オーバー・ターン!

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2,賢くなりたい子犬たち

2-3

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 俺は目を覚ました。
 正面に白い天井、視界の隅にはカーテンが見える。最初ここがどこだか分からなかった。そもそも自分の名前さえ思い出せなかった。
 ベッド、そう、俺は頭からすっぽりと被せられるチュニック姿でベッドに寝かされていた。
 「あ、気が付いた?」
 起き上がりながら、俺は声の主を捜した。
 カーテンを開けて見覚えのある人物が入ってきた。第一保健室養護教諭である。手にペンライトを持っている。
 「はい、これを見ててね」
 養護教諭は人差し指を立てると自分の体の後方に移動させた。俺がそれを目で追うとペンライトの光が目の中に飛び込んできた。
 「ん、体の方は異常ないわね、覚えてる?自分がどうなったか」
 俺は頷いた。
 俺達は高速のまま、重力干渉波が吹き荒れるループに突入した。エーテル流に翻弄されて、ものすごい振動の中、目まぐるしく書き換わる姿勢制御値に追いつくのがやっとであったが、俺達はアジス先生の言葉の裏に隠された言葉に気が付いた。つまり、過信をしなければ、ある程度までは無理をさせても大丈夫であると言うことだ。俺達はその程度を模索しようとした。ボートとポッドを分離させた事に間違いはなかった。
 試行錯誤の結果、ボートとポッドの間隔がある距離になると、互いのシールドが干渉し合い、磁石の同極を合わせたかのような反発が俺達を襲った。俺達はかなり危機的な状況に陥ったが、しかし、それこそが俺達が模索しているものであったことに気が付いた瞬間、白い光が爆発して俺は気を失った。
 今までにない感覚であった。何よりも、シミュレーターで失敗しても記憶が混乱することはなかった。そう、シミュレータでの失敗は、まるでいつの間にか眠ってしまったかの如く、記憶が途切れるのだ。
 「なにが起きたんですか?」
 俺は素直に聞いた。
 「強制停止」
 「?」
 「ディッケ先生が、やる気がない奴は出て行けと叫んで、貴方たちのシミュレータを強制停止させたの、おかげで貴方達は、フィードバックする情報に対処できなくなって、脳が一時的にパンクしたっていうところかしら」
 「はぁ」
 「あら、反応が薄いわね、もっと悔しそうなリアクションを期待してたのに」
 「いつかやるんじゃないかと思っていましたから」
 「あら、そうなの?」
 俺は頷いた。あれほどあからさまに自分の意向を他人に押しつける人間があの場にいて、自分の言う通りにできない者に耐えられるはずがないと思っていた。だから、それをやられたとしても俺にとってはある意味予想の範囲内であり、悔しいとも残念だとも思わなかった。ただ一つ思うのは、今日の放課後のシュミレータ使用許可は取ってあった筈なので、その時に再度チャレンジだなということである。
 「でもね、その後が凄かったのよ、あのクールなアジス先生が、ディッケ先生に対して『貴様、何をしている!』って叫んだのよね、青筋立てて」
 「へぇ、それは見てみたかった、って先生、あそこにいたんですか?やたらと詳しいけど」
 「あら、シミュレータールームは完全管理されているのよ?当時の出来事も全て記録されているの、知らなかった?」
 知りませんでした・・・・・
 「でね、でね、そのあと、『貴様こそ、ここにいる資格はない、すぐに出て行け』って怒鳴りつけてね、もう、ディッケ先生が目を白黒させちゃって」
 ころころと楽しそうに笑う養護教諭に俺は引きつった笑みを浮かべた。
 「みんなは?」
 「もうとっくに気が付いて戻っているわよ、貴方が一番最後」
 俺は壁に掛けられた時計に視線を向けた。
 十二時を回るところだ。二時間目の授業をまるまるサボったことになる。
 「もう行っていいですか?」
 俺はベッド脇に置かれた俺の上履きを履いた、誰かが持ってきてくれたらしい。
 「ちょっと待って、こっちに来て」
 養護教諭が手招きして俺を箱形で覗き窓が付いている機械の丸椅子に座るように促してきた。
 「あなた、検査を受けるように言われたでしょ、時間かからないから、ついでにやっちゃいましょ」
 そういえば、アジス先生が第一保健室に行けと言っていたのを思い出した俺は、素直に丸椅子に腰かけた。
 「そこの覗き窓から、中を覗いてみて、何が見える?」
 俺は覗き窓から中を覗く。視力検査などで見かけた事がある機械に外見は似ていたが、覗いてみると、単に写真が見えるだけであった。
 「花瓶?」
 花瓶の写真が見えた。
 「色とか柄は?」
 「水色で、白い葉っぱのような柄」
 「ん、いいわよ、じゃあ次は?」
 写真が切り替わった。
 「犬?えと、茶色い子犬が芝生の上で黄色いテニスボールを咥えようとしている」
 「これは?」
 「虎縞の猫がソファーの上であくびをしている」
 次々と写真が切り替わっていく。
 「マッチョなお兄さんがこっち見て笑いながら、気張っている」
 Tシャツ姿の筋肉むきむきの男が、ポーズをとっている。ボディービルダーの大会の写真とかで良く見かけるポーズである。
 「じゃあ、最後にこれは?」
 「・・・・・・・えーと、赤いブルマー履いた女の子が校庭に立っている?って、今時ブルマーなんて、風俗ぐらいでしかお目にかかれないんじゃないですか?」
 あれ?この娘、どこかで見たことがあるぞ・・・・遠目ではっきりしないが、幻覚の美少女?
 「・・・・・・・」
 ふと顔を上げると、イタイ者を見るような視線の養護教諭がそこにいた。
 「え?なんですか?」
 「そういうところ、行ったことあるの?」
 「ある訳無いじゃないですか・・・第一そんなお金ありませんよ」
 「お金あったらいくんだ」
 「・・・・・・」
 勘弁してくれと頭を抱える。
 本音を言ってしまえば、行ってみたいです。はい、健全な男の子ですから。
 「まぁいいわ、とりあえず検査はこれでおしまい、ご苦労様、行って良いわよ」
 そう言った養護教諭は、直ぐに俺の服がない事に気がついた。
 「ごめんなさい、誰かに取ってきて貰うからちょっと待っていてね」
 俺は解りましたと答えた。
 「ところで、今のは何の検査なんですか?」
 「知覚検査」
 「?」
 「正常に、見た物を認知できるかの検査よ」
 「なんで俺がそんなのを受けるんですか?」
 「みんな受けてるのよ、入学の当日に、貴方だけ受けてなかったの、中途入学だったでしょ」
 ああ、なるほどと納得したとき、保健室のドアがノックされた。
 「失礼します、友弥、どんな具合ですか?」
 恐る恐る顔を覗かせたマリネルは俺の荷物を持っていた。


 友弥達が出て行くと、養護教諭は大きなため息をつき、机上の電話を手にした。友弥達を送り出した時のにこやかな表情はそこにはなく、張り詰めた表情をしている。
 コール三回で相手が出る。
 「はい、教頭先生、私です、今検査が終わりました・・・・・・」
 「ええ、かなり危ない状態ですね、崩壊しかけています。今でもかなりのストレスがかかっていると思われますし、このままですと、取り返しの付かないことになるかと・・・・ええ、周囲にも影響が出ていますね・・そうです、・・・はい、・・・はい、分かりました」
 電話を戻すと、養護教諭はカレンダーに視線を向けた。
 「今日が、土曜日か・・・・明日一日はもつわよね?」
 赤いマジックを手にして、カレンダーの月曜に丸をつける。その下にこう書き記した。
 【エフェクト解禁日】


 土曜日は午前二時限分の授業しかなく、半日で授業が終わる。
 特技科は全寮制なので、昼飯は食堂で食べることになるが、俺達はいつもの如く、マリネルの弁当を食べることにしている。
 食べる場所は決まっていないが、晴れた土曜は大抵、外で食べることになっており、今日は屋上で食べることになったらしい。
 屋上は自然の芝が生えており、高さが五メートルを超える木も植えられている。季節が季節なだけに、木々の緑と芝の緑が綺麗で、日の光に輝いていた。
 俺達の姿を見つけて、真ん中辺りの木の下に敷かれたレジャーシートに座ったブラッゲが手を振ってきた。
 「あーー、ブラッゲ、待っててって言ったのに、つまみ食いしてるー」
 「腹減って死にそうなんだよ」
 「だからって、サンドイッチの中身だけ、食べるのはやめてよー」
 俺はエスターに視線を向けると、エスターは背中を木の幹に預けて寝ていた。両手を胸の前で組み、考え込むような仕草でそのまま眠りこけている。
 俺はエスターの顔の前で、手を振った。
 「爆睡?」
 「ああ、みたいだな、考え事初めて直ぐに、そうなった」
 俺の呟きにブラッゲが答えた。
 「とりあえず、起こしてあげて、友弥。このままだとブラッゲに中身だけ全部食べられちゃう」
 俺はエスターの肩を揺すった。
 「エスター様、お起き下さいませ、早くお起き下さいませんと、ブラッゲ殿に、全て食べられてしまいます」
 何気なしに、そう言ったのは、エスターが身分の高い家の出身だろうと思っていたからである。身分の高い家の者だったら、召使いにこう言われて起こされるのだろうと、半ば冗談で勝手に想像してみたのだ。
 「うむ、ご苦労、心配するな、あれはああ見えても、己をわきまえている・・・」
 手羽元の唐揚げを摘んでいたブラッゲが吹き出した。
 ナチュラルに返したエスターが顔を上げ、俺を見た。その目が焦点を結ぶにつれて大きく見開かれる。
 あ、こいつの目って髪の毛と同じで濃い青が混じっているのか?と思っていると、いきなりそのエスターが仰け反り、辺りに重々しくも、痛々しい音が響き渡った。
 言葉にすると、「ごつん」と「ごがん」と「どす」が混じり合った音である。木も衝撃で枝が揺れている。
 「~~~~~~~~~」
 頭を押さえて悶絶するエスター。
 「何やってんだ?お前」
 「お、俺、寝ていた?」
 頭を抱えながら涙目で俺を見上げて来るエスター。
 「ぐっすりとな」
 あれ?なんか最近似たような会話しなかったか?
 「え、え、え、エスター、ほ、ほーーーーら、お前の好きな唐揚げだぞーーー」
 ブラッゲが俺とエスターの間に割り込み、手羽元を差し出した。
 「あ、ああ、・・・・」
 いきなりのことで戸惑っているエスターを尻目にブラッゲに押し出された格好で、俺は芝生の上を移動した。
 改めてレジャーシートに腰を下ろす。
 「ブラッゲって、エスターの従者?」
 小首を傾げて呟やいたマリネルにブラッゲが勢いよく振り向いた。
 「まさかだが、同郷のお前が突っ込んでくるか!」
 「え、えー?」
 「それって秘密なのか?かなり前から、そうじゃないかと思っていたけど?」
 マリネルが抱えているボックスから、サンドイッチを一つ手に取った俺は、聞いた。
 「な、そ、そんなことはな、ない、うん、ないない、こ、こんな口うるさい論理馬鹿な奴に従える騎士なんている訳がない」
 狼狽えて視線を彷徨わせるブラッゲ。
 「・・・・・騎士か、なるほど」
 俺はサンドイッチを咀嚼しながら呟く。マスタードがちょうど良く効いてて、美味い。
 「な、なんのことかなぁ、俺、腹減ってて何を言っているんだか、自分でもわからねぇや」
 俺はブラッゲの後ろを指した。
 「?」
 振り向いたブラッゲが見たのは、青筋を立てて鬼と化したエスターであった。
 「こんな、口うるさい、論理馬鹿、か、なるほどそうか、よーーーく分かった、ブラッゲ礼を言うぞ。己を見つめる良い機会だ、後でちょっと相談に乗って貰おうか」
 「あ、あの、怒っているように見えるんだけど?」
 ブラッゲの言葉に、喜んでるようには見えないよねぇとマリネルが耳打ちしてきたので、俺は頷いた。
 「ふん、余裕だなエスター、自分がどういう立場に置かれているか、理解しているのか」
 振り向くと、ペイゼル御一行がそれぞれ、たこ焼きパンを手に立っていた。もとい、ログミールだけは苺ジャムマーガリンのコッペパンである。
 「今日も、パン買ってきたの?」
 マリネルの言葉に、慌てたように、たこ焼きパンを後ろに隠すペイゼル。お前、どれだけたこ焼きが気に入ったんだ、っていうか、そのパンはたこ焼きとはほど遠い味だぞ。
 「はい、これ、ペイゼル達の分」
 バスケットの一つをムラウラが恭しく受け取った。
 トライとログミールは既に芝生の上に持参したレジャーシートを敷いて、その上に座っている。
 「感謝する・・・・」
 ペイゼルが素直にマリネルに礼を述べた。
 「気にしないでよ、土曜日はペイゼル達の分も作ってきてるんだから、食べて貰わないと、僕も困っちゃうよ」
 マリネルの言うとおり、いつの間にか半日の土曜日はペイゼル達も、一緒に食事をすることになっていた。それでも、如何にも食事をする場所を探していたところ、偶然に会ってしまいましたと言いたげな現れ方をするのである。エスターの解説によると、手にしたパンはその偶然を演出するためのアイテムなのだそうだ。
 「うちにも、お前の様な奴がいれば良かったのだがな、ログミールと交代して貰いたいぐらいだ」
 「同意見です、早いところ解雇していただけるよう、ご報告しておきます」
 「ちょっと待て、それは、どう報告するつもりだ・・・自分の手には負えないほどの放蕩を尽くしているからと報告するつもりではないだろうな・・・・」
 ログミールが視線を外し、コッペパンに齧り付いた。とりあえず手にしていたパンから食べる事にしたらしいが、意外にイチゴジャムマーガリンのコッペパンを気に入っているのが見て取れるログミールである。
 「お前、それだとまるで俺がまるっきり悪者ではないか、おい、聞いているのかログミール」
 いつもの土曜日の昼の光景である。いささか、やかましいが、俺はこんなやかましさが気に入っていた。
 ペイゼルの登場で、うやむやに出来たブラッゲもほっとした表情で、サンドイッチに手を伸ばしている。
 俺は視線を感じて横を見た。俯いたトライが髪の毛を食べないようにしながら、たこ焼きパンとサンドイッチを交互に食べていた。どことなく幸せそうである。
 トライは特に食事の時は幸せそうに食べるのである。
 俺は手にしていた唐揚げをモーションなしで、トライの死角から放ってみた。
 サンドイッチを取り分けるために置かれた、トライ専用のプラスチック容器の中に、唐揚げが音もなく収まった。ナイスコントロール。なのだが・・・・・・


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