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第83話
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「ミナ、ツリーの飾り付けを手伝って」
ひょいっと部屋を覗き込みながら久賀が言って「はぁい」と返事をした美波ちゃんは嬉しそうに駆け出した。
「そんな急がなくてもツリーは逃げないよ。まったく、聞いちゃいないか。尾上、気紛れ姫さんの相手サンキューな」
「く、が。あのさ……」
「ん?どうかした?お前なんか変な顔してるね」
人の顔が変だとか、ホント失礼なヤツ。
そう言って怒ってやろうとしたのに、出来なかった。
絵本の続き……絵本のラストは、めでたしめでたしではなくて、星が永い眠りについてしまうところで終わっていた。
星は、空で輝いてこそ星だった。
空でなければ生き続けられなかった。
けれど、星は獣が好きで、ひとりぼっちな獣が可哀想で、臆病で優しい獣に笑って欲しくて、幸せになってもらいたくて、だから空から地上に降りてきた。
空に帰るための力をすべて使い果たして、獣の姿を人間に変えたのだった。
力を失った星は、空に帰れない。
空に帰れない星は、日が過ぎる度に、光を失っていった。
獣はたくさんの幸せに目が眩んでしまって、星の変化に気づけなかった。
そしてとうとうある日、星は輝きを失ってしまったのだった。
獣は、星を抱きしめて泣いた。
大声で泣く獣に、星は言った。
どうか泣かないで、と。
『なかないで、だいすきなきみ。きみがしあわせだとボクもしあわせなんだから』
泣かないで、優しくて寂しがりやの獣さん。
君の笑顔がボクの笑顔。
君の幸せがボクの幸せ。
ボクは永い眠りについてしまうけれど、おそらく君の命がある内に目覚めることは出来ないけれど、それでも君の側で君を見守り続けるよ。
遠い遠い空の彼方ではなくて、君の側で君に寄り添うために、ボクは地上におちてきたのだから。
だから。ねぇ、黒い獣さん。
僕がただの灰色の石ころになっても、君の側においてくれるかい?
そうして、金色に輝く星は、灰色の石ころに変わってしまった。
灰色の石になった星は、獣の問いかけにも呼び声にも応えない。
獣は変わらずヒトの姿だったけれど、もう少しも嬉しくなかったし、幸せではなかった。
絵本のラストページは、ヒトの姿をした獣が灰色の石に寄り添っているシーンだった。
石になっても獣は変わらず星が大好きで、自分がどんなに醜く恐ろしい獣の姿をしていても、星は側にいて愛してくれたことに気がついた。
仲良しになった人間たちは、獣の正体を知るとみんないなくなってしまって、獣は再びひとりぼっちになった。けれどもう、獣は涙を流さなかった。
涙でできた湖のほとりで、人のカタチをした獣が灰色の石に寄り添った。
水面には真っ黒い獣と、金色の姿の星がうつっていた。
『光を失った星の側で、獣は星が目覚める日を待ち続けました。
それは、いつ目覚めるともしれない深い深い眠りです。
獣は星に寄り添って、いまも星が目覚める日を待っているのです。
いつまでも、いつまでも、獣は大好きな星を待っているのでした。』
本をパタリと閉じた。
胸の中に、重くて苦しい何かが詰まっている。
絵本に、こんなにも感情移入するなんて、思わなかった。
「な、これ……さ。お前が、美波ちゃんにあげたんだろ?」
「ん?……あー、それね。ん、ミナのお気に入りらしぃね。何回も読んでやってんのにちっとも飽きねぇの」
「じゃ、お前も読んだことあるんだ」
「そりゃあ、ね。ホントどしたよ、尾上。ガチで顔色おかしくない?」
だいじょーぶ?と笑いながら顔を覗きこむ相手。
本気で心配してくれてるのか、外面のスタイルなのか、気紛れなのか……。どれが正解だなんて分からない。
わかりたくて、じっと闇色の目を見つめ返しても、やっぱりわからない。
訊きたいことがあった。
教えて欲しいことがあった。
お前があのとき俺を……俺に、ピカピカだと言った意味は?
『尾上は……キラキラのピカピカだね』
半分閉じられた目蓋。
半分は眠りながら微笑んで、俺をピカピカだと言った。
ピカピカと友だちも、悪くないと言った。
ピカピカが星のことを指しているなら、星が、俺なら、久賀は獣なのだろうか。
泣き疲れて、もう泣けない獣。
一粒の涙も、こぼせない、ひとりぼっちの獣。
ただの、フィクションだ。
絵本は、ただの絵本でしかない。
それなのに、痛いくらい星の気持ちが分かる。
ただ、笑って欲しくて。
幸せになって欲しくて、星は獣をヒトの姿に変えた。
石になっても、良かった。
ただ、大好きな獣が幸せなら、それだけで良かった。
俺だって。
もし獣が久賀で星が俺だったら、きっと俺も獣のために、なんだってしただろう。
空に帰れなくても、石ころになっても、悔やんだりしなかっただろう。
泣き続ける獣の涙を止めるためなら、側に寄り添って、持ってるもの全部を差し出しただろう。
見上げた先にある闇色の目が、すうっと細くなって「何で泣くの?」と微笑まれた。
「は?」
泣くって、誰が……。
「……あ、れ?」
ぽたぽたと手の上に水滴が落ちた。
何で泣くのかと訊かれていなければ、雨漏りだと勘違いしたかもしれない。
自覚なんて、少しもなかったから。
「うわっ!なんだこれっ」
「いや、俺が訊きたいよ」
どしたのお前?と笑みさえ含む声音だ。
まるで、美波ちゃんくらいの子どもを相手にしてるみたいな、そんなカンジ。
優しくされて、喜べばいいの?
ガキ扱いされて、怒ればいいの?
そのどちらでもない悲しいって気持ちが渦を巻いて、勝手に涙を浮かび上がらせた。
ひょいっと部屋を覗き込みながら久賀が言って「はぁい」と返事をした美波ちゃんは嬉しそうに駆け出した。
「そんな急がなくてもツリーは逃げないよ。まったく、聞いちゃいないか。尾上、気紛れ姫さんの相手サンキューな」
「く、が。あのさ……」
「ん?どうかした?お前なんか変な顔してるね」
人の顔が変だとか、ホント失礼なヤツ。
そう言って怒ってやろうとしたのに、出来なかった。
絵本の続き……絵本のラストは、めでたしめでたしではなくて、星が永い眠りについてしまうところで終わっていた。
星は、空で輝いてこそ星だった。
空でなければ生き続けられなかった。
けれど、星は獣が好きで、ひとりぼっちな獣が可哀想で、臆病で優しい獣に笑って欲しくて、幸せになってもらいたくて、だから空から地上に降りてきた。
空に帰るための力をすべて使い果たして、獣の姿を人間に変えたのだった。
力を失った星は、空に帰れない。
空に帰れない星は、日が過ぎる度に、光を失っていった。
獣はたくさんの幸せに目が眩んでしまって、星の変化に気づけなかった。
そしてとうとうある日、星は輝きを失ってしまったのだった。
獣は、星を抱きしめて泣いた。
大声で泣く獣に、星は言った。
どうか泣かないで、と。
『なかないで、だいすきなきみ。きみがしあわせだとボクもしあわせなんだから』
泣かないで、優しくて寂しがりやの獣さん。
君の笑顔がボクの笑顔。
君の幸せがボクの幸せ。
ボクは永い眠りについてしまうけれど、おそらく君の命がある内に目覚めることは出来ないけれど、それでも君の側で君を見守り続けるよ。
遠い遠い空の彼方ではなくて、君の側で君に寄り添うために、ボクは地上におちてきたのだから。
だから。ねぇ、黒い獣さん。
僕がただの灰色の石ころになっても、君の側においてくれるかい?
そうして、金色に輝く星は、灰色の石ころに変わってしまった。
灰色の石になった星は、獣の問いかけにも呼び声にも応えない。
獣は変わらずヒトの姿だったけれど、もう少しも嬉しくなかったし、幸せではなかった。
絵本のラストページは、ヒトの姿をした獣が灰色の石に寄り添っているシーンだった。
石になっても獣は変わらず星が大好きで、自分がどんなに醜く恐ろしい獣の姿をしていても、星は側にいて愛してくれたことに気がついた。
仲良しになった人間たちは、獣の正体を知るとみんないなくなってしまって、獣は再びひとりぼっちになった。けれどもう、獣は涙を流さなかった。
涙でできた湖のほとりで、人のカタチをした獣が灰色の石に寄り添った。
水面には真っ黒い獣と、金色の姿の星がうつっていた。
『光を失った星の側で、獣は星が目覚める日を待ち続けました。
それは、いつ目覚めるともしれない深い深い眠りです。
獣は星に寄り添って、いまも星が目覚める日を待っているのです。
いつまでも、いつまでも、獣は大好きな星を待っているのでした。』
本をパタリと閉じた。
胸の中に、重くて苦しい何かが詰まっている。
絵本に、こんなにも感情移入するなんて、思わなかった。
「な、これ……さ。お前が、美波ちゃんにあげたんだろ?」
「ん?……あー、それね。ん、ミナのお気に入りらしぃね。何回も読んでやってんのにちっとも飽きねぇの」
「じゃ、お前も読んだことあるんだ」
「そりゃあ、ね。ホントどしたよ、尾上。ガチで顔色おかしくない?」
だいじょーぶ?と笑いながら顔を覗きこむ相手。
本気で心配してくれてるのか、外面のスタイルなのか、気紛れなのか……。どれが正解だなんて分からない。
わかりたくて、じっと闇色の目を見つめ返しても、やっぱりわからない。
訊きたいことがあった。
教えて欲しいことがあった。
お前があのとき俺を……俺に、ピカピカだと言った意味は?
『尾上は……キラキラのピカピカだね』
半分閉じられた目蓋。
半分は眠りながら微笑んで、俺をピカピカだと言った。
ピカピカと友だちも、悪くないと言った。
ピカピカが星のことを指しているなら、星が、俺なら、久賀は獣なのだろうか。
泣き疲れて、もう泣けない獣。
一粒の涙も、こぼせない、ひとりぼっちの獣。
ただの、フィクションだ。
絵本は、ただの絵本でしかない。
それなのに、痛いくらい星の気持ちが分かる。
ただ、笑って欲しくて。
幸せになって欲しくて、星は獣をヒトの姿に変えた。
石になっても、良かった。
ただ、大好きな獣が幸せなら、それだけで良かった。
俺だって。
もし獣が久賀で星が俺だったら、きっと俺も獣のために、なんだってしただろう。
空に帰れなくても、石ころになっても、悔やんだりしなかっただろう。
泣き続ける獣の涙を止めるためなら、側に寄り添って、持ってるもの全部を差し出しただろう。
見上げた先にある闇色の目が、すうっと細くなって「何で泣くの?」と微笑まれた。
「は?」
泣くって、誰が……。
「……あ、れ?」
ぽたぽたと手の上に水滴が落ちた。
何で泣くのかと訊かれていなければ、雨漏りだと勘違いしたかもしれない。
自覚なんて、少しもなかったから。
「うわっ!なんだこれっ」
「いや、俺が訊きたいよ」
どしたのお前?と笑みさえ含む声音だ。
まるで、美波ちゃんくらいの子どもを相手にしてるみたいな、そんなカンジ。
優しくされて、喜べばいいの?
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