オーバー・ターン!

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1,不安定な日常

1-1

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「てめー、このやろー友弥、待ちやがれ!」
 待てと言われれば、逃げたくなる。それが人間の本質だと中学時代の友人が言った。
 そんなものかなと首を捻っていたのだが、それも何となく解る気がしてきた。
 まさに今の俺がその状態なのである。
 山中の獣道というより、整備されていない遊歩道と表現した方がしっくりとする赤土が剥き出しの道を、俺は時折張り出した木の枝をかいくぐりながらMTBで駆け抜けている。
 かなりのスピードが出ており、木の根があちこちに顔を出している遊歩道では、フロントのサスペンションのありがたみが良く解る。
 俺はMTBのペダルを漕ぐ足に力を込めながら、後ろを振り向いた。
 おらおら、観念しろーーという声がアルミ製チャンバーの奏でる2ストローク単気筒の排気音に勝る大音量で俺を追いかけてくる。
 俺の後方二メートルの位置、そこにオフロードバイクに跨がった友人がいた。
 流石に追い越せる道幅の余裕はこの遊歩道にはないので、俺の前に出て頭を押さえることは出来ない。しかし先ほどからこのバイクに跨がった友人は大きめの起伏を見つけると、喜々としてアクセルを全開にして、俺の頭上を飛び越すことを目論んでいるようだった。
 何回か、大きめの起伏があったのだが、そのたびに俺は進路上にMTBを振りこれを妨害した。それが余計怒らせている原因となっているらしい。
 ぜってーーぶっ飛ばす。
 後ろから怒声が聞こえる。
 ぶっ飛ばされたくないから逃げる。
 俺はなお一層ペダルを漕ぎながら、下り坂のコーナーを駆け抜ける。
 ここからしばらくは下り坂が続くことになる。そして次に短い上り坂になるのだが、そこが勝負のポイントである。そのために俺はスピードを緩めずに、赤土で滑る遊歩道をMTBで駆け抜けていった。


 時間は十五分ほど遡る。
 スピーカーから鳴り響く放課後を告げる鐘の音は辺りの山に反響し、商店街や住宅街にも聞こえるほどである。
 俺はその鐘の音を、私立奥名瀬高校特技科第一校舎脇の自転車置き場で聞いた。
 授業を二コマ分、説教で潰された俺は、そのままの足で自転車置き場に直行したのである。
 「ええと・・・、まさかほんとに、このまま行くのー?」
 どことなく落ち着きのない声で聞いてきたのは、友人のマリネルである。マリネルはその名が示すとおり、日本人ではない。
 ここ、私立奥名瀬高校には普通科と特技科という学科があり、それぞれ異なった場所に校舎が建てられているのだが、普通科と異なり俺の所属している特技科には日本人は少なく、そのほとんどがマリネルのような留学生で占められているのである。
 ちなみに俺、矢田貝友弥は、紛れもない日本人である。
 マリネルは男の俺がこういうのも何だが、栗色巻き毛の守ってあげたい系美少年である。そのマリネルが上目遣いで俺を見上げてくる。そんなに身長は高くない俺だが、その俺に比べてもマリネルは俺よりも頭一個分身長が低い。
 「ああ、お前も行くだろ?早く乗れよ」
 俺は中学生時代にそれまで貯めた貯金を切り崩し、清水の舞台から飛び降りる気持ちでパーツ単位で選び抜いて購入した自慢のMTBに跨がる。
 それには荷台が取り付けられていた。
 スタンドも無いのに荷台はあるのかと友人のエスターがあきれて呟いていたが、言われてみればその通りである。
 荷物を運ぶために取り付けたものだが、知り合いでもある専門店の人がオリジナルで作成した【彼女を乗せるためのタンデムシート】なる物を取り付け、それがまたあまりにも固く取り付けられたおかげで取り外すのが厄介になってしまい、結局そのままにしているのである。
 ちゃんと後方に座った者の足が乗せられるようにと折りたたみ式のタンデムステップまで取り付けられている秀逸な一品で、しかもご丁寧に後ろに乗った者の足がチェーンに干渉しないようにガードまで付属しているあたりは、取り付けてくれた人物の、ある意味余計なお世話的なこだわりを感じてしまうが、便利なので良しとしている。
 ちなみにその耐久度を尋ねたのだが、その人は俺の耳元で【彼女、ニアリー・イコール、米俵一俵から一と半俵】と呟いた。
 最近米俵は色々な大きさがあるようだが、時代劇などで見かける形と大きさが俺のイメージである。あれの重さは確か・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 だからその言葉に俺は感心して、頑丈な物なんですねと答えていた。


 マリネルが後ろ髪を引かれているような顔で後ろに乗った時、俺の名を叫ぶ声が頭上から聞こえた。
 待ちやがれ友弥、てめー、今日という今日は、許さん。という声に校舎を見上げると、二階の窓から金髪を怒りに逆立てた野性味あふれる美男子が俺に向かって叫んでいた。
 ブラッゲである。
 あ、てめ、この、無視すなと叫んだブラッゲに、それならばと手を振ってペダルを漕いだ。
 慌ててマリネルが腰にしがみついてくる。
 「ね、ねぇ、ブラッゲが怒ってるよー」
 「あいつに付き合っていたら、せっかくの外出許可がぱーになる」
 俺はペダルを漕ぐ足に力を込めながら、マリネルに答えた。
 「そ、それはそうだけど、でもブラッゲが怒っているのは・・・・ってちょっと、友弥、早い、早いってば・・・・わぁ!」
 俺は思いっきり加速しながら、煉瓦造りの四階建ての校舎に沿って曲がった。
 校舎の角ぎりぎりをかすめて、石畳の正門へと続く道を走り抜ける。
 「と、友弥ぁ・・・早いって!」
 マリネルが叫びながら、俺の腰にしがみついてくる。
 「ブラッゲの後ろに、エスターがいた」
 「そ、それで?」
 「あいつのことだ、ブラッゲにいらん知恵を吹き込んで、俺達の行く手を阻むに違いない」
 「そ、そんなこと、考えすぎだってばー」
 「だったら良いんだがな」
 金髪のブラッゲは口は悪く、無神経なタフガイで、考える前に手が出るタイプだが、さばさばしていて気持ちが良い奴である。
 それと、青が混じっているような黒髪のエスターは、無口とまでは行かないが、クールな二枚目であり、物事の先を読むことに長けている。
 マリネルは何というのか、子犬系である。趣味で作っている毎日の弁当は見事としか言いようがない。俺も含めて、エスターもブラッゲもマリネルの弁当に毎日お世話になっているのである。しかし、そんな家庭的ともいえるマリネルの頭はすごく良い。特に理系に強く、難解な数式だろうが何だろうが、ものの見事に解き明かすマリネルは、故郷では学力だけならば、既に大学の教授以上と言われていたそうである。多少、知識オタク的ではあるが・・・・・
 「マリネル、外出記録、よろしく」
 「あ、う、うん解った」
 マリネルが制服のポケットから学校支給の携帯電話を取り出し、教務科宛に定型メールを送信した。即座に返答が帰ってくる筈である。
 「僕と友弥の許可メール、返ってきたよー」
 「ほい、さんきゅー」
 マリネルに礼を述べながら、左右に煉瓦造りの柱が据え付けられた校門を抜け、学校前の四車線道路に飛び出した。
 この四車線道路は特技科の校舎と普通科第一校舎を結ぶ専用の道路であり、通称、奥名瀬フリーウエイと呼ばれている。
 私道であることと、二つの校舎間を巡回する閉じた円を描く道路の為、ほとんど車が走ってない道路である。
 とてつもなく無駄な道路だと俺は思っているが、エンジン関連の部活にとっては、実にありがたい実験コースであるらしいとはマリネルの言葉である。
 道路と森との間を区切っているのはガードレールではなく、緑色をした一辺の長さが一メートルほどの立方体である。緩衝材として機能しているらしいが、レース場でもあるまいし、一体どういう使われ方を想定している道路なのか俺には理解しがたかった。

 特技科は高台に建てられているおかげで、見晴らしがとてもよい。俺は別名心臓破りの坂を下りながら、しみじみとこの高校の建てられている場所の辺鄙さに嘆息した。
 奥名瀬高校の所有する土地面積はかなり広い。今俺の目の前二キロ周囲の森一面の光景、それが奥名瀬高校の所有地である。森の向こうに普通科の第一校舎の一部が見えている。
 さらにその向こうの丘の切れ目には、駅前唯一の五階建てデパートの一部も見える。そしてさらにその向こうには、電線がその光景を邪魔していない、とても珍しい富士山が見える。
 最寄りの駅まで歩いて十五分と学校紹介のパンフレットには書かれているが、それは普通科の教務室が入っている普通科第一校舎までの距離である。特技科の第一校舎まではそれからさらに三十分近く歩くことになるのだ。
 かなり辺鄙な場所であり、また同時に、よく横浜に未だにこんな場所があった物だと関心もしてしまう。
 敷地内に自然公園、しかも動物園が付随している学校はそうそう無いのではないだろうか?
 『はーい、皆さん、お元気ですか?本日お送りするのは奥名瀬高校放送研究会「第三班」のタマコこと、佐伯珠子です。さてはて、放課後にいつもうるさいと思っているそこの貴方も、十五分間は、諦めて耳を傾けてくださいねぇ、皆様にお役に立つ情報から、気になるあの情報まで最新から懐かしの曲に乗せて、全てお伝えしますよー。O・H・D・Jスタートです』
 奥名瀬高校普通科名物の一つである、放送研究会が校舎の外部スピーカーを使って放送を行うO・H・D・Jが始まった。
 この放送は、時刻を知らせるチャイムとは異なり、使用するスピーカーを限定することで駅向こうの住宅街にはほとんど聞こえないようになっている。もし聞こえていたら、周囲の住民からの苦情が絶えることはないであろう。例え十五分間の限定放送だとしてもだ。
 『ああ、そうそう、普通科の皆様に吉報、なんと本日、特技科の方々数名が、外出許可を得て、町に繰り出すようです。普段はその存在さえ伝説的で、一部では強制引きこもりと言われている、あの特技科の方が町に現れますので、皆さん、決して物珍しげに見ないようにしてくださいねぇ、それでは教職員のぼやきのコーナーに行ってみましょう』
 「僕達って、珍獣?」
 明らかに俺達の話題に、ぷくっと頬をふくらせながら、マリネルが呟いた。
 「まぁ、普通科と違って全寮制で、しかも九時から十八時までの授業のおかげで、普通科の奴らとは、ほとんど顔を合わす機会がないしなぁ。珍獣と思われても不思議はないよなぁ」
 特技科の履修科目は多い。
 もの凄く多いのだ。
 俺達特技科の生徒は、毎日九時から十八時までの間、学校に拘束されている。それでもまだ俺達一年は楽な方で、三年になると九時から二十一時まで授業を行う日があるらしい。その上、補習となると、十二時を回る日もあるとか無いとか・・・・そうなるとまるでどこかのサラリーマンの様な生活である。
 ちなみに、月曜から木曜までが十八時、金曜日が十五時、土曜日が半日、日曜はさすがに休日となっている。
 それと、特技科の生徒は寮と校舎間以外に出かける場合には、外出許可が必用であり、原則として、遅くても当日の昼までには、申請をしておかなければならないことになっている。
 もっとも、申請は必要なのだが、それが却下されることは特別なケースを除き、ほとんど無いらしい。
 さて、今日は金曜日で、ありがたいことに三時に授業が終了する日である。だから俺は駅前のCD屋に注文しておいたインディーズのCDを受け取りに行こうとしたのだが、それを知ったマリネルも買い物がしたいと言うことなので、一緒に駅前まで行こうということになったのだ。
 「それにしたって、極達の寮は比較的商店街の近くにあるし、そんなに珍しい訳じゃないと思う」
 「通学の方向が微妙に違うからなぁ。こっちの方面に普通科の奴らや、一般人はこないから、奴らにしてみれば、やっぱり珍しってことかな?」
 「珍獣じゃないもん・・」
 唸るマリネルを乗せて、俺は緩衝材の切れ目から、森の中に自転車を飛び込ませる。
 「う、裏道を使うの?」
 「いったろ、エスターが絶対に来るって」
 俺は遊歩道を飛ぶように自転車を走らせる。小高い丘になっている森の中は上り下りが激しく入り組んでいるが、時折ここいらの遊歩道を走り回っているおかげで、どの道が行きと帰りに適しているのかを把握していた。
 「で、でも、エスターもそのぐらい解っているよね」
 木の枝を避けながらマリネルがそう言った。
 「ああ、解ってる。でもここの道は、ある意味、分かり易いんだ」
 「分かり易い?」
 森の木々が開けた小高い丘の頂上に達した。ちょっとした広場になっている場所である。
 「ああ、どこで仕掛けてくるかってね」
 俺は、右の茂みを指さした。
 その茂みから、甲高いエンジン音を辺りにばらまきながら、オフロードバイクが文字通り飛び出してきた。
 「友弥ぁーーーーーーーーーーー」
 エンジン音に負けないほどの怒声と共に、オフロードバイクが俺達の上を飛び越し、左側に重々しい音を立てて着地する。運転しているのは、オフロードヘルメットを被ったブラッゲである。
 驚いたことに、この金髪野生児は後部シートにエスターを乗せていた。もちろんエスターもオフロードヘルメットを被っているが、二人乗りの単車で、山道を俺達の頭上を飛び越える程のスピードで追いかけてきたブラッゲの技術と、タンデムシートに無表情で乗っているエスターの度胸に俺は呆れ返った。
 「さ、さんいーてぃーーー」
 マリネルが嬉しそうな叫び声を上げる。
 「友弥、友弥、3ETだよ。DT200、すごい、伝説的なオフ車だよ」
 速度を殺さないように俺はペダルを漕ぎながら、幅員の狭い遊歩道に飛び込み後ろを振り返った。
 俺たちの上を飛び越したブラッゲはアクセルターンで無理矢理バイクをねじ伏せ、進路を変えると、ウイリーをするほどの加速で俺の後ろに食らいついてきた。
 「友弥ぁ、観念しろぉーーーーー、今日は逃がさないぞーーーーー」
 「ねぇ、ねぇ、ブラッゲ。そのDT、どうしたの?それってもう売ってないよね」
 嬉しそうにマリネルが、後ろを振り向きながら、ブラッゲに聞いた。
 「友弥ぁ・・・ってなんだ?」
 後部に座っているエスターがブラッゲに何かを耳打ちした。
 「知り合いから、買い取ることを前提で借りたそうだ」
 ブラッゲがマリネルにそれを伝える。
 「へーーーそうなんだ。いいなぁ、いくら?」
 「え?なになに?」
 またエスターがブラッゲに耳打ちした。
 「聞いて驚けの五千円・・・・だそうーだ」
 「事故車?」
 あまりの安さにマリネルが首を傾げた。
 そして俺達のデッドヒートが始まったのだ。


 俺は右にカーブしている遊歩道を更に強くペダルを漕ぎながら駆け抜けていく。
 そんな俺の後ろにぴったりと張り付いたブラッゲは勝ち誇った顔である。
 下り坂が終わり、上り坂にさしかかる。
 『次のコーナーは・・・ってえ?何?特報?えーーと、特報です。特技科の生徒数名が、普通科第一校舎北口の池付近に着地となりそうなコースでこちらに向かっているそうですので、付近の生徒は巻き込まれないように注意してください。繰り返します、普通科第一校舎北口池付近の生徒は至急避難してください・・・・ってなにこれ?』
 俺はブラッゲを振り返り、にやりと笑った。
 なに?という顔のブラッゲ。
 「いいかマリネル。しっかり捕まっていろよ!」
 「え?」
 次の瞬間、俺たちは空中に飛び出していた。
 「うぉおおおおおおおおおおおーーーーーー」
 ブラッゲの驚愕の悲鳴が聞こえる。
 いきなりの落差五メートル近くの大ジャンプである。
 この遊歩道はいきなり途切れている。しかもそこは崖縁となっており、そのまま飛び出すと、五メートル下の池に飛び込むことになる。
 先程放送されていた普通科第一校舎北口の池である。
 普通科の生徒数名が校門脇の安全な場所に避難しており、こちらを指さしていた。
 マリネルは何が起きたのか理解が出来ないようで、固まっている。
 俺はMTBを空中でひねり、池の手前に設置されているポールにいったん着地する。
 つまり、地面とは直角に直径十センチほどの国旗などを掲げるポールに着地したのである。
 ポールがしなり俺たちの体重と衝撃が干渉される。そんな俺の横をいきなり空中に飛び出したDTに乗ったブラッゲとエスターが追い越していく。
 エスターは俺に視線を向けたが、その顔は無表情であった。
 まるでこうなることを予想していたかの様である。
 タンデムのエスターは最小限の挙動で、バイクから身を捻り空中に逃げ出す。
 ブラッゲも遅れて、アクセルワークと後輪のブレーキで慣性制御を行い、単車の進行方向を確実に水没ルートに乗せると、キルスイッチでエンジンを強制停止させ、空中に飛び出した。
 二人が綺麗に地面を滑走するように着地するのと同時に、池から盛大な水柱が上がった。
 そして二人が振り向いた時には、既に俺達は空中で一回転してポールから地面に着地していた。
 そのまま普通科第一校舎北口の校門へと自転車を走らせる。
 ブラッゲはいらだたしげにヘルメットを脱ぎ、地面に叩き付けた。
 「え?ええええええええええええええええーーーーーー」
 校門前に避難していた普通科の生徒が口笛を吹き、手を叩いている。
 彼らの前を通り過ぎる時、今更ながら事態を把握したマリネルの叫び声が上がった。


 「うわ、これ、美味しいー」
 俺たちは駅前の喫茶店カーナルにいた。ブラッゲ達を排除した後、その強引ともいえるやり方に機嫌を損ねたマリネルが駅前の喫茶店特製のケーキとお茶をおごるなら許してくれると言ったので、買い物が終わった後、こうしてその約束を履行しているわけである。
 俺はエスプレッソを口に含み、買ったインディーズCDのジャケットに目を通していた。
 ちなみにマリネルが買ったのは、自分専用のお箸であった。そういえば、マリネルもブラッゲも食事の時に箸を使っていない。
 これで僕もエスターのようにお箸を使う練習をするんだと嬉しそうにお箸を選んでいたマリネルである。
 「ホットアイの隣のケーキ屋とどっちが美味しいんだ?」
 ホットアイは西アーケードから普通科第一校舎に続く四車線道路の始まりとなる曲がり角にあるバイク屋である。その隣のケーキ屋も美味しいと誰かが言っていたのを思い出したのだ。
 「ラ・ルーブ?あそこは凄く美味しいけど、大きさにしては値段が高いからねー、こっちは安くて大きくて美味しいからすごいの」
 ふーんと俺は呟きながら、エスプレッソに口をつけた。甘い物があまり好きではない俺には良く解らない話である。
 「そう言えば、マリネルとエスターとブラッゲって、故郷が同じなんだよな?」
 「ん?うん、そうだよ」
 「エスター達と知り合ったのって、こっちに来てからか?」
 「うん、そうだよ・・・って、あ、だめだよ、友弥には僕達の国のことは話しちゃいけないことになってるんだから、これ以上は何も言わないからね」
 慌てたマリネルが自分の口をふさぐ仕草をした。
 マリネルの言葉通り、エスター達は自分の故郷の話を俺に対して一切しない。意識して話さないようにしているらしく、なぜ話してはいけないのか、理由も教えてはくれない。
 ただ、エスターはそのうち解るはずだと言っていたので、俺もあえて聞かない事にしている。
 「んじゃ、最近のマリネルの話し」
 「なに?」
 「幻覚って見るか?」
 「見るの?」
 小首を傾げるマリネル。とても子犬っぽい。
 「いや、聞いているの俺だし」
 「えーと、夢なら見るよ?」
 「どんな?」
 「ミラーマ自然地区に家族でハイキングに行った時の、って、友弥、何で耳を塞いでるの?」
 「お前、今、故郷の固有名詞を言ったぞ」
 「は、はぅ」
 慌てて自分の口を塞ぐマリネル。
 「だけど、それは寝ている時の夢で、幻覚とは違うよなぁ」
 マリネルが口を塞いだまま、首を縦に振る。
 俺の脳裏に、今朝の光景が蘇ってくる。
 俺は日課のジョギングが終わり朝飯も食った後、時間があったので、まだ敷いたままの布団に横になったのである。俺は不覚にもそのまま眠り込んでしまったのだ。
 そこに声が聞こえた。
 俺は薄く目を開ける。白い足が見えた。そのまま視線を上げていくと、スカートの中が見える。白いレースに縁取られたショーツがもろに視界を埋めたが、俺はそのまま目を閉じた。
 「優花・・・パンツ、見えてるぞ・・」
 俺は実家にいる気になっていたのだ。
 妹の優花が、話しかけてきた。そう思ったのだ。
 「なに?なんて言ったんだ今」
 しかし聞こえてきたのは、聞き覚えのあるブラッゲの声であった。慌てて目を開けた俺が見たのは、朝に弱いブラッゲの眠たそうな顔であった。
 俺はまたかと思いながらもごまかしたが、男子だけの寮で、時々女の子が見える場合があるのだ。
 首に黒いチョーカーを巻き、腰まで達する黒髪の女の子に、金髪をジャギーにした女の子。エスターの髪とブラッゲの髪の色だが、二人とも女の子に見間違える程長くもない。第一どこからどう見ても二人とも男である。時折四人そろって寮の風呂に入るが、それはもう立派に男である。しかし女の子が見えるのは、大抵俺が寝ぼけている時なので、俺はそれを気のせいにしていた。
 決して欲求不満からくる妄想などではない、単に寝ぼけているだけなのである。と自分に言い聞かせているのだが、さすがに今朝のリアルなレースのパンツには驚いたのである。
 寮母の茜さんに、この寮には女の子の幽霊が出ますかと聞いたこともあるのだが、帰ってきたのは茜さんの暖かな手であった。その手が俺の額に当てられて、優しげな顔全体に如何にも心配ですという表情を浮かべて、熱は無いわよね?でも一応病院に行く?と言われてしまった。
 「ど、どうしたの?」
 大きなため息をついた俺にマリネルが聞いてきたので、いや、別になんでもないと答えた。
 「じゃあ、これは答えられるかな?」
 俺は別の事を聞いてみる。
 「なに?」
 「マリネル達って育ちは日本じゃないよな」
 「う・・・うん」
 「なんでそんなに日本語が上手いんだ?っていうか、考えてみたら、特技科の奴ら全員日本語がうまいぞ・・・・」
 「そんなにうまい?」
 「ああ、微妙なアクセントとか、言い回しとか、時々みんな日本人じゃないかと思うことがある」
 特に冗談や仕草などは、生活習慣の異なる者達では通じないことが多々あるはずなのだが、それがマリネル達には見受けられないのだ。そもそも彼らと意志の疎通をする上で困った覚えもない。
 「あーーー、そう言えば、日本人って、特技科では今年、友弥しかいないんだっけ?」
 「え?そうなのか?」
 「知らなかったの?」
 逆に驚いた顔のマリネル。初耳でした・・・・
 「そういえば、見かけないなぁとは思っていたが・・・・・」
 考えてみれば、俺って人種的に孤独?
 「知らなかった・・・って・・・・僕はそっちの方が驚きだよ・・・・」
 イタイ者を見るような目つきでマリネルが呟いた。
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