馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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「その中でただ単純に、バルトロウをライバル視して突っかかってきてたのがヴァーリで、バルトロウみたいに強くなりたいって一緒に訓練するようになったのがオーウェンだ」
「突っかかるだと……? 私は純粋に剣の腕を磨いていただけだ。あいつが一番強いのだから、稽古を挑むのは当然だろう」

 騎士団に入れば団内の地位によるところが大きいけれど、生まれた家の爵位は切っても切り離せないものらしい。ただ、騎士も公爵家の出身だったから、師匠におもねる必要はなかった。オーウェンさんは純粋に師匠の強さを認めていて、その上で気安く付き合おうとした。だから師匠の方も少しだけ、二人には態度が違ったらしい。自然と、アドルフ・カーティス、ギュンター・ラクレイン、レイノルド・ヴァーリ、カラム・オーウェン、その四人で行動することが多くなった。

「ただ、何というか……どこか危うい男だとは、思ったが」

 一人前の騎士になってから、王都から離れた場所で発生した魔物を討伐する、遠征に加わった時のことだ。発生した魔物の数が事前情報以上に多く、近くの町に被害が出るかもしれないところまで、前線の騎士たちは追い詰められた。誰かが知らせに走り増援を要請して、町の人々を念のため避難させる必要があった。

「カーティスめ、率先して残った挙句、魔物の群れの中に突っ込んでいった」

 前線で戦い詰めだから、騎士と言えども疲れはあるし、大小の傷もある。伝令で人が抜ければ、その分の負担も増える。全員が、もしかしたらここで死ぬかもしれないと覚悟した。その彼らを守るために、アドルフは自分を魔物の鼻先にぶら下げた。何も言わず、何かを求めるでもなかった。その時は目の前のことに必死だったせいで、庇われていたのだとレイノルドが気付いたのは、無事増援が来て前線から下げられてからだ。
 何故あんな危険な真似をとアドルフを詰めようとして、先に言われた。

「良かった、ヴァーリ、無事だったか、だ。何が無事だったかだ。誰よりも怪我をしておきながら、へらへら笑いおって」

 騎士である自分たちですら、アドルフ・カーティスにとっては守るべき対象になるのだと、レイノルドは実力差を突き付けられた。プライドは傷付けられるし、でも命を助けられたのは事実だし、もっと実力を付けなければいけないと、レイノルドはさらに腕を磨いた。
 けど、誰もがそうではなかった。

「極限の状況で守られれば、まあ……懸想する者が出た」

 騎士団でそういうことが起きるのは、珍しくなかったそうだ。異性のいない男所帯で、命を救われた相手に友愛以上の気持ちを持ってもおかしくない。ただ、付き合ってくれと迫った者に、アドルフが応えることはなかったけど、せめて思い出をと縋り付かれたら、断らなかったらしい。抱いてくれという相手にも、抱かせてくれという相手にも、分け隔てなかった。

「え」
「……あいつは、他人を大事に出来るくせに、自分に無頓着なんだよ」

 ギュンターたち三人でそういうことはやめろと言い聞かせて、陰に日向に守るようになった。頼まれても体を開くのはだめ、誰かを守るためでも自分の命を消費するのはだめ。そう教えても、あまり変わらなかったらしい。体を持て余してそうしていたわけではなくて、単に頼まれたからするだけだったから。わざわざ娼館にも連れていったけど、そちらにのめり込むということもない。
 あくまで、依頼されたから応える、それだけ。訓練でも任務でも、単なる相手の欲望でも、望まれたことをこなすだけ。

「……師匠、が……?」
「……今も本質は変わらないだろう。本人が望んだわけでもない英雄という偶像を、望まれる形で全うしている」

 師匠が英雄と呼ばれるようになったのは、ドラゴンを倒したからだ。でもドラゴンと呼ばれる魔物は、そうそう対峙するものではない。本来なら、出現したと言われたらまず逃げることを考えるべき魔物だ。倒すことなんて考える必要はない。出来るだけ刺激しないようにそっとしておいて、いつか飛び去ってくれるのをひたすら待つべき相手。
 そのはずなのに騎士団がドラゴンの討伐に向かうことになったのは、それが災害と言っていいほど暴れ回っていたからだった。
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