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宮殿
44.治せるもの、直せないもの
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「……そういうお話は、やはりないのでしょうか」
日の暮れ始めた窓に気がついて、キアラは小さくため息をついた。傍のミオも顔を上げて、読みかけの本を閉じる。
「なかなか見当たりませんね」
「こちらも違いました」
シアの持ってきてくれた本の題名を手元のメモに書き取り、キアラは自分の本も閉じた。そろそろ本を戻して、自分の部屋に帰らなければいけない。
「ありがとうございます、ミオ、シア。今日はおしまいにしましょう」
「はい、神子様」
ミオが三人分の本を戻してきてくれる間、キアラはシアと一の閲覧室で待っていることにした。以前エドゥアルドが言ってくれた通り、キアラが書庫を利用するときには、一の閲覧室を使わせてもらえている。
あのあとマナヴィカには、ヒートの抑制剤が間に合わなかったことを丁寧に謝罪された。キアラからは、あまり気にしないでほしいということと、ゲラルドに暴かれそうにはなったけれど、途中で出ていってしまったという話を打ち明けて、ゲラルドの妻はまだマナヴィカ一人だから安心してほしいと伝えたのだが、曖昧な笑みで返されてしまった。
気に障ったのかと思ったのだが、マナヴィカは、ゲラルドが途中で出ていったというところが気になったらしい。そのときにゲラルドの精霊の加護が失われたのではないか、と伝えてくれて、キアラも素直に、そうかもしれない、と思った。
そこで、精霊の加護を失ったという話や、神子の力について詳しく書いた本がないか、書庫で調べてみようと思ったのだった。ここしばらく書庫で調べものを続けているのだが、思ったような本はなかなか見つからない。
「……たくさん読みましたね、神子様」
シアの視線を追って、キアラは読み終わった本を書き留めているメモを見た。一人ですべてを読むことはできないから、ミオやシアにも手伝ってもらって、精霊に関係のありそうな本を少しずつ読み進めているのだ。キアラには公務というものもないし、一日の時間がほとんど自由に使えるので、最近は書庫に入り浸っているようにも見えるかもしれない。
「そう、ですか?」
「はい。いつか書庫姫様みたいに、書庫の本をすべて読んでしまわれるかもしれませんね」
「しょこひめ、様、ですか」
聞きなれない言葉に首を傾げると、ちょうどミオが戻ってきた。閲覧室の中をきちんと片づけて、扉を閉め、書庫の出入り口の傍でベールをかぶって廊下に出る。
一時期はキアラの歩くところにほとんど人がいなかったけれど、今はなんとなく、以前より人が多い気がする。
「シア、しょこひめ様とは、どなたですか」
人がいてもベールがあるから顔は見えないし、話しかけてくる人もいないから仲良くなるわけでもない。
ただ、人の気配があると活気が感じられて、その雰囲気がキアラは好きだった。
「……シア?」
「あーっと、ほら、神子様もたくさん本を読んでるなぁって……なって……」
手を引いてくれているミオが、何やらシアを責めるような口ぶりだが、話してはいけない人なのだろうか。
今度はミオに顔を向けて、誰のことなのかもう一度尋ねる。
「……お部屋に戻ってから、お話ししましょう」
「わかりました」
いつもより心持ち早く歩いて、階段も一生懸命上る。
知らないことを知っていくのは楽しいことなのだと、本を読んでいて思うのだ。しょこひめ様、という人のことも、知らないから、知りたいと思う。
ただ、そわそわしながら階段を上がっていくと、キアラの部屋の前に人がいた。
「……ゲラルド、殿下……?」
シアの声に、床にうずくまるようにしていた人影の一つががばりと起き上がって、キアラのほうへにじり寄ってきた。間に体を入れようとしたミオを押しのけ、キアラの服をぎゅっと掴んですがりついてくる。もう一人のほうは、それを止めようかどうか、迷っているような様子だった。
「神子様……神子様、どうかお許しを……!」
「えっ、あ」
ゲラルドの頭が下のほうにあって、ベールの隙間からちらりと見えた髪は、確かに黒くなっている。許してほしいと伝えてくる声には切実な響きがこもっていて、本当に後悔しているのだろうとキアラは思った。
「お許しください……! 如何様にでも償います、お望みとあらば何でもいたします、ですからどうか……!」
「ゲ、ゲラルド、様、落ちついて、ください……」
あまりにも必死の様子に少し恐ろしくなってきて、おずおずとゲラルドの肩に触れる。
「……あの、もう、しないでいただけますか」
「もちろんです! 二度と、神子様がお望みにならないことはいたしません!」
そう約束してもらえれば、それ以上ゲラルドに望むこともない。そっとゲラルドの肩に置いた手を離し、キアラは小さく微笑んだ。
「……私は、そうお約束いただけたら、十分です」
「おお……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
がばりともう一度床に伏せたかと思うと、ゲラルドが後ろの人を振り返る。
「どうだ!? 戻ったか!?」
「い、いえ……黒の、ままでございます……」
頭を抱えるように髪に触れ、ゲラルドがまたキアラにすがりついてきた。びっくりして逃げようとしても、ゲラルドの手ががっちりキアラの服を掴んでいる。
「神子様、なぜですか、どうして加護をお返しいただけないのですか」
ゲラルドがここを訪れたのは、精霊の加護を取り戻したかったからなのかもしれなかった。キアラに謝ろうという気持ちより優先なのだろうかと、少し心がささくれ立つ。ただ、精霊の加護を失ってしまったというのは一大事だろうから、どうにかしたいと思うのはキアラにもわかる。
それでも、キアラの意思で何かできることではないから、ゲラルドに懇願されてもどうにもしてあげられない。
「わ、私が、ゲラルド様のご加護を、と、取り上げた、わけでは、なくて……わからない、のです、何があったのか……」
「そん、な……」
ぱたりと手を落とし、ゲラルドが呆然と座り込む。手が離れてほっとしたけれど、このあとどうしたらいいのかわからない。
ひとまず励ましたほうがいいだろうかと、キアラはゲラルドに手を伸ばした。
「な、ぜ……」
小さなつぶやきが聞こえて、何だろうと耳を傾ける。
「なぜ私が……」
ベール越しなのに、勢いよく顔を上げたゲラルドの目が燃えているように見えて、キアラは息を呑んだ。
「なぜ私が、このような辱めを受けねばならんのだ!」
ゲラルドが立ち上がった勢いに気圧されて、ぺたりと尻もちをつく。それからゲラルドが服の中から何かを取り出して、左右に引っ張った。
剣だ。
「殿下!?」
「死ね!」
「神子様!」
振りかぶられた切っ先が下りてくるのを、キアラはただ見上げていることしかできなかった。
切られる、と思った瞬間、目の前に誰かの体が滑り込んできて、血のにおいが鼻につく。
「ミオ……!」
ミオが腕を押さえている。切られたのだろうか。急いで傷の具合を確かめたいのに、ゲラルドがもう一度剣を振り上げている。
「おやめください!」
ゲラルドと一緒に来ていた人が、キアラたちの前に立ってゲラルドを止めようとしてくれる。
けれど。
「どけ!」
ためらいなくその人を切り捨てて突き飛ばし、ゲラルドはなおもキアラのほうに迫ってきた。
ひっ、と息を呑んだキアラに気づいて、ミオがぎゅっと無事なほうの腕で抱きしめてくれる。逃げなくてはいけないはずなのに、体が動かない。
キアラが恐ろしさに目を閉じそうになったとき、突然、誰かがゲラルドに横から体当たりして弾き飛ばした。数歩横によろめいて、ゲラルドが自分に当たったもののほうをにらみつける。
シアだ。
「貴様……!」
どこかから持ち出してきたのか、シアも剣を握っている。キアラには武芸のことはあまりわからないのだが、ゲラルドがめちゃくちゃに振り回す剣を、上手に受け流している、ように見える。
「神子様、今のうちにお部屋へ」
「ミオ……でも、でもシアが」
「シアなら問題ありません。さあ、神子様」
自分より遥かに体格のいいゲラルドと向き合っているのに、シアに焦っている様子はない。いつもの柔和な雰囲気はないけれど、落ちついているように見える。
なんとかシアから視線をはがし、優しく促してくれるミオに向き直って、キアラはミオの額の汗に気がついた。
「……ミオ、けが、が」
「私も問題ありません。神子様の安全が先です」
けがといえば、ゲラルドについてきていた人も切られたはずだ。視線を巡らせると、床に倒れたままうめいているのが見えた。
「……神子様」
静かだが焦れた響きの声で言われて、キアラはどこにも足を踏み出せずにためらった。助けたいけれど、逃げなくてはいけなくて、でも、足が床に縫い留められてしまって、動けない。恐ろしい。
そのうち大きな音がして、顔を向けるとゲラルドが地面に倒れていた。
「……シア……」
「……大丈夫ですよ、神子様。気を失ってらっしゃるだけです」
シアも何か所かけがをしている。
ようやく足の重みがなくなって、キアラはベールを脱いでぱたぱたとシアに駆け寄り、シアが持ったままの剣に指を滑らせた。
「神子様!?」
「シア、飲んで……なめ、て? ください」
困惑しているシアの口元に指を押しつけて、キアラの血を口に含ませる。
「ミオも」
もう一度指先を切って、ミオには問答無用で口の中に指を押し込む。こういうとき、どちらかというとミオのほうが理由を確認したがるので、先にやってしまったほうがいい。
「神子様……?」
それから、ゲラルドと一緒に来た人の口にもキアラの血を垂らす。ゲラルドの傍はちょっとためらって、おそるおそるゲラルドの剣で指を切って、血を含ませる。これで、全員けがはすぐ治るはずだ。
「……神子様、お部屋へお戻りください」
そろっとゲラルドの傍を離れると、ミオに腕を捕まえられた。
何度言われても部屋に戻らなかったから、さすがに怒っているかもしれない。
「……はい。すぐに動けず、申し訳ありませんでした、ミオ」
「いえ……」
ミオに連れられて部屋に戻り、普段あまり使わない椅子に導かれて座る。
「……申し訳ありません、外の処理が終わり次第、着替えをお持ちします」
「はい。気をつけてくださいね、ミオ。シアにも、伝えてください」
「……はい」
やんわりとキアラの腕に触れてから、ミオが頭を下げて出ていった。外から、戦うような音が聞こえてくることはなかった。
日の暮れ始めた窓に気がついて、キアラは小さくため息をついた。傍のミオも顔を上げて、読みかけの本を閉じる。
「なかなか見当たりませんね」
「こちらも違いました」
シアの持ってきてくれた本の題名を手元のメモに書き取り、キアラは自分の本も閉じた。そろそろ本を戻して、自分の部屋に帰らなければいけない。
「ありがとうございます、ミオ、シア。今日はおしまいにしましょう」
「はい、神子様」
ミオが三人分の本を戻してきてくれる間、キアラはシアと一の閲覧室で待っていることにした。以前エドゥアルドが言ってくれた通り、キアラが書庫を利用するときには、一の閲覧室を使わせてもらえている。
あのあとマナヴィカには、ヒートの抑制剤が間に合わなかったことを丁寧に謝罪された。キアラからは、あまり気にしないでほしいということと、ゲラルドに暴かれそうにはなったけれど、途中で出ていってしまったという話を打ち明けて、ゲラルドの妻はまだマナヴィカ一人だから安心してほしいと伝えたのだが、曖昧な笑みで返されてしまった。
気に障ったのかと思ったのだが、マナヴィカは、ゲラルドが途中で出ていったというところが気になったらしい。そのときにゲラルドの精霊の加護が失われたのではないか、と伝えてくれて、キアラも素直に、そうかもしれない、と思った。
そこで、精霊の加護を失ったという話や、神子の力について詳しく書いた本がないか、書庫で調べてみようと思ったのだった。ここしばらく書庫で調べものを続けているのだが、思ったような本はなかなか見つからない。
「……たくさん読みましたね、神子様」
シアの視線を追って、キアラは読み終わった本を書き留めているメモを見た。一人ですべてを読むことはできないから、ミオやシアにも手伝ってもらって、精霊に関係のありそうな本を少しずつ読み進めているのだ。キアラには公務というものもないし、一日の時間がほとんど自由に使えるので、最近は書庫に入り浸っているようにも見えるかもしれない。
「そう、ですか?」
「はい。いつか書庫姫様みたいに、書庫の本をすべて読んでしまわれるかもしれませんね」
「しょこひめ、様、ですか」
聞きなれない言葉に首を傾げると、ちょうどミオが戻ってきた。閲覧室の中をきちんと片づけて、扉を閉め、書庫の出入り口の傍でベールをかぶって廊下に出る。
一時期はキアラの歩くところにほとんど人がいなかったけれど、今はなんとなく、以前より人が多い気がする。
「シア、しょこひめ様とは、どなたですか」
人がいてもベールがあるから顔は見えないし、話しかけてくる人もいないから仲良くなるわけでもない。
ただ、人の気配があると活気が感じられて、その雰囲気がキアラは好きだった。
「……シア?」
「あーっと、ほら、神子様もたくさん本を読んでるなぁって……なって……」
手を引いてくれているミオが、何やらシアを責めるような口ぶりだが、話してはいけない人なのだろうか。
今度はミオに顔を向けて、誰のことなのかもう一度尋ねる。
「……お部屋に戻ってから、お話ししましょう」
「わかりました」
いつもより心持ち早く歩いて、階段も一生懸命上る。
知らないことを知っていくのは楽しいことなのだと、本を読んでいて思うのだ。しょこひめ様、という人のことも、知らないから、知りたいと思う。
ただ、そわそわしながら階段を上がっていくと、キアラの部屋の前に人がいた。
「……ゲラルド、殿下……?」
シアの声に、床にうずくまるようにしていた人影の一つががばりと起き上がって、キアラのほうへにじり寄ってきた。間に体を入れようとしたミオを押しのけ、キアラの服をぎゅっと掴んですがりついてくる。もう一人のほうは、それを止めようかどうか、迷っているような様子だった。
「神子様……神子様、どうかお許しを……!」
「えっ、あ」
ゲラルドの頭が下のほうにあって、ベールの隙間からちらりと見えた髪は、確かに黒くなっている。許してほしいと伝えてくる声には切実な響きがこもっていて、本当に後悔しているのだろうとキアラは思った。
「お許しください……! 如何様にでも償います、お望みとあらば何でもいたします、ですからどうか……!」
「ゲ、ゲラルド、様、落ちついて、ください……」
あまりにも必死の様子に少し恐ろしくなってきて、おずおずとゲラルドの肩に触れる。
「……あの、もう、しないでいただけますか」
「もちろんです! 二度と、神子様がお望みにならないことはいたしません!」
そう約束してもらえれば、それ以上ゲラルドに望むこともない。そっとゲラルドの肩に置いた手を離し、キアラは小さく微笑んだ。
「……私は、そうお約束いただけたら、十分です」
「おお……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
がばりともう一度床に伏せたかと思うと、ゲラルドが後ろの人を振り返る。
「どうだ!? 戻ったか!?」
「い、いえ……黒の、ままでございます……」
頭を抱えるように髪に触れ、ゲラルドがまたキアラにすがりついてきた。びっくりして逃げようとしても、ゲラルドの手ががっちりキアラの服を掴んでいる。
「神子様、なぜですか、どうして加護をお返しいただけないのですか」
ゲラルドがここを訪れたのは、精霊の加護を取り戻したかったからなのかもしれなかった。キアラに謝ろうという気持ちより優先なのだろうかと、少し心がささくれ立つ。ただ、精霊の加護を失ってしまったというのは一大事だろうから、どうにかしたいと思うのはキアラにもわかる。
それでも、キアラの意思で何かできることではないから、ゲラルドに懇願されてもどうにもしてあげられない。
「わ、私が、ゲラルド様のご加護を、と、取り上げた、わけでは、なくて……わからない、のです、何があったのか……」
「そん、な……」
ぱたりと手を落とし、ゲラルドが呆然と座り込む。手が離れてほっとしたけれど、このあとどうしたらいいのかわからない。
ひとまず励ましたほうがいいだろうかと、キアラはゲラルドに手を伸ばした。
「な、ぜ……」
小さなつぶやきが聞こえて、何だろうと耳を傾ける。
「なぜ私が……」
ベール越しなのに、勢いよく顔を上げたゲラルドの目が燃えているように見えて、キアラは息を呑んだ。
「なぜ私が、このような辱めを受けねばならんのだ!」
ゲラルドが立ち上がった勢いに気圧されて、ぺたりと尻もちをつく。それからゲラルドが服の中から何かを取り出して、左右に引っ張った。
剣だ。
「殿下!?」
「死ね!」
「神子様!」
振りかぶられた切っ先が下りてくるのを、キアラはただ見上げていることしかできなかった。
切られる、と思った瞬間、目の前に誰かの体が滑り込んできて、血のにおいが鼻につく。
「ミオ……!」
ミオが腕を押さえている。切られたのだろうか。急いで傷の具合を確かめたいのに、ゲラルドがもう一度剣を振り上げている。
「おやめください!」
ゲラルドと一緒に来ていた人が、キアラたちの前に立ってゲラルドを止めようとしてくれる。
けれど。
「どけ!」
ためらいなくその人を切り捨てて突き飛ばし、ゲラルドはなおもキアラのほうに迫ってきた。
ひっ、と息を呑んだキアラに気づいて、ミオがぎゅっと無事なほうの腕で抱きしめてくれる。逃げなくてはいけないはずなのに、体が動かない。
キアラが恐ろしさに目を閉じそうになったとき、突然、誰かがゲラルドに横から体当たりして弾き飛ばした。数歩横によろめいて、ゲラルドが自分に当たったもののほうをにらみつける。
シアだ。
「貴様……!」
どこかから持ち出してきたのか、シアも剣を握っている。キアラには武芸のことはあまりわからないのだが、ゲラルドがめちゃくちゃに振り回す剣を、上手に受け流している、ように見える。
「神子様、今のうちにお部屋へ」
「ミオ……でも、でもシアが」
「シアなら問題ありません。さあ、神子様」
自分より遥かに体格のいいゲラルドと向き合っているのに、シアに焦っている様子はない。いつもの柔和な雰囲気はないけれど、落ちついているように見える。
なんとかシアから視線をはがし、優しく促してくれるミオに向き直って、キアラはミオの額の汗に気がついた。
「……ミオ、けが、が」
「私も問題ありません。神子様の安全が先です」
けがといえば、ゲラルドについてきていた人も切られたはずだ。視線を巡らせると、床に倒れたままうめいているのが見えた。
「……神子様」
静かだが焦れた響きの声で言われて、キアラはどこにも足を踏み出せずにためらった。助けたいけれど、逃げなくてはいけなくて、でも、足が床に縫い留められてしまって、動けない。恐ろしい。
そのうち大きな音がして、顔を向けるとゲラルドが地面に倒れていた。
「……シア……」
「……大丈夫ですよ、神子様。気を失ってらっしゃるだけです」
シアも何か所かけがをしている。
ようやく足の重みがなくなって、キアラはベールを脱いでぱたぱたとシアに駆け寄り、シアが持ったままの剣に指を滑らせた。
「神子様!?」
「シア、飲んで……なめ、て? ください」
困惑しているシアの口元に指を押しつけて、キアラの血を口に含ませる。
「ミオも」
もう一度指先を切って、ミオには問答無用で口の中に指を押し込む。こういうとき、どちらかというとミオのほうが理由を確認したがるので、先にやってしまったほうがいい。
「神子様……?」
それから、ゲラルドと一緒に来た人の口にもキアラの血を垂らす。ゲラルドの傍はちょっとためらって、おそるおそるゲラルドの剣で指を切って、血を含ませる。これで、全員けがはすぐ治るはずだ。
「……神子様、お部屋へお戻りください」
そろっとゲラルドの傍を離れると、ミオに腕を捕まえられた。
何度言われても部屋に戻らなかったから、さすがに怒っているかもしれない。
「……はい。すぐに動けず、申し訳ありませんでした、ミオ」
「いえ……」
ミオに連れられて部屋に戻り、普段あまり使わない椅子に導かれて座る。
「……申し訳ありません、外の処理が終わり次第、着替えをお持ちします」
「はい。気をつけてくださいね、ミオ。シアにも、伝えてください」
「……はい」
やんわりとキアラの腕に触れてから、ミオが頭を下げて出ていった。外から、戦うような音が聞こえてくることはなかった。
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