オーバー・ターン!

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3,異星人で異性人

3-6

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 俺の話に耳を傾けていたエスターがゆっくちと立ち上がり、俺の頭をそっと抱きしめてきた。
 エスターの柔らかい胸に俺の顔が埋まった。
 「つらい思いをしたのだな・・・・」
 俺はエスターの行動に焦った。
 しかし、なぜエスターがそのような行動に出たのかその胸元に顔を押しつけられて初めて理解した。エスターのブラウスが濡れたのである。
 涙を流していたのだ。俺は。
 自覚はなかったが、当時のあまりの悔しさを思い出し、涙がこみ上げてきていたのだ。
 「お前が、あの時笑って誤魔化したのは、そうするしか手はなかったからなのだな。すまないな、そのことに気づきもせずに、お前につらいことを語らせてしまった」
 「・・・王族は・・・」
 俺は鼻をすすり上げた。
 「・・・王族は謝らないんじゃないのか?」
 「そうだ、謝らない。今のはお前の気のせいだ」
 「・・・・・・」
 「オフレコということだ」
 エスターの心臓の鼓動が感じられた。暖かい鼓動であった。だんだんと俺の心が落ち着いてきたのが解った。
 「・・・まだ先があるけど、聞くか?」
 俺の言葉にエスターはとても優しい声で答えた。
 「ああ、聞かせてくれ」


 誰も逆らう事はしないと教師が言った。
 しかし、その教師の言葉に反して、俺の退学に異を唱えた者がいたのだ。
 それが驚いたことに、空手部の部長であった。
 彼は顧問の性格を知っており、その時一緒にいた部員の事も十分に知り尽くしていた。彼らが無抵抗の者を殴る事はあってもその逆はあり得ないとして、俺に話を聞きに来たのだ。
 「で、事実を知った部長が、それを学校の中庭で暴露したらしいんだ・・・・」
 エスターは俺の頭を撫でながら聞いていた。
 「結果、部長も退学になったらしい。で、その後、俺は部長の両親に怒鳴り込まれた・・・・」
 お前のせいでうちの子が退学になった。どう責任を取るつもりだと部長の両親に俺は詰め寄られたのだ。俺は事実を語っただけである。それを責められた。
 しかし、俺が責任を取れる問題でもない。それでも腹の虫が治まらない部長の両親は、俺の両親を含めて俺達を責め立てた。一週間近く毎日である。それ知った当の部長が現れ、自分の両親と怒鳴り合い、そこは醜い言い争いの場になったのだ。
 うちの両親と祖父母はもともとこちらに否があるわけではないとして、涼しい顔で聞き流していたのだが、目の前で親子の骨肉の争いが繰り返された。
 本物の悪人を知りながら、それについては目を逸らし続ける親と正義感の塊のような部長の言い争いは平行線をたどり、ついには親子の縁を切るという話にまで至ってしまい、実際に部長は家を出たらしい。
 その後、俺の母の勧めで、とある高校に奨学金で復学は出来たらしいが、未だに家とは絶縁状態だという。
 それで、俺は懲りたのだ。
 「だからかな・・・・今回もあんな目に遭うぐらいなら、ひっそりと消えていった方が身のためだと思っていたのかもしれないな・・・・・・・・」
 エスターの大きなため息が聞こえた。
 「お前のその若者っぽくない考えは一体どこで習ったのか知りたいモノだな」
 「俺の両親の教育結果?」
 「ご両親のせいにするな」
 言い切ったエスターであるが、俺の両親は祖父母以上にとぼけた性格なのである。このことをエスターに言っても理解しがたいとは思うので、あえて反論はしない。実際に会えば俺の言葉が理解出来るとは思う。
 「しかし、お前は少し考え違いをしているな。このままお前が黙って消えたら、それこそ取り返しの付かないことになるぞ。例えばブラッゲだ。あいつの正義感はその部長並だ。私が奴の手綱を引いているおかげで今のところは大人しくしているが、このままだと、奴はディッケを斬り殺す事になるぞ」
 かなり物騒な事を言い出すエスターである。
 「冗談ではない。奴の母は我が母の第一騎士だ。その第一騎士に育てられた奴は正義感だけで生きていると思って構わない。そして、奴はディッケの様な不正を行う者を粛正する権利を持っている。もっとも、ここでディッケを奴が殺したら、その責は私にあると言うことになるが、それは些細な問題だ」
 些細な問題なんですか?
 「危ないのはマリネルも同じだ。奴が暴走してディッケの不正を暴こうとしたら、それこそ我が国始まって以来のサイバー犯罪に繋がりかねないぞ」
 エスターは言葉を切った。そして続ける。
 「一番厄介なのがペイゼルだ。奴は今回の事を一番気にしている。あいつのプライドはお前が思っている以上に高い。今は私の顔を立てて、私に全てを一任した形になっているが、自分の目の前で行われている自国の不正をあいつが見逃すはずもない。ディッケは奴を甘く見すぎている。いいか友弥、ペイゼルは自分を舐めた相手を許すことはしない。徹底的に叩き潰すのがペイゼルだ。そして、その対象は時に見境が無くなる。例えば、ディッケが在籍していたこの学校ごと叩き潰すことをもやってのける。それが私の知るペイゼルだ。そうなったら、ここに在籍している生徒はそれこそ、行く当ても無くなる訳だ。お前に対する八つ当たりは以前の場合と比べても相当なモノになると思うが?」
 エスターが淡々と俺に語った。
 今のエスターの言葉が冗談だとは思えなかった。
 確かにそうなってしまうかもしれない。
 特にペイゼルは、言われてみれば姫という立場にいながら今回の事に関して実行動にでていないと思われる。それは昼食時にエスターとの会話の中で、今回の事は全てエスターに不承ながらも一任したからであろう。それがこのまま、俺が何もしないで退学になったら、それこそ怒り心頭に達するかもしれない。その結果、エスターの言葉通りになってしまう可能性は否定できない。
 みんなの怨嗟の声が聞こえた気がした。
 「お前が逃げたばかりに、招いてしまう事態をお前は考えたことがあるのか?」
 「逃げる?」
 「そうだ、自覚は無いか?お前は逃げている」
 言われて気がついた。確かに俺は逃げている。あの辛い思いをまた経験したく無いと思っている。それが逃げていると言われれば、確かにそうである。
 「戦った結果、負けたのなら、それは素直に受け入れられる、しかし、戦わずして逃げた場合、その事を受け入れられるのか?少なくとも私の知っている矢田貝友弥という人間は、戦う事を選ぶと思っていたが?」
 「・・・それは、買いかぶりすぎだ。そもそも、勝てない相手には逃げるしかない」
 「しかし、そのままでは終わるまい?勝てる状況に持って行こうと努力するのがお前だ。例の教師についても、まだ諦めた訳ではないだろ?今はまだ充電期間かもしれないが、お前はまだ諦めていない」
 俺は苦笑した。なんだよそれと思う。どれだけ根暗な人間だと思われているんだ俺は。
 日々の出来事を復讐ノートにつけている根暗な人間じゃないぞ、俺は・・・・・しかし、エスターの言うとおり、俺はまだ諦めていないのは事実である。
 そのための布石も既に打ってはいる。
 「もし、お前が戦うと言うのならば、私もお前の横に立とう」
 エスターが体を離し、俺の目をまっすぐに見ながらそう言った。
 「お前が倒れそうになれば、手も差し伸べよう。お前から見て私は頼りなさそうに見えるかもしれないが、これでも少なからず骨肉の権力争いを経験してきている女だ。そこら辺のノウハウは持っている。しかし、これはお前の戦いだ。お前自身が戦いに赴かねばならない。どうだ?矢田貝友弥、お前に戦う意志はあるのか?」
 エスターの青みがかった瞳が俺を写し出していた。
 俺の答えは既に出ている。エスターにもそれは解っている筈だ。
 しかしあえてエスターが聞いてきたのは、俺にその答えを言わせて、自覚を促すためであると解っていた。
 解っていたからこそ、俺はその言葉を口にするのが悔しかった。
 しかしその悔しさと葛藤している俺を見て、エスターが柔らかく微笑んだ。
 今までに見たこともないそれは慈愛に満ちた女神の微笑みであった。
 その笑顔は凶悪ともいえた。
 普段が厳しい雰囲気を漂わせている美少女の包み込むような優しげな微笑み。その破壊力は宇宙創生の大爆発にも匹敵した。
 だから俺は【戦います。フォローの程、よろしくお願いします】とエスターにお辞儀までしてしまったのだ。
 エスターはどことなく安堵した表情を一瞬だけ見せ、横柄に頷くと椅子に座り直した。
 そして深呼吸をすると、計画の内容を話し始めた。
 その話は不愉快な話と愉快な話が混在していたが、結果的には愉快さが多めであった。


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