馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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馬鹿犬、駄犬、どっちも褒められてない

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 ゴアア、と魔物の上げる咆哮が聞こえた。

 やばい、落ちてた。

 意識を失っていたのはどれくらいの時間だろうか。
 早く起きないと、あの人が機嫌を悪くする。

「うるせぇな、俺の飼い犬落としたくらいで騒ぐんじゃねぇ」

 周りがどんなにうるさくても、あの声だけは耳に入ってくる。聞き逃さない、聞き逃したくない、大好きな声。魔物の咆哮を聞いても怯むことなく悠然と立っている姿が、勝手に頭に思い浮かぶ。
 紫煙のにおいがよく似合う、世界一格好いい人。

「それに、そんな駄犬に育てた覚えはねぇんだよ」

 言葉は辛辣でも、向けられた信頼が嬉しくて、体の上に積み重なる瓦礫が苦じゃなくなった。全身に力を込めて跳ね飛ばす。いつだって師匠の声が、俺に立ち上がることを教えてくれる。

「おう、生きてたか」
「生きてたかじゃねぇ、死ぬかと思った!」
「そうか、生きててよかったな」
「死んで堪るか!」

 魔物の攻撃で吹っ飛ばされて、ぶち当たった建物の瓦礫の下に埋められてもなお、手放さなかった獲物をしっかりと握り直す。これもあの人がくれたものだ。死んでも手放さない。
 ゴアア、ともう一度吠えた魔物に、握り直した剣を片手に走っていく。教えられた通りに魔物の攻撃を避けて、強く踏み込んで急所に切り込む。血が噴き出ても、おぞましい咆哮が耳をつんざいても、魔物の目から光がなくなって、完全に命の灯を消したとわかるまで、攻撃の意思は緩めない。最後の一瞬まで戦意を漲らせろというのも、大事な教えだ。

「終わったか」

 悠長に燻らせていた煙草をその場で踏み消して、その人は俺のところまでゆったりと歩いてきた。師匠がここでしていたことといえば、煙草を三本ほど嗜んでいたくらいだろうか。こちらを頭のてっぺんから足の先まで検分した後、くるりと踵を返す。

「労いの一言もなし!?」

 期待してたわけじゃ、ないけど。でも怪我は大丈夫かとか、よくやったとか、魔物は倒せたんだから何か言ってもらったっていいはずだ。途中で気絶したとか、減点される要素はもちろんあるけど、依頼された、村の近くの森に棲みついた魔物を倒すという内容は、達成したし。

「あー……ヨクヤッタ」
「心がこもってない!」

 でも、こちらがどんなに責め立てたとしても、師匠の心には露ほども罪悪感は生まれない。そんなこと考えるよりは今日の酒の銘柄を選ぶ方が重要だ、くらいのことは言うだろう。
 それでも構わない。重要なのは、いつでも傍に立っていることだ。
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