていた。

後々考えると、紳士として放置ってどうなのかしら。慰めろとは思わないけれど、ハンカチを渡すとか気遣って一声掛けるとか……なにかあるでしょう。
だってこの人『まさに王子樣』とか言われているのよ。構われたいとかでなく、どれだけ普段の外面がいいのかしらって話よ。

「……ああ、なんとなくわかった気がする。 倒れたのもそのせい?」

私は涙を拭いながら頷いた。これまでの経緯を話そうとしたのだけれど、上手く纏まらなくて。
なんとなくもう感じていたけれど、殿下は意外と優しくないので、それを黙って聞いてくれはしなかった。

「いや説明しなくていい。 僕が質問するから君はそれに答えて」

質問内容は大きくわけて、ふたつのこと。
ひとつめはお姉様について、ふたつめは手紙について。
その端的な質問……たとえば『アシュリー嬢にはなにを聞いたの?』みたいなことを殿下は尋ねてきた。それに対する答えを拾うように、更に質問がきて、また答える。そんな短い質疑応答を何度か繰り返した。

それが終わると殿下は納得したように『成程』とだけ言って、私に微笑む。
それは、少し意地悪な笑みだった。

「シャルロッテ、とりあえず先に言っておくね。 ギルベルタは元気だよ」
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