馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
52 / 116
忠犬、馬鹿犬、貴方のために

4-2

しおりを挟む
 頷いたら、団長が閣下の後についていった。俺も師匠を振り返って、少し考えて手を伸ばすのをやめる。今触ったら、師匠が壊れそうな気がした。

「師匠……部屋、行こう」

 何度か瞬いて俺の方を向いた碧の目には、金色が滲んでいる。宝石が、今にも砕けそうに揺らめいて見えた。

「師匠」

 まだ触れない。声を掛けて辛抱強く待ってたらゆっくり歩き出してくれたから、斜め後ろを歩く。さっきまでの怯えはもう見えないけど、今度は全部を拒んでいるみたいに、師匠から感情が読み取れない。歩き方や表情はいつも通りなのに、誰も受け入れることなく閉じている。
 傍にいるのに、師匠の傍に俺がいないのは悲しい。俺の苦しいとか、悲しいとか、そういうのを師匠はきちんと見ていてくれて楽にしてくれるのに、自分の辛さは全然俺に渡してくれない。もっとちゃんと、師匠が苦しくないように出来る人間になりたい。

 部屋に戻っても師匠は元に戻らなくて、ソファに腰を下ろすと足を抱えて蹲ってしまった。それでもきっちり靴は脱いでいるから、やっぱり師匠は育ちがいい人間なんだと思う。
 何となく、拒まれない気がして隣に座ったら、もぞもぞと寄ってきてくっつかれた。

 ……何だこれ可愛い。

「師匠?」
「……紅茶が飲みたい」

 俺じゃ出来ない。少し考えて、壁際で控えてくれている人にミーチャさんを呼んでくれるようお願いした。
 ミーチャさんは王様の従者らしいけど、しばらく接していた限り、師匠が最優先だった。王様じゃなくていいのかと思ったけど、こういう時はすごく助かる。それに俺が想像する以上に、いろんなことをベストタイミングでやってくれるから、きっと今回も上手く助けてくれるはずだ。

 思った通り少し待っただけで、サービングカートを押したミーチャさんが来てくれた。王様の仕事がどうなっているかは知らない。たぶん王様なんだから従者はミーチャさん一人じゃないはずだし、師匠は一人しかいないからこっちを優先してもらう。

「お待たせいたしました」

 大して待ってはいないけど、そう言って綺麗な色のお茶が入ったカップを出してくれる。両手でカップを持ってちびちび飲むと、師匠がようやく空気を緩めた。体勢は変わらないけど、言葉を受け取ってくれそうな、拒絶じゃない雰囲気だ。

「ご気分はいかがですか?」
「……少し、良くなった。ありがとう、ミーチャ」
「私の務めですから」

 師匠がまだお茶の残ったカップをテーブルに戻す。まだ俺にくっついたままだ。体重を掛けられているわけじゃないから、重たくはない。けど可愛いから困る。普段あんなに格好良くて、俺が迂闊に手を出したら即座に蹴り飛ばされて痛い目見るはずなのに、今は体を丸めてただ俺にくっついている。

 ……可愛いな?

「……馬鹿犬、何カーティスに喧嘩売ってんだ」
「え」

 買ったつもりでいた。わざわざ向こうから近寄ってきて、押し売りしてきたと思っていたくらいだ。

「向こうが売ってきた……」

 むしろ噛み付かなかっただけ褒めてほしい。礼儀がどうとか身分がどうとか言われても、俺は孤児だから知ったこっちゃない。師匠が困るなら、俺も困るけど。
 師匠がため息をついて、俺に体重を掛ける。倒れはしないけどちょっと驚いた。

「……あいつ見ると、父親思い出して」

 ミーチャさんが出してくれたお菓子を、師匠が俺の口に突っ込む。おいしいけど、何で強制的に食べさせられたんだ。さくさくしててバターの香りが強くておいしい。これは確かクッキーってやつ。
 一つ食べ終わったら、もう一つ口に突っ込まれた。おいしいけど。

「……息が、詰まる」

 口の中にものが入ってるから、喋ったら怒られる。それで食べさせられたのかもしれない。
 急いでクッキーを飲み込んで、師匠に頬を擦り寄せる。怒られなかった。
 だから、ミーチャさんにお願いする。

「今日、このまま休んでもいいですか」
「……そうですね、本日はレッスンをお休みにいたしましょう」

 式典とやらに向けて、ダンスとか礼儀作法とか貴族の名前とかいろいろ覚えさせられているんだけど、後で頑張るから、今日はこのまま師匠の傍にいさせてほしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】その少年は硝子の魔術士

鏑木 うりこ
BL
 神の家でステンドグラスを作っていた俺は地上に落とされた。俺の出来る事は硝子細工だけなのに。  硝子じゃお腹も膨れない!硝子じゃ魔物は倒せない!どうする、俺?!  設定はふんわりしております。 少し痛々しい。

処理中です...