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【赤城ぼたんの学級-三】
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「あ、月子先生だ!」
ぼたんは思わず叫んだ。
「先生、早くー」
そして、一生懸命急かした。
両手をぱたぱた、待ちきれない様子で。
「授業、始めましょ」
「まっテたヨ」
「……ほら、早く」
妹達も同じ考えのようだった。
月子先生は、妹達に促されるまま、教卓まで歩き、名簿を教卓に置いて、教室を「懐かしそうに」見回した。
「せーんせ!」
ぼたんはいい気になって呼びかけてみた。
月子先生がこちらを見た。
うわあ、月子ちゃん、濃いグレーのスーツが様になってるなあ……
「はいはーい! みなさん、おはようございます」
「ひすい先生!」
「おはようございます!」
妹達が嬉しそうに声をあげる。
ぼたんも精一杯の愛しいその名前を叫んだ。
「はい、おはようございます。今日は、みなさんにお知らせがあります」
白のブラウス、緑色のカーディガン、黒いスカート。
ぼたんの大切な大切な妹、ひすいちゃんは理想の先生になってくれた。
「今日からしばらく、教育実習の先生が来てくれています」
かっかっ。
ひすい先生が黒板に名前を書く。
灰島月子。
「灰島月子先生です」
ひすい先生が、紹介する。
「知ってる!」
実は、灰島って苗字は今初めて知ったのだけれど。
「つきこ……せんセイでショ」
「そうね、みんなで待ってたもんね」
ひすい先生も妹達と一緒に笑ってくれる。
「毎日一緒だったもん!」
「お話たくさん……した……」
ぼたん達は自慢気に声を上げる。
姉妹達は、自己紹介を終えた。
今度は、月子先生の番。
どきどきしてるなあ。
わかる、わかるよ、月子ちゃん──
「灰島月子です。八王子の大学から来ました。みんなとは、とっても仲良くしたいです。決していじめのない、そんな学校を作りたいと思っています。……どうぞよろしくお願いします」
ぱちぱちぱちぱち。
ぼたんは、心の底からの拍手を送った。
本当に、高い理想の持ち主だ。
だから。
確かめなければならない。
月子先生は、教育実習生。
先生の卵だ。
間違えたことをしたら、お仕置して、直して貰わないと。
ここは人形学級。
ひすいちゃんが作った、世界で一番優しくて世界で一番平和な学級。
相応しい先生に、なってもらわなくては。
ぼたんは、お姉ちゃんだ。
褒めるのも、愛するのも──お仕置するのも、お姉ちゃんの仕事。
幸い、この学級は永遠の九月一日。
月子先生を完璧な先生にするための時間は、たくさんある。
一度目は、社会科準備室。
案の定ひすいちゃんに手を出した。
「ドッキリせいこー!」
四姉妹とのっぺらぼうくんたちで二階の窓から放り投げた。
階下で、頭蓋が砕ける音がした。
ごめんね。次、頑張ろう。
二度目は給食の時。
ひすい先生と間接キスした。
「ちょっと待ったー!」
ひすい先生に時間を止めてもらった。
「だめ?」
ひすい先生が気まずそうに聞く。
「だめだよ、えっちだもん」
ぼたんはきっぱり断った。
「ちょっと、可哀想じゃない?」
「だめだめ」
時間を再開してもらって。
「……いくよ」
姉妹達に声をかける。
「え……え……」
月子先生の顔に恐怖が浮かぶ。
どうやら、ぼたん達もまわりののっぺらぼうくんと同じに見えているらしい。
きりきりきりきり。
丸かったフォークの先端を、猛禽の爪のように鋭く尖らせた。
「いや、いやあ!」
ざくっ。
右の眼球にフォークを刺した。
「ぎあああっ! やめてええええええ!」
引き抜いて、月子先生のお目目を、食べてみる。
──ああ、なんて美味しいんだろう。
舌。腸。肝臓。
妹たちも、思い思いの好きな場所を食べた。
「あまーい!」
「とろけルー」
「……おいし……」
ごめんね。次、頑張ろう。
月子先生は、その後も頑張った。
でも、必ずどこかでひすい先生に手を出してしまう。
三度目は、校庭で。
だから、旗を揚げる棒に首を括り付けて宙吊りにした。
じたばたともがいて、おしっこを漏らした。
かかっちゃったけど、大好きな月子先生のだもん、気にならなかった。
四度目は、体育館裏の呼び出しに引っかかった。
プールの近くだったから、のっぺらぼうくんにたのんで、濁った水に沈めてもらった。
ばちゃばちゃと暴れていたけれど、そのうち動かなくなって浮いてきた。
五度目は、廊下でサクラがいたずらで火災報知器を鳴らした時。
怖がるひすい先生の腰に手を回していた。
不埒だわ。不合格。
ばちん。
天井の電気コードをショートさせて、首筋に落とした。
ぱーん。
一瞬で絶命した。
さすがにこれは理不尽が過ぎたのか、ひすい先生に怒られた。
六度目は、また社会科準備室。
あれ。
一度目と同じ手に引っかかった。
「……行くよ」
声をかけるも、妹達も戸惑い気味。
でも、ダメなものはダメ。不合格。
窓から落とした。
七度目は、三度目と同じ、校庭で。
仕方なく旗を揚げる棒に首を括った。
八度目は、二度目と同じ、給食の時に。
仕方ないのでまたも美味しく頂いた。
その後も十四回繰り返した。
しかし、どれも同じことの繰り返しで前に進めない。
──月子先生が、扉から現れ、繰り返しが始まる、その幕間。
「変ねえ、月子先生、同じ手ばかりに引っかかるわねえ」
ひすい先生が頭を傾げる。
「すけべナンだヨ」
あははは。
笑いが起こる
まあ。
そうなんだけどさ、昔から。
「私がいくよ」
ぼたんが皆の前で宣言する。
「次は私が、囮になる。もし月子先生が『勝った』なら。その時はアキ、あんたがひすいちゃんと二人の妹のお姉ちゃん。……よろしくね」
何時になく真剣な姉の表情に、アキはまっすぐぼたんを見た。
「ぼたん……あんた」
「いいの。月子ちゃんは大事な妹。──もちろん、あんたやひすい先生もだけどね。今までずっと守ってきた、その覚悟、示してくるわ」
「先生、ぼたんのこと、見て?」
十五周目。
あの、社会科準備室。
地図を手に振り返った月子先生の前に立って。
ぼたんは赤いTシャツをめくる。
ひすいちゃんより、胸は無いけど。
身長は、ひすいちゃんよりちょっと上の、はず。
精一杯ひすいの顔を、作った。
どうだ、先生。
私だって、ひすいちゃんに負けてないでしょ。
月子先生が手を伸ばす。
ほら、触って触って。
また、窓の外に落としてあげる──
でも、引っ込めた。
「ぼたんさん……ごめん!」
そう言うと、地図を持って、月子先生は廊下に通じるドアまで走った。
そう。
それでこそ、月子先生。
人形学級の先生だよ。
がらっ。
ドアを開ける。
のっぺらぼうくん達がスタンバってる。
そのうちの一人に、ぼたんを「移し替え」た。
のっぺらぼうくんが、ぼたんに「変わる」。
ことん。
「ぼたんだった」のっぺらぼうくんが社会科準備室の床に倒れた。
月子先生の目の前の廊下に立ったぼたんは、高らかに宣言した。
「さあさあ、月子先生。世界で一番優しくて世界で一番平和な、私たちの人形学級の先生に、なってみてください!」
どん。
月子先生を突き飛ばした。
がっしゃん。
狭い社会科準備室の、背の高いラックに当たって、音を立てて倒れた。
がらんがらん。
地球儀が落ちて先生のところまで転がった。
月子先生は、それを投げてきた。
ダメねえ。
そんなへなちょこな攻撃、私には効きません。
自分に当たる前に地球儀を弾くと、自慢の脚力で月子先生のところまで一足飛びで近づいた。
右手で月子先生を「片手一本で」持ち上げた。
手は細い首の全体を掴んでいる。
ぎりぎりぎりぎり。
──このまま、頚椎をへし折ってあげる。
ぼたんは、編みぐるみ四姉妹の長女だ。
妹達の面倒見が良くて、明るくて、元気がいっぱいで。
そして、お調子者だった。
だから、成功が目の前に見えてくると、油断する。
例えば、ひすいちゃんの相談に乗っている時、上手く話を聞いていたのに、一言多くて泣かせてしまったり。
例えば、アキと口喧嘩して、あと少しで勝てる時に、ボロを出して自滅したり。
例えば。
ラックから落ちてきた中に直角三角形の三角定規があって。
それを月子先生が後ろ手に隠し持っていることに、気付かなかったり。
どすっ。
「あ──」
眉間に深々と、直角三角形の三十度の先端が刺さった。
血が溢れて、鼻筋をなぞる。
赤いTシャツの胸元に赤黒い染みを作って、広がっていく。
力が、緩んだ。
月子先生が、落ちる。
「ぼたん……」
月子ちゃんが、ぼたんの大好きな声で呼んだ。
「え、へへ。そうダよ、それデこソ、わたしノつきこチャンだヨ」
「ぼたん……」
抱きしめようとしてくれた。
嬉しい。
暖かい、その胸に顔を埋めたい。
あの頃みたいに。
ベッドサイドに置いてくれた、あの頃みたいに。
でも。
ぱし。
手を払った。
「だーメ」
三角定規が刺さったまま、血を流したまま、できる限りの笑顔を作った。
「つき……コ……ちゃんは、みん……ナの、せんセイ」
くるり。
両手で月子ちゃんを廊下の方へ向ける。
「せいと……ニ、てをダしちゃ……ダメ。……さあ」
とん。
背中を押した。
「いっテ。……にんギョウがっきゅウのみんなガ……まってルよ」
背中を押された月子ちゃんが、二歩、進んだ。
そうだよ、振り返っちゃ、だめだよ。
あなたは、なるの。
最高の先生に。
妹達の。
ひすいちゃんの。
世界のみんなの。
月子ちゃんは振り返らなかった。
それがぼたんには。
とても。
とても嬉しかった。
ぼたんはゆっくり倒れた。
音はしなかった。
十五センチの、頭が裂けた編みぐるみが倒れる音なんて、人間には聞こえないから。
ぼたんの十四年に渡るお姉ちゃん学級は、静かに、静かに幕を閉じた。
ぼたんは思わず叫んだ。
「先生、早くー」
そして、一生懸命急かした。
両手をぱたぱた、待ちきれない様子で。
「授業、始めましょ」
「まっテたヨ」
「……ほら、早く」
妹達も同じ考えのようだった。
月子先生は、妹達に促されるまま、教卓まで歩き、名簿を教卓に置いて、教室を「懐かしそうに」見回した。
「せーんせ!」
ぼたんはいい気になって呼びかけてみた。
月子先生がこちらを見た。
うわあ、月子ちゃん、濃いグレーのスーツが様になってるなあ……
「はいはーい! みなさん、おはようございます」
「ひすい先生!」
「おはようございます!」
妹達が嬉しそうに声をあげる。
ぼたんも精一杯の愛しいその名前を叫んだ。
「はい、おはようございます。今日は、みなさんにお知らせがあります」
白のブラウス、緑色のカーディガン、黒いスカート。
ぼたんの大切な大切な妹、ひすいちゃんは理想の先生になってくれた。
「今日からしばらく、教育実習の先生が来てくれています」
かっかっ。
ひすい先生が黒板に名前を書く。
灰島月子。
「灰島月子先生です」
ひすい先生が、紹介する。
「知ってる!」
実は、灰島って苗字は今初めて知ったのだけれど。
「つきこ……せんセイでショ」
「そうね、みんなで待ってたもんね」
ひすい先生も妹達と一緒に笑ってくれる。
「毎日一緒だったもん!」
「お話たくさん……した……」
ぼたん達は自慢気に声を上げる。
姉妹達は、自己紹介を終えた。
今度は、月子先生の番。
どきどきしてるなあ。
わかる、わかるよ、月子ちゃん──
「灰島月子です。八王子の大学から来ました。みんなとは、とっても仲良くしたいです。決していじめのない、そんな学校を作りたいと思っています。……どうぞよろしくお願いします」
ぱちぱちぱちぱち。
ぼたんは、心の底からの拍手を送った。
本当に、高い理想の持ち主だ。
だから。
確かめなければならない。
月子先生は、教育実習生。
先生の卵だ。
間違えたことをしたら、お仕置して、直して貰わないと。
ここは人形学級。
ひすいちゃんが作った、世界で一番優しくて世界で一番平和な学級。
相応しい先生に、なってもらわなくては。
ぼたんは、お姉ちゃんだ。
褒めるのも、愛するのも──お仕置するのも、お姉ちゃんの仕事。
幸い、この学級は永遠の九月一日。
月子先生を完璧な先生にするための時間は、たくさんある。
一度目は、社会科準備室。
案の定ひすいちゃんに手を出した。
「ドッキリせいこー!」
四姉妹とのっぺらぼうくんたちで二階の窓から放り投げた。
階下で、頭蓋が砕ける音がした。
ごめんね。次、頑張ろう。
二度目は給食の時。
ひすい先生と間接キスした。
「ちょっと待ったー!」
ひすい先生に時間を止めてもらった。
「だめ?」
ひすい先生が気まずそうに聞く。
「だめだよ、えっちだもん」
ぼたんはきっぱり断った。
「ちょっと、可哀想じゃない?」
「だめだめ」
時間を再開してもらって。
「……いくよ」
姉妹達に声をかける。
「え……え……」
月子先生の顔に恐怖が浮かぶ。
どうやら、ぼたん達もまわりののっぺらぼうくんと同じに見えているらしい。
きりきりきりきり。
丸かったフォークの先端を、猛禽の爪のように鋭く尖らせた。
「いや、いやあ!」
ざくっ。
右の眼球にフォークを刺した。
「ぎあああっ! やめてええええええ!」
引き抜いて、月子先生のお目目を、食べてみる。
──ああ、なんて美味しいんだろう。
舌。腸。肝臓。
妹たちも、思い思いの好きな場所を食べた。
「あまーい!」
「とろけルー」
「……おいし……」
ごめんね。次、頑張ろう。
月子先生は、その後も頑張った。
でも、必ずどこかでひすい先生に手を出してしまう。
三度目は、校庭で。
だから、旗を揚げる棒に首を括り付けて宙吊りにした。
じたばたともがいて、おしっこを漏らした。
かかっちゃったけど、大好きな月子先生のだもん、気にならなかった。
四度目は、体育館裏の呼び出しに引っかかった。
プールの近くだったから、のっぺらぼうくんにたのんで、濁った水に沈めてもらった。
ばちゃばちゃと暴れていたけれど、そのうち動かなくなって浮いてきた。
五度目は、廊下でサクラがいたずらで火災報知器を鳴らした時。
怖がるひすい先生の腰に手を回していた。
不埒だわ。不合格。
ばちん。
天井の電気コードをショートさせて、首筋に落とした。
ぱーん。
一瞬で絶命した。
さすがにこれは理不尽が過ぎたのか、ひすい先生に怒られた。
六度目は、また社会科準備室。
あれ。
一度目と同じ手に引っかかった。
「……行くよ」
声をかけるも、妹達も戸惑い気味。
でも、ダメなものはダメ。不合格。
窓から落とした。
七度目は、三度目と同じ、校庭で。
仕方なく旗を揚げる棒に首を括った。
八度目は、二度目と同じ、給食の時に。
仕方ないのでまたも美味しく頂いた。
その後も十四回繰り返した。
しかし、どれも同じことの繰り返しで前に進めない。
──月子先生が、扉から現れ、繰り返しが始まる、その幕間。
「変ねえ、月子先生、同じ手ばかりに引っかかるわねえ」
ひすい先生が頭を傾げる。
「すけべナンだヨ」
あははは。
笑いが起こる
まあ。
そうなんだけどさ、昔から。
「私がいくよ」
ぼたんが皆の前で宣言する。
「次は私が、囮になる。もし月子先生が『勝った』なら。その時はアキ、あんたがひすいちゃんと二人の妹のお姉ちゃん。……よろしくね」
何時になく真剣な姉の表情に、アキはまっすぐぼたんを見た。
「ぼたん……あんた」
「いいの。月子ちゃんは大事な妹。──もちろん、あんたやひすい先生もだけどね。今までずっと守ってきた、その覚悟、示してくるわ」
「先生、ぼたんのこと、見て?」
十五周目。
あの、社会科準備室。
地図を手に振り返った月子先生の前に立って。
ぼたんは赤いTシャツをめくる。
ひすいちゃんより、胸は無いけど。
身長は、ひすいちゃんよりちょっと上の、はず。
精一杯ひすいの顔を、作った。
どうだ、先生。
私だって、ひすいちゃんに負けてないでしょ。
月子先生が手を伸ばす。
ほら、触って触って。
また、窓の外に落としてあげる──
でも、引っ込めた。
「ぼたんさん……ごめん!」
そう言うと、地図を持って、月子先生は廊下に通じるドアまで走った。
そう。
それでこそ、月子先生。
人形学級の先生だよ。
がらっ。
ドアを開ける。
のっぺらぼうくん達がスタンバってる。
そのうちの一人に、ぼたんを「移し替え」た。
のっぺらぼうくんが、ぼたんに「変わる」。
ことん。
「ぼたんだった」のっぺらぼうくんが社会科準備室の床に倒れた。
月子先生の目の前の廊下に立ったぼたんは、高らかに宣言した。
「さあさあ、月子先生。世界で一番優しくて世界で一番平和な、私たちの人形学級の先生に、なってみてください!」
どん。
月子先生を突き飛ばした。
がっしゃん。
狭い社会科準備室の、背の高いラックに当たって、音を立てて倒れた。
がらんがらん。
地球儀が落ちて先生のところまで転がった。
月子先生は、それを投げてきた。
ダメねえ。
そんなへなちょこな攻撃、私には効きません。
自分に当たる前に地球儀を弾くと、自慢の脚力で月子先生のところまで一足飛びで近づいた。
右手で月子先生を「片手一本で」持ち上げた。
手は細い首の全体を掴んでいる。
ぎりぎりぎりぎり。
──このまま、頚椎をへし折ってあげる。
ぼたんは、編みぐるみ四姉妹の長女だ。
妹達の面倒見が良くて、明るくて、元気がいっぱいで。
そして、お調子者だった。
だから、成功が目の前に見えてくると、油断する。
例えば、ひすいちゃんの相談に乗っている時、上手く話を聞いていたのに、一言多くて泣かせてしまったり。
例えば、アキと口喧嘩して、あと少しで勝てる時に、ボロを出して自滅したり。
例えば。
ラックから落ちてきた中に直角三角形の三角定規があって。
それを月子先生が後ろ手に隠し持っていることに、気付かなかったり。
どすっ。
「あ──」
眉間に深々と、直角三角形の三十度の先端が刺さった。
血が溢れて、鼻筋をなぞる。
赤いTシャツの胸元に赤黒い染みを作って、広がっていく。
力が、緩んだ。
月子先生が、落ちる。
「ぼたん……」
月子ちゃんが、ぼたんの大好きな声で呼んだ。
「え、へへ。そうダよ、それデこソ、わたしノつきこチャンだヨ」
「ぼたん……」
抱きしめようとしてくれた。
嬉しい。
暖かい、その胸に顔を埋めたい。
あの頃みたいに。
ベッドサイドに置いてくれた、あの頃みたいに。
でも。
ぱし。
手を払った。
「だーメ」
三角定規が刺さったまま、血を流したまま、できる限りの笑顔を作った。
「つき……コ……ちゃんは、みん……ナの、せんセイ」
くるり。
両手で月子ちゃんを廊下の方へ向ける。
「せいと……ニ、てをダしちゃ……ダメ。……さあ」
とん。
背中を押した。
「いっテ。……にんギョウがっきゅウのみんなガ……まってルよ」
背中を押された月子ちゃんが、二歩、進んだ。
そうだよ、振り返っちゃ、だめだよ。
あなたは、なるの。
最高の先生に。
妹達の。
ひすいちゃんの。
世界のみんなの。
月子ちゃんは振り返らなかった。
それがぼたんには。
とても。
とても嬉しかった。
ぼたんはゆっくり倒れた。
音はしなかった。
十五センチの、頭が裂けた編みぐるみが倒れる音なんて、人間には聞こえないから。
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