オーバー・ターン!

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2,賢くなりたい子犬たち

2-4

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 音も無く飛び退り、姿勢を低くしたまま腰に手を当てたトライ。
 そして俺は、ペイゼルを押し倒し、俺からペイゼルを守るように前に出た格好のムラウラに視線を移し、次に額に手を当てているログミールに視線を向けた。
 「な、何をする、ムラウラ」
 ペイゼルが文句を言いながら、立ち上がろうとするが、ムラウラに押さえつけられていて、立ち上がれない。
 「何をなさいますか?」
 ログミールが静かに聞いてきた。
 トライとムラウラの不意を突いた一瞬に俺は唐揚げを放っていたのである。厳密的には、ログミールやペイゼル、それにこの場にいる者達全員の不意を突いた一瞬の筈なのだが、ログミールには俺が投げたのが唐揚げであり、その行き先はトライの皿であることを見抜かれた様である。何も問題ないと判断したから反応しなかったログミールだが、他の二人が過剰に反応したのである。
 「トライがこっちを伺っていたから、唐揚げが欲しいのかなと思った」
 「・・・・・」
 ログミールがトライに視線を向けると、トライは慌てて、立ち上がる。
 「あ、あはははは、お、おいしそうだったから・・・・その・・・」
 後の方は言葉が出なくなったトライにログミールはため息をつき、軽く頷いた。
 「なんだ、全く、って、お、俺のサンドイッチが潰れているぞ」
 やっとで解放されたペイゼルが自分の手元のサンドイッチの惨状を目の当たりにして呆然とした。
 「あーーびっくりした、すごい反応だったね」
 マリネルが胸に手を当てている。
 「まるでSPが要人を守っているような反応だったよな」
 俺の感想に座り直そうとしたトライとムラウラがこけた。
 ついでにブラッゲも吹き出した。
 「ブ、ブラッゲ汚い、こっちまで飛んできたよ」
 マリネルが慌ててティッシュを取り出して、顔を拭き始める。
 「ん?ああ、それはそうであろう、こいつらは・・・」
 潰れたサンドイッチを恨めしげに見ながら、そこまで呟いたペイゼルの言葉が途切れた。
 「ログミール、それはやりすぎだろう」
 エスターの冷静な言葉は、いつのまにか立ち上がったログミールが綺麗にかかと落としを決めたことを指摘していた。ペイゼルがシートの上で蛙のようにのびている。
 「いえ、守秘義務の重要性というものを体に教え込んでよいと、昨晩許可をいただきましたので」
 「友弥、お前も、そういう人を試すようなことは止めろ」
 エスターが俺に視線を向けてきた。
 「いや、本当のところ、全くそんなつもりは無かった、っていうか、俺も凄く驚いた」
 不意を突くことをしようとはしたが、それはあくまでも悪戯である。
 「単に唐揚げを手渡せば、すむ話ではないか」
 「いや、ほら、ああしたら驚くだろ?俺の予定では、驚いたトライと話をするきっかけを作ろうとしただけなんだけど・・・・・俺の方が驚いて、どうやって話を切り出すか、凄く悩んでいるんだけど、どうすればいい?」
 俺はトライに聞いた。
 「あ、あの、そのまま聞いてくれればよろしいかと・・・・」
 俺は思わず、手を叩いてしまった。ああ、そうか、今聞けばいいのか。
 「やっぱり友弥って、天然なところあるよね?」
 マリネルに言われたくない台詞の二番目に君臨する言葉である。ちなみに、一番目は子犬と言われることである。
 「じゃあ、いいか?さっき、ペイゼルが立場がどうの言ってたのって、あれ、なに?」
 トライが暫く考え込み、ペイゼルに視線を向けた。
 「あの、それを自分が言うと、ペイゼル様がお怒りになるので、ペイゼル様にお聞きいただけないでしょうか」
 俺は未だに蛙のように伸びているペイゼルに視線を向け、次にログミールを見た。
 「寝ていますね、残念です」
 サンドイッチを両手で摘み、リスのように頬を膨らませたログミールがしれっと答えた。
 「それなら俺が知っている、当事者だからな」
 エスターが答えた。
 「なんかあったのか?」
 「お前、天然だな、やっぱり」
 エスターの呆れたリアクションに少しだけ憮然となる。お前までそれを言うか。
 「どこぞの誰かさんが、教師特権を使って、シミュレーターを停止させた」
 「そう言えば、そんなこともあったね」
 わざとそう言ってみた。しかしエスターはさらりと流した。
 「その件について、緊急の職員会議が開かれている、未だに結論は出ていないようだが、かなり紛糾しているそうだ。議題はシミュレータの強制停止の正当性だ。シミュレーターを停止させるのには、危険が伴う。これを実行する意味はかなり重い。すなわち、シミュレーターの強制停止が必要なほど、生徒の生命が危険な状態に陥ったと判断された事になる」
 ここまではいいかと聞いてきたので俺は頷いた。
 「つまり俺達は、自ら生命の危険に晒す愚か者だと、誰かさんは主張している。そして次の問題は、強制停止させたのが監督教師ではなく、たまたま通りかかった教師だと言うことだ、つまり危険を犯す落伍者と、それを判断出来ない監督教師が今回の騒動を引き起こしたということだそうだ」
 「たまたま通りかかった?」
 「本人はそう主張しているらしい」
 「あそこって、モニターされてるって話しを聞いたが?」
 先ほどの養護教諭の言葉が思い出される。
 「まぁ、その主張に対しては、失笑を買っているらしいが、未だに通りかかったと主張しているらしい」
 「問題は、アジス先生?」
 「それとお前だ。ちなみに、今までシミュレータの強制停止を受けたチームは全員退学になっているそうだ」
 「あらら」
 「あららじゃねえよ」
 ブラッゲがゆで卵を剥きながら睨んできた。
 「あんにゃろ、友弥とアジス先生にターゲットを絞って来やがった、この二人が学校運営にいかに悪い影響を与えているかを力説していやがる」
 「おまえらさ、なんか凄く詳しいな、職員会議中の案件なんだろ?よくそんなこと知っているな」
 エスターが笑った。
 「流石だな友弥、この状況で気になることはそっちか、大物なんだか天然なんだか判断に苦しむところだが、俺はお前のそんな所を気に入っているぞ」
 「誉めてるのか?」
 「微妙な所だな」
 「誤魔化してはいるよな?」
 「・・・・・・・・」
 エスターが視線を逸らした。
 「すごいね、友弥って、エスターにひけを取らないんだ」
 マリネルが感心していた。
 「まぁ、詳しくは言えんが、対岸の火事ではないのでな、少々裏技を使っているのは確かだ」
 エスターが軽い咳払いをしてそう答えた。
 「と言うことは、それなりの対策は行っていると言うことでしょうか?と、実は心配でしかたがないのです、ペイゼル様は」
 ログミールがさらりと言った。
 「だ、誰がそんなこと言った、こんな奴らいなくなった方が清々すると言っているではないか」
 突っ伏していたペイゼルが跳ね起きると叫んだ。
 「保健室の前で心配そうに歩き回っていたのですが、エスター様、マリネル様、ブラッゲ様が出てきたのを見て、ほっとした顔で、それでいて顔を見られるのは恥ずかしいと、トイレに隠れたペイゼル様なのです。察してあげてください」
 ログミールの言葉に、顔を朱に染めたペイゼルが口をぱくぱくさせている。
 「そのまま友弥様が目覚めるつい先程まで、ずっとトイレから第一保健室の様子を伺っていたのですが、これは秘密にしておかなければならない事なのです」
 き、貴様、あれほど言うなと言っておいたろう、と狼狽えるペイゼル。
 「面倒をかけるなペイゼル、最悪のシナリオにならない様に努力はする」
 エスターが真面目な顔で言った。
 「お、俺は、ただ我が国の恥を晒したくないだけだ。前々から俺はディッケが教職に就いていることが気にくわんだけだ」
 俺はログミールを見た。
 「ぎりぎりセーフです、あのお方が私達と同じ国の出身であるのは、教職員プロフィールに記載されている事ですので」
 「強力なコネがあるそうだな」
 エスターの質問に、ペイゼルが憮然とした。
 「あいつのプロフィールに虚偽はない、ただし、後方支援登録以外は、全体の一パーセントに満たない、その少ない一パーセントのミッションは全て失敗に終わっている、要救助者が生還できたものはない」
 後方支援登録でも、プロフィールに記載することは許可されているらしい。
 「そんな人が、よくここの教師になれてるね」
 マリネルの素直な感想にペイゼルの顔が歪んだ。実に悔しそうである。
 「残念だが、奴には強力なコネがある、奴の両親、縁者が教育関係の重鎮だ、そして奴に甘い、その上奴自身、エレクアントの師範補佐免許をもっているが、こちらは実力で取っている、そして奴は体育の教師だ、基本的に体育の教師に救助履歴は無関係だ」
 エレクアントとは、一種の格闘技であり、ここでの授業にそれは組み込まれている。要救助者に紛れた暴漢などに対応するという名目の通り、柔道と空手、そしてマーシャルアーツを織り交ぜた、独特の格闘技である。ちなみに、俺達の授業では担任がディッケではないため、実際にディッケの授業を受けた事がない。
 しかし、そうか、師範補佐なのか。
 俺は興味が沸いてきた。
 「でも、あいつ面倒見は確かに良いと思う」
 俺の言葉に、ペイゼルを含む全員が驚愕の表情を見せた。
 「それと、師範補佐なのか、だったら受けてみたいな、あいつの授業」
 「あーーー、友弥エレクアント好きだもんね」
 マリネルがうんざりしたように言った。マリネルは大の苦手である。サンドバッグを殴ろうとして、足が滑りサンドバッグにヘッドバットをかますほどである。
 「うちの祖父が、道場の師範でね、ガキの頃から鍛えられている」
 へー、だから、体力あるんだねーと感心するマリネルをよそに、ペイゼルが額を抑えながら、低い声で呟く。
 「低脳な原住民には、事の重大さが分かっていないようだな、貴様が退学させられるかもしれないのだぞ、その元凶を誉めてどうする」
 「誉めたつもりはない、あいつを慕っている生徒もいるっていうことさ、所でトライ、唐揚げ食わないのか?」
 慌てて、トライが唐揚げを頬張った。
 一人五個は唐揚げがあったので、残りの四個に、俺の皿に乗っている一個を追加して手渡すと、トライが慌てたように、俺の分は貰えませんと言ってきた。
 「驚かせたお詫びだ、食っとけ」
 俺の言葉にトライが深々と礼をしてきた。
 俺は空を見上げた。透けるような青空である。
 「でも、そうか、もしかしてまたやっちゃったのかな」
 「また?」
 「あれ?マリネル、知らなかった?俺、前の学校を入学一ヶ月で退学になった」
 マリネルがエスターを見た。
 「初耳だ、何をやった?」
 俺はそこにいる全員を見回した。全員興味深そうな顔で俺を見ていた。本当に知らないらしい。
 「暴力事件、無抵抗な教師をぼこぼこに殴り、全治一ヶ月の重傷を負わせたらしい」
 「らしい、と言うことは、実際はそうじゃなかったということか?」
 エスターの的確な指摘に俺は腕を組み、うーーーんと唸った。
 「ぼこぼこに殴り、全治一ヶ月にしたというのは、本当かな」
 「そ、そうなんだ」
 引きつった笑いを浮かべる、マリネル。
 「俺としては、喧嘩を売ってきたのは向こうだし、ちゃんとした空手の練習試合だとも言われたんだけどな。血縁に教育委員会のお偉いさんがいたらしくて、いつのまにか俺が悪いことになっていた。俺みたいなひよっこにぼこられて、どうもプライドを傷つけられたらしい」
 「・・・・・・・・・」
 全員が黙りこくった。
 「そう言えば、今の状況に似てるね」
 あははと俺は笑った。
 「「「「「「「笑う所じゃないだろ」」」」」」」」
 全員に突っ込まれた。
 しかし、笑うしかない。それが俺の本音であった。
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