オーバー・ターン!

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3,異星人で異性人

3-9

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 俺はディッケのファイルを読み終えた。
 ファイルを閉じて、デスクトップ上に浮いている、他のファイル群を見渡してみる。
 エスターはエスターで色々な情報を集めているらしかったが、そちらの領域には厳重なプロテクトが施されているらしく、覗き込むことは出来そうも無かった。
 イメージ的には壁の様なものがあり、パルクの仮想空間でのエスターはその向こう側にいるのだ。
 「おい、何をしている」
 エスターが俺の挙動を訝しみ、壁向こうから声を掛けてきた。
 「ん?プロテクトの突破を試みている」
 俺は壁に指先をかけて登れない物かと思案しているのだ。
 「マリネルでも整った設備で三日は掛かるぞ、無駄なことは止めておけ。そっち側でならどこでも好きな所を見てもいいから大人しくしていろ」
 呆れた声でエスターがそう言った。
 「すごいな、マリネルだと三日かかってでも入れるんだ」
 「あいつは、天才だからな、下手すると私の生体情報まででっち上げられるかもしれない」
 「凄いの一言だな」
 「ああ、今マリネルの経歴を調べている・・・・なるほど・・・・・・」
 「どうした?」
 「あ?ああ・・・・奴は軽い女性恐怖症らしい」
 「ホモじゃない?」
 「・・・・・お前が心配していたのはそこか?」
 「ものすごく」
 「主治医によると同性愛嗜好は無いらしい」
 「凄いな、マリネルの主治医の情報まで見れるのか」
 「特権アクセスだ、本来は違法だ。王族でも私と母と父の特権アクセスでのみ国民の個人情報は全て閲覧出来る」
 「なるほど、俺が見るような物じゃないね」
 「己をわきまえている人間は好きだぞ」
 「俺ほど己をわきまえている人間はいないと思うのだが」
 「冗談にしては面白くないな」
 俺ははいはいと答えて、記事の閲覧に戻った。
 そう言えばと思い立ち、先程の氷の妖精について調べてみることにした。
 検索で引っ掛かる程度の情報は知っていてもエスターは文句は言わないだろう。そう思って検索してみたのだが、その内容を纏めるとこういう事であった。
 エスターは実の兄が関わった不正を暴き、伯父やその他の王族を自らの手で粛正している。
 国が転覆しそうなスキャンダルだが、その不正が、国民を苦しめており、逆に王族には全く利はあっても害はない話であったらしく、それでもあえて暴露をしたエスターの立場を国民は支持したそうである。
 しかし、エスターを可愛がっていた伯父をも粛正したことで、付いたあだ名が氷の妖精であった。
 何とも重い話である。
 それ以外でも、エスターは幼い頃から似たような行動をしている。
 俺に【少なからず骨肉の権力争いを経験してきている女】と言ったが、それは謙遜した事実であり、良くこれほどまでと、エスターの行動力に憧憬の念も抱いてしまう。
 これほどの経験をしているエスターには俺の退学事件など、些細なことだろう。しかし、それでも俺の事を心配してくれたエスターに感謝である。
 俺はこれ以上の検索を終えることにした。必要ないし、必要なら、エスターが俺に向かったように、正面からエスター本人に聞けばいいことである。
 改めて学校内の記事を見に行こうと思い、一旦デスクトップまで抜けた。
 ちらりとリアルのエスターに視線を向けると、無表情で、俺の斜め後ろを見つめている。どうやらまだ調査中のようだ。
 ふと気が付いた物がある。
 なんだこれ?
 パルクの簡易モニタにも表示されていたファイルである。
 第一種建造物構築概念概略とその歴史?
 ローカル保存されているファイルである。
 俺はそれを開く。
 写真解説書らしく、大量の写真が有った。試しに最初の写真を開くと、荘厳な佇まいを感じさせる建築物の写真であった。俺には見たこともない建物である。エノラステイン王宮の一部らしかった。ここにエスターがいたのかと思うと、興味が沸き次々とファイルを開いて行った。
 しかし、とあるファイルの次に現れたのは、こちらに向かってポーズを取る男の写真であった。
 全裸である。
 ノーカットである。
 もろみえである。
 モザイクなしのそれは、エスター達の国の男は俺と外見的特徴が全くと言って同じであることを証明していた。
 ・・・・こ、これってもしかしたら・・・・・・
 俺は試しに残りのファイルを次々に開いていく。
 両足を開いている男、四つん這いになり振り向いている男など、俺にとっては鳥肌が立つ写真が次々に現れる。男女の絡みまである。
 うん、女性も地球人と外見的特徴が全く同じであることが確認できた。
 局所的に元気になったので、エスターにばれないように、リアルで屈み込むのを誤魔化すために机に肘をついてみる。
 俺はファイルにログが添付されているのに気が付いた。何時誰がそのファイルに何回アクセスしたか分かるログである。
 開いた回数でファイルをソートすると、一番多いファイルが一昨日の夜中に開かれているのが分かった。試しに開くと、ソファーに腰を下ろして片足を上げている、男の半脱ぎ写真が現れた。半脱ぎだが、重要な所はばっちりな写真でもあった。
 萎えた、一気にしぼんだ。
 ログに添付されている情報によると、エノラステイン一のセクシーAV男優だそうだ。
 ・・・・・・・エスターさん、あなた、一昨日こんなの見てなにやってたんですか・・・・清楚な美少女はこんなのみてナニしてちゃいけません・・・・・・
 俺は脱力した。
 先ほどまでのエスターに対する憧憬の念は変わりないが、少しだけ、その位置がゆらいでるかもしれない。いや、何というか、フレンドリーな方向に揺らいでいるのか?
 普通の男子の部屋なら、エロ本の一冊や二冊あっても当たり前である。ステイン星系風に言えば、エスターも普通の女の子なんだから。エロ写真の百枚や二百枚はもってて当たり前だしねぇと表現すればいいのかな?・・・・・・・・
 予想外の出来事に、少しだけパニックに陥っているのかもしれない。
 全てのファイルを閉じた。見なかったことにしよう・・・・・
 改めてエスターのパルクのデスクトップを見回していると、先ほど開いた教職員リストが開いたままになっているのに気がついた。しかもアジス先生の写真が添付されているものである。
 見れば見るほどアミアミ姉ちゃんに似ている。
 そこで俺は暇に飽かせて、その写真をペイントソフトに貼り付けた。
 確かこんな感じだったんだよな・・・・・・・
 俺は記憶を辿り、アジス先生の写真の目の回りに色をつけていった。ペイントソフトの性能が良いらしく、ナチュラルに色補完が行われるために、実際にその化粧を施した人物を写したような出来映えである。
 「やっぱり似ている・・・」
 できあがったその写真を見て俺は改めて似ている事に気がついた。
 「ん?どうした」
 俺の呟きに反応したリアルのエスターが顔を上げた。
 「アジス先生の写真をコラージュしてみたら、やっぱりアミアミ姉ちゃんに似ているなということ」
 「ほほー、どれ」
 パルク内のエスターが壁向こうから現れてペイントした写真を覗き込んできた。
 「お・・・・・・・お・・・・・こ・・・これ・・・・」
 写真を一目見たエスターが絶句した。
 「なに?エスターの知り合い?」
 「ちょとまて、ちょっとまて」
 デスクトップ内のエスターとリアルのエスターが胸元に手を当てて、息を整えた。
 「どうした?」
 「ちょっと待て、確か写真が有ったはずだ・・・そ、その化粧をすれば確かに誰でも、あの人に見える・・・・・」
 エスターが慌てて写真を検索し、やがてネット上から一枚の写真をダウンロードしてきた。
 「これだ、雑誌にも掲載された有名な写真だ」
 俺が言われた写真を見ると確かにそこには、アミアミ姉ちゃんがいた。アミアミ姉ちゃんだけではない。見知った顔がある。
 「あ、アミアミ姉ちゃんだね、あれ、父さんに母さんとミリミリ姉ちゃんまでいる、ってこの写真うちにもあるぞ」
 派手な音を立てて、リアルでエスターが椅子から転がり落ちた。
 驚愕の表情のエスター。
 でも今日も越中ですか・・・
 「お、お、お、お、お、お、お、お、お、お」
 「お?」
 「お前、それが誰だか知っているのか」
 「俺の父親と母親、それにアミアミ姉ちゃんにミリミリ姉ちゃん、確か俺の家に遊びに来たときのやつじゃないか?」
 ほら、アミアミ姉ちゃん、網タイツ履いてるだろ?と俺はエスターに言った。
 俺の記憶ではこの写真の反対側に俺がいるはずである。
 なぜ俺が覚えているかと言えば、この写真を撮ったのが俺だからである。産まれて初めて父の一眼で撮った写真がこれなのである。だから、全員を少々見上げるようなアングルになっているのだ。
 「サンダーバーズだ」
 「なに?」
 「だから、それがサンダーバーズだ」
 「雷鳥?」
 「ちがう、サンダーバーズだ」
 なぜか取り乱したエスターが髪の毛を振り回しながら首を振った。
 「だから雷鳥だろ?あ、そう言えば親父の会社の名前が雷鳥社だな、こんな顔してこれでも社長なんだよな。中小で今にも潰れそうだとぼやいていたが」
 「いいか、いいか、落ち着いて聞けよ」
 いや、落ち着くのはお前の方だろうとは言えなかった。エスターは立ち上がり、机越しに俺に迫って来た。
 サンダーバーズというのは、ステイン星系では英雄とされるチームの名前であり、同時に救難会社の名前でもあるらしく、チームは事実上解散しているが、会社は救難会社としてまだ存続しているという前知識をエスターが教えてくれた。
 「いいかこれが、ミリエ・オーガスだポジションは上段前、ブラッゲと同じポジションだ。昨年スポット参戦したこちらで言うところのF1相当のボートレースでいきなり優勝するほどの天才的な操船技術を持っている」
 ミリミリ姉ちゃんを指さしてエスターが言った。
 はい?
 「お前も昨日会っているはずだ、ってそうか知覚操作で別人に見えていたのか」
 俺はしげしげと写真に見入った。
 多数のピアスに指輪に腕輪にネックレス。際どいホットパンツにおへそ剥き出しのタンクトップ。
 胡散臭い格好のミリミリ姉ちゃんが笑顔でそこにいた。見慣れたミリミリ姉ちゃんであった。
 「次にこれが、ACROだ」
 アミアミ姉ちゃんを指さした。ボンデージファッションに身を包み、ぴっちりとしたタイトスカートからすらりと伸びた足には黒いガーターベルトに吊られた網タイツ。ポニーテイルにした黒髪の真ん中に赤いメッシュが入り、目元は黒く縁取られ、口元は紫色のルージュが引かれている。そのアミアミ姉ちゃんが柔らかく微笑んでいた。
 「何でアルファベットなの?」
 「この人は、正体が分からないんだ。伝説の統合指揮者だ。この人が伝説的な救難チーム、サンダーバーズ全てのプランを掌握していた人物だ。あえて、アクロと呼ばれている」
 「統合指揮者?上段後部?」
 俺は元来エスターのシミュレータでのポジションを思い出して聞いてみた。
 「そうだ、上段後部だ、この人は全ての救助作戦のプランを組立てた伝説の人物だ、そしてこの人物」
 エスターが母を指した。一番手前でかがみ込むようにして笑っている。白いブラウスとロングスカート姿の見慣れた母である。大きなカメラに戸惑う俺に話しかけている場面である。
 「この人が伝説の元になった、マリーネスアだポジションはお前と同じ、下段前だ」
 それは聞いた覚えが有る。例の強制終了事件の前にエスター達が話していた人物の名前である。
 「そして、この人物が、タイキノモストリ・エルタ・ノーラステイン、聞いて驚け、年齢は離れているが、あのペイゼルの実の兄、エノラステインの現女王の長男で救助会社サンダーバーズの社長で創始者だ」
 「・・・・・・・・・・」
 はい?
 俺はそのペイゼルの兄とやらを見る。一番奥でソファーに腰掛け、笑っているのはどこからどう見ても、俺の父である。確かこの時、落として壊したらお前の小遣いから弁償させるぞと脅しているのである。
 「この四人が伝説となった数々の困難な救助を実現した英雄達だ、この四人に憧れて救助要員を志す者達は少なくない」
 しかし、うちの母と父がそんな大それた人間とはどう考えても思えない。というとやはり他人のそら似だろうと思う、だけどちょっと待て・・・・・・
 「マリーネスアとタイキノモストリ?」
 そうだとエスターが頷いた。あの、顔が近いんですが。エスターの青みがかった黒い瞳が間近にあった。
 「うちの母の名前が、鞠音で、父が大樹なんだけど・・・・・似ているね、名前」
 偶然ってあるね、と俺は笑った。
 しかしエスターは机を叩いて俯いた。
 「そうか、そうだと、それも頷ける、トラミナとの関係といい、お前の情報が全くと言って分からないことといい」
 「え?」
 「分からないんだ、どうやってもお前の情報だけが分からないんだ。なぜ、お前が特技科に転入などという特例が認められたのかわからなかった、しかしサンダーバーズのメンバーがご両親となれば、それも頷ける。多分、ペイゼルでもアクセス不可のノーラステイン女王、そして我が母のみが知っている特級の情報だからだ」
 英雄のプライベートを守るため、それらの情報は全て女王が直接管理しているらしい。
 エスターは椅子にどっかりと腰を下ろし、額に手を当てた。
 「とら姉さんは知っていたのかな?」
 「ああ、多分知っている、しかしあれが忠誠を尽くすのは私の母だ、私ではない・・・・・己をわきまえている女だ、例え聞いても答えはすまい」
 「じゃあ、うちの母に聞いてみようか?」
 「・・・・・・・・・・」
 勢いよくエスターが跳ね起きた。
 「その手があったか」
 「ああ、ちょと待っていてくれ」
 俺はパルクからログオフをして携帯を取りだした。
 「し、しかし素直に教えてくれるかは、はなはだ疑問が・・・・」
 同じようにログオフしたエスターが心配そうに呟いた。
 「まあ、聞いてから考えようよ。本当の事だったらあっさりと白状するから、うちの母は」
 「それもそうだ、ってちょっと待て、私に電話が掛かってきたようだ」
 そう言い、エスターは立ち上がりながらスカートのポケットから携帯を取り出すと、俺に背中を見せて通話を始めた。
 相手はとら姉さんのようだった。しかし、携帯を取り出したときに何かがエスターのスカートのポケットから落ちたのだが、エスターは気が付いていないようである。俺は身を屈めてそれを拾った。
 一つが五センチほどの銀色のビニールパックのつづら折りであった。五パックほどある。変な感触がしたので裏を裏返したら、こちらは中に収められているピンクのゴム製品が見える様に透明であった。ストッキングをくるくると丸めたようなピンクのゴム製品・・・・
 俺はベッドの枕元を見た。
 そこに整然と並べてあるウエットとドライのティッシュ二つの意味が分かったような気がした。
 ・・・・・・・・・・・・ナンテモノ、モッッテイルノデスカ、アナタハ・・・・・・・・・セイジュンナ、ビショウジョハ。コンナモノモッテイテハイケマセン・・・・・・
 俺は落ち着くために深呼吸をした。そして、考える。多分渡したのは祐子さんであろう事はたやすく想像出来る。受け取ったエスターも慌てたであろう。しかし、捨てるに捨てられずに、ポケットの中に入れたまま俺との会話でうっかりと忘れていたのであろう。この場合、エスターが男で俺が女の子であると考えると、俺がこれを【落としたよ】と渡した場合のエスターの反応が予想出来る。っていうか、俺がエスターに、はいこれ落としたよとコンドームを手渡されたら、かなりのパニック状態に陥る。これは男として、かなり凹む。
 だから俺はパルクの下にそれをそっと隠した。
 エスターがこちらを振り向いた。どうやら電話は終わったようである。
 「いいぞ、確認してくれ」
 俺は冷や汗をかいた笑顔で頷いた。やばかった、あと一ナノ秒でも遅かったら、エスターにばれていた。

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