馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
34 / 116
仔犬、負け犬、いつまで経っても

1-2

しおりを挟む
 ウィルマさんは、魔力を持って生まれたことがわかった師匠のために、師匠の家が呼び寄せた魔術師だったそうだ。けど師匠は魔術を全然発動出来なくて、ウィルマさんの教え方が悪いからだと解雇されてしまったらしい。実際には、魔力を外に放出出来ないという師匠の体質が原因だったわけだけど。
 ただ、解雇された後も、魔力を溜め込んだ上に限界が来ると意識を失ってしまうという症状を何とかしようと、あれこれ手を尽くしてくれたんだそうだ。さっき師匠が飲んだ薬湯も、溜まっている魔力を消費させる効果があるらしい。

「焼け石に水程度だがな、全く飲まないよりマシだ」

 もっと飲め、とウィルマさんが師匠のコップに赤い液体を追加する。それから師匠の顎を掴んでじっと観察して、ふむ、と頷いた。いつもなら何すんだって払い除けそうなのに、師匠が大人しくされるがままになっていて、なんかどきどきした。

「少し前に寝たか?」
「いや……昔、理論上は魔力譲渡ってのが出来んじゃねぇかって話してただろ」

 ああ、と頷いたウィルマさんが手を離して、自分の薬草茶を飲んだ。茶色だった髪の毛が赤、緑、紫、と目まぐるしく色を変えていく。本当に、この家で出されたものを口にしても、大丈夫なんだろうか。
 自分の前に置かれた緑の液体が入ったコップを見て、覚悟が決まらなくて視線を逸らした。この緑色のやつ、見た目がどぎついのににおいは爽やかで違和感しかない。

「少し前に、こいつがすっからかんにしたことがあってな。空のところに流し込むなら特に問題ねぇだろと思って試したら、出来た。余ってたやつだいぶ渡して、寝なくて済んだ」
「なるほど……」

 ウィルマさんの顔がぐりんとこっちを向いて、めちゃくちゃビビった。何となく、身の危険を感じる。逃げようか先にぶった切ろうか悩んでいるうちに前に立たれていて、顎を掴まれて顔を覗き込まれた。魔力を持つ人は瞳が金色に近付くらしいけど、この人の目はとろりとした濃い蜂蜜みたいだ。

「鋼色とは珍しいな。総量としてはかなり……いや、うむ……面白い……」

 顔を見ただけで何かわかるんだろうか。どうしたらいいかわからなくて、ひとまず大人しく観察されておく。ここで逃げ出す方が危ないと、何故かそのことだけはきっちりわかった。

 唐突に俺から手を離して、ウィルマさんが師匠の方を向く。

「それで、お前の望みは?」
「……そいつに魔術を教えてほしい」

 薬湯を飲み干して、師匠の顔がこちらを向く。師匠が誰かに頼み事をするのがあまりにも珍しくて、俺はぱちぱちと瞬きした。

「そうだな……」

 腕を組んで、ウィルマさんが俺を見下ろした。左手で右肘を抱えるような体勢に変わって、とんとんと右手の指で自分の頬を叩いている。それから何か思い付いたのか、ニタァ、と笑った顔は、師匠とは別のタイプの悪役顔だった。

「先日面白そうな遺跡を見つけたんだがな、中に魔物が入り込んでて、困っていたんだ。そこの調査、それで手を打ってやろう」
「……重たくねぇか?」
「嫌ならドラゴンの血でもいいぞ」

 師匠が思いきり顔を顰めた。俺が同じ立場でもそうすると思う。倒した人は英雄と呼ばれるような魔物から、そう簡単に血を取ってこられるわけもないし、そもそもドラゴンなんかがその辺に気軽に生息していても困る。
 そんな二択にされたら、誰だって遺跡の方を選ぶしかない。悪役顔は伊達じゃなかったみたいだ。
 死ぬほど嫌そうな顔で仕方なく頷いた師匠に、ウィルマさんはわかりやすく上機嫌になった。その勢いで飲め飲めと勧められて飲み干した薬草茶は、特段不味くはなかったし、俺の髪の色が変わることもなかった。
 ただ、翌朝やたら元気になって困ったとだけ言っておく。ナニがとは言わないけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】その少年は硝子の魔術士

鏑木 うりこ
BL
 神の家でステンドグラスを作っていた俺は地上に落とされた。俺の出来る事は硝子細工だけなのに。  硝子じゃお腹も膨れない!硝子じゃ魔物は倒せない!どうする、俺?!  設定はふんわりしております。 少し痛々しい。

処理中です...