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2,賢くなりたい子犬たち
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長距離運行に嬉しそうなブラッゲが、仮想計器類のスイッチをオンにしていく。
『あの・・・・・ショートワープ、パスして良い?』
『不許可』
エスターが冷徹に言い放った。
『えーーーーー、だって、ガツンって来るんだよ、ガツンって』
ボートシミュレーターは、実に三百六十度方向からの衝撃や加速などの重力加算まで実現しているだけでなく、ショートワープの際に発生する衝撃まで実現しているため、その衝撃はそのまま搭乗者にフィードバックされるのである。もっとも、光速までの加速がコンマ一秒もかからないボートには慣性制御が絶対必要条件として完備されているため、シールドのオーバーロード等、特殊な場合を除き、搭乗者にGがかかることは無い。
『あれは、意識に来る衝撃だから、諦めろ。諦めて慣れるしかないぞ』
ブラッゲがいつもの台詞を言った。
実際、ショートワープの衝撃はかなり効く。さながら、鼻がしらにパンチを貰った様な衝撃である。
しかし、ロングワープに比べて、四半ループ程度の距離を稼ぐショートワープは演算も少なく、環境の影響を受けづらい特性の為、それに見合うだけの価値がある。
これ以上に、極端に短い距離を飛ぶスーパーショートワープというのもあり、こちらの演算はほぼ不要であるが、その衝撃は距離の短さに比例して強くなっていくのである。
通常の人間なら、その衝撃を食らえば、気絶してしまうほどの衝撃である。従ってスーパーショートワープはその衝撃の強さから、使用不可になっている裏技でもあった。
ちなみに俺たちは未だに表層心理通信を通じてお互いの表情が見える状態にある。
チームによっては、この状態を嫌うチームもあるらしいが、俺たちは運航中も互いの顔だけでなく、その仕草までも見えるように設定していた。だから、実際にはプロテクターに押さえつけられ、身動きがとれない状態のマリネルだが、俺には肩を落として、涙目でプロテクターボードの上に指先で何か文字のようなものを描く、決してあり得ないが、まさにマリネルの心情そのものの光景が展開されていた。
『う、う、う、う、う、ブラッゲの鬼ぃ・・・・』
これもいつものマリネルの台詞である。泣く泣くルート候補を次々と立案していく。少しでも手を抜いたルートを作成すると、途端にエスターのリテイクが出され、エスターが納得するまでルート作成の作業は続くこととなる。
以前、同じようなポジションでエスターはマリネルの案を、実に授業開始から一時間近くリテイクを出し続けたおかげで、その授業中俺とブラッゲはやることがなかった。残りの時間で終わるミッションでも無かったので、その場で俺達の実習点数はゼロとなったのだ。以来、マリネルが手を抜いたルートを立案することは無くなったのだが、それでも未だにショートワープだけは苦手なのである。
『マリネル、指揮ポジションに座る意味を知れ』
『わ、わかってるよぉ・・・』
最有力ルート候補が提示された。
俺とブラッゲがそれを了承、やや遅れて、エスターも了承した。ショートワープが三回含まれ、現地での作業時間を加味すると往復四十分間の行程である。
ちょうどタイミング良く、アジス先生からの通信が入った。
『本ミッションでの注意点は、【シールドを過信するな】以上だ、それでは各チーム、ミッションを開始せよ』
アジス先生がミッションスタートを宣言した。
『イグニッション』
『イグニッション承認、ミッションタイマー、ロードゼロ』
ブラッゲのメインエンジン始動要請にマリネルが許可を与えた。エンジン出力を示すゲージが一気に跳ね上がり、一定の出力に達した所で、ぴたりと安定した。流石にブラッゲのエンジン制御は折り紙付きである。
暫く待つと、コックピット越しの前面外部モニタ、その前方の闇の中に光が現れる。その光の点が十時の線になり、そして面になると俺たちのコクピットは光で満たされた。ドッグのゲートが開いた光景である。この時間ではシュミレータの母港となるこの宇宙港に対して、恒星が正面に位置していた。
眼下に地球とは異なる緑の惑星が広がっている。
ブラッゲの操船で宇宙港のドッグからゆっくりと離れつつある光景が、視覚センサーにフィードされる。それが実際にはGは発生してはいないが、加速感として感じられる。
脳裏に映し出される仮想光景は、毎度の事ながら、かなりの迫力を感じられる。俺達が出てきた宇宙ステーションは壁のようにそびえ立ち、こちらは星の輝きを目にすることはできないが、進行方向には星の輝きと、誘導灯がたくさん並んでいる。
右手、一般航路側は小さな貨物牽引ポッドが点滅する光を発しながら飛び交い、大型客船や貨物船やそのカーゴを牽引誘導している光景が見えている。
俺は視覚をコクピットに戻した。ハーネスボードの隙間から、シートに固定された自分の体が見える。仮想ではなく実際に取り付けられている後部席を見ることが出来るバックミラーに視線を向けると、計器類越しにハーネスボードに押さえつけられたエスターの体が見える。
俺はエスターに視覚情報を受け渡した。教科書には記載されていないが、俺達が必ず行う相互目視チェックである。俺から見た後方の確認。エスターは俺の視覚で自分の姿をチェックをし、それと同時に、俺はエスターの視覚でバックミラーに写った自分の姿をチェックした。問題なし。
俺達は指定された一番左手のレーンに向かっている。
救命ボード専用のレーンである。
『一歩間違えれば、大惨事だな・・・・』
パワーピークメーターを見ながら、俺は呟いた。
ブラッゲは、専用レーンに向かう低速運行で、エンジンテストを兼ねた、フルブーストをかましている。制動用の逆噴射をかけながらの低速運行である。
『それはいつか、友弥がやったろ』
ブラッゲが答えた。
『制動バランスを保たずに、出港したあれ?』
管制塔との交信を処理しながら、レーダーに感知できる範囲内の障害物などの位置を確認し、ループ空間突入可能ポイントまでのルートを確認演算するマリネル。
『あれは、流石のアジス先生も頬が引きつってたな、前代未聞の仮想被害率で、死者が百二十人に達したそうだからな』
『うわぁー、それって、ドッグの三区画分程、完全消滅したってことだねー』
『しかし、そのお陰で最近、ドッグの安全性が見直されているようだな』
会話をしながらもエスターが俺の役割スケジュールを組み、転送してきた。ブラッゲとマリネルは、現地までのメインクルーであるが、俺とエスターも遊んでいられる訳ではない。ブラッゲや、マリネルのサポートをしなければならない。
『転送演算補佐ね』
俺はセンサー類を束ねて、自分の認識しやすい様に配置した。
『んじゃ、いくぜ』
専用レーンに到達すると係留時の予備タンクを切り離し、ボートの幻影率レベルを上げた。
一瞬だけ、俺の視界が揺らいで元に戻る。これで俺たちのボートは、デブリや隕石などの物理的な障害物を障害物として認識する必要がなくなる。ある意味、この時点で俺たちはこの空間に物理的には存在しないのと同じ状態になった。幽霊モードと誰かが言っていたが、解りやすい例えであると思う。幽霊は壁にぶつかることなしに、通り抜けてしまうからである。
俺達の認識速度が擬似的に高速化され、外部モニタに映るそれまで動いていた牽引ポッドが停止したように見えた。それどころか、周囲の光景もその色を変えていく。
このままだと認識速度が光速に近づいていく為、光の反射が停止したのと同じ状態になってしまい、結果として視覚には何も写らなくなってしまう。
しかし、一瞬のタイムラグの後、仮想視覚情報処理が追いつき、周囲の光景の色彩が蘇った。
ブラッゲが加速を開始した。
『思いっきり加速してくれていいからね、というか、してね、初期加速が足りないと今回のルートはきついから』
『まっかせとけー』
暗い宇宙区間を背景に誘導灯が流れるように後方に伸びる。
俺の脳裏に配置された管理センサーが異常な加速を感知し、警告を示していたので、警告の内容に会わせて、問題を解決していく。
やがて誘導灯が途切れて、俺達のボートは完全にフライト状態になった。
そして暫くの時間がたった。
『♪~~まだまだいくぜ~~』
アクセルハッピーなブラッゲが、表層心理通信で歌を歌っている。
『あ、懐かしいなぁ、それ、救難部隊トライフォーの主題歌』
マリネルが懐かしそうに、歌のタイトルを呟いた。確か第二期のやつだっけ?と続けた。
『うちのチームに、ログミールがいないのは残念だ』
『は、はう・・・』
エスターの冷ややかな声に慌てるマリネル。
『お前らの国のアニメ?』
『忘れて、忘れて、友弥』
『あーーーはいはい、ってこら、マリネル、断りもなく人の記憶領域に勝手に入ってくるな』
膨大な演算を行う必要がある後部座席の者は、前席の未使用記憶領域、つまり脳内の一時記憶に使用されるエリアを表層心理通信の機能の一部として、使用することが出来るのである。未使用領域というだけあり、通常の生活ではほとんど使われない領域らしいが、そこにゴミ情報として、記憶が反映される場合があるらしく、マリネルが先ほどの救難部隊なんたらが残っているか検索しに来たのだ。表層心理通信では個人の人格や性格を決定づけている情報や、個人的な記憶は全てアクセス不可であり、他者から読み取られることは出来ないのでプライバシーの問題は無いのだが、未使用領域に置いたデータを後部座席の者が消し忘れて、ふとした瞬間に自分の知らない情報が浮かんだりするのはあまり良い気分ではない。
『マリネル、そこのデーター、壊したら後で拳骨』
エスターがぼそりと呟く。いつの間に俺の脳みそに入ったんだお前は・・・・
『うわ、エスターに先に使われていた・・・・・ってなにこのデータ?』
『秘密のおまじない・・こら、解析するんじゃない・・・』
『むーーープロテクトかけてある、リードライトはエスターと友弥のみ可能か』
『お前ら、俺の脳みそで、何やってるんだ・・・っていうか、後でちゃんと消しておけよ』
『おーい。そろそろ、ループに突入するぞ』
ブラッゲの言葉に、マリネルがもう少しで解析出来たのにと呟いた。
『ボートの形状修正するぞ、いいか?』
『ああ、やってくれ』
俺は速度と重力干渉値に沿って、形状変化を行った。
『友弥の形状変化は、俺は気に入ってるんだよな』
『そうなのか?』
ループ空間に突入のカウントが始まっている。
仮想視覚の計器表示が、順次ループ空間の情報を示すそれに切り替わっていく。
『ああ、以前は変な形にしたりして、頭に来ていたが、今では痒い所に手が届くって言う感じかな』
『一家に一人は欲しいよね、肩叩きも上手だし、友弥は』
『ぷ』
マリネルの言葉にエスターが吹き出した。ミッション中に吹き出すとは珍しいことである。
『想像をしてしまった・・・・』
何をとは聞けなかった。
『一回目のループが始まるよ、5,4,3,2,1,入った』
視界が一瞬虹色に染まり、恒星の輝きにも似た輝きが不規則に動き回る空間に突入した。ループ空間内の疑似イメージである。
『消失まで15E9・・・マリネル、ミスったか?』
エスターが予定よりもかなり早く消失するループ空間にすかさず指摘した。
『え、えーーー・・・・・・・・・・』
『マリネルは、直ぐにルート再検討、俺と友弥で状況確認を全て受け持つ』
『んじゃ、俺はこのままぶっ飛ばすぜ』
『ああ、そうしてくれ、友弥、状況データを送る。このループの存在率再計算頼む』
『了解、共用域を使うぞ』
俺はエスターから送られてきた、状況データを確認しつつ、演算を開始した。計器の数値を見ながら、その値を計算ソフトに入力するようなイメージである。実際に使用されているのは、自分の脳と、ボートのメイン演算コア、そしてボードの仮想メモリーである。
『うわ!』
俺はそこに記載されている、数値を入力しながら、あることに気がついた。
『どうした?』
エスターが聞いてくるのと同時に、共用エリアの演算結果に目を通した。
『なるほど、こういう事か・・・』
『?何?』
『どうした?』
ブラッゲとマリネルも共用エリアの結果に目を通す。
『な、何これ・・・・いきなりブラックホールでも発生したの?』
『だから、先生はこういったとさ、【シールドを過信するな】、この速度で突っ込んだら、後はシールド頼みになるな、重力と時間の干渉波がきつすぎる・・・』
『だ、だけど、速度を落として、後十ループ追加して迂回すれば、何とかなるよ』
『・・・・・普通はそうするな・・・・』
エスターが考え込んだ。
『じゃあ、もう一度ルート検索をするね』
マリネルの言葉にエスターはやや遅れて、そうだなと呟いた。
暫くすると、マリネルがルート案を提出してきた。
『なんとか九ループで済みそうだけど、どうかな?』
マリネルが自信なさそうに聞いてきた。
『・・・・・・・・友弥、何やっている?』
エスターの言葉に俺はシールド負荷予想グラフと制御レスポンスの変化予想をマリネルの案の横に提示した。
『な、ば、おまえ、何を考えているんだ』
ブラッゲが絶句した。それもそのはず、俺の案は重力嵐が吹き荒ぶループ空間に突入するという事であった。
『これって、こちらとそちらを切り離して、質量を減らすっていうこと?一つのシールドに掛かる負担を軽減する?』
『論理的には、不可能ではない』
エスターが軽く検討しながら答えた。
『ちょっとまて、こっちはそれでも良いが、そっちが持たないだろ・・・そっちの操舵は繊細な作業をすることを目的にセッティングされているから、やたらと大変だぞ』
『これって、ボートのスリップストリームに入るってこと?』
『エーテル流を舐めてるだろ、友弥』
『エスター、俺がメインを勤めた時のセッティングを再現できるか?』
『可能だ』
『おい』
『大変なのは、そっちも同じだぞ、こちらには、ループ一回分の燃料しか持たない。後は全部そっち持ちだ。その他細々とした物も全て、そちらに移動させる。』
『一回目のループが終わったら、再度ドッキングして、再加速と燃料の補充を行うの?』
『俺様にとっちゃそんなの屁でもねぇ、俺が言っているのは、お前達の方にリスクがありすぎだって言ってるんだ』
『今回の統括指揮はマリネルだ、マリネルが決定すればいい』
エスターの言葉に、マリネルが言葉に詰まった。
『マリネル、不許可だ、ルートの再検討だ』
『・・・・・・・あのさ、前から不思議に思っていたんだ。なんで友弥は、危険に飛び込むことをするの?そこに危険があったら、必ずと言って良いほど、友弥は突っ込んでいくよね?それで、エスターもそれを支援するような事を言うよね。クラスのみんなは色々言うけど、考えてみれば、僕達って友弥の失敗でもの凄く沢山の事を知ったよ?そういうことなの?』
『・・・・・・』
『・・・・・友弥、言っても良いんじゃないか?』
エスターが静かに言ってきた。
俺とエスターは一つの取り決めをしていた。
失敗に対して、責める言葉は無視をするが、気が付いたならば素直に答えようと。
俺達が期待していたのは、俺達がやっていることを、その目的を二人が気が付く事である。
『俺達のやっている事って、人命救助の訓練だよな?』
『ああ、そうだ』
ブラッゲが答えた。
『俺は不器用でさ、【やってはいけない事】を体感しないと、なぜやってはいけないのか、どこまでならやっていいのかが分からない。だけど、ここに訓練がある。せっかくやってはいけないことを体感出来るチャンスがあるんだ、自分で見極めたいと思わないか?』
『・・・・・』
『例えば、重力嵐に見舞われている船の救助。そんな場合、教科書では、嵐が収まってから救助すると書かれているけど、重力嵐が収まるってなんだ?惑星や恒星、はたまたブラックホールやホワイトホールに、固定事象空間の重力嵐は、一時的に弱まりはするが、収まらないぞ?』
『・・・・』
『ブラッゲに分かり安く言えば、マニュアルには、ボート形状の人手変形は、原則として行ってはいけないと書かれているって知っていたか?変形時にモーメントの変化で、操船ミスをする可能性があるらしい』
『もしかしてお前・・・・時々ボート形状をいびつな形にしていたのって・・・・』
それまでは苦虫を噛みつぶしたような表情のブラッゲがあっけにとられた表情に変わった。
『ああ、どれがお前のスタイルに合っているのか、調査していた。あれでお前も自分に適しているボート形状と変更タイミングが分かったろ?ついでに、いきなり突飛な形にされても、モーメントの変化に対応出来るようになっている』
『ちなみに、それは俺の提案だ』
エスターの言葉に、ブラッゲが絶句した。
『お前は突発的な事象に対する対応がいささか甘い、昨日お前に言ったことは、全て、検証済みの事柄だ』
『・・・・・・俺の知らないうちに、俺は【やってはいけないこと】をやっていたっていうのか・・・しかも、さっき俺、誉めてるし・・・・』
ブラッゲが凹んだ。
『・・・・友弥って、失敗から学ぶ人?』
『本音を言えば、失敗なんかしたくない。アジス先生の言うことを守って、無難に成績を良くしたい。でも、そうして世に出て通用する世界だとは俺は思えない。何よりもこれは重要な事だと俺は思う。九ループの時間で人間は簡単に死ねる。一ループで三秒。その時間酸素が無くなったらどうなる?息を止めるか?何分までなら止められる?俺達に期待されているのは、最速で現地に着き、最速で救助し、最速で帰還することだ。ならば、自分たちが出来る最速の限界を知っておくべきじゃないか?』
言ってから気がついた。
そもそもこんな実習を受けて、一体俺は何の職に就くと言うのだろう?
あれ?なんか俺、凄く大きな勘違いをしていないか?
NASAにだってこんな宇宙船は無いぞ・・・・・多分・・・・・
『・・・・マリーネスアの学生時代の成績を知ってるか?』
悩んでいる俺をよそにエスターがいきなり訳の分からないことを言い出した。
『鞠音?』
ふと母の顔が浮かんだ。鞠音は母の名前である。
『マリーネスアだ』
俺の呟きにエスターが答えた。
『ああ、有名だな、最低だったって、当時の教師も無名ばかりで、操業開始時のサンダーバーズはほとんど声が掛からなかったそうだ』
ブラッゲが当たり前のように答えた。
『だけど、英雄だよ、不可能だって言われた、ミッションを何回も成功させた』
『おーい、機密事項、口走ってるぞ』
『大目に見る』
エスターが許可した。
『そうそう、どうせ、マリーネスアも友弥には何のことだか分からないしね、と言うことで、友弥案を許可するからね、僕の父様もこう言っていたんだ。生後二年間は、ものすごく悪戯をして飼い主を困らせることばかりする犬がいるって、でもその犬は三年目から、ぴたりと悪戯を止めて、すごく賢い犬になるって。それは、二年間で色々な体験をして、それを理解するから賢くなれるんだって。だからお前もその子犬に負けないように、失敗を恐れず、たくさんの失敗を経験して、たくさん失敗の原因を考えて、それを人生の糧としなさいって言ってた』
『だから、マリネルは子犬系なのか・・・・』
思わず納得してしまった俺の考えは、表層心理通信に乗ってしまった。
『ひ、ひどい、せっかく僕が綺麗に纏めようと思ったのに、友弥のばかぁ』
ブラッゲとエスターが大爆笑した。
『さて、方針が決まったら、腹を据えていこう』
エスターが仕切り直すように言った。
『じゃ、じゃあ、改めて、友弥案実行!』
マリネルが宣言すると同時に、新たなルートが提示された。
『行きにショートワープが一回、ロングワープが一回、帰りはスイングを利用して、帰るからロングワープ一回、ループは現在位置から行きが三回、帰りが二回』
『次のループでロングワープしてその次のループが勝負か』
ブラッゲが口笛を吹いた。
『次とその次の両方ね、あとポッドだと、姿勢制御の演算は追いつくと思うけど、操船が追いつかなくなる可能性があるから、気をつけてね』
『了解、エスター、こちらのセッティングのバックアップよろしく』
『それは、お前の頭の中に既に取ってある』
『準備良いな・・・』
『いや、以前にお前がセッティングを弄ったおかげで、失敗したことがあったからな、だから言ったろ、おまじないだって』
『もしかして、俺の脳内って、今までの失敗のノウハウが詰まってるのか?』
『ああ、先週からやっていたんだが、本人は意外と気が付かないものだな』
知らなかった・・・・
『友弥は天然なところがあるからな』
ブラッゲがからかう口調で言ってきた。
『ブラッゲ、お前のミスも全てお前の脳内に収納してあるが、気が付いていたか?』
『・・・・・な、なんじゃこりゃぁ』
言われて自分の脳内検索を行ったブラッゲが叫んだ。
『い、いつの間にこんな物が・・・』
『ブラッゲ、俺達、友達だよな』
『な、なんだその、生暖かい言い方は』
俺の言葉にブラッゲが嫌そうに顔を歪めた。
『ねぇ、僕の中のこれってなに?「痛くない、痛くない、痛くない」って書いてある』
『マリネルは記憶領域を空けておかないとならないからな、おまじないを書いておいた』
『『ショートワープ!』』
俺とブラッゲの声がハモった。
『あの・・・・・ショートワープ、パスして良い?』
『不許可』
エスターが冷徹に言い放った。
『えーーーーー、だって、ガツンって来るんだよ、ガツンって』
ボートシミュレーターは、実に三百六十度方向からの衝撃や加速などの重力加算まで実現しているだけでなく、ショートワープの際に発生する衝撃まで実現しているため、その衝撃はそのまま搭乗者にフィードバックされるのである。もっとも、光速までの加速がコンマ一秒もかからないボートには慣性制御が絶対必要条件として完備されているため、シールドのオーバーロード等、特殊な場合を除き、搭乗者にGがかかることは無い。
『あれは、意識に来る衝撃だから、諦めろ。諦めて慣れるしかないぞ』
ブラッゲがいつもの台詞を言った。
実際、ショートワープの衝撃はかなり効く。さながら、鼻がしらにパンチを貰った様な衝撃である。
しかし、ロングワープに比べて、四半ループ程度の距離を稼ぐショートワープは演算も少なく、環境の影響を受けづらい特性の為、それに見合うだけの価値がある。
これ以上に、極端に短い距離を飛ぶスーパーショートワープというのもあり、こちらの演算はほぼ不要であるが、その衝撃は距離の短さに比例して強くなっていくのである。
通常の人間なら、その衝撃を食らえば、気絶してしまうほどの衝撃である。従ってスーパーショートワープはその衝撃の強さから、使用不可になっている裏技でもあった。
ちなみに俺たちは未だに表層心理通信を通じてお互いの表情が見える状態にある。
チームによっては、この状態を嫌うチームもあるらしいが、俺たちは運航中も互いの顔だけでなく、その仕草までも見えるように設定していた。だから、実際にはプロテクターに押さえつけられ、身動きがとれない状態のマリネルだが、俺には肩を落として、涙目でプロテクターボードの上に指先で何か文字のようなものを描く、決してあり得ないが、まさにマリネルの心情そのものの光景が展開されていた。
『う、う、う、う、う、ブラッゲの鬼ぃ・・・・』
これもいつものマリネルの台詞である。泣く泣くルート候補を次々と立案していく。少しでも手を抜いたルートを作成すると、途端にエスターのリテイクが出され、エスターが納得するまでルート作成の作業は続くこととなる。
以前、同じようなポジションでエスターはマリネルの案を、実に授業開始から一時間近くリテイクを出し続けたおかげで、その授業中俺とブラッゲはやることがなかった。残りの時間で終わるミッションでも無かったので、その場で俺達の実習点数はゼロとなったのだ。以来、マリネルが手を抜いたルートを立案することは無くなったのだが、それでも未だにショートワープだけは苦手なのである。
『マリネル、指揮ポジションに座る意味を知れ』
『わ、わかってるよぉ・・・』
最有力ルート候補が提示された。
俺とブラッゲがそれを了承、やや遅れて、エスターも了承した。ショートワープが三回含まれ、現地での作業時間を加味すると往復四十分間の行程である。
ちょうどタイミング良く、アジス先生からの通信が入った。
『本ミッションでの注意点は、【シールドを過信するな】以上だ、それでは各チーム、ミッションを開始せよ』
アジス先生がミッションスタートを宣言した。
『イグニッション』
『イグニッション承認、ミッションタイマー、ロードゼロ』
ブラッゲのメインエンジン始動要請にマリネルが許可を与えた。エンジン出力を示すゲージが一気に跳ね上がり、一定の出力に達した所で、ぴたりと安定した。流石にブラッゲのエンジン制御は折り紙付きである。
暫く待つと、コックピット越しの前面外部モニタ、その前方の闇の中に光が現れる。その光の点が十時の線になり、そして面になると俺たちのコクピットは光で満たされた。ドッグのゲートが開いた光景である。この時間ではシュミレータの母港となるこの宇宙港に対して、恒星が正面に位置していた。
眼下に地球とは異なる緑の惑星が広がっている。
ブラッゲの操船で宇宙港のドッグからゆっくりと離れつつある光景が、視覚センサーにフィードされる。それが実際にはGは発生してはいないが、加速感として感じられる。
脳裏に映し出される仮想光景は、毎度の事ながら、かなりの迫力を感じられる。俺達が出てきた宇宙ステーションは壁のようにそびえ立ち、こちらは星の輝きを目にすることはできないが、進行方向には星の輝きと、誘導灯がたくさん並んでいる。
右手、一般航路側は小さな貨物牽引ポッドが点滅する光を発しながら飛び交い、大型客船や貨物船やそのカーゴを牽引誘導している光景が見えている。
俺は視覚をコクピットに戻した。ハーネスボードの隙間から、シートに固定された自分の体が見える。仮想ではなく実際に取り付けられている後部席を見ることが出来るバックミラーに視線を向けると、計器類越しにハーネスボードに押さえつけられたエスターの体が見える。
俺はエスターに視覚情報を受け渡した。教科書には記載されていないが、俺達が必ず行う相互目視チェックである。俺から見た後方の確認。エスターは俺の視覚で自分の姿をチェックをし、それと同時に、俺はエスターの視覚でバックミラーに写った自分の姿をチェックした。問題なし。
俺達は指定された一番左手のレーンに向かっている。
救命ボード専用のレーンである。
『一歩間違えれば、大惨事だな・・・・』
パワーピークメーターを見ながら、俺は呟いた。
ブラッゲは、専用レーンに向かう低速運行で、エンジンテストを兼ねた、フルブーストをかましている。制動用の逆噴射をかけながらの低速運行である。
『それはいつか、友弥がやったろ』
ブラッゲが答えた。
『制動バランスを保たずに、出港したあれ?』
管制塔との交信を処理しながら、レーダーに感知できる範囲内の障害物などの位置を確認し、ループ空間突入可能ポイントまでのルートを確認演算するマリネル。
『あれは、流石のアジス先生も頬が引きつってたな、前代未聞の仮想被害率で、死者が百二十人に達したそうだからな』
『うわぁー、それって、ドッグの三区画分程、完全消滅したってことだねー』
『しかし、そのお陰で最近、ドッグの安全性が見直されているようだな』
会話をしながらもエスターが俺の役割スケジュールを組み、転送してきた。ブラッゲとマリネルは、現地までのメインクルーであるが、俺とエスターも遊んでいられる訳ではない。ブラッゲや、マリネルのサポートをしなければならない。
『転送演算補佐ね』
俺はセンサー類を束ねて、自分の認識しやすい様に配置した。
『んじゃ、いくぜ』
専用レーンに到達すると係留時の予備タンクを切り離し、ボートの幻影率レベルを上げた。
一瞬だけ、俺の視界が揺らいで元に戻る。これで俺たちのボートは、デブリや隕石などの物理的な障害物を障害物として認識する必要がなくなる。ある意味、この時点で俺たちはこの空間に物理的には存在しないのと同じ状態になった。幽霊モードと誰かが言っていたが、解りやすい例えであると思う。幽霊は壁にぶつかることなしに、通り抜けてしまうからである。
俺達の認識速度が擬似的に高速化され、外部モニタに映るそれまで動いていた牽引ポッドが停止したように見えた。それどころか、周囲の光景もその色を変えていく。
このままだと認識速度が光速に近づいていく為、光の反射が停止したのと同じ状態になってしまい、結果として視覚には何も写らなくなってしまう。
しかし、一瞬のタイムラグの後、仮想視覚情報処理が追いつき、周囲の光景の色彩が蘇った。
ブラッゲが加速を開始した。
『思いっきり加速してくれていいからね、というか、してね、初期加速が足りないと今回のルートはきついから』
『まっかせとけー』
暗い宇宙区間を背景に誘導灯が流れるように後方に伸びる。
俺の脳裏に配置された管理センサーが異常な加速を感知し、警告を示していたので、警告の内容に会わせて、問題を解決していく。
やがて誘導灯が途切れて、俺達のボートは完全にフライト状態になった。
そして暫くの時間がたった。
『♪~~まだまだいくぜ~~』
アクセルハッピーなブラッゲが、表層心理通信で歌を歌っている。
『あ、懐かしいなぁ、それ、救難部隊トライフォーの主題歌』
マリネルが懐かしそうに、歌のタイトルを呟いた。確か第二期のやつだっけ?と続けた。
『うちのチームに、ログミールがいないのは残念だ』
『は、はう・・・』
エスターの冷ややかな声に慌てるマリネル。
『お前らの国のアニメ?』
『忘れて、忘れて、友弥』
『あーーーはいはい、ってこら、マリネル、断りもなく人の記憶領域に勝手に入ってくるな』
膨大な演算を行う必要がある後部座席の者は、前席の未使用記憶領域、つまり脳内の一時記憶に使用されるエリアを表層心理通信の機能の一部として、使用することが出来るのである。未使用領域というだけあり、通常の生活ではほとんど使われない領域らしいが、そこにゴミ情報として、記憶が反映される場合があるらしく、マリネルが先ほどの救難部隊なんたらが残っているか検索しに来たのだ。表層心理通信では個人の人格や性格を決定づけている情報や、個人的な記憶は全てアクセス不可であり、他者から読み取られることは出来ないのでプライバシーの問題は無いのだが、未使用領域に置いたデータを後部座席の者が消し忘れて、ふとした瞬間に自分の知らない情報が浮かんだりするのはあまり良い気分ではない。
『マリネル、そこのデーター、壊したら後で拳骨』
エスターがぼそりと呟く。いつの間に俺の脳みそに入ったんだお前は・・・・
『うわ、エスターに先に使われていた・・・・・ってなにこのデータ?』
『秘密のおまじない・・こら、解析するんじゃない・・・』
『むーーープロテクトかけてある、リードライトはエスターと友弥のみ可能か』
『お前ら、俺の脳みそで、何やってるんだ・・・っていうか、後でちゃんと消しておけよ』
『おーい。そろそろ、ループに突入するぞ』
ブラッゲの言葉に、マリネルがもう少しで解析出来たのにと呟いた。
『ボートの形状修正するぞ、いいか?』
『ああ、やってくれ』
俺は速度と重力干渉値に沿って、形状変化を行った。
『友弥の形状変化は、俺は気に入ってるんだよな』
『そうなのか?』
ループ空間に突入のカウントが始まっている。
仮想視覚の計器表示が、順次ループ空間の情報を示すそれに切り替わっていく。
『ああ、以前は変な形にしたりして、頭に来ていたが、今では痒い所に手が届くって言う感じかな』
『一家に一人は欲しいよね、肩叩きも上手だし、友弥は』
『ぷ』
マリネルの言葉にエスターが吹き出した。ミッション中に吹き出すとは珍しいことである。
『想像をしてしまった・・・・』
何をとは聞けなかった。
『一回目のループが始まるよ、5,4,3,2,1,入った』
視界が一瞬虹色に染まり、恒星の輝きにも似た輝きが不規則に動き回る空間に突入した。ループ空間内の疑似イメージである。
『消失まで15E9・・・マリネル、ミスったか?』
エスターが予定よりもかなり早く消失するループ空間にすかさず指摘した。
『え、えーーー・・・・・・・・・・』
『マリネルは、直ぐにルート再検討、俺と友弥で状況確認を全て受け持つ』
『んじゃ、俺はこのままぶっ飛ばすぜ』
『ああ、そうしてくれ、友弥、状況データを送る。このループの存在率再計算頼む』
『了解、共用域を使うぞ』
俺はエスターから送られてきた、状況データを確認しつつ、演算を開始した。計器の数値を見ながら、その値を計算ソフトに入力するようなイメージである。実際に使用されているのは、自分の脳と、ボートのメイン演算コア、そしてボードの仮想メモリーである。
『うわ!』
俺はそこに記載されている、数値を入力しながら、あることに気がついた。
『どうした?』
エスターが聞いてくるのと同時に、共用エリアの演算結果に目を通した。
『なるほど、こういう事か・・・』
『?何?』
『どうした?』
ブラッゲとマリネルも共用エリアの結果に目を通す。
『な、何これ・・・・いきなりブラックホールでも発生したの?』
『だから、先生はこういったとさ、【シールドを過信するな】、この速度で突っ込んだら、後はシールド頼みになるな、重力と時間の干渉波がきつすぎる・・・』
『だ、だけど、速度を落として、後十ループ追加して迂回すれば、何とかなるよ』
『・・・・・普通はそうするな・・・・』
エスターが考え込んだ。
『じゃあ、もう一度ルート検索をするね』
マリネルの言葉にエスターはやや遅れて、そうだなと呟いた。
暫くすると、マリネルがルート案を提出してきた。
『なんとか九ループで済みそうだけど、どうかな?』
マリネルが自信なさそうに聞いてきた。
『・・・・・・・・友弥、何やっている?』
エスターの言葉に俺はシールド負荷予想グラフと制御レスポンスの変化予想をマリネルの案の横に提示した。
『な、ば、おまえ、何を考えているんだ』
ブラッゲが絶句した。それもそのはず、俺の案は重力嵐が吹き荒ぶループ空間に突入するという事であった。
『これって、こちらとそちらを切り離して、質量を減らすっていうこと?一つのシールドに掛かる負担を軽減する?』
『論理的には、不可能ではない』
エスターが軽く検討しながら答えた。
『ちょっとまて、こっちはそれでも良いが、そっちが持たないだろ・・・そっちの操舵は繊細な作業をすることを目的にセッティングされているから、やたらと大変だぞ』
『これって、ボートのスリップストリームに入るってこと?』
『エーテル流を舐めてるだろ、友弥』
『エスター、俺がメインを勤めた時のセッティングを再現できるか?』
『可能だ』
『おい』
『大変なのは、そっちも同じだぞ、こちらには、ループ一回分の燃料しか持たない。後は全部そっち持ちだ。その他細々とした物も全て、そちらに移動させる。』
『一回目のループが終わったら、再度ドッキングして、再加速と燃料の補充を行うの?』
『俺様にとっちゃそんなの屁でもねぇ、俺が言っているのは、お前達の方にリスクがありすぎだって言ってるんだ』
『今回の統括指揮はマリネルだ、マリネルが決定すればいい』
エスターの言葉に、マリネルが言葉に詰まった。
『マリネル、不許可だ、ルートの再検討だ』
『・・・・・・・あのさ、前から不思議に思っていたんだ。なんで友弥は、危険に飛び込むことをするの?そこに危険があったら、必ずと言って良いほど、友弥は突っ込んでいくよね?それで、エスターもそれを支援するような事を言うよね。クラスのみんなは色々言うけど、考えてみれば、僕達って友弥の失敗でもの凄く沢山の事を知ったよ?そういうことなの?』
『・・・・・・』
『・・・・・友弥、言っても良いんじゃないか?』
エスターが静かに言ってきた。
俺とエスターは一つの取り決めをしていた。
失敗に対して、責める言葉は無視をするが、気が付いたならば素直に答えようと。
俺達が期待していたのは、俺達がやっていることを、その目的を二人が気が付く事である。
『俺達のやっている事って、人命救助の訓練だよな?』
『ああ、そうだ』
ブラッゲが答えた。
『俺は不器用でさ、【やってはいけない事】を体感しないと、なぜやってはいけないのか、どこまでならやっていいのかが分からない。だけど、ここに訓練がある。せっかくやってはいけないことを体感出来るチャンスがあるんだ、自分で見極めたいと思わないか?』
『・・・・・』
『例えば、重力嵐に見舞われている船の救助。そんな場合、教科書では、嵐が収まってから救助すると書かれているけど、重力嵐が収まるってなんだ?惑星や恒星、はたまたブラックホールやホワイトホールに、固定事象空間の重力嵐は、一時的に弱まりはするが、収まらないぞ?』
『・・・・』
『ブラッゲに分かり安く言えば、マニュアルには、ボート形状の人手変形は、原則として行ってはいけないと書かれているって知っていたか?変形時にモーメントの変化で、操船ミスをする可能性があるらしい』
『もしかしてお前・・・・時々ボート形状をいびつな形にしていたのって・・・・』
それまでは苦虫を噛みつぶしたような表情のブラッゲがあっけにとられた表情に変わった。
『ああ、どれがお前のスタイルに合っているのか、調査していた。あれでお前も自分に適しているボート形状と変更タイミングが分かったろ?ついでに、いきなり突飛な形にされても、モーメントの変化に対応出来るようになっている』
『ちなみに、それは俺の提案だ』
エスターの言葉に、ブラッゲが絶句した。
『お前は突発的な事象に対する対応がいささか甘い、昨日お前に言ったことは、全て、検証済みの事柄だ』
『・・・・・・俺の知らないうちに、俺は【やってはいけないこと】をやっていたっていうのか・・・しかも、さっき俺、誉めてるし・・・・』
ブラッゲが凹んだ。
『・・・・友弥って、失敗から学ぶ人?』
『本音を言えば、失敗なんかしたくない。アジス先生の言うことを守って、無難に成績を良くしたい。でも、そうして世に出て通用する世界だとは俺は思えない。何よりもこれは重要な事だと俺は思う。九ループの時間で人間は簡単に死ねる。一ループで三秒。その時間酸素が無くなったらどうなる?息を止めるか?何分までなら止められる?俺達に期待されているのは、最速で現地に着き、最速で救助し、最速で帰還することだ。ならば、自分たちが出来る最速の限界を知っておくべきじゃないか?』
言ってから気がついた。
そもそもこんな実習を受けて、一体俺は何の職に就くと言うのだろう?
あれ?なんか俺、凄く大きな勘違いをしていないか?
NASAにだってこんな宇宙船は無いぞ・・・・・多分・・・・・
『・・・・マリーネスアの学生時代の成績を知ってるか?』
悩んでいる俺をよそにエスターがいきなり訳の分からないことを言い出した。
『鞠音?』
ふと母の顔が浮かんだ。鞠音は母の名前である。
『マリーネスアだ』
俺の呟きにエスターが答えた。
『ああ、有名だな、最低だったって、当時の教師も無名ばかりで、操業開始時のサンダーバーズはほとんど声が掛からなかったそうだ』
ブラッゲが当たり前のように答えた。
『だけど、英雄だよ、不可能だって言われた、ミッションを何回も成功させた』
『おーい、機密事項、口走ってるぞ』
『大目に見る』
エスターが許可した。
『そうそう、どうせ、マリーネスアも友弥には何のことだか分からないしね、と言うことで、友弥案を許可するからね、僕の父様もこう言っていたんだ。生後二年間は、ものすごく悪戯をして飼い主を困らせることばかりする犬がいるって、でもその犬は三年目から、ぴたりと悪戯を止めて、すごく賢い犬になるって。それは、二年間で色々な体験をして、それを理解するから賢くなれるんだって。だからお前もその子犬に負けないように、失敗を恐れず、たくさんの失敗を経験して、たくさん失敗の原因を考えて、それを人生の糧としなさいって言ってた』
『だから、マリネルは子犬系なのか・・・・』
思わず納得してしまった俺の考えは、表層心理通信に乗ってしまった。
『ひ、ひどい、せっかく僕が綺麗に纏めようと思ったのに、友弥のばかぁ』
ブラッゲとエスターが大爆笑した。
『さて、方針が決まったら、腹を据えていこう』
エスターが仕切り直すように言った。
『じゃ、じゃあ、改めて、友弥案実行!』
マリネルが宣言すると同時に、新たなルートが提示された。
『行きにショートワープが一回、ロングワープが一回、帰りはスイングを利用して、帰るからロングワープ一回、ループは現在位置から行きが三回、帰りが二回』
『次のループでロングワープしてその次のループが勝負か』
ブラッゲが口笛を吹いた。
『次とその次の両方ね、あとポッドだと、姿勢制御の演算は追いつくと思うけど、操船が追いつかなくなる可能性があるから、気をつけてね』
『了解、エスター、こちらのセッティングのバックアップよろしく』
『それは、お前の頭の中に既に取ってある』
『準備良いな・・・』
『いや、以前にお前がセッティングを弄ったおかげで、失敗したことがあったからな、だから言ったろ、おまじないだって』
『もしかして、俺の脳内って、今までの失敗のノウハウが詰まってるのか?』
『ああ、先週からやっていたんだが、本人は意外と気が付かないものだな』
知らなかった・・・・
『友弥は天然なところがあるからな』
ブラッゲがからかう口調で言ってきた。
『ブラッゲ、お前のミスも全てお前の脳内に収納してあるが、気が付いていたか?』
『・・・・・な、なんじゃこりゃぁ』
言われて自分の脳内検索を行ったブラッゲが叫んだ。
『い、いつの間にこんな物が・・・』
『ブラッゲ、俺達、友達だよな』
『な、なんだその、生暖かい言い方は』
俺の言葉にブラッゲが嫌そうに顔を歪めた。
『ねぇ、僕の中のこれってなに?「痛くない、痛くない、痛くない」って書いてある』
『マリネルは記憶領域を空けておかないとならないからな、おまじないを書いておいた』
『『ショートワープ!』』
俺とブラッゲの声がハモった。
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