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第37話 美少女ですがなにか?

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 原作でナジィカさんが女装したのは、敵の寝所に忍び込んで寝首を掻く、というバイオレンスでデンジャラスな血なまぐさい理由でございました。

 際どいところまでスリットが入ったおみ足を、脂ぎったおっさんの手に撫でられながら羞恥に震え「ここでは恥ずかしいですわ」と懇願する姿はキュートとセクシーの奇跡のコラボレーションを生み出し、敵さんの心を鷲掴みにしたそーな。
 首を刈り取られるとも知らず、憐れです。

 寝室に連れ込んで、ベッドに押し倒したところで、それが棺桶に早変わりするなどと、一体誰が予想出来たのでしょうか。

 呻き声ひとつあげさせずに即死させて、すぱんと首と胴体を切り離し、頭部のみテイクアウトしました。
 ナジィカさん、過激……。
 つか、王さま(いや、当時は王子だったか……?)が、自ら敵地に乗り込むとかOKなんですかね?
 多分、誰も止めなかったんだろうな……。


 原作の過激さに比べると、俺の女装など可愛いものですよね。
 スケスケじゃないし、スリットなんて入ってないし、うっかり見えてはいけないところが見えるような危険性は皆無です。
 フリルがちょっと多すぎませんかね?とか、リボンがあっちこっちに有りすぎじゃないですかね?とか、ああ……カカトが高い靴なんて履くもんじゃねえ、ブーツだからまだマシだけど。とか、なんでヅラまで用意されてるんだよ?え?ウィッグ?こっちでもそんな呼び方すんの?英語すげぇわ。異世界の壁も越えるのかよ。とか、色々言いたいことはあるが、脂ギッシュなおっさんに太股を撫でまわされないだけマシだと自分を慰めました。

 馬車は王都の門を潜り抜け、夜道を走ります。
 門の前のかがり火が見えなくなる頃、僅かに熱を含む声音でてっぴちゃんが言った。

「お見事です、殿下」

 彼女はいつもと同じ無表情ですが、なんだか、ほんの少し、微笑みのようなものが、浮かんでいるような、いないような。
 そーいえば、彼女に褒められるのって、はじめてですかね?なんだか照れる。

「さすがは殿下です。実に可憐な淑女そのものでした。あのように弱々しい少女が実は男であるなどと、誰も疑いはしないでしょう」

 あれ?それ、褒めてんだよね、てっぴちゃん?

「いやはや、感服いたしました」

「王子さまかわいい」

 デュッセンさんに感心されて、ルフナードにも、なんかちょっとずれてるけど褒められた。たぶん。
 なんだろうか、親族総出で初孫を可愛がるような、そんな雰囲気じゃないですかね、これ。
 おしりのあたりがむず痒い。
 ナジィカ現世ではヒトに褒められ馴れてないんだよね。

 まぁぶっちゃけると、俺の手柄じゃなくてルフナードのフォローが完璧だったからじゃないですかね?俺よりもルフナードを褒めてあげて。
 俺はただ女装の羞恥と、バレたらどうしようという恐怖にプルプルしてただけなんです。
 そんな俺の姿を【祖母の身を案じて震える少女】に変えたのは、まさにルフナードの演技力の賜物だと思います。すげぇわ。
 大人びていて忘れそうになりますが、ルフナードくんは8歳ですよ。
 前世だと、小学2年生くらいですよ。
 きっと自分だって怖いだろうに……俺を守ろうとしてくれてるのが分かって、嬉しいような申し訳ないような、変な感じです。

 そして、てっぴちゃんの気転が抜群だったよね。
 あそこで敢えて口を挟むメイドさん。
 俺が彼女なら緊張と恐怖で無理だったと思います。

「ねぇねぇ、俺も仲間にいれてー」

 馬の手綱を操りながら、御者台に座る男が軽やかな声でそう言った。
 そーいえば、挨拶もまともにしないでここまで来ちゃいましたね。
 変装した後、慌ただしくもこっそりと城(の敷地)から抜け出して、馬車に乗り込んで出発しちゃったからさ。
 因みに4人が乗っても、まだまだ余裕がある大きな馬車です。

 ミソラさんは俺に触ると人に見えちゃう&触らなくても精霊を見る力を持ってる人には見えちゃうので、今だけ別行動です。

『今度は呼べばちゃんと飛んでくるからのぉ』とちょっぴし気になる言い方をされました。

【今度は】って、どーゆー意味なんでしょう。
 まさか、この間呼び掛けても来てくれなかったのは……故意なのですか、ミソラさん?
 いやいや、ミソラさんに限ってそんなことはねぇーよ。うん、守護精霊を疑うなんて止めよう。

 ミソラの眷属は完全にアクセサリーと化しております。呼び掛けても反応がありません。
 なんか、これをみたミソラが『おや?これはまた……興味深い』っと首を傾げて微笑んでいたのですが、あの笑みの理由はなんなのでしょう。
 一体、何が興味深いの?と、問い詰めてやりたかったけど、残念ながら時間が足りなすぎた。
 
「余所見をするな、フィー。殿下にもしものことがあったら叩き斬るぞ」

「将軍がつめたーぃ。それにずるぃですよー。俺だってちっこいご主人と仲良くなりたいですけどもー?」

 へらへらと笑っているのが、背中を向けていても良くわかります。

 えっと、フィレーネ・サラス……っていったよな。
 随分と可愛らしい名前ですが、歴とした男です。まぁ【ナジィカ】も女みたいな名前だけどな。
 俺も、ルフナードとかロイみたいにカッコいい名前が良かったな……因みにおとーさんである王さまの名前は【セイリオス・リヒト・サウザンバルト】です。
 なんでしょうか、この格差。

「ちっこいなどと不敬ですよ、サラス様。殿下は身長が慎ましいだけです」

 てっぴちゃん、それフォローになってないよ。
 あと、てっぴちゃんも、何気に辛辣じゃね?
 
「大丈夫ですよ王子さま。これから大きくなります」

 ルフナードが励ましてくれました。
 なにこの子、めちゃいい子じゃん。
 そりゃあナジィカもルフナードを好きになるよ!いい子だもん。
 何故だか俺の記憶の中にある、原作のルフナードとマッチしてねぇーけどな。
 本の中の彼は、もっと飄々としていたよね?あ。でも、デュッセンさんと話してるときは、それっぽかったなぁ。それに原作のルフナードは炎王が同化してたから、記憶はなくとも多少は炎王の性格も影響を与えてた、のか?
 
 まぁ。いいや、考えても答えは分からないんだし。それに、今は俺がナジィカだから、原作みたいにルフナードに惚れることは無いだろうからね。
 でも、ぼっちは脱却したいので、友だちにはなって下さい。
  
「あのね、るふなーど。ナジィカでいいよ?」

 王子さまと殿下だと、殿下の方がまだマシです。
 王子さまなんて呼ばれると、背中がムズムズするんだよね。
 それに、俺は友だちになりたいと思っているので、出来れば名前で呼んで貰いたいなぁー。これって無茶なお願いなんですかね?

「えーと……」

 案の定、困ったようにルフナードは頭を若干傾けた。
 彼の視線が、デュッセンさんへと向けられる。
 暫しの沈黙があって、やがてデュッセンさんが溜め息をついた。

「公式の場では控えるように」

「はい。では、ナジィカさま……とお呼びしますね」

 にっこりと、ルフナードが笑って俺の名前を呼んだ。
 その時、心の奥底の何かが、ざわめいた気がした。
 俺であって、俺のじゃない。
 俺の知らない何か。
 もしかしてナジィカさん?と頭の片隅で問い掛けても当然返事はなかった。

「うん、よろしくね。るふなーど」

「ナジィカさま、宜しければ俺もルフとお呼び下さい」

 そうお願いされて、一瞬躊躇した。
 それは本の中のナジィカの呼び方だ。
 ナジィカは時々、彼を【ルフ】と呼んだ。
 親しみをこめてそう呼んだ。

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