白銀オメガに草原で愛を

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帰還

71.傍でともに

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 ヨラガンの城はもともと砦として建てられている。そのため中に住むこともできるのだが、今は国の重要人物にあたる人しか住んでいないそうだ。例えば、ククィツァとか。
 例えば、ユクガとか。

「……悪かった」

 そのユクガに割り当てられている区画の一室で、キアラは肩にエルヴァを乗せ、左右にはミオとシアを従えて、弱った顔のユクガと向き合っていた。座らせてもらっている椅子は木のつるを編み上げて作られていて、ゆったりとして心地がいい。

「……キアラ」

 なお、向き合ってはいるのだが、キアラはできる限りつんとした態度で、ユクガからそっぽを向いている。リンドベルからの助言だが、普段は何でも受け入れるキアラが拒むような態度を取ると、相手にはとてもショックなのだそうだ。
 ユクガにそんなことはしたくないのだけれど、キアラのほうの主張もしなければいけない。

「……機嫌を、直してくれ」

 悲しそうな声が聞こえて、慌ててそちらを向きそうになったものの我慢して、そうっと視線だけ向ける。じっとこちらを見つめているユクガは、真摯な顔だ。

「……私は、ものではありません」
「ああ」

 そんなことはユクガもわかっているとは思うが、キアラが伝えたいことなのできちんと口にしておく。

 事の発端は、ククィツァへの報告の際に、ユクガがキアラを抱き上げたまま、下ろしてくれなかったことだ。
 ククィツァたちと別れてファルファーラに行ったあと、何があったのか、ユクガが報告をする、というのは普通のことだろうから、それはいい。ただ、エルヴァのことだけは、キアラしか知らないこともあるのだからキアラが話すものだと思っていたのに、それもユクガが済ませてしまった。
 姿があって、会話ができて、目に見える形で人を助けてくれる精霊などまずいないから、エルヴァのことは必要以上に人に広めないようにしよう、という話は事前にしていた。エルヴァ自身も、キアラ以外の人とはあまり関わろうとしない。ククィツァのいた部屋にはククィツァ以外の人もいたし、たくさん話すわけにはいかなかっただろう。
 けれど、キアラにだって、それくらいはわかっているのだ。

「……私は、あのお部屋にいたときほど、ものがわからないわけではありません」

 他の人から見たら、きっと子どものようなところはあるし、体も小さいから頼りなく見えるだろう、とは思う。
 それでも、あのころよりは確実にいろいろできるようになっているはずだし、カガルトゥラードに移ったあとも、もっとたくさんのことを考えるようになった、はずなのだ。

「……すまない、お前を侮ったわけではない」

 真剣な声でユクガが頭を下げたので、つい慌ててそちらを向いてしまった。顔を上げたユクガが静かに近づいてきて、キアラの前にそっとひざまずく。

「お前に、他人の注目を集めたくなかった」

 キアラの容姿が人目を引くのは、どうしようもない。銀色の髪は一目見て神子だとわかってしまうし、日に焼けた肌の人が多いヨラガンで、抜けるような白い肌というのも目立つ。わずかに色づいたくらいの薄青の瞳というのもめったにいないから、一度見れば覚えられてしまう。

「……お前は俺の番で、ようやく取り戻したんだ……他人に、お前の時間を奪われたくない」

 そっと頬に手を添えられて、ユクガの手の温かさがじんわり伝わってくる。そのまま精悍な顔が近づいてきて、ユクガが口づけをしたいのだと気づく。
 慌てて、キアラはユクガの口を両手で押さえた。

「……嫌か」
「い、いえ、そうでは、なくて」

 とっさのことだったので、エルヴァには、すでに見られてしまったことはあるが。
 ミオとシアに、ユクガと口づけをしているところを見られるのは恥ずかしい。
 そろそろとミオに視線を向けると、にっこりと微笑まれた。

「ククィツァ様に部屋を用意していただきましたので、私とシアはそちらに控えましょうか」

 何もかも悟られている気がする。頬が熱い。
 おずおずとうなずくキアラに礼を取って、ミオとシアが部屋を出ていく。
 うなずいてから気づいたが、今からそういうことをします、と言ってしまったのも同然ではないだろうか。

「なれば、此方も外すとしよう」

 思わずユクガの口を押さえていた手で自分の頬に触れて、熱くなっているのを確かめてしまった。その横からぱたぱたとエルヴァが飛び上がって、窓のほうに飛んでいく。

「エルヴァ、様」
「頃合いを見て戻ろうぞ」

 薄青の小鳥が窓から出ていくのを見送って、キアラに覆い被さっている人に視線を戻す。
 鷹の瞳が、キアラを椅子に縫い留めるように見つめている。

「……いいか」
「……はい」

 柔らかく触れてきた唇に、何度も啄まれて受け入れるようにねだられる。薄く口を開くとすぐに舌が入ってきて、キアラの口の中すべてを確かめようとするように動く。
 歯に触れられたって、何もないはずなのに。上あごを舐められたって、何もないはずなのに。そわそわと、背中が浮ついたようになって、腰のあたりに何かがもやつく。ユクガの肉厚な舌に、キアラの小さな舌では応えきれなくて、絡め取られて頭がしびれたようになっていく。
 唇を離したユクガの息も荒くて、もっと、と思ってしまう。

「……許して、くれるか」

 椅子の上にとろけたキアラを見つめて、ユクガの声が熱っぽく聞こえる。

「……ユクガ、様」

 手を伸ばして頬に触れて、そっと両手で包む。ユクガは、キアラを遮らず、好きにさせてくれる。
 リンドベルは、キアラが何でも受け入れると言っていたけれど、ユクガだって、キアラのことを大らかに受け入れてくれる優しい人だ。

「初めて、お会いしたとき、私に……何者だ、と、お尋ねでしたよね」
「……そうだな」

 何者、という言葉を知らなかったから、あのときはどう答えていいかわからなくて、戸惑ってしまった。
 けれど何より、初めて見たユクガに、心を奪われていたのだと思う。
 隣にはジュアンもいたはずなのに、ユクガから目を離せなかった。

「……私は、あなたの運命の番です」

 黄色の瞳が、一つ、瞬きをする。

「幾久しく……あなたのお傍で、あなたと一緒に……生きたい、です」

 やっと言えた。
 きっと初めて会ったときから抱いていただろう思いなのだが、キアラには使える言葉が少なくて、何より、自分の気持ちというものを言葉にするのが難しくて、ユクガに伝えられていなかった。

「……許して、くださいますか」

 じっとキアラを見つめていたユクガが、触れるだけの口づけを落としてくる。そのまま抱き上げられて、びっくりしているうちに連れていかれたのは、ベッドの上だ。

「ユクガ、様」
「……お前を失ってようやく、お前が俺の運命の番だと気づいた」

 キアラを腕の中に閉じ込めるように覆い被さって、ユクガがまた口づけを落としてくる。今度は触れるだけではなくて、しっかり、舌を絡ませ合うものだ。

「俺の傍で、俺とともに……生きてくれ」
「……はい」

 キアラの言葉と同じなのは、ユクガがすでに受け入れてくれているからだ。
 くすくす笑ってたくましい背中に腕を回し、抱きしめる。

「……お前がファルファーラに残ると言い出すのではないかと、気が気ではなかった」

 口づけをくり返しながらこぼされ、そのときの顔があまりにも不安げだったので、キアラはユクガの短い髪をそっと撫でた。

「そうだったのですか」
「お前の故郷だろう」

 エルヴァが教えてくれた話や、ルガートの話からも確かなのだが、キアラにはあまり実感がない。ファルファーラの戦乱は、記憶にないのだ。あのベッド以外には何もない、薄暗い部屋からしか知らない。

「……私の帰るところは、ユクガ様のお傍です」

 ヨラガンに戻りたい、とは思っていたが、正しく言えば、ユクガがいるからヨラガンに帰りたかっただけだと思う。ユクガがいてくれるならカガルトゥラードで暮らしてもいい気はするが、ユクガが最も自由に生きていられる場所は、ヨラガンだろう。
 口づけに応えながら伝えると、ユクガが動きを止めてしまった。

「ユクガ様……どうなさいましたか」

 キアラを囲っていた腕が動いて、するりと太ももを撫でられる。
 その意図がわからないほど、ものを知らないころもあった、けれど。

「……ユクガ、様」
「嫌か」

 服の上から、そっと内側に回ってきた手が内ももの柔らかい部分を撫で上げてくる。核心には触れられていないが、十分、色めいたことを含んだ手つきだ。

「私、は、あの……今は、ヒート、では」
「ヒートのときでなければ、俺は番を抱けないのか?」

 そういうつもりではない。首を横に振って、ゆったりと腹を撫でてくる手にごくりと喉を鳴らしてしまった。

「キアラ、嫌なものは嫌と言え。お前が嫌なら、俺は引く」

 そう言いつつ、ユクガの手が腹から胸に上がってきて、胸元の合わせの部分からそっと素肌に触れてくる。

 だめ。
 もっと。
 はしたない。
 でも、ほしい。

「……お心を、くださいませ、ユクガ様」
「無論だ」

 少し性急に口づけられて、いつかユクガの言っていた獣という言葉を思い出した。
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