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草原
08.新しい仕事
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「ねぇユクガ、候補地ってもう見つかってるの?」
夕食の席で尋ねられ、ユクガはキアラを見守っていた視線をイェノアに向けた。
今日の夕食は肉を乳で煮込んだものだ。こうすると肉の臭みが取れるとかで、キアラも肉を食べられるらしい。食べようとする量は少ないが、小さなかけらを懸命に口に運んでいる。
「まだだ。多少遅らせてはいる」
「そう……ありがとう」
ヨラガンは基本的に遊牧の民の集まりだ。部族ごと、家族ごとなど大小様々な規模の集落があり、それぞれが家畜のための放牧地を探し、年に数回、集落の場所を移動しながら暮らしている。
ただ、多数の集落が遊牧で暮らせるほどの広大な土地は、異国にもまた魅力的に映るものだ。ある日突然、羊を放っていた土地を占領されたり、ひどいときには捕らえられて連れ去られ、異国で過酷な労働をさせられたり、遊牧の民は奪われることが多かった。
それではならない、と異国に対抗する力を持つため、各地の集落を訪ねてまとめ上げたのがククィツァだ。その下に各集落がまとまり、度々草原を侵し女や子どもをさらっていったカガルトゥラードを押し返し、ついには攻め入って打ち負かしたのが先日の戦だった。
「こうほち、とは何ですか」
「……何かのために選ぶかもしれない土地、のことだな」
「そろそろ移動の時期だから、その候補のことよ」
どの集落も移動はだいたい同じ時期に集中していて、そろそろ場所を移す頃合いだ。
ククィツァが不在の間はユクガが代理を務めることになっているので、移動先を決めなければならない。しかしそのククィツァたちの帰還がいつになるかわからず、ユクガはタイミングを計りかねていた。戦のあとにどういう処理が必要なのか、ユクガにはあまり想像が及ばない。
「……ククィツァ様がお戻りでないのに、よそへ行かなければならないのですか」
心配そうに聞き返してきたキアラを撫でて、ユクガは食事の残りをパンですくった。
あまり移動を遅らせると、いい場所を他の集落に取られてしまう。戻ってきてユルトが一つもなければ、市で集落の者を待つくらいはするだろうが、念のためククィツァたちに知らせを出しておいたほうがいいだろうか。しかしそれが行き違いになっても困る。
ため息をついてユクガが椀を置くと、ちょうど訪問を告げる声があった。
「何だ」
「ククィツァ様たちがお戻りに!」
思わずイェノアと顔を見合わせ、そのまま立ち上がる。横でキアラもわたわたと椀を置くのが見えたので、ユクガは構わず抱き上げた。
「ゆ、ユクガ様」
「抱かれていろ」
「は、はい」
イェノアと連れ立ってユルトを出ると、すでに集落の一角へ人が集まり始めているようだった。呼びに来てくれた青年と三人で近づいていき、落ちつくまで待とうかと思っていたら人垣のほうが割れてくれる。
キアラを下ろし、取り囲んでいる集団から一歩進み出ると、聞き慣れた快活な声がした。
「ユクガ!」
身軽に馬を飛び降りた男に近づき、抱き合って無事を喜ぶ。
「無事で何よりだ、ククィツァ」
「移動に間に合ってよかったぜ」
それからイェノアに交代して、にこにこと見守っているキアラの肩を抱く。先日簪を贈って以来、目に見えて表情が豊かになってきたように思う。人の再会をともに喜べるいい子だ。
ただ、撫でてやろうとしたところにちょっとした騒ぎが聞こえ、ユクガはそちらを向いた。
「誰か手伝いなさいって言ってるのが聞こえないの?」
顔に見覚えはないし、赤い髪ということはカガルトゥラードの人間だろうか。馬に乗るには随分と装飾過多な服を着ていて、一人では馬から降りられないから、誰か降りるのを手伝えと騒いでいるらしい。
眉をひそめたユクガの服を、誰かが掴んだ。
「……キアラ?」
不安そうな顔は、カガルトゥラードの女のほうを向いている。視線の先では、何人かがやれやれといった様子で女を馬から降ろしてやっているところだ。移動の間もあの調子だったのだとしたら、さぞ気苦労の多い旅路だっただろう。
地面に降り立った女が服を上から丁寧に撫でつけて整え、裾を払い、もったいつけるように髪を後ろに払う。
どう考えても関わりたくない相手だが、わざわざ馬に乗っていて、ククィツァの集団と一緒に来たということは、何かしら理由があって連れ帰ってきたはずだ。ククィツァの女の趣味だったとしたら、イェノアがいるというのに何を考えているのか、最低としか言いようがない。
キアラの肩を抱く手に自然と力が入り、観察しているうちにあちらもユクガたちのほうに気がついた。
途端に目を丸くして、つかつかと近づいてくる。
「お前、なぜこんなところにいるの」
お前、と呼ばれたのはキアラだ。女の顔はユクガを見ていない。
知り合いなのかとも思ったが、それにしてはキアラが好意的ではない。キアラは初対面の相手にも礼儀正しいし、知り合いなら挨拶もきちんとするはずだ。
「お前のせいね……? お前のせいで、私がこんな……!」
女がキアラの胸ぐらを掴もうとするかのように、手を伸ばす。
それが見えると同時に、ユクガも動いた。
女の細い首を掴み、地面に押し倒して体重を乗せる。
「ッ……ぐ……っ」
折るか、このまま絞めるか、どちらが早いだろうか。女の顔が赤黒くなり目が血走ってきたが、知ったことではない。
ククィツァが何気ない調子で歩いてきて、女の傍に屈む。
「ユクガでよかったな、姫君?」
助けを求めるように視線を向けられても、ククィツァはただ眺めているだけだ。
「俺だったら殺してる」
ククィツァの言い方に一瞬疑問を感じ、力が揺らぐ。そのユクガの腕を、小さな手が掴んだ。
「……キアラ」
「……そんなふうにしたら、苦しいです」
ユクガの腕を、上に持ち上げようと懸命に引っ張っている。服を軽く引っ張られている程度にしか感じなかったが、ユクガはキアラを傷つけないよう、慎重に女の上からどいた。
途端に女が咳き込むがそちらには構わず、泣きそうな顔のキアラを抱き上げる。
「……ククィツァ、俺は帰る」
「おう」
新しいユルトの準備や服をどうこうという会話を置き去りに、ユクガは踵を返して自分のユルトへ向かった。
「……ユクガ、様」
怖がらせた、だろうか。まっすぐ前を向いていた視線をキアラに落とすと、不安げにユクガを見上げている。
「……あの女はお前を傷つけようとした。だから排除しようとした」
言い訳じみている。
そうは思ったが、他に言いようがなかった。あの女個人に対して何の感情もないが、キアラに何かしようとしたのは確かなのだ。それなら排除しなければならない。
ユクガの行動には、それだけの理由しかない。
ユルトに戻り、椅子に座って膝の上にキアラを乗せると、ぎゅっと手を掴まれた。
「……あの、方は、きっと……どこかが痛かったのです」
何を話そうとしているのかわからなかったが、ユクガはキアラの好きにさせておいた。怒っているのでもなく、怯えているのでもなく、キアラはただユクガに説明するための言葉を探しているように見えたからだ。
「けがも、病も……私の血を飲むと、治るのだそうです。だからきっと、あの方もお求めだったのです」
「何……?」
思わず聞き返したユクガに、キアラの睫毛がゆっくりと上下した。
「どういうことだ。けがや病が治る……?」
「はい」
キアラの体は、大けがをしたとしても翌日には治っている。病にもかかったことがない。キアラ自身は、どうしてそういう体質なのか、理由はよく知らない。
しかし、あの部屋でキアラに水や食事を与えていた人物はそのことを知っていて、キアラの血にもあらゆるものを癒す力があることも知っていた。毎日腕や足を裂かれ、血を抜かれては休み、ときには直接部屋を訪れた人が、キアラの血を直に飲んだこともあった。
だからきっとあの女性も、どこか痛むところや病気を抱えていて、キアラの血を必要としていたのだと思う。
そう拙く説明するキアラの手足に、ただ、傷痕はない。
「……そうか」
それしか答えられず、ユクガはそっとキアラを撫でた。薄氷の瞳が何度か瞬きをして、面映そうに細められる。
「……もう、しなくていい」
不思議そうな顔をするキアラを引き寄せて抱きしめ、ユクガは細い背中に手を添えた。怒ればいいのか、悲しめばいいのか、ユクガにもよくわからなかった。
キアラはおそらく、見た目よりはもう少し歳を重ねているはずだ。しかし、粗末な食事を与えられ、部屋から出されず、あまつさえ血を奪われ続けて体が成長できなかったのだと思う。
この華奢な体に、これ以上苦痛を味わってほしくない。
「でも、痛いのも、苦しいのも……どなたも、お嫌です」
「お前が肩代わりする必要はない。お前は……もうその仕事を、しなくていい」
顔を合わせたキアラが、こて、と首を傾げる。
「……それでは、私のお仕事がなくなってしまいます」
そんなものが、お前の仕事であって堪るか、と思った。
「……お前の仕事は、俺と暮らすことだ」
「ユクガ様と、暮らすこと、ですか」
ぱちぱちと瞬きをするキアラに頷き、そっと頬に触れる。柔らかく滑らかなこの肌も、傷つけられたことがあったのだろうか。
「それでは、私はいただいてばかりです」
「……お前がいるだけで、俺は幸せだ。だからお前は俺と暮らしていればいい」
滅茶苦茶な理論の自覚はあったが、ユクガはきっぱりと言い切った。頬に触れているユクガの手に、薄くほっそりとした手が重ねられる。
「私は、ユクガ様に……しあわせ、を差し上げられているのですか」
「ああ」
ユクガの武骨な手にもう片方の手も添えて、控えめに頬を寄せたキアラが目を伏せた。
「……私にまだ、ユクガ様に差し上げられるものがあって……よかった」
その顔が本当に嬉しそうで、ユクガはただキアラの頬を撫でることしかできなかった。
夕食の席で尋ねられ、ユクガはキアラを見守っていた視線をイェノアに向けた。
今日の夕食は肉を乳で煮込んだものだ。こうすると肉の臭みが取れるとかで、キアラも肉を食べられるらしい。食べようとする量は少ないが、小さなかけらを懸命に口に運んでいる。
「まだだ。多少遅らせてはいる」
「そう……ありがとう」
ヨラガンは基本的に遊牧の民の集まりだ。部族ごと、家族ごとなど大小様々な規模の集落があり、それぞれが家畜のための放牧地を探し、年に数回、集落の場所を移動しながら暮らしている。
ただ、多数の集落が遊牧で暮らせるほどの広大な土地は、異国にもまた魅力的に映るものだ。ある日突然、羊を放っていた土地を占領されたり、ひどいときには捕らえられて連れ去られ、異国で過酷な労働をさせられたり、遊牧の民は奪われることが多かった。
それではならない、と異国に対抗する力を持つため、各地の集落を訪ねてまとめ上げたのがククィツァだ。その下に各集落がまとまり、度々草原を侵し女や子どもをさらっていったカガルトゥラードを押し返し、ついには攻め入って打ち負かしたのが先日の戦だった。
「こうほち、とは何ですか」
「……何かのために選ぶかもしれない土地、のことだな」
「そろそろ移動の時期だから、その候補のことよ」
どの集落も移動はだいたい同じ時期に集中していて、そろそろ場所を移す頃合いだ。
ククィツァが不在の間はユクガが代理を務めることになっているので、移動先を決めなければならない。しかしそのククィツァたちの帰還がいつになるかわからず、ユクガはタイミングを計りかねていた。戦のあとにどういう処理が必要なのか、ユクガにはあまり想像が及ばない。
「……ククィツァ様がお戻りでないのに、よそへ行かなければならないのですか」
心配そうに聞き返してきたキアラを撫でて、ユクガは食事の残りをパンですくった。
あまり移動を遅らせると、いい場所を他の集落に取られてしまう。戻ってきてユルトが一つもなければ、市で集落の者を待つくらいはするだろうが、念のためククィツァたちに知らせを出しておいたほうがいいだろうか。しかしそれが行き違いになっても困る。
ため息をついてユクガが椀を置くと、ちょうど訪問を告げる声があった。
「何だ」
「ククィツァ様たちがお戻りに!」
思わずイェノアと顔を見合わせ、そのまま立ち上がる。横でキアラもわたわたと椀を置くのが見えたので、ユクガは構わず抱き上げた。
「ゆ、ユクガ様」
「抱かれていろ」
「は、はい」
イェノアと連れ立ってユルトを出ると、すでに集落の一角へ人が集まり始めているようだった。呼びに来てくれた青年と三人で近づいていき、落ちつくまで待とうかと思っていたら人垣のほうが割れてくれる。
キアラを下ろし、取り囲んでいる集団から一歩進み出ると、聞き慣れた快活な声がした。
「ユクガ!」
身軽に馬を飛び降りた男に近づき、抱き合って無事を喜ぶ。
「無事で何よりだ、ククィツァ」
「移動に間に合ってよかったぜ」
それからイェノアに交代して、にこにこと見守っているキアラの肩を抱く。先日簪を贈って以来、目に見えて表情が豊かになってきたように思う。人の再会をともに喜べるいい子だ。
ただ、撫でてやろうとしたところにちょっとした騒ぎが聞こえ、ユクガはそちらを向いた。
「誰か手伝いなさいって言ってるのが聞こえないの?」
顔に見覚えはないし、赤い髪ということはカガルトゥラードの人間だろうか。馬に乗るには随分と装飾過多な服を着ていて、一人では馬から降りられないから、誰か降りるのを手伝えと騒いでいるらしい。
眉をひそめたユクガの服を、誰かが掴んだ。
「……キアラ?」
不安そうな顔は、カガルトゥラードの女のほうを向いている。視線の先では、何人かがやれやれといった様子で女を馬から降ろしてやっているところだ。移動の間もあの調子だったのだとしたら、さぞ気苦労の多い旅路だっただろう。
地面に降り立った女が服を上から丁寧に撫でつけて整え、裾を払い、もったいつけるように髪を後ろに払う。
どう考えても関わりたくない相手だが、わざわざ馬に乗っていて、ククィツァの集団と一緒に来たということは、何かしら理由があって連れ帰ってきたはずだ。ククィツァの女の趣味だったとしたら、イェノアがいるというのに何を考えているのか、最低としか言いようがない。
キアラの肩を抱く手に自然と力が入り、観察しているうちにあちらもユクガたちのほうに気がついた。
途端に目を丸くして、つかつかと近づいてくる。
「お前、なぜこんなところにいるの」
お前、と呼ばれたのはキアラだ。女の顔はユクガを見ていない。
知り合いなのかとも思ったが、それにしてはキアラが好意的ではない。キアラは初対面の相手にも礼儀正しいし、知り合いなら挨拶もきちんとするはずだ。
「お前のせいね……? お前のせいで、私がこんな……!」
女がキアラの胸ぐらを掴もうとするかのように、手を伸ばす。
それが見えると同時に、ユクガも動いた。
女の細い首を掴み、地面に押し倒して体重を乗せる。
「ッ……ぐ……っ」
折るか、このまま絞めるか、どちらが早いだろうか。女の顔が赤黒くなり目が血走ってきたが、知ったことではない。
ククィツァが何気ない調子で歩いてきて、女の傍に屈む。
「ユクガでよかったな、姫君?」
助けを求めるように視線を向けられても、ククィツァはただ眺めているだけだ。
「俺だったら殺してる」
ククィツァの言い方に一瞬疑問を感じ、力が揺らぐ。そのユクガの腕を、小さな手が掴んだ。
「……キアラ」
「……そんなふうにしたら、苦しいです」
ユクガの腕を、上に持ち上げようと懸命に引っ張っている。服を軽く引っ張られている程度にしか感じなかったが、ユクガはキアラを傷つけないよう、慎重に女の上からどいた。
途端に女が咳き込むがそちらには構わず、泣きそうな顔のキアラを抱き上げる。
「……ククィツァ、俺は帰る」
「おう」
新しいユルトの準備や服をどうこうという会話を置き去りに、ユクガは踵を返して自分のユルトへ向かった。
「……ユクガ、様」
怖がらせた、だろうか。まっすぐ前を向いていた視線をキアラに落とすと、不安げにユクガを見上げている。
「……あの女はお前を傷つけようとした。だから排除しようとした」
言い訳じみている。
そうは思ったが、他に言いようがなかった。あの女個人に対して何の感情もないが、キアラに何かしようとしたのは確かなのだ。それなら排除しなければならない。
ユクガの行動には、それだけの理由しかない。
ユルトに戻り、椅子に座って膝の上にキアラを乗せると、ぎゅっと手を掴まれた。
「……あの、方は、きっと……どこかが痛かったのです」
何を話そうとしているのかわからなかったが、ユクガはキアラの好きにさせておいた。怒っているのでもなく、怯えているのでもなく、キアラはただユクガに説明するための言葉を探しているように見えたからだ。
「けがも、病も……私の血を飲むと、治るのだそうです。だからきっと、あの方もお求めだったのです」
「何……?」
思わず聞き返したユクガに、キアラの睫毛がゆっくりと上下した。
「どういうことだ。けがや病が治る……?」
「はい」
キアラの体は、大けがをしたとしても翌日には治っている。病にもかかったことがない。キアラ自身は、どうしてそういう体質なのか、理由はよく知らない。
しかし、あの部屋でキアラに水や食事を与えていた人物はそのことを知っていて、キアラの血にもあらゆるものを癒す力があることも知っていた。毎日腕や足を裂かれ、血を抜かれては休み、ときには直接部屋を訪れた人が、キアラの血を直に飲んだこともあった。
だからきっとあの女性も、どこか痛むところや病気を抱えていて、キアラの血を必要としていたのだと思う。
そう拙く説明するキアラの手足に、ただ、傷痕はない。
「……そうか」
それしか答えられず、ユクガはそっとキアラを撫でた。薄氷の瞳が何度か瞬きをして、面映そうに細められる。
「……もう、しなくていい」
不思議そうな顔をするキアラを引き寄せて抱きしめ、ユクガは細い背中に手を添えた。怒ればいいのか、悲しめばいいのか、ユクガにもよくわからなかった。
キアラはおそらく、見た目よりはもう少し歳を重ねているはずだ。しかし、粗末な食事を与えられ、部屋から出されず、あまつさえ血を奪われ続けて体が成長できなかったのだと思う。
この華奢な体に、これ以上苦痛を味わってほしくない。
「でも、痛いのも、苦しいのも……どなたも、お嫌です」
「お前が肩代わりする必要はない。お前は……もうその仕事を、しなくていい」
顔を合わせたキアラが、こて、と首を傾げる。
「……それでは、私のお仕事がなくなってしまいます」
そんなものが、お前の仕事であって堪るか、と思った。
「……お前の仕事は、俺と暮らすことだ」
「ユクガ様と、暮らすこと、ですか」
ぱちぱちと瞬きをするキアラに頷き、そっと頬に触れる。柔らかく滑らかなこの肌も、傷つけられたことがあったのだろうか。
「それでは、私はいただいてばかりです」
「……お前がいるだけで、俺は幸せだ。だからお前は俺と暮らしていればいい」
滅茶苦茶な理論の自覚はあったが、ユクガはきっぱりと言い切った。頬に触れているユクガの手に、薄くほっそりとした手が重ねられる。
「私は、ユクガ様に……しあわせ、を差し上げられているのですか」
「ああ」
ユクガの武骨な手にもう片方の手も添えて、控えめに頬を寄せたキアラが目を伏せた。
「……私にまだ、ユクガ様に差し上げられるものがあって……よかった」
その顔が本当に嬉しそうで、ユクガはただキアラの頬を撫でることしかできなかった。
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