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第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ
9.約束(side ローザ)
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「以前の貴方は今みたいに柔らかく笑ったりなんて決してしなかった。そして沢山の人に囲まれていながらいつもその瞳は孤独で苦しそうだった。私には何も話してはくれなかったけれど……。きっと貴方の本質を歪めてしまう程の、沢山の辛い記憶を背負っていたんだと思う……」
ゼイムズに向かい、そう言って、だから魔法を解く必要などないのだと笑った時だった。
一向に馬車から出て来ない私に業を煮やしたのだろう。
またドン!と強く窓が叩かれた。
ガラスが割られるのも時間の問題かもしれない。
それでも。
例え雨の中馬車から人々の手によって引きずり降ろされようと。
私はゼイムスにまた過去の記憶で傷ついて欲しくなんてなかった。
「ローザ……」
下を向いたまま黙りこくっていたゼイムスが、心を決めたように明るい瞳をして顔を上げると、私の頬にまたその大きく暖かな掌で触れた。
ゼイムスだけが無理して苦しい思いをして大人に戻る必要などない。
心配ないと彼の手に自らの手を重ねようとした時だった。
「ありがとうローザ。でも、ボクはキミにこの呪いを解いてもらいたいんだ。沢山の苦しい記憶の果てにローザを守る力と知恵が手に入るなら、ボクは喜んでそれを受け入れて見せるよ」
そう言うとゼイムスは、私の言葉を待たず、私の唇に触れるだけのキスを落とした。
「……ごめん、ボクは結局今も昔も、キミに酷い事をしてばかりみたいだ」
どこか大人びた表情を浮かべ優しく微笑みながら。
ゼイムスが親指で、零れた私の涙をそっと払う。
「ううん。貴方は、どこまでも真っすぐ私の事だけを思ってくれる、本当に素敵な私の王子様だったよ」
私がそう言って笑えば、
「もしこの先、辛い事があった時はボクを呼んで。絶対ローザを助けに戻って来ると誓うから……」
ゼイムスは最後にそう言って、深い眠りに落ちる様に目を閉じた。
本当にこれで呪いが解けたのだろうか?
息を詰めてゼイムスを見守っていると、再び馬車の窓が強く叩かれ、ついにガラスにヒビが入った。
このままでは二人とも危ない。
せめてゼイムズだけでも守りたいと、意を決して外に出ようとした時だ。
目を覚ましたゼイムスが強く私の手を掴んでそれを止めた。
「一刻も早くここを離れろと言っただろう」
ゼイムスはそう不機嫌そうに言い、独り言のように悪態をつくと、時計を取り出し時刻を確認した。
そして、
「まぁいい」
そう言うと、落ち着き払って椅子に深く座り直した。
「殿下?」
流石にこの状態ではいくら大人のゼイムスといえど、最早どうにもならなかったのだろうか?
そう焦った時だった。
急に馬車を叩く音が止んだ。
何があったのだろうと恐る恐る外を見れば、驚いた事に馬車のすぐ向かいに近衛騎士団の姿があった。
「ご無事ですか?」
暴徒と化しかけた人々を下がらせた後、そう言って馬車のドアを開けたのは、近衛騎士団の副団長である兄のブライアンだった。
「遅い」
ゼイムスのぶっきらぼうな言い方に、
「申し訳ありませんでした」
ブライアンがちっとも悪びれた様子なくどこか面白げにそう返せば、ゼイムスが微かに左の眉を上げた。
どことなく機嫌がよさそうなゼイムスの様子と気安いブライアンの態度に、あぁ、今ゼイムスは悪友を前に笑ったのかと気づく。
「どうしてお兄様がここに?」
思わずそんな疑問を口にすれば、ブライアンは
「ゼイムスから呼ばれて一晩中駆けて来たんだよ。全くゼイムスは人使いが荒いよね」
そういかにも人の良さそうな顔をして笑った後、さも疲れたとばかりに自身の肩と首を揉んで見せた。
「そもそもお前の仕事はオレ達の警護だろう。それを怠るなど職務怠慢にも程がある」
ゼイムスの言葉に
「ついて来なくていいと言ったのは殿下でしょうに」
ブライアンはまた軽い調子で肩を竦めて見せた。
そして。
急に声音を低くして馬車を取り囲んでいた人々を見下ろすと、冷ややかな良く通る声で言う。
「それで? コリュージュ伯及び暴徒どもの処罰はいかようになさいますか」
よく訓練された猟犬の様な冷え切った目をしたブライアンとヒタと目が合った瞬間、群衆の後方より手をこまねいて茫然と立ち尽くしていたコリュージュ伯がヒッと息を飲む音が聞こえた。
ゼイムズに向かい、そう言って、だから魔法を解く必要などないのだと笑った時だった。
一向に馬車から出て来ない私に業を煮やしたのだろう。
またドン!と強く窓が叩かれた。
ガラスが割られるのも時間の問題かもしれない。
それでも。
例え雨の中馬車から人々の手によって引きずり降ろされようと。
私はゼイムスにまた過去の記憶で傷ついて欲しくなんてなかった。
「ローザ……」
下を向いたまま黙りこくっていたゼイムスが、心を決めたように明るい瞳をして顔を上げると、私の頬にまたその大きく暖かな掌で触れた。
ゼイムスだけが無理して苦しい思いをして大人に戻る必要などない。
心配ないと彼の手に自らの手を重ねようとした時だった。
「ありがとうローザ。でも、ボクはキミにこの呪いを解いてもらいたいんだ。沢山の苦しい記憶の果てにローザを守る力と知恵が手に入るなら、ボクは喜んでそれを受け入れて見せるよ」
そう言うとゼイムスは、私の言葉を待たず、私の唇に触れるだけのキスを落とした。
「……ごめん、ボクは結局今も昔も、キミに酷い事をしてばかりみたいだ」
どこか大人びた表情を浮かべ優しく微笑みながら。
ゼイムスが親指で、零れた私の涙をそっと払う。
「ううん。貴方は、どこまでも真っすぐ私の事だけを思ってくれる、本当に素敵な私の王子様だったよ」
私がそう言って笑えば、
「もしこの先、辛い事があった時はボクを呼んで。絶対ローザを助けに戻って来ると誓うから……」
ゼイムスは最後にそう言って、深い眠りに落ちる様に目を閉じた。
本当にこれで呪いが解けたのだろうか?
息を詰めてゼイムスを見守っていると、再び馬車の窓が強く叩かれ、ついにガラスにヒビが入った。
このままでは二人とも危ない。
せめてゼイムズだけでも守りたいと、意を決して外に出ようとした時だ。
目を覚ましたゼイムスが強く私の手を掴んでそれを止めた。
「一刻も早くここを離れろと言っただろう」
ゼイムスはそう不機嫌そうに言い、独り言のように悪態をつくと、時計を取り出し時刻を確認した。
そして、
「まぁいい」
そう言うと、落ち着き払って椅子に深く座り直した。
「殿下?」
流石にこの状態ではいくら大人のゼイムスといえど、最早どうにもならなかったのだろうか?
そう焦った時だった。
急に馬車を叩く音が止んだ。
何があったのだろうと恐る恐る外を見れば、驚いた事に馬車のすぐ向かいに近衛騎士団の姿があった。
「ご無事ですか?」
暴徒と化しかけた人々を下がらせた後、そう言って馬車のドアを開けたのは、近衛騎士団の副団長である兄のブライアンだった。
「遅い」
ゼイムスのぶっきらぼうな言い方に、
「申し訳ありませんでした」
ブライアンがちっとも悪びれた様子なくどこか面白げにそう返せば、ゼイムスが微かに左の眉を上げた。
どことなく機嫌がよさそうなゼイムスの様子と気安いブライアンの態度に、あぁ、今ゼイムスは悪友を前に笑ったのかと気づく。
「どうしてお兄様がここに?」
思わずそんな疑問を口にすれば、ブライアンは
「ゼイムスから呼ばれて一晩中駆けて来たんだよ。全くゼイムスは人使いが荒いよね」
そういかにも人の良さそうな顔をして笑った後、さも疲れたとばかりに自身の肩と首を揉んで見せた。
「そもそもお前の仕事はオレ達の警護だろう。それを怠るなど職務怠慢にも程がある」
ゼイムスの言葉に
「ついて来なくていいと言ったのは殿下でしょうに」
ブライアンはまた軽い調子で肩を竦めて見せた。
そして。
急に声音を低くして馬車を取り囲んでいた人々を見下ろすと、冷ややかな良く通る声で言う。
「それで? コリュージュ伯及び暴徒どもの処罰はいかようになさいますか」
よく訓練された猟犬の様な冷え切った目をしたブライアンとヒタと目が合った瞬間、群衆の後方より手をこまねいて茫然と立ち尽くしていたコリュージュ伯がヒッと息を飲む音が聞こえた。
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