馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
11 / 116
狂犬、猟犬、あるいは盛りの付いた

2-3

しおりを挟む
 苛立ちとともに魔物を切ったら、体が綺麗に真っ二つになった。うおぉだかうわぁだか誰かの漏らした声が聞こえたけど、こっちを見ている暇があったら一匹でも多く倒したらどうなんだ。駄犬に用はねぇと師匠はよく言うけど、今なら理解出来る気がする。集団戦闘とやらはあまりに効率が悪い。
 だいたい、遠くから精度のよくない弓を射ったって、魔物に多少傷がつくだけだ。下手をしたら掠りもしない。だったら走って近付いてぶった切った方が早い。ただ、支給されている騎士団の剣があまり良くないのか、彼らは魔物を一撃では殺せないみたいだった。だから弓とか槍とかで遠距離から攻撃して弱らせて、集団の中に誘い込んで何人かでとどめを刺すというのが普通らしい。俺が加わっている部隊だけがそうなのかと思ったけど、ストレス解消ついでにいろんなところを走り回って確かめたら、どこも似たようなものだった。仕方ないから元の部隊のところに戻って、これも勉強これも勉強と心の中で唱えている。

 師匠に噛みつくなと言われてしまったから邪魔なやつを一緒に切っちゃいけないし、お荷物を抱えて戦っている気分だ。今までは傍に師匠しかいなかったから何も考えなくてよかったのに、他人を気にしながらの戦いは随分と面倒臭い。こんなんだったら師匠の傍で大人しく突っ立っていた方がマシだ。

 ああ、いらいらする。

「余所見すんな! 弱点理解しろ!」

 ゴーレムみたいに弱点が外から隠されているならともかく、首とか腹とか目玉とか、急所がわかりやすい魔物くらいそれで倒したらどうなんだ。ダメージを蓄積して倒すなんて時間が掛かりすぎる。それともわざわざ苦戦して倒すのが今どきの訓練なのか。そんな方法考えたやつがいるならぶっ殺してやる。
 いるかどうかもわからない相手への怒りを込めて、魔物の頭を蹴り飛ばした。肉とか血とか、破裂していろんなものをまき散らしながら死体が吹っ飛んでいくけど、ムカっ腹が治まるわけでもない。周りのどよめきだって知ったこっちゃない。
 演習だか何だか知らないけど、とっとと魔物を殲滅して師匠のところに戻ろう。それが一番だ。

「思ってたより、荒っぽいんだな……」
「で、でも、英雄の弟子がいるからこんなに魔物が多くても何とかなってるんだろ」

 一発で倒せないくせにお喋りとは、大層なご身分だな。

 口には出さずにこき下ろして、どうやら通常の演習より魔物の数が多いらしいことを知った。師匠が王都に来て依頼を聞いたのは数日前のことだし、演習のためにこの量の魔物を集めるには日数が足りない気がする。だったらこれは、意図的ではなく偶発的に発生した魔物の群れなのか。だとしたら、師匠がいるから万が一にも討ち漏らしはないとはいえ、王都の傍にこれだけの魔物がいるというのは危険じゃないのか。
 俺でも推測出来るのに、周りの騎士が演習だと信じて疑わない様子だということは、ある程度情報が操作されていると理解していいだろう。嗅ぎ分けろって、こっちの属性に期待してすり寄ってくるやつは相手にするなって意味だと思ってたけど、もしかして違うのか。師匠の教え方はいつも難しい。

 ひとまずお荷物は放っておいて、周囲の魔物を掃除する。偶然でも群れが出来たなら、出来ただけの原因がどこかにあるはずだ。魔物は通常群れなんて作らない。何かに追い立てられるか、魔物が大量に発生するほどの澱みが出来たかの二択で、王都の傍で澱みを放置するなんてことは考えにくい。
 これだけの魔物が、何かに追い立てられている。それを探せばいい。

「……あっちか」

 王都の北西にある、小高い山。噛みつくなとは言われたけど、守ってやれとは言われてない。邪魔な魔物だけ倒して進もうと思ったら、強烈な斬撃が辺りを薙いだ。行きたい方向にいたやつだけでなく、目に見える範囲を全部倒すのが正解だったらしい。また減点だと怒られてしまう。

「来い、馬鹿犬」

 聞こえた声に従ってそのまま走る。道しるべのような金色の髪が、俺の前を走ってくれるだけで気分が上がっていく。やっぱり俺の戦場には、師匠がいてくれないとダメだ。
 轟くような咆哮の後に、見上げたら空を飛ぶ魔物が見えた。トカゲのでかいやつだけど、翼があって、足は二本しかない。確かドラゴンじゃなくて、ワイバーンと呼ぶんだったか。

「振り抜け」

 何を、とも、どっちに、とも言われない。でもわかる。

 ワイバーンに向かって俺の剣をただ振ればいい。

 土煙を上げながら立ち止まって体を捻る。すくい上げる刀身に重みが加わって、力強く蹴る動きに負けないよう、空けていた手も使って振り切った。
 勢いで地面に倒れ込んで、でも見逃したくないから急いで空を見る。

 本当に、俺の師匠は最高に格好いい。

 俺の剣を踏み台に飛び上がった師匠は、ワイバーンの首を軽々と両断してみせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...