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森の咎人と女神の教え
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部屋に入ってきた煌びやかな青年は、真っ先に私を見付けて何やら感動に震えていた。
「我が国に降臨された稀人は、希少な女性であったのか!しかもこれほどの美姫とは。早速父上にお知らせせねば」
大きな声を上げると、ツカツカと此方にやって来る。
間にいたルークを何でもないように押し退けて私の前に立つと、感動に頰を染めたまま、ジロジロと私を見回した。
なに、この人。
押し退けた時、握っていたルークの服の裾から手が離れてしまい、思わずムッとしてしまう。
ルークはそのまま部屋の隅に移動して控えていた。思わず縋るように見てしまうと、そっと視線を逸らされる。
どうして?
あんなに嬉しそうに笑ってたのに、王都からの使者が来た途端ガラリと態度が変わってしまった。
やはり容姿の事で、過去に辛い事があったんじゃ……。
「我が国によくぞ参られた、異界の稀人よ。私はエスファハンの第2皇子ギルバート・エスファハンだ。其方の名は何と申す?」
「……美玲です」
渋々答えると、ギルバート皇子は嬉しそうにウンウンと頷いて手を差し伸べた。
「ミライというのか。良い名じゃないか、気に入ったぞ!
さぁ一緒に皇城に来い、皆が心待ちにしている」
皇子はご機嫌だったが、私の不機嫌度は更に増してゆく。
もう面倒なので聞き間違いは訂正しない。顔の作りについても、私にどうこう言える立場じゃないから言わない。
でも、この不遜な態度は何?皇子って皆こんな感じなの?
せめて私の都合を聞いたりとか、わざわざ来た事による労いとか、そういう気遣いは無いわけ?
私は異世界から勝手に召喚されたんだよ?
皇子なら社交も学んでるんだろうから、女性に対して思い遣る気持ちも学んでて良いはずなのに。
ルークが気遣いと優しさに溢れていたから、ついつい比べてしまう。
会社にもこういう上司いたんだ。自分の意見はみんなの総意だと思い込んで憚らない人。振り回されて大変な目にあった。
なんか、ヤダ。行きたくない。
差し出された手をいつまでも私が取らないので、焦れたらしい。ギルバート皇子が私の手を掴もうと更に伸ばして、思わず避けてしまった。
今この人に付いて行ったら、ダメな気がする。
「どうしたミライ、恥ずかしがらずとも良いぞ?」
いや、恥ずかしがってる訳じゃないから!
ハッキリ言ってしまいたい!でも初対面で言っちゃうのも、流石にどうかとも思うし。
不思議なのは、この人達がルークをまるで居ないもののように扱っている事だ。共に入ってきた騎士達も皆私の方ばかりを見て、ルークには気にも止めていない。
どうしてこの優しいルークが、こんな扱いをされなければいけないのか、物凄く気になる。
「ルーク」
私が声を掛けると、みんなの視線私から一気にルークに集まり、直ぐに逸らされる。まるで見てはいけないものを見たような、そんな態度。
「何故ここに此奴がいる?」
「殿下、此方にいらっしゃる前に陛下と宰相殿から『召喚の森の管理をしている』とお聞かせいただいております」
嫌そうなギルバート皇子の態度に、コソッと文官らしき人が耳元で話す。眉根を寄せながらコソコソと話す2人に、モヤモヤが募る。
ルークは視線を逸らせたまま、何かに耐える様に拳を握り締めていた。
『嫌』そう思った。
ルークにそんな扱いをするのが許せない。何とかしないと!
何かに突き動かされて、私はベッドから床へと立ち上がる。そしてギルバート皇子を避ける様に、ルークの下へ駆け出した。
ギルバート皇子達は何故かルークから一定距離を保っており、そこからは近づかない。寧ろ近付いた私の行動に驚いた。
「ミライ
其方一体何を?!」
咎めるようなギルバート皇子の言葉を無視する。そうしてそのままルークに飛び込むと、反射的に受け止めてくれた。
「……っ!
稀人様、どうされたのですか?!」
「美玲」
「え?」
「美玲よ。ルークはちゃんと呼んで?」
「ミレイさ……」
掠れた声が、静かに私の心に響く。
ルークは信じられないとでも言うように首をゆるゆると小さく横に振った。
「ルークに、何があったのかは知らないけど、ルークが人前に出る事に抵抗があると言うことは、知ってる。
……それでも私は、貴方が良い。ルークに、そばにいて欲しいの」
言葉にならない言葉がルークの唇を戦慄かせ、マスクの向こうの瞳が私を強く見詰める。
ここで逸らしたら取り返しがつかない気がするから、目は逸らさない。
「会ったばかりだと言うのに、変な事言ってるのは私だって解る。我儘だって言うのも解ってる!それでも、……それでもルークが良いの。
もし私が皇都に行かなきゃならないと言うのなら、ルークも一緒に来て。私の全てで貴方を守るから!」
「ミレイ、様」
ルークに抱きついたまま、くるりとギルバート皇子達に振り返る。知らずルークの胸元の服を握り締めていた。
「私はこの方と一緒でなければ皇都へ行きません!
それ以外は、何と言おうと認めませんから!」
少なくともギルバート皇子は、まだ信頼に値しない。このまま連れていかれても、どう扱われるか不安しかないもの。だけど。
再びルークを見る。
ルークなら信じられる!こんなにも優しく純粋な人が、虐げられて良いはずがない。
「ミライ?!
其奴は咎人なのだぞ、何故庇う?」
「……ルークが何故差別を受けるのか、その理由を教えて」
「醜い容姿に産まれた者は、生まれながらにして咎人なのだ。そんな事は子どもでも知っているぞ」
私の行動が信じられないのか、皇子が驚いて此方を見守る。騎士達がお互いに目配せをしながら、徐々に包囲を作っていた。
容姿への偏見。
そんなの、ルークは好きでこの姿に産まれた訳じゃ無いのに、それをルークの所為にするなんてっ!
「酷い……生まれながらの容姿で罪を着せられるなんて、一体誰がそんな事を決めたの?」
「女神アルテイシア様だ。どうしてそんな当たり前の事をミライはーーあぁそうか、ミライは稀人であったな。知らなくて当然か。
其方はずっとこの国にいるのだ、徐々に学べば良い。さぁ早く此方に」
皇子の言葉を最後まで聞く事なく、現状を何とかできないか考える。
女神アルテイシア。神様が何故そんな事を?
ーー……て……。
「え?」
不意に頭の中に女性の声がリフレインした。
この声は?!
ーー……を、……た…けてあげ…。
何処かで聞いた事ある。何処だったのか。
ーー……を、ルークを助けてあげて!
ハッキリと声が聴こえて、途端に鮮明に記憶が蘇る。
何処かのお姫様の様なドレスを纏った美しい女性が、ハラハラと涙を流して私に訴えかけていた。薄ぼんやりとした、虚ろな世界に佇む、私とその女性。
ーー貴女なら、きっと……!
女性の背後から閃光が放たれ、そして現実に戻る。
今のは、何?あの女性は、どうして私に?
「……様、ミレイ様!」
我に返ると、状況が一変していた。
騎士達に距離を保ちながらジワリと距離を縮められ、ルークは私を背に庇いながらそれに対峙している。庇ってくれる片腕に力が篭っていて、ルークが私を守ってくれようとしているのが分かった。
「ミレイ様、どうされますか?」
私がルークを守らなきゃいけないはずなのに。
私を庇いながら声をかけるルーク。
私はそっとルークに触れて、意識を向けさせてから目を合わせる。
まだ躊躇う気持ちもあるようだけれど、それでも私の意に沿おうとしているルークの気持ちが分かった。
ルークの前に出て、ギルバート皇子達の前で宣言する。
「私は『ルークを掬い上げる』よう、女神アルテイシアから直々に言われたのです。だから、ルークも一緒に王都へ行きます!」
私に要求するのなら、あの女性にも責任取ってもらうんだから!
私の宣言に、皇子をはじめ皆が明らかに戸惑いを見せた。
咎人と言われる存在を稀人が救えと言われたなんて、教えの根源を覆すようなものだもんね。
あの女性が女神かどうかなんて確信はないけど、言われた事に間違いはないから。今はそれに乗っからせてもらう。
何度か説得されたけど(皇子にもルークにも)私は引かない。
どうしてこんなにもルークに拘るのか自分にもまだ判らない。あの女性に言われたせいなのか、それとも……?
結局、この場では真実を判断出来ないと皇子が折れ、私はルークと共に行く権利を勝ち取ったのだった。
「我が国に降臨された稀人は、希少な女性であったのか!しかもこれほどの美姫とは。早速父上にお知らせせねば」
大きな声を上げると、ツカツカと此方にやって来る。
間にいたルークを何でもないように押し退けて私の前に立つと、感動に頰を染めたまま、ジロジロと私を見回した。
なに、この人。
押し退けた時、握っていたルークの服の裾から手が離れてしまい、思わずムッとしてしまう。
ルークはそのまま部屋の隅に移動して控えていた。思わず縋るように見てしまうと、そっと視線を逸らされる。
どうして?
あんなに嬉しそうに笑ってたのに、王都からの使者が来た途端ガラリと態度が変わってしまった。
やはり容姿の事で、過去に辛い事があったんじゃ……。
「我が国によくぞ参られた、異界の稀人よ。私はエスファハンの第2皇子ギルバート・エスファハンだ。其方の名は何と申す?」
「……美玲です」
渋々答えると、ギルバート皇子は嬉しそうにウンウンと頷いて手を差し伸べた。
「ミライというのか。良い名じゃないか、気に入ったぞ!
さぁ一緒に皇城に来い、皆が心待ちにしている」
皇子はご機嫌だったが、私の不機嫌度は更に増してゆく。
もう面倒なので聞き間違いは訂正しない。顔の作りについても、私にどうこう言える立場じゃないから言わない。
でも、この不遜な態度は何?皇子って皆こんな感じなの?
せめて私の都合を聞いたりとか、わざわざ来た事による労いとか、そういう気遣いは無いわけ?
私は異世界から勝手に召喚されたんだよ?
皇子なら社交も学んでるんだろうから、女性に対して思い遣る気持ちも学んでて良いはずなのに。
ルークが気遣いと優しさに溢れていたから、ついつい比べてしまう。
会社にもこういう上司いたんだ。自分の意見はみんなの総意だと思い込んで憚らない人。振り回されて大変な目にあった。
なんか、ヤダ。行きたくない。
差し出された手をいつまでも私が取らないので、焦れたらしい。ギルバート皇子が私の手を掴もうと更に伸ばして、思わず避けてしまった。
今この人に付いて行ったら、ダメな気がする。
「どうしたミライ、恥ずかしがらずとも良いぞ?」
いや、恥ずかしがってる訳じゃないから!
ハッキリ言ってしまいたい!でも初対面で言っちゃうのも、流石にどうかとも思うし。
不思議なのは、この人達がルークをまるで居ないもののように扱っている事だ。共に入ってきた騎士達も皆私の方ばかりを見て、ルークには気にも止めていない。
どうしてこの優しいルークが、こんな扱いをされなければいけないのか、物凄く気になる。
「ルーク」
私が声を掛けると、みんなの視線私から一気にルークに集まり、直ぐに逸らされる。まるで見てはいけないものを見たような、そんな態度。
「何故ここに此奴がいる?」
「殿下、此方にいらっしゃる前に陛下と宰相殿から『召喚の森の管理をしている』とお聞かせいただいております」
嫌そうなギルバート皇子の態度に、コソッと文官らしき人が耳元で話す。眉根を寄せながらコソコソと話す2人に、モヤモヤが募る。
ルークは視線を逸らせたまま、何かに耐える様に拳を握り締めていた。
『嫌』そう思った。
ルークにそんな扱いをするのが許せない。何とかしないと!
何かに突き動かされて、私はベッドから床へと立ち上がる。そしてギルバート皇子を避ける様に、ルークの下へ駆け出した。
ギルバート皇子達は何故かルークから一定距離を保っており、そこからは近づかない。寧ろ近付いた私の行動に驚いた。
「ミライ
其方一体何を?!」
咎めるようなギルバート皇子の言葉を無視する。そうしてそのままルークに飛び込むと、反射的に受け止めてくれた。
「……っ!
稀人様、どうされたのですか?!」
「美玲」
「え?」
「美玲よ。ルークはちゃんと呼んで?」
「ミレイさ……」
掠れた声が、静かに私の心に響く。
ルークは信じられないとでも言うように首をゆるゆると小さく横に振った。
「ルークに、何があったのかは知らないけど、ルークが人前に出る事に抵抗があると言うことは、知ってる。
……それでも私は、貴方が良い。ルークに、そばにいて欲しいの」
言葉にならない言葉がルークの唇を戦慄かせ、マスクの向こうの瞳が私を強く見詰める。
ここで逸らしたら取り返しがつかない気がするから、目は逸らさない。
「会ったばかりだと言うのに、変な事言ってるのは私だって解る。我儘だって言うのも解ってる!それでも、……それでもルークが良いの。
もし私が皇都に行かなきゃならないと言うのなら、ルークも一緒に来て。私の全てで貴方を守るから!」
「ミレイ、様」
ルークに抱きついたまま、くるりとギルバート皇子達に振り返る。知らずルークの胸元の服を握り締めていた。
「私はこの方と一緒でなければ皇都へ行きません!
それ以外は、何と言おうと認めませんから!」
少なくともギルバート皇子は、まだ信頼に値しない。このまま連れていかれても、どう扱われるか不安しかないもの。だけど。
再びルークを見る。
ルークなら信じられる!こんなにも優しく純粋な人が、虐げられて良いはずがない。
「ミライ?!
其奴は咎人なのだぞ、何故庇う?」
「……ルークが何故差別を受けるのか、その理由を教えて」
「醜い容姿に産まれた者は、生まれながらにして咎人なのだ。そんな事は子どもでも知っているぞ」
私の行動が信じられないのか、皇子が驚いて此方を見守る。騎士達がお互いに目配せをしながら、徐々に包囲を作っていた。
容姿への偏見。
そんなの、ルークは好きでこの姿に産まれた訳じゃ無いのに、それをルークの所為にするなんてっ!
「酷い……生まれながらの容姿で罪を着せられるなんて、一体誰がそんな事を決めたの?」
「女神アルテイシア様だ。どうしてそんな当たり前の事をミライはーーあぁそうか、ミライは稀人であったな。知らなくて当然か。
其方はずっとこの国にいるのだ、徐々に学べば良い。さぁ早く此方に」
皇子の言葉を最後まで聞く事なく、現状を何とかできないか考える。
女神アルテイシア。神様が何故そんな事を?
ーー……て……。
「え?」
不意に頭の中に女性の声がリフレインした。
この声は?!
ーー……を、……た…けてあげ…。
何処かで聞いた事ある。何処だったのか。
ーー……を、ルークを助けてあげて!
ハッキリと声が聴こえて、途端に鮮明に記憶が蘇る。
何処かのお姫様の様なドレスを纏った美しい女性が、ハラハラと涙を流して私に訴えかけていた。薄ぼんやりとした、虚ろな世界に佇む、私とその女性。
ーー貴女なら、きっと……!
女性の背後から閃光が放たれ、そして現実に戻る。
今のは、何?あの女性は、どうして私に?
「……様、ミレイ様!」
我に返ると、状況が一変していた。
騎士達に距離を保ちながらジワリと距離を縮められ、ルークは私を背に庇いながらそれに対峙している。庇ってくれる片腕に力が篭っていて、ルークが私を守ってくれようとしているのが分かった。
「ミレイ様、どうされますか?」
私がルークを守らなきゃいけないはずなのに。
私を庇いながら声をかけるルーク。
私はそっとルークに触れて、意識を向けさせてから目を合わせる。
まだ躊躇う気持ちもあるようだけれど、それでも私の意に沿おうとしているルークの気持ちが分かった。
ルークの前に出て、ギルバート皇子達の前で宣言する。
「私は『ルークを掬い上げる』よう、女神アルテイシアから直々に言われたのです。だから、ルークも一緒に王都へ行きます!」
私に要求するのなら、あの女性にも責任取ってもらうんだから!
私の宣言に、皇子をはじめ皆が明らかに戸惑いを見せた。
咎人と言われる存在を稀人が救えと言われたなんて、教えの根源を覆すようなものだもんね。
あの女性が女神かどうかなんて確信はないけど、言われた事に間違いはないから。今はそれに乗っからせてもらう。
何度か説得されたけど(皇子にもルークにも)私は引かない。
どうしてこんなにもルークに拘るのか自分にもまだ判らない。あの女性に言われたせいなのか、それとも……?
結局、この場では真実を判断出来ないと皇子が折れ、私はルークと共に行く権利を勝ち取ったのだった。
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