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3,異星人で異性人
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部屋に備え付けられている電話が鳴った。
俺とエスターは互いに顔を見合わせて、電話に視線を向けた。
ちょうどエスターの話が終わり、内容の検討をしている時であった。
「祐子さんかな?」
俺は受話器を上げた。ディスプレイに内線であることと、その番号が示されているが、そもそもその番号がどこのモノなのか俺には解らなかった。
『もしもし?友弥?』
マリネルであった。
「ああ、マリネルかどうした?」
エスターに視線を向けると俺の通話相手が誰か分かったらしく、頷いてきた。
『どうしたのじゃないよ、酷いよ、昨日のデザートの抹茶アイス、僕も食べたかったのにぃ』
「お前熟睡していたからな、ってそんなことで電話してきたのか?」
『そんな事じゃないよ、食べ物の恨みは怖いんだからね、と言うわけで、僕に抹茶アイスを買ってくれること、いい?』
「話が見えないが、安いやつならいいぞ?」
電話の向こうで、マリネルがやったーと叫ぶのが聞こえた。
なに?お前だけか?と言う声も聞こえた。
『友弥、私にも奢れ』
聞いたこともない女性の声が聞こえた。少々ハスキーな声は、ブラッゲであろうと推測した。
「ブラッゲか?」
『そうだ、ブラッゲ様だ、と言うことで、荷物運びの駄賃に奢れ』
「荷物?」
『ああ、エスターの着替えとお前の着替えだ』
俺は後ろを振り向いた。受話器の通話側を手で押さえる。
「エスター、ブラッゲに着替えを頼んだ?」
「ああ、それか」
エスターが椅子から立ち上がると、手を差し出してきたので、俺は受話器を渡した。
「私だ、今どこにいる」
エスターがブラッゲと二、三言葉を交わすと直ぐに受話器を置いた。
「友弥、購買部にいくぞブラッゲ達が待っている」
「ああ、わかった」
この宿泊施設は、校舎の北東側に建っているため、購買部までは校舎を迂回していかなければならない。俺達は、部屋を出ると、肩を並べて歩いた。
学内は生徒達が走り回る姿が多々見られ、大工仕事でもしているのか、あちこちから釘を打ち付ける音が聞こえてくる。
そんな騒々しい校舎を見上げると、屋上から枝を伸ばした木の枝が見えた。そういえば、屋上にあんなに大きな木があるのも非常識だなと今更ながらに気がついた。
「そう言えば、テリエも祐子も、お前が購買部で酷い目にあいかけたと言っていたが、何のことだ?」
「あー、あれか、世紀の美人がいて、それを写真に撮ろうとした集団に囲まれたというやつ」
俺の言葉にエスターが、驚いた顔をした。
「そうなのか、お前以上の美人がいるというのか、信じられないが本当ならそれは見てみたいな」
あの、エスターさん、今なんか仰いました?
俺は歩きながらエスターを見た。凄く間抜けな顔をしていたのだろう。エスターは気が付いたように言った。
「もしかして、囲まれたのが、お前か?」
俺は頷いた。
エスターは大きくため息をつき、やれやれと額に手を当てた。
「この天然め」
そう言いながら、エスターは歩を早めた。
「あのさ、天然とかそう言うのは、横に置いておいて、祐子さんも、普通のそこら辺に転がっている一山いくらの男子レベルだという認識なんだけど」
「それは祐子に見る目が無いからだ」
また、ばっさり来ましたよ。
「誰が行き遅れだー、姉上様に遠慮して結婚しないだけだぞ!」
建物の陰から、祐子さんがバットスプロケットを振り回しながら、三名の女子生徒を引き連れて飛び出てきた。
「な、何やってるんですか?」
俺はいきなり登場した祐子さんに驚いた。しかも行き遅れだとか言ってないし。
「パパラッチ退治、歓迎会の準備をそっちのけで、どっかの幻の美少年を探してうろつき回る奴らを、本来の仕事に叩き戻す重要な役目、生徒会長と教頭及び各部の部長達から風紀委員が対処してくれと、頼まれた」
「風紀委員?」
「私が顧問」
「・・・・」
バットスプロケットを振り回す風紀委員の顧問って一体・・・・・しかし、確かに祐子さんの後ろでエスターを前に跪いた先輩方の腕には風紀と書かれた腕章が付けられていた。
「で、どこに行くのかな?お姉さんが護衛して差し上げましょう・・・ってその前に、この娘達に立ち上がってもいいように言ってくれないかしら?」
エスターの【面を上げよ】という台詞で、三名の先輩方は立ち上がった。
初めて生で聞いた【面を上げよ】という台詞に俺は感動していた。普通に生活していたら、聞くことはない台詞である。本当に言うんだ・・・・・・
またエスターのその台詞を口にした態度が如何にも言い慣れているのにも俺は感心していた。
俺達は連れだって購買部に向かった。
途中、何回か祐子さん達の姿がかき消え、逃げ回る女性の悲鳴と地の底から聞こえてくるような笑い声、そして、ガラスが割れる音などが聞こえて来たが、俺達はそれを無視して進んだ。
同じように三名の風紀委員の先輩の熱い視線が後頭部に突き刺さっていたが、俺は気がつかないふりをした。
購買部に到着すると、祐子さんは俺達にウインクをして、名残惜しそうな先輩方を引き連れてどこかへと消え去っていった。本当に護衛をしてくれたらしい。
購買部の中には、先ほどに比べて明らかに多くの生徒がいた。マリネル達は、店舗前にいるのかと思ったのだが、姿が見えなかったので、中に入ったのだが、ざっと見渡して姿が見えない。
マリネルは棚に隠れるとしても、ブラッゲの頭の先ぐらいは見えても良いのだがと探していると、とら姉さんが大股で近づいてきた。
「おう、こっちだ」
俺達を先導してとら姉さんがバックヤードへ案内してくれた。
「見たか?あそこにいた客がみんなお前のことを見ていたぞ」
エスターが含み笑いをしながら、俺に言った。
「ほとんどが、お前を見て、慌てて跪いていたよな、土下座していた奴もいたぞ」
「・・・・・この話は、後にしよう」
同感です。
バックヤードは思ったよりも明るく、売り物を梱包してあるだろう荷物が大量に置かれていたが、そこそこ広いスペースを確保していた。
そのバックヤードに置かれた広いテーブルの椅子にマリネルが腰掛け、金髪ジャギーの野性味溢れる顔つきの美少女が直立不動で立っていた。
俺は慌ててエスターの袖を引っ張った。
「おい、やっぱり、ブラッゲも女なんだな、あれが、ブラッゲだよな」
「そうだ、あれがブラッゲだ・・・・・しかし、予期せぬ事態だな」
「聞きたくないけど、聞いておく」
「マリネルが男だとは知らなかった・・・・・」
「なにぃ、お前、あいつを知っているんじゃなかったのか?」
「世紀の大天才の名前を知っているだけだ、性別までは知らん」
俺達に気が付いて、マリネルが手を振ってきた。マリネルは昨晩見たときとあまり変わらないように見えた。対して美少女版ブラッゲは、硬い顔で直立不動である。
俺達は二人の元に、向かった。
「んじゃ、仕事に戻るぞ、話が終わったら声を掛けてくれ、奥にいるからな」
「ありがとうございます!」
ブラッゲがとら姉さんに深々と礼をした。
「ぶ、ブラッゲが礼をしている!」
俺の驚きの声にマリネルが、わー、やっぱり友弥にも受けたとはしゃいだ。
「どうしたんだ、厚顔無恥、傍若無人が信条のお前が」
「ば、馬鹿野郎、トラミナ様が直々にお声を掛けて下さったのだぞ、お前も礼ぐらいしろ」
俺はエスターを振り返った。
「トラミナは元近衛隊の副隊長だ、ブラッゲの元上司に当たるが、ブラッゲでは話しも出来ない立場にいた人物だ。ブラッゲの尊敬する人物だそうだ」
俺の耳に聞こえる程度の声でエスターが教えてくれた。
「と言うことはお前の知り合いと言うことか?」
「ああ、そうだ、しかしあれはここでの私の立場を理解しているから、私に無用な礼などをしたりしない。あえて私に視線を向けてはいなかったであろう?」
「いや、そうじゃなくて、・・・」
俺はなお一層エスターに近づいて囁いた。
「さっき、言い忘れたけど、とら姉さんって、俺の兄弟子で、祖父の内弟子だったんだけど・・・・知ってた?」
「な、なにぃ!」
俺はエスターの口を塞いだ。
「なになに?二人で内緒話?」
マリネルが声を掛けてきた。
俺達は慌てて首を横に振った。
「相変わらず、エスターと友弥って仲が良いよね」
「「はぁ?」」
俺とエスターのリアクションが重なった。
「良く二人で居残り特訓しているし」
「それは、お前達の自由意思を尊重していたからだが?」
「二人で頭をくっつけて、真剣に話し合っているあそこに割り込むなんてできないよー」
「・・・・・」
俺達が熱心に議論していたことで、逆にマリネルとブラッゲ達の自主参加意欲を削いでいた?
なに?
本末転倒?
「そ、それは誤解だぞ、わ、私とこいつはそんな関係ではない、い、いくらこいつが、割と理想の美少年だと言っても、わ、私は、はぐっ・・・・・」
しかし、何かに気が付いた様なエスターが、真っ赤になり、訳の分からない事を言い出したので、仕方が無く俺は脇腹にショートボディを食らわせた。
よろめいたエスターが俺の肩に手を掛けて、い、今のはかなり内蔵が揺すぶられたぞと小声で呻いた。ごめん、俺も割と理想の美少女だと思うんだけど、今は話しを厄介な方向に持って行くのだけは避けたいんです。
「別に僕は二人がそういう関係になっても、全然非難したりしないよ?友弥がエスターに取られるのはちょっと悔しいけど、友弥はいつも僕に優しくしてくれるから、それで十分満足だし、うん、エスターと友弥が愛し合っているなら、僕は応援しちゃうよ?ね、ブラッゲもそう思うよね?」
マリネルの爆弾発言に、俺と特にエスターが仰け反った。上級生達とは異なり、今のマリネルからは俺達が同性、すなわち男に見えているはずである。
こ、こいつ、なんて言うことを言い出すんだ・・・・ってまさかこいつ・・・
「え?あ、すまん聞いていなかった」
緊張が今も続いているブラッゲには聞こえていなかったようである。
「だから、友弥と・・・・」
「マ、マリネル、俺の荷物はどこだ?」
え?ああ、あれ?とマリネルが机の下を覗き込んだ。
「あった、これこれ」
マリネルが机の下からデイパックを取り出し、机の上に置いた。俺が何時も通学に使っているデイパックである。
「で、お駄賃だっけ?」
なんとか今の会話を断ち切りたかった俺は、自分からそのことを切り出した。もしマリネルが意識してアイスの件をこちらから言い出させるように今の会話を仕込んだとしたのなら、俺はまんまとマリネルの思惑に乗った形なったが、エスターと違いそこら辺はとっても素直なマリネルである。自然と出た会話と考えるのが妥当である。
「うん、抹茶アイス、贅沢は言わないよ、いつも僕が食べているあれでいいよ」
「・・・・・・十分贅沢を言ってないか?」
いつもマリネルが食べているのは確か高級なアイスであった。
「期間限定の高い方でもいいんだけど?」
当然のことを当然に言ったのに、それに難色を示した事が理解出来ないと言いたげに小首を傾げるマリネル。
「通常版にしてください・・・・」
「あ、私、私にも奢ってくれるんだよな?」
気が付いたように、迫ってきたブラッゲにいきなり手を取られた。
真剣な表情で俺を見つめてくる野性味溢れる美少女の胸に押しつけるように手を握りしめられた格好になった。
こ、こいつ、胸でかい!
俺の頬が熱くなって来る。
「ぐはっ」
エスターのショートボディが俺の脇腹にめり込んだ。
エ、エスターさん、今のは内蔵が震えましたが・・・・
「ブラッゲ、お前の分は私が奢ってやる」
「な、ホントか?って、お前、本当にエスターか?あのドケチを人間にしたような奴が一体どうしたんだ?」
「・・・・ケチなのではない、己を律しているだけだ」
エスターさん、額に青筋が浮かんでいますけど・・・・・
「わ、分かった、この際奢ってくれるなら何でもいい」
そう言いながら、ブラッゲはエスターにボストンバッグを渡した。
「じゃあ、買いに行こうよ、って、あ、駄目だよブラッゲ、僕達校内を歩いちゃいけないっていわれてるじゃない、だから僕達、特別にここに連れてこられたんじゃん」
「なんで?」
俺は聞いてみた。
「だって、月曜の歓迎会の準備で、本当は今日、一年生は立ち入り禁止なんだよ、友弥達が特別なんだよ」
ふと、気になったので俺はマリネルに聞いてみることにした。
「俺達が何でここにいるのか聞いているのか?」
「知覚操作の調整でしょ?」
ああ、だいたい本当のことを聞かされているのか。確かに下手に隠すことでもない。
「ねぇ、ブラッゲ、どうしよう」
「買って貰って、私達は帰ってから食う。確かドライアイスは無料だ!」
ブラッゲが言い切った。
「ああ、分かった分かった、買ってくるから待ってろ」
わーいと喜ぶ二人を後にして、俺とエスターは店内に戻った。
途端に店内に黄色い声がわき上がったが、次の瞬間、そのほとんどの上級生が気が付いたように、その場に跪いた。例のガイドブックによると、特技科は学術が盛んな、エノラステイン出身の学生が多いそうである。多分、跪いた方々がエノラステイン出身で、周囲の学生の行動に戸惑った表情で立ち尽くしているのが、ノーラステイン出身であろう。その比率は八対二程度である。
「ぼけと突っ込みは後にしておこう」
エスターが小声で宣言した。同感です。でも俺はぼけた覚えは無いんですが・・・
俺の案内でアイスのコーナーに向かう。
マリネルの言った抹茶アイスを手に取った。
「・・・・お前が、私に買ったのは、期間限定のやつか」
「ああ、そうだけど?」
エスターの顔に笑みが浮かんだ。
「いや、何でもない」
そう言いながらもどことなく嬉しそうなエスターであったが、その笑みが消えた。
慌てたように、制服のあちこちを手で探る。何となくその仕草で分かってしまいました。
「俺の奢りだ」
俺はそう言いながらも心の中で涙を流しながら、抹茶アイス三個を手に取った。実のところ、既に今月の小遣いが苦しい状態であるのだ。
「こ、これは驚きだ、私としたことが財布を出したままなのを気が付かないとは、後で必ず返す・・・三個か?」
「お前も食うんだろ?」
先程、エスターは俺が買っていった抹茶アイス二カップを完食している。その際に、後三個はいけるなと呟いていたのである。
「・・・・・・・・」
エスターの視線が泳いだ。
「ちなみに、向こうにあった草餅は全て買い占めしたから、あれで終わりだ」
「そ、そうなのか・・・・」
思いっきり落胆した表情のエスター。
草餅四個も完食していた。こちらは幾つでも食べられるなと呟いていたが、どれほど気に入ったんですか、貴方は・・・
俺はアイスを手にレジに向かったが、レジに人影がない。疑問に思い何気なしにレジを覗き込むと、跪いた購買部員がいた。
「あ、あの、先輩、レジお願いしたいんですが」
「そ、そんな、恐れ多い」
いや、恐れ多くてもレジを打って貰いたいんですが。
その状況を見て、エスターはため息混じりに、先に戻っているぞと言い、歩き去っていった。
「あの、先輩、もう驚異は去りましたから、レジお願いします」
恐る恐る顔を上げた先輩がゆっくりと立ち上がり、レジ越しに俺の後ろを確認した。
「す、済みませんでした、は、話には伺っていたのですが、まさか本当に姫様がいらっしゃるとは思いませんでしたので」
「はぁ・・・・あいつってそんなに有名なお姫様なんですか?」
俺の言葉に先輩が後ずさった。
「あ、あいつ呼ばわり、されました?い、今、私の聞き間違いですよね?」
「え?あいつって、なんかいわく付きなんですか?」
「き、聞き間違えですよね?そうですよね、そうですよね?氷の妖精の異名を持つ、デクル姫様をそんな風には言ってませんよね?」
涙目で訴えてくる、その必死な顔に俺は気圧された。
「そ、そうかも・・・・しれない・・・・」
「そ、そうですよね、失礼しました、ちょっと取り乱してしまいまして・・・」
やたらと敗北感を感じている俺をよそに、先輩は涙を拭きながら、レジ打ちを始めた。
「ま、抹茶アイス、お好きなんですか?先ほどもお買い上げ下さいましたよね」
「好きじゃ有りません」
「・・・・・・・・・」
笑みを貼り付けたまま、頬が引きつる先輩。
「ごめんなさい、好きと言うことでいいです・・・・・」
俺、これで二敗目・・・・
「ド、ドライアイスは要りますか?」
「お願いします」
俺は金を払って、アイスの入った袋を受け取った。
「毎度ありがとうございました。又お越し下さいませ、次回も特技科第一種空間操舵手養成クラス二年のフィランをご指名下さい」
だから、ここはキャバクラかーーーーーーー
俺はよろめきながら、バックヤードに戻ると、マリネルにアイスの入った袋を差し出した。
「わーい、きたきた、ありがとー、友弥」
「じゃあ、早く帰って食おう」
「うん、食おー」
「で、では、私が、挨拶をしてくる」
ごほんと咳払いをして、ブラッゲが奥に向かった。
「ブラッゲったら、憧れの人とアイスの両方で舞い上がっているねぇ」
「あーそうだねぇ」
「どうしたの?友弥、なんか魂が抜け掛かってない?」
俺はテーブルに俯していた。
「あーーーそうかもねぇ」
浮き浮きとしながら袋を持ったマリネルが鼻歌を歌っていた。
「そう言えば、エスターは?」
「ん?奥にいってるー」
「ふーん」
ブラッゲが興奮した様子で戻ってきた。
「きょ、今日の私は、すげーーーー幸せだ、こう言うのが【正月がポンと来た】という奴なんだな」
正月と盆が同時に来た?
正月がポンと来たら、正直迷惑な話である。年賀状やら何やらで大変なことになりそうだからだ。
「よかったねぇ」
とマリネルが手を叩いた。
「よかったなぁ」
俺も気のない声で言った。
「それもこれも、お前達が変になってくれたおかげだ、感謝するぞ」
ブラッゲは俺の手を取って上下に振った。厭な言い回しをする奴だ。
「じゃあ、帰って、アイス食ぉー」
「おー、食ぉー」
マリネルがばいばいと手を振ってきたので、俺も手を振り返した。
俺はそのままの格好で、机に突っ伏し、二人が裏口から出て行くのを見送った。
「何をしている?」
暫くするとエスターが奥から戻ってきた。
「疲れた・・・・」
「そうか、では、部屋に戻るぞ」
俺は、はいはいと答えてゆっくりと立ち上がった。
「あれ?エスター、荷物は?」
俺は自分の荷物を持ち、聞いてみた。先ほどブラッゲから受け取った荷物は辺りに無く、脇に普通のバッグを一個抱えているだけである。
「ああ、そうだな、あれは持って行った方がよいな」
「?」
エスターが奥に戻り、とら姉さんと一緒に帰ってきた。
テーブルの上に置いたボストンバッグをとら姉さんが開けると、中には何も入っていなかった。
小首を傾げる俺をよそに、とら姉さんが近くに束ねておいた段ボールの束をボストンバッグの中にいれて、重さを確かめた。そこにエスターが抱えていたバッグもついでに収めた。
エスターが言うにはブラッゲが持ってきたのは、衣類だけでは無く、メインは色々な情報を収集管理する機器のセットだそうだ。それをとら姉さんに預け、ここを中心に情報の収集および各方面への連絡を行うことになったらしい。
先ほどは俺が先頭に立って戦うという話をしていたのだが、実際に話を聞いてみると俺が出来ることは何もない。こと端末を使っての情報収集など、何をどうやれば良いのか俺には検討もつかない。エスターは心構えの問題だと言っていたが、逆に言えば心構えだけの問題であったのだ。
「このぐらいですね」
「うむ、礼を言う」
「いえ、礼には及びません」
俺の方にとら姉さんが振り向いた。
「トモ坊、姫様を頼むぞ」
「あ、うん」
「と言っても、教職員宿泊施設にいる分には安心だ」
「あのさ、そう言われると、俺は全力を尽くして、エスターを守るけど、そういう話し?」
俺の言葉にとら姉さんが呆れた顔をした。
「アホかお前は、戦争をする訳じゃない、あたしが言っているのは、姫様の話し相手になってくれと言うことだ」
ああそうかと俺は頷いた。
「相変わらず、トモ坊は天然だな・・・」
「お、俺って、昔から天然って言われてた?」
「ああ、みんなそう言っていたぞ、気づいていなかったのか?」
はい、全然。この歳になって知った新事実です。
とら姉さんが大げさに手を広げて天を仰ぎ見た。
「前言撤回だ、お前はなにもするな。姫様、こいつの事を頼みます」
「うむ、分かっている」
頼まれてしまったが先ほどの件もあり、俺には反論の余地はない。
「所で、私の抹茶アイスはどこだ?」
「あ」
マリネルに買い物袋ごと渡していたのに気が付いた。
「・・・・・・・」
生暖かいエスターの視線を背に受けて、俺は慌てて買いに戻った。
俺とエスターは互いに顔を見合わせて、電話に視線を向けた。
ちょうどエスターの話が終わり、内容の検討をしている時であった。
「祐子さんかな?」
俺は受話器を上げた。ディスプレイに内線であることと、その番号が示されているが、そもそもその番号がどこのモノなのか俺には解らなかった。
『もしもし?友弥?』
マリネルであった。
「ああ、マリネルかどうした?」
エスターに視線を向けると俺の通話相手が誰か分かったらしく、頷いてきた。
『どうしたのじゃないよ、酷いよ、昨日のデザートの抹茶アイス、僕も食べたかったのにぃ』
「お前熟睡していたからな、ってそんなことで電話してきたのか?」
『そんな事じゃないよ、食べ物の恨みは怖いんだからね、と言うわけで、僕に抹茶アイスを買ってくれること、いい?』
「話が見えないが、安いやつならいいぞ?」
電話の向こうで、マリネルがやったーと叫ぶのが聞こえた。
なに?お前だけか?と言う声も聞こえた。
『友弥、私にも奢れ』
聞いたこともない女性の声が聞こえた。少々ハスキーな声は、ブラッゲであろうと推測した。
「ブラッゲか?」
『そうだ、ブラッゲ様だ、と言うことで、荷物運びの駄賃に奢れ』
「荷物?」
『ああ、エスターの着替えとお前の着替えだ』
俺は後ろを振り向いた。受話器の通話側を手で押さえる。
「エスター、ブラッゲに着替えを頼んだ?」
「ああ、それか」
エスターが椅子から立ち上がると、手を差し出してきたので、俺は受話器を渡した。
「私だ、今どこにいる」
エスターがブラッゲと二、三言葉を交わすと直ぐに受話器を置いた。
「友弥、購買部にいくぞブラッゲ達が待っている」
「ああ、わかった」
この宿泊施設は、校舎の北東側に建っているため、購買部までは校舎を迂回していかなければならない。俺達は、部屋を出ると、肩を並べて歩いた。
学内は生徒達が走り回る姿が多々見られ、大工仕事でもしているのか、あちこちから釘を打ち付ける音が聞こえてくる。
そんな騒々しい校舎を見上げると、屋上から枝を伸ばした木の枝が見えた。そういえば、屋上にあんなに大きな木があるのも非常識だなと今更ながらに気がついた。
「そう言えば、テリエも祐子も、お前が購買部で酷い目にあいかけたと言っていたが、何のことだ?」
「あー、あれか、世紀の美人がいて、それを写真に撮ろうとした集団に囲まれたというやつ」
俺の言葉にエスターが、驚いた顔をした。
「そうなのか、お前以上の美人がいるというのか、信じられないが本当ならそれは見てみたいな」
あの、エスターさん、今なんか仰いました?
俺は歩きながらエスターを見た。凄く間抜けな顔をしていたのだろう。エスターは気が付いたように言った。
「もしかして、囲まれたのが、お前か?」
俺は頷いた。
エスターは大きくため息をつき、やれやれと額に手を当てた。
「この天然め」
そう言いながら、エスターは歩を早めた。
「あのさ、天然とかそう言うのは、横に置いておいて、祐子さんも、普通のそこら辺に転がっている一山いくらの男子レベルだという認識なんだけど」
「それは祐子に見る目が無いからだ」
また、ばっさり来ましたよ。
「誰が行き遅れだー、姉上様に遠慮して結婚しないだけだぞ!」
建物の陰から、祐子さんがバットスプロケットを振り回しながら、三名の女子生徒を引き連れて飛び出てきた。
「な、何やってるんですか?」
俺はいきなり登場した祐子さんに驚いた。しかも行き遅れだとか言ってないし。
「パパラッチ退治、歓迎会の準備をそっちのけで、どっかの幻の美少年を探してうろつき回る奴らを、本来の仕事に叩き戻す重要な役目、生徒会長と教頭及び各部の部長達から風紀委員が対処してくれと、頼まれた」
「風紀委員?」
「私が顧問」
「・・・・」
バットスプロケットを振り回す風紀委員の顧問って一体・・・・・しかし、確かに祐子さんの後ろでエスターを前に跪いた先輩方の腕には風紀と書かれた腕章が付けられていた。
「で、どこに行くのかな?お姉さんが護衛して差し上げましょう・・・ってその前に、この娘達に立ち上がってもいいように言ってくれないかしら?」
エスターの【面を上げよ】という台詞で、三名の先輩方は立ち上がった。
初めて生で聞いた【面を上げよ】という台詞に俺は感動していた。普通に生活していたら、聞くことはない台詞である。本当に言うんだ・・・・・・
またエスターのその台詞を口にした態度が如何にも言い慣れているのにも俺は感心していた。
俺達は連れだって購買部に向かった。
途中、何回か祐子さん達の姿がかき消え、逃げ回る女性の悲鳴と地の底から聞こえてくるような笑い声、そして、ガラスが割れる音などが聞こえて来たが、俺達はそれを無視して進んだ。
同じように三名の風紀委員の先輩の熱い視線が後頭部に突き刺さっていたが、俺は気がつかないふりをした。
購買部に到着すると、祐子さんは俺達にウインクをして、名残惜しそうな先輩方を引き連れてどこかへと消え去っていった。本当に護衛をしてくれたらしい。
購買部の中には、先ほどに比べて明らかに多くの生徒がいた。マリネル達は、店舗前にいるのかと思ったのだが、姿が見えなかったので、中に入ったのだが、ざっと見渡して姿が見えない。
マリネルは棚に隠れるとしても、ブラッゲの頭の先ぐらいは見えても良いのだがと探していると、とら姉さんが大股で近づいてきた。
「おう、こっちだ」
俺達を先導してとら姉さんがバックヤードへ案内してくれた。
「見たか?あそこにいた客がみんなお前のことを見ていたぞ」
エスターが含み笑いをしながら、俺に言った。
「ほとんどが、お前を見て、慌てて跪いていたよな、土下座していた奴もいたぞ」
「・・・・・この話は、後にしよう」
同感です。
バックヤードは思ったよりも明るく、売り物を梱包してあるだろう荷物が大量に置かれていたが、そこそこ広いスペースを確保していた。
そのバックヤードに置かれた広いテーブルの椅子にマリネルが腰掛け、金髪ジャギーの野性味溢れる顔つきの美少女が直立不動で立っていた。
俺は慌ててエスターの袖を引っ張った。
「おい、やっぱり、ブラッゲも女なんだな、あれが、ブラッゲだよな」
「そうだ、あれがブラッゲだ・・・・・しかし、予期せぬ事態だな」
「聞きたくないけど、聞いておく」
「マリネルが男だとは知らなかった・・・・・」
「なにぃ、お前、あいつを知っているんじゃなかったのか?」
「世紀の大天才の名前を知っているだけだ、性別までは知らん」
俺達に気が付いて、マリネルが手を振ってきた。マリネルは昨晩見たときとあまり変わらないように見えた。対して美少女版ブラッゲは、硬い顔で直立不動である。
俺達は二人の元に、向かった。
「んじゃ、仕事に戻るぞ、話が終わったら声を掛けてくれ、奥にいるからな」
「ありがとうございます!」
ブラッゲがとら姉さんに深々と礼をした。
「ぶ、ブラッゲが礼をしている!」
俺の驚きの声にマリネルが、わー、やっぱり友弥にも受けたとはしゃいだ。
「どうしたんだ、厚顔無恥、傍若無人が信条のお前が」
「ば、馬鹿野郎、トラミナ様が直々にお声を掛けて下さったのだぞ、お前も礼ぐらいしろ」
俺はエスターを振り返った。
「トラミナは元近衛隊の副隊長だ、ブラッゲの元上司に当たるが、ブラッゲでは話しも出来ない立場にいた人物だ。ブラッゲの尊敬する人物だそうだ」
俺の耳に聞こえる程度の声でエスターが教えてくれた。
「と言うことはお前の知り合いと言うことか?」
「ああ、そうだ、しかしあれはここでの私の立場を理解しているから、私に無用な礼などをしたりしない。あえて私に視線を向けてはいなかったであろう?」
「いや、そうじゃなくて、・・・」
俺はなお一層エスターに近づいて囁いた。
「さっき、言い忘れたけど、とら姉さんって、俺の兄弟子で、祖父の内弟子だったんだけど・・・・知ってた?」
「な、なにぃ!」
俺はエスターの口を塞いだ。
「なになに?二人で内緒話?」
マリネルが声を掛けてきた。
俺達は慌てて首を横に振った。
「相変わらず、エスターと友弥って仲が良いよね」
「「はぁ?」」
俺とエスターのリアクションが重なった。
「良く二人で居残り特訓しているし」
「それは、お前達の自由意思を尊重していたからだが?」
「二人で頭をくっつけて、真剣に話し合っているあそこに割り込むなんてできないよー」
「・・・・・」
俺達が熱心に議論していたことで、逆にマリネルとブラッゲ達の自主参加意欲を削いでいた?
なに?
本末転倒?
「そ、それは誤解だぞ、わ、私とこいつはそんな関係ではない、い、いくらこいつが、割と理想の美少年だと言っても、わ、私は、はぐっ・・・・・」
しかし、何かに気が付いた様なエスターが、真っ赤になり、訳の分からない事を言い出したので、仕方が無く俺は脇腹にショートボディを食らわせた。
よろめいたエスターが俺の肩に手を掛けて、い、今のはかなり内蔵が揺すぶられたぞと小声で呻いた。ごめん、俺も割と理想の美少女だと思うんだけど、今は話しを厄介な方向に持って行くのだけは避けたいんです。
「別に僕は二人がそういう関係になっても、全然非難したりしないよ?友弥がエスターに取られるのはちょっと悔しいけど、友弥はいつも僕に優しくしてくれるから、それで十分満足だし、うん、エスターと友弥が愛し合っているなら、僕は応援しちゃうよ?ね、ブラッゲもそう思うよね?」
マリネルの爆弾発言に、俺と特にエスターが仰け反った。上級生達とは異なり、今のマリネルからは俺達が同性、すなわち男に見えているはずである。
こ、こいつ、なんて言うことを言い出すんだ・・・・ってまさかこいつ・・・
「え?あ、すまん聞いていなかった」
緊張が今も続いているブラッゲには聞こえていなかったようである。
「だから、友弥と・・・・」
「マ、マリネル、俺の荷物はどこだ?」
え?ああ、あれ?とマリネルが机の下を覗き込んだ。
「あった、これこれ」
マリネルが机の下からデイパックを取り出し、机の上に置いた。俺が何時も通学に使っているデイパックである。
「で、お駄賃だっけ?」
なんとか今の会話を断ち切りたかった俺は、自分からそのことを切り出した。もしマリネルが意識してアイスの件をこちらから言い出させるように今の会話を仕込んだとしたのなら、俺はまんまとマリネルの思惑に乗った形なったが、エスターと違いそこら辺はとっても素直なマリネルである。自然と出た会話と考えるのが妥当である。
「うん、抹茶アイス、贅沢は言わないよ、いつも僕が食べているあれでいいよ」
「・・・・・・十分贅沢を言ってないか?」
いつもマリネルが食べているのは確か高級なアイスであった。
「期間限定の高い方でもいいんだけど?」
当然のことを当然に言ったのに、それに難色を示した事が理解出来ないと言いたげに小首を傾げるマリネル。
「通常版にしてください・・・・」
「あ、私、私にも奢ってくれるんだよな?」
気が付いたように、迫ってきたブラッゲにいきなり手を取られた。
真剣な表情で俺を見つめてくる野性味溢れる美少女の胸に押しつけるように手を握りしめられた格好になった。
こ、こいつ、胸でかい!
俺の頬が熱くなって来る。
「ぐはっ」
エスターのショートボディが俺の脇腹にめり込んだ。
エ、エスターさん、今のは内蔵が震えましたが・・・・
「ブラッゲ、お前の分は私が奢ってやる」
「な、ホントか?って、お前、本当にエスターか?あのドケチを人間にしたような奴が一体どうしたんだ?」
「・・・・ケチなのではない、己を律しているだけだ」
エスターさん、額に青筋が浮かんでいますけど・・・・・
「わ、分かった、この際奢ってくれるなら何でもいい」
そう言いながら、ブラッゲはエスターにボストンバッグを渡した。
「じゃあ、買いに行こうよ、って、あ、駄目だよブラッゲ、僕達校内を歩いちゃいけないっていわれてるじゃない、だから僕達、特別にここに連れてこられたんじゃん」
「なんで?」
俺は聞いてみた。
「だって、月曜の歓迎会の準備で、本当は今日、一年生は立ち入り禁止なんだよ、友弥達が特別なんだよ」
ふと、気になったので俺はマリネルに聞いてみることにした。
「俺達が何でここにいるのか聞いているのか?」
「知覚操作の調整でしょ?」
ああ、だいたい本当のことを聞かされているのか。確かに下手に隠すことでもない。
「ねぇ、ブラッゲ、どうしよう」
「買って貰って、私達は帰ってから食う。確かドライアイスは無料だ!」
ブラッゲが言い切った。
「ああ、分かった分かった、買ってくるから待ってろ」
わーいと喜ぶ二人を後にして、俺とエスターは店内に戻った。
途端に店内に黄色い声がわき上がったが、次の瞬間、そのほとんどの上級生が気が付いたように、その場に跪いた。例のガイドブックによると、特技科は学術が盛んな、エノラステイン出身の学生が多いそうである。多分、跪いた方々がエノラステイン出身で、周囲の学生の行動に戸惑った表情で立ち尽くしているのが、ノーラステイン出身であろう。その比率は八対二程度である。
「ぼけと突っ込みは後にしておこう」
エスターが小声で宣言した。同感です。でも俺はぼけた覚えは無いんですが・・・
俺の案内でアイスのコーナーに向かう。
マリネルの言った抹茶アイスを手に取った。
「・・・・お前が、私に買ったのは、期間限定のやつか」
「ああ、そうだけど?」
エスターの顔に笑みが浮かんだ。
「いや、何でもない」
そう言いながらもどことなく嬉しそうなエスターであったが、その笑みが消えた。
慌てたように、制服のあちこちを手で探る。何となくその仕草で分かってしまいました。
「俺の奢りだ」
俺はそう言いながらも心の中で涙を流しながら、抹茶アイス三個を手に取った。実のところ、既に今月の小遣いが苦しい状態であるのだ。
「こ、これは驚きだ、私としたことが財布を出したままなのを気が付かないとは、後で必ず返す・・・三個か?」
「お前も食うんだろ?」
先程、エスターは俺が買っていった抹茶アイス二カップを完食している。その際に、後三個はいけるなと呟いていたのである。
「・・・・・・・・」
エスターの視線が泳いだ。
「ちなみに、向こうにあった草餅は全て買い占めしたから、あれで終わりだ」
「そ、そうなのか・・・・」
思いっきり落胆した表情のエスター。
草餅四個も完食していた。こちらは幾つでも食べられるなと呟いていたが、どれほど気に入ったんですか、貴方は・・・
俺はアイスを手にレジに向かったが、レジに人影がない。疑問に思い何気なしにレジを覗き込むと、跪いた購買部員がいた。
「あ、あの、先輩、レジお願いしたいんですが」
「そ、そんな、恐れ多い」
いや、恐れ多くてもレジを打って貰いたいんですが。
その状況を見て、エスターはため息混じりに、先に戻っているぞと言い、歩き去っていった。
「あの、先輩、もう驚異は去りましたから、レジお願いします」
恐る恐る顔を上げた先輩がゆっくりと立ち上がり、レジ越しに俺の後ろを確認した。
「す、済みませんでした、は、話には伺っていたのですが、まさか本当に姫様がいらっしゃるとは思いませんでしたので」
「はぁ・・・・あいつってそんなに有名なお姫様なんですか?」
俺の言葉に先輩が後ずさった。
「あ、あいつ呼ばわり、されました?い、今、私の聞き間違いですよね?」
「え?あいつって、なんかいわく付きなんですか?」
「き、聞き間違えですよね?そうですよね、そうですよね?氷の妖精の異名を持つ、デクル姫様をそんな風には言ってませんよね?」
涙目で訴えてくる、その必死な顔に俺は気圧された。
「そ、そうかも・・・・しれない・・・・」
「そ、そうですよね、失礼しました、ちょっと取り乱してしまいまして・・・」
やたらと敗北感を感じている俺をよそに、先輩は涙を拭きながら、レジ打ちを始めた。
「ま、抹茶アイス、お好きなんですか?先ほどもお買い上げ下さいましたよね」
「好きじゃ有りません」
「・・・・・・・・・」
笑みを貼り付けたまま、頬が引きつる先輩。
「ごめんなさい、好きと言うことでいいです・・・・・」
俺、これで二敗目・・・・
「ド、ドライアイスは要りますか?」
「お願いします」
俺は金を払って、アイスの入った袋を受け取った。
「毎度ありがとうございました。又お越し下さいませ、次回も特技科第一種空間操舵手養成クラス二年のフィランをご指名下さい」
だから、ここはキャバクラかーーーーーーー
俺はよろめきながら、バックヤードに戻ると、マリネルにアイスの入った袋を差し出した。
「わーい、きたきた、ありがとー、友弥」
「じゃあ、早く帰って食おう」
「うん、食おー」
「で、では、私が、挨拶をしてくる」
ごほんと咳払いをして、ブラッゲが奥に向かった。
「ブラッゲったら、憧れの人とアイスの両方で舞い上がっているねぇ」
「あーそうだねぇ」
「どうしたの?友弥、なんか魂が抜け掛かってない?」
俺はテーブルに俯していた。
「あーーーそうかもねぇ」
浮き浮きとしながら袋を持ったマリネルが鼻歌を歌っていた。
「そう言えば、エスターは?」
「ん?奥にいってるー」
「ふーん」
ブラッゲが興奮した様子で戻ってきた。
「きょ、今日の私は、すげーーーー幸せだ、こう言うのが【正月がポンと来た】という奴なんだな」
正月と盆が同時に来た?
正月がポンと来たら、正直迷惑な話である。年賀状やら何やらで大変なことになりそうだからだ。
「よかったねぇ」
とマリネルが手を叩いた。
「よかったなぁ」
俺も気のない声で言った。
「それもこれも、お前達が変になってくれたおかげだ、感謝するぞ」
ブラッゲは俺の手を取って上下に振った。厭な言い回しをする奴だ。
「じゃあ、帰って、アイス食ぉー」
「おー、食ぉー」
マリネルがばいばいと手を振ってきたので、俺も手を振り返した。
俺はそのままの格好で、机に突っ伏し、二人が裏口から出て行くのを見送った。
「何をしている?」
暫くするとエスターが奥から戻ってきた。
「疲れた・・・・」
「そうか、では、部屋に戻るぞ」
俺は、はいはいと答えてゆっくりと立ち上がった。
「あれ?エスター、荷物は?」
俺は自分の荷物を持ち、聞いてみた。先ほどブラッゲから受け取った荷物は辺りに無く、脇に普通のバッグを一個抱えているだけである。
「ああ、そうだな、あれは持って行った方がよいな」
「?」
エスターが奥に戻り、とら姉さんと一緒に帰ってきた。
テーブルの上に置いたボストンバッグをとら姉さんが開けると、中には何も入っていなかった。
小首を傾げる俺をよそに、とら姉さんが近くに束ねておいた段ボールの束をボストンバッグの中にいれて、重さを確かめた。そこにエスターが抱えていたバッグもついでに収めた。
エスターが言うにはブラッゲが持ってきたのは、衣類だけでは無く、メインは色々な情報を収集管理する機器のセットだそうだ。それをとら姉さんに預け、ここを中心に情報の収集および各方面への連絡を行うことになったらしい。
先ほどは俺が先頭に立って戦うという話をしていたのだが、実際に話を聞いてみると俺が出来ることは何もない。こと端末を使っての情報収集など、何をどうやれば良いのか俺には検討もつかない。エスターは心構えの問題だと言っていたが、逆に言えば心構えだけの問題であったのだ。
「このぐらいですね」
「うむ、礼を言う」
「いえ、礼には及びません」
俺の方にとら姉さんが振り向いた。
「トモ坊、姫様を頼むぞ」
「あ、うん」
「と言っても、教職員宿泊施設にいる分には安心だ」
「あのさ、そう言われると、俺は全力を尽くして、エスターを守るけど、そういう話し?」
俺の言葉にとら姉さんが呆れた顔をした。
「アホかお前は、戦争をする訳じゃない、あたしが言っているのは、姫様の話し相手になってくれと言うことだ」
ああそうかと俺は頷いた。
「相変わらず、トモ坊は天然だな・・・」
「お、俺って、昔から天然って言われてた?」
「ああ、みんなそう言っていたぞ、気づいていなかったのか?」
はい、全然。この歳になって知った新事実です。
とら姉さんが大げさに手を広げて天を仰ぎ見た。
「前言撤回だ、お前はなにもするな。姫様、こいつの事を頼みます」
「うむ、分かっている」
頼まれてしまったが先ほどの件もあり、俺には反論の余地はない。
「所で、私の抹茶アイスはどこだ?」
「あ」
マリネルに買い物袋ごと渡していたのに気が付いた。
「・・・・・・・」
生暖かいエスターの視線を背に受けて、俺は慌てて買いに戻った。
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