オーバー・ターン!

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2,賢くなりたい子犬たち

2-5

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 放課後のシュミレータ使用は全面凍結されてしまったことを教えてくれたのはペイゼルである。俺達のシミュレータ停止の件に関連した措置であるらしい。先程の実習内容を再度試みようとしていた俺達の計画は水泡に帰した。
 仕方が無いのでペイゼル達と寮に帰ると、居間で胡散臭い男が茜さんと酒を酌み交わしていた。
 「お帰りなさい、あら、みんな一緒だったの?」
 「ただいま戻りました、はい、シミュレータが全て使用不可となっていたので、洗濯物をためている者もいるらしいので帰ってきました」
 エスターの言葉に、ペイゼルが反応した。
 「な、お、俺は、貯めている訳ではない、一度にやった方が効率的だといっているだろう」
 ブラッゲも頷く。
 「あら、そうなの?でも、汚れ物は早く洗わないと、落ちなく物があるから気をつけてね」
 「あ」
 マリネルが居間の男に気が付いた。
 白いパンツルックで無精ひげを生やし、Yシャツの胸元を大きく開け、首からは金色のネックレスが下がっている。指にも金色の指輪をはめており、ぼさぼさの髪の毛から覗く耳にも金色のピアスが下がっていた。
 その如何にも胡散臭いですと言っているような男が、居間の西側ソファーに座り、手にウイスキーのグラスのような物を持っている。
 茜さんが北側のソファーで、グラステーブルの上に置かれた、氷、そして高級そうなウイスキーを自分のグラスに注いでいる。ちょっと待て、茜さん、それは、ロックとは言わないんじゃないか?
 ウイスキー8に氷が2の割合で、溢れそうなグラスに「おっとっと」などと言いながら、口をつけている。
 「ミ、ミリエ・オーガス!」
 ブラッゲが震える指で男を指しながら叫んだ。
 「あ、なに?俺のこと知ってる?嬉しいねぇ」
 手にしたウイスキーグラスを掲げてみせる。
 「お、おい、友弥、友弥、ほ、本物のミリエ・オーガスさんだよ、おい、どうする」
 ブラッゲの声にペイゼル達も居間を覗き込んできた。
 「ほ、本物!」
 ペイゼルが叫び、エスターまでも驚愕の表情である。
 「あら、みんなミー君のこと知っているの?」
 茜さんがのほほんとした口調で言った。
 誰だ?と考えた所で、そう言えば今朝、有名人が講師で来ると言う話しをしていたのを思い出した。その人物がそんな名前だったような気がする。
 「茜、ミー君はやめろって・・・・・」
 「あらー、昔はそう呼ぶと、喜んでいたじゃない」
 「よろこんでねーよ、ったく相変わらずだな・・・・」
 「あ、茜さん、お知り合いなんですか?」
 トライの震えた声。
 「あら、知り合いというか同級生?ミー君もここの寮生だったし」
 「そ、そうだったのですか」
  俺はムラウラ達が、サインを下さいと騒いでいるのを横目に見ていた。
 「す、凄いね、友弥、本物のミリエ・オーガスって初めて見た」
 そう言いながら、なぜかマリネルは俺の陰に隠れて、そのミリエ・オーガスをこわごわと覗いていた。完全に腰が引けている。
 「俺、洗濯に行きたいんだけど・・・・」
 「あ、うん、僕も行く」
 「いや、そんなに思いっきり裾を掴まれていると動けないんだが」
 「あ、ご、ごめん」
 慌てて手を離したマリネルだが、俺の陰に隠れたままであった。


 俺達は部屋に戻り、洗濯物を取り出した。今朝のトレーニングウエアと数枚の下着、それと今日着ていた制服のYシャツに下着、靴下等々、脱衣場から脱衣篭を持ち出して、その篭の中に突っ込んでいく。
 脱衣場に備え付けられている洗濯機に洗濯物を放り込んだ辺りで、エスターが脱衣篭を取りに現れた。
 「お前も洗濯か?早く持ってこい、一緒に突っ込んじまえよ」
 「ああ、ちょっと待っていてくれ」
 マリネルと俺の洗濯物では、少々物量が少なく、洗剤がもったいないと話していたところであった。しかし、エスターはブラッゲの洗濯物まで持ってきていたので、逆に一回では済まなくなってしまった。
 「お前ら、あっちにいなくて良いのか?なんか色々、話してくれているみたいじゃないか」
 籐椅子に座り、唸る洗濯機を見ながら俺はマリネルとエスターに聞いた。
 「えと、僕は、ちょっとああいう人って苦手だから」
 なるほど、人の影に隠れるほど苦手ですか。
 「俺は、いない方が話が弾むはずだからな」
 「なんで?」
 「俺とペイゼルは出身国が異なる事は言ったよな。ミリエ・オーガスは私と同じ国の出身だが、彼の所属する会社はペイゼルの国の会社となっている。ここで問題なのは、俺もペイゼルもそこそこ権力を持つ者の跡取りだということだ。何かと気を遣うのさ、ペイゼルがね」
 「なるほど」
 「そういう友弥はなんで?」
 「俺がいたら、それこそ伏せ字のオンパレードになるだろ」
 エスターとマリネルが気が付いたように笑った。
 「確かに、そうだね」
 「ああ、でも、月曜日にはその心配もなくなるみたいだな」
 「?なんかあるのか?」
 ブザーが鳴って、洗剤洗いが終了したので、俺は中の洗濯物を、隣の洗濯機の中に入れていく。マリネルが水道の口を開き、すすぎの用意をした。全自動ではないので、逆に複数台を使ってこのような事が出来る。そして、洗剤を入れた桶に浸け置きしていた洗濯物を洗濯機に放り込む。
 「ああ、知覚解放されるらしい」
 「一学期まだあるよ?」
 マリネルがすすぎの様子を覗き込みながら、ちらりとエスターに視線を向けた。
 「知覚解放?」
 「ああ、俺達は知覚制限されている。本来は国際条約で禁止されている措置だが、限定的に機密保持と円滑なコミュニケーションの観点からここでは使用が許可されている」
 「そうなのか?」
 「ああ、例えば、お前上級生って見たことあるか?」
 「・・・・ない」
 それこそ、俺の違和感の一つであった。俺はこの六年制の高校に編入してから、上級生を見たためしがない。
 ・・・・ちょっと待て、六年生の高校だと?なんか変じゃないか?
 いや、別に変ではない。ここでは、当たり前のことである。俺は自分の知識からそれが当たり前だと言うことを知っている・・・・・・・・・・
 「それが、知覚制限だ、見える物を見えなくする。もしくは、見ても当たり前だと思う」
 「へぇーーー、そんなこと出来るんだ・・・って、え?国際条約禁止の措置?」
 「そりゃそうだよ」
 とマリネルが答えた。
 「だって、知覚を弄るって言うことは、そこにある物を見えなくさせたり、本当なら嫌っている相手を好きになったりと、相手を自分の思い通りにできるってことだよ、そんなことおいそれとやられちゃ大変なことになるよ」
 なるほど、それは確かに怖い。
 「もしかして、俺ってかなり強烈な知覚制限がかかっているのかな・・・・」
 「悪いが、それについては、月曜日までノーコメントだな」
 エスターのその言葉は、俺の疑問を肯定しているのと同じである。
 「でもいきなりだよね、一学期の最後にそれって行われるんじゃなかったっけ?」
 「さてね、そこまでは知らない」
 暫くすると、洗剤洗いが終わったので、こちらもすすぎ洗いを始めた。そして先にすすぎ洗いを始めていた洗濯機を脱水にして、俺達は洗い上がった洗濯物を篭の中に放り込んでいく。
 「んじゃ、先にこれだけ干してくる」
 「ああ、宜しく」
 マリネルとエスターを残して篭を持ち、脱衣場を後にした。
 洗濯物を干す場所は二カ所用意されている。一カ所は庭のブラッゲとマリネルの部屋の前、二カ所目が二階のちょうど居間の上辺りに設置されている木製のベランダである。
 俺達は、自室に近い庭を利用していた。縁側から庭に降りて、物干し竿を雑巾で拭き、洗濯物を干していく。下着類は専用のハンガーに吊していく。俺以外、エスターもマリネルもブラッゲもブリーフタイプである。トランクスは俺しかいない。次々に干していくと俺の手が止まった。褌、しかも越中。エスターか?
 「どうした?」
 エスターが篭を抱えて庭に出てきた。
 「これ、お前のか?」
 「ああ、意外といいぞ」
 「どこで買ったんだ?こんなもん」
 「購買部にあった」
 侮れない、特技科購買部。
 「しかしお前、五枚ももっているのか」
 「いや、十枚以上あるぞ、今も履いている」
 「・・・・・」
 「使ってないやつが何枚かあるから、使ってみるか?やるぞ」
 「いえ、けっこうです・・・」
 「これで最後だよー」
 三つ目の篭を抱えてマリネルが現れた。
 「この後、どうする?」
 洗濯物を干し終えると、エスターが聞いてきたので、俺は少し考えた。いつもならば、放課後は必ずといて良いほどエスターと二人でシミュレータの利用許可を取り、遅くまで失敗を繰り返し・・・・もとい、遅くまで失敗の原因を突き止めていたのだ。ブラッゲとマリネルは、参加したりしなかったりと、それぞれであったが、エスターは決して二人に強制はしなかった。
 そのシミュレータは今日明日と使用不可となっている。
 「母屋の道場、空いてるかな?」
 「聞いてみるか?」
 俺の言葉に、エスターが携帯を取り出したので、俺は宜しくと答える。
 「ぼ、ぼくもいい?」
 珍しくマリネルも参加したいと言ってきた。
 「まぁ、あそこに今から戻るのも、勇気がいるしな」
 居間の方からは歌声が聞こえる。障子が開いていて中が覗けるのだが、いつの間にか宴会状態になっている。どこからどう見ても、酒が入った状態としか見えなかった。流石に俺でも、あの中に入っていくのは躊躇する。
 「松の間が空いてるそうだ、俺達しか使う者はいないそうだが、二時間でいいか?」
 「多分、それだけあれば、マリネルはぼろ雑巾のようになれると思う」
 「え、えーーー、や、やっぱり遠慮しようかな・・・・」
 俺達は尻込みするマリネルを抱え上げて、母屋の道場に向かった。


 道場は敷地の中に二つあり、それぞれ、松の間、竹の間と名が付いていた。
 正式名称は別にあるらしいが、いつの間にか松と竹が定着してしまったらしい。
 二つの道場は隣接して建てられており、離れからは中央西に位置していた。つまり、門の前を横切り、母屋の玄関を右手に見て、北西方向に続く小径を進むと道場の入り口となる。
 松の間は畳敷きの高級な道場である。敷いてある畳はよく見かけるプラスチック製ではなく、本物の畳である。ものすごい贅沢だと俺は力説したが、どうやら、エスターもマリネルも今ひとつ理解していないようである。
 そもそも、道場というのは板張りであるというのが俺の常識であったのだが、板張りの道場で受け身を取る練習をするのは、非常識であるらしいと最近気が付いた。
 俺は自宅でも着ていた道着を四組持ってきていたので、その一組を着ていたが、マリネルとエスターは先ほど洗濯をしてしまったらしく、体操服であった。道着を一着しか持っていないのも非常識ではないと気が付いたのはついさっきであった。
 俺達は柔軟から初めて、組み手、押さえ込み、投げ、打撃の練習を行った。マリネルの驚くほど硬い体を俺とエスターでときほぐそうと奮闘したのだが、マリネルがマジ泣きしそうになったので、やめておいた。
 一通りの練習が終わった後、まだ時間が中途半端に残っていたので、俺達は余った時間でゲームを始めた。
 「もういちどぉーーーー」
 マリネルが震える膝で、やけになり俺に組み付いてきた。
 「はいはい」
 俺は腰を少しだけ落とした。
 「!」
 俺に組み付いたままの格好でマリネルが畳に転がる。
 「く・・・・・悔しすぎる・・・・・」
 肩で息をしながら、涙目でマリネルが振り向いた。
 「友弥の鬼ぃ・・・ちょっとぐらい投げられてもいいじゃないか」
 「いや、それだと、俺が負けることになるし・・・」
 ゲームのルールは単純である。二対一で俺が畳みに投げられたら、俺の負け、規定時間耐えたら俺の勝ちとなる。
 ちなみに罰ゲームが用意されており、負けた方は、ペイゼルの前でたこ焼きを美味そうに食べるという、ペイゼルのリアクションが目に見えるだけに、とても厭な罰ゲームである。
 俺の死角をついてエスターが組み付いてきた。
 エスターの投げに合わせて、空中で身をひねり、畳の上に難なく着地する。
 「そ、それは卑怯だぞ」
 汗だくのエスターが叫びながら又投げてくるので、これも空中で身をひねる。
 「そ、そんなの・・・・げほげほ」
 「あーーーはいはい」
 俺は咳き込んだエスターの背中を叩いた。
 「時間だ、俺の勝ちね」
 ちらりと道場の時計に視線を向けて宣言した俺の前で、エスターが膝をついた。
 「俺は組み手はいまいちなんだけどな、なんで投げれないかな」
 「い、嫌味にしか聞こえないぞ」
 「祖父は横に置いておいて、うちの道場の師範は俺程度の奴だったら、ぽんぽん投げるぞ」
 「い、一緒にするな、くそ、ブラッゲを連れてくれば良かったか」
 「あーブラッゲは良い動きするからね、でもブラッゲの基本は刀剣類だろ?投げは不得意だよね」
 エスターが激しく咳き込んだ。
 「な、何でそんなこと分かるんだ」
 「立ち振る舞いが腰の武器を中心に動いてるから、もう少し、注意して動かないとって言おうと思っていたんだけど、余計なお世話かなと思った」
 「い、いや、ぜひ言ってやってくれ」
 「んじゃ俺は、大家さんに挨拶してくるから、先に掃除しておいて」
 息も絶え絶えに分かったと手を振るエスターとマリネルを後にして、俺は道場から出た。
 この道場は直接母屋に通じる廊下もあるが、ビジターの俺達は外から回り込み、母屋に行くのが礼儀であった。
 「おや、もうそんな時間かね」
 道場から出た俺はいきなり横手から声を掛けられて驚いた。
 割烹着にほっかむりをした背の低い老婆が竹箒を手にしている。この屋敷の当主であっり、大家の大石静さんである。
 「あ、はい、ありがとうございました、ご挨拶に伺おうと思っていました」
 「ああ、そうかい、ご苦労様」
 ちらりと道場の中を覗き込む大家さん。
 「あんた達らは、言われなくても掃除をするね、いつも感心しているんだよ、これでもね」
 「使わせて貰っているんですから、それに、道場の掃除はほとんど条件反射なので」
 俺は大家さんにつられて、道場の中に視線を向けた。
 「・・・・・・・」
 赤いブルマーをはいた黒髪の女の子がこちらにお尻を向けて、四つん這いになり、畳をから拭きしていた。
 俺は頭を振り、目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。
 「どうかしたかい?」
 ゆっくりと目を開けると、短パン姿のエスターが畳をから拭きしている光景が目に写った。
 「い、いえ、なんでもありません・・・・たぶん。絶対に・・・・なんでも無いんじゃないかな?」
 大家さんは俺に視線を向けてきた。
 「まぁ、お前さんが、権蔵の孫だっていうから、そこら辺は大丈夫だとは思っていたがね」
 「祖父をご存じですか?」
 少しだけ俺は驚いた。
 「ああ、本来なら、お前さんは私の孫になるはずじゃったからな」
 「は?」
 なんですと?今さらりと凄いことを言われなかったか?
 「珠美は元気か?」
 「祖母ですか、はい、この間、旅行に行ったらしくて、その感想を便箋二十枚に書いてきました」
 元気なら良いと大家さんは呟いた。
 「空いている時間なら、また使いに来ると良い、待っているぞ」
 そう言うと大家さんは掃き掃除にもどった。

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