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5,少しだけ賢くなりつつある子犬たち
5-2
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俺達がデモ出場者の集合場所に指定されている西館二階の第二視聴覚室に着くと、すでに俺達以外の出場チームは揃っていた。一番後ろの席に座ると、ざわめきとこちらを興味深そうに伺う視線が感じられた。俺達のチームが一年でも実習の成績が最低なのを知っているのだろう、あからさまに馬鹿にした呟きも聞こえたが、それは俺に限定された話題で、しかも思ったよりかは少ない。姫様がリーダーを務めているチームを面と向かって批判する強者は少ないと言うことである。
マリネルが俺の腕にしがみついてきた。
「びびるなって」
「ち、ちがうよ、友弥の悪口言ってる人がいるから、友弥が又凹まないか心配しているんだよ」
そう言いながらも、マリネルの手は震えていた。
「俺が凹むとしたら、俺以外の誰かがタイガーI型をかっさらって行った時だ」
「ぼ、僕はどっちかっていうと、パンサーのG型が好きだな」
「あれはあれで良いんだよなぁ・・・・ってそういえば、テリエさんが乗っている車知ってるか?レプリカだけど、シュビムワーゲンに乗っているんだぞ」
「え?うそ、タイプ128?166?」
「そこまでは知らないけど、リアに跳ね上げ式のスクリューも有ったぞ」
「あ、後で見せて貰おう」
マリネルが瞳を輝かせた。
「お前ら、少しは集中するという言葉を知らないのか?」
エスターに言われて、マリネルがさらに身を寄せてきた。
「そういうお前も、少しは落ち着けって、そう緊張していると良い判断も出来ないぞ」
「え?」
マリネルが不思議そうな顔をしてエスターに視線を向けた。
「・・・・・・」
エスターは大きなため息をついた。
「そうだな、私はいつもになく緊張状態にあるな・・・・」
「気張る必要はない、やれることをやる、これだけだ」
「そうだな」
「し、始まりますわよ」
ペイゼルが俺達を注意した。
第二視聴覚室の前の扉が開くと、二人の女性が入ってきた。
一人はミリミリ姉ちゃんであった。もう一人の五十絡みの女の人は見覚えがない。
その場の生徒全員が驚きに包まれて、視聴覚室内は騒然とした。
口々にサンダーバーズとか本物のミリエ・オーガスだとか呟いている。
第二視聴覚室のざわめきが引くのを待ち、穏和な口調で、五十絡みの女の人が自己紹介を始めた。
「マーキス・アラ・ミーヤです、救難クラスの統括責任者をやっております。三年生以下のチームの方々とはあまり会う機会はないので、あのおばちゃん誰だ、とか思っているかもしれませんね」
微かな笑いが起こった。
「さて、今年も文化祭の前哨戦として、新歓のデモが行われますが、毎年私が言っているように、上級生には下級生に腕の違いを見せつける良い機会です。ここで下級生に負けると、次は秋の文化祭まで面目は丸潰れになり、楽しい夏休みも無くなる事も有り得ますので、頑張ってください」
あちこちから笑い声と悲惨なうめき声が聞こえた。
「下級生は、先輩の顔を潰してでも自分の優秀さをアピールしてください、ただし一年生は残念ながら、勝てるとは思わないでください、私は長い間、救難クラスを受け持っていますが、一年生での歴代記録は二位に入ったチームが一つのみです、後は帰還すら出来たチームは有りません、逆に言えば、それだけ困難な内容となります」
マーキス先生は言葉を切り、生徒を見渡した。
「それでは、その一年生で二位に入ったチームの一人を紹介します、皆さんご存じかと思いますが、サンダーバーズのミリエ・オーガスさんです」
「ミリエ・オーガスという、元サンダーバーズのメインパイロットをやっていた、しけた女だ。今では書類整理と厄介な仕事ばかり押しつけられる、いわば使いっ走りの様な事をしているので、そろそろ結婚でもしてやろうかと密かに思っていたりもする」
俺は吹き出した。結婚?あのミリミリ姉ちゃんが?
そう思うと腹がよじれそうであった。
「と、友弥・・・」
マリネルに突っつかれて気が付いたが、誰も笑っていない、そればかりか笑った俺を信じられないモノでも見たような顔で見ている。
ミリミリ姉ちゃんが咳払いをした。
「どうやら、私の冗談は受けない様だから早々今回のデモの解説をするか」
マジで少し残念そうなミリミリ姉ちゃんである。いえ、俺的にはクリティカルでした。
「今回のデモの内容は、アクロが考えて私達が訓練に使用していた、シミュレーターの内容を一部変更したモノになる。ちなみに変更もアクロが自ら手をかけたものをマーキス先生と統合管理システム高天原に承認していただいたものだ」
第二視聴覚室が又ざわめいた。
「世間様では、アクロは既に死んでいるとかいう噂も有るみたいだが、どっこい、しぶとく生きている。憎まれっ子世にはばかるというのはああいうのを言うんだろうな。まぁ、あいつのことはどうでも良いとして、なぜお前達がここに集められたのか、理由は解るか?・・・・・って一年生には何のことを言っているのか分からないか」
えーと、と明らかに面倒くさそうにミリミリ姉ちゃんが続けた。
「例年だと、実習室のボートにエントリーしてから開始・・・・ですよね?先生」
ミリミリ姉ちゃんがマーキス先生に問いかけた。
そうですとマーキス先生が頷いた。
「でも、現場ではまずこのように集まって、ブリーフィングから始まる。内容を理解してそれから着替えて出発になるわけだ、さて、お前達の中でどれだけセンサーを馴染ませる訓練をしている者達がいる?本来のミッションとはもう始まっているってことだ。今から私がミッション内容を提示する。パルクを持っていないチームはないな?」
ミリミリ姉ちゃんは生徒達を見渡した。
エスターが手早くチームメンバーにリンクをかけてきた。
「これはあくまでも、デモだ、この時間帯は例年だと、この学校のほぼ全員がパルク等でこのイベントを見ている。どのチームの誰が、何をやってどう対処したのかも全て公開される。中にはそれを嫌がって手を抜くチームも有るが、それは、それで良いと私は思っている。ただ、一つ言えるのは、手を抜いたというのは言い訳には使えない。出た結果が全てだ。それを受け入れられないのなら、手は抜かない方が身のためだ。まぁ、敗者と言われるのに耐えられるのならば、手を抜いて操船技術を秘匿するのも手だな。と言うわけで、今から十分間時間を与える、各チームで協議しろ、十分後に私が合図したら、お前達は各チームに与えられた更衣室まで走りシミュレータに搭乗することになる。いいか?内容を提示する」
ミリミリ姉ちゃんの言葉と供に、ミッション内容が公開された。
各チームは表層心理通信の無音モードで内容の検討を始める。
救難要ターゲットは一万二千ループの彼方で次元座礁した高速軍事パトロール船。乗員五名、救難要請はパトロール船から発信されている・・・・・・
『す、凄い辺境だね・・・・っていうだけ?』
マリネルが呟いた。
『そう思うか?』
エスターがターゲットの情報が無いことを示した。
高速軍事パトロール船の機種情報を検索するが、不明となっている。
『すげー胡散臭い』
俺は思わず苦笑してしまった。
『友弥、この船はどうして時空間座礁したと思う?』
『さぁ?ただ言えるのは、なんでこんな辺境に行ったのか?っていうことだよね』
『何が言いたい?』
エスターが問いかけてきた。
『そもそもこんな辺境で軍事パトロールが何の用が有るんだ?軍事パトロール船って、基本的に国境ラインを警備するモノだろ?考えられるのは大きく二つかな、一つは目的があってそこに行った、二つめは図らずもそこに行った』
『前と後じゃかなり状況が変わるな』
エスターが呟いた。
『前者だと確信犯、つまり最悪我々に対して何らかの悪意を持つ者達の可能性も否定できない。後者だと逃亡中の操船ミスや、純粋な事故もあり得る』
エスターが淡々と言葉を続けた。俺はじゃあと次の質問をした。
『時空間座礁の主な要因と言えば、なにが考えられる?』
『主な理由は、重力嵐、エンジン暴走、湾曲空間での測量ミスは人的要因に含まれるな』
エスターが出した答えに俺は考えを述べる。
『人的要因ではわざと座礁したのも含まれるよな』
『わざと座礁した?』
俺とエスターの会話をブラッゲとマリネルがきょとんとした顔で見ていた。
俺とエスターはこの手の会話には慣れていた。居残り訓練の前に、そもそも実習に出された課題の状況は,誰がどのようにして引き起こした結果であるかを話し合っていたのだ。
例えそれが的外れであっても可能性を検討する。それが将来自分たちが対面するであろう予期せぬ出来事に対抗する唯一の手段だと考えたのだ。平たく言えば、心構えだけはしておこうということである。
『現地の情報は?』
エスターの言葉に俺は資料をスクロールさせて確認をする。
『今調べてる・・・・・って重力嵐がすごいな・・・・これだと確かに座礁する可能性が大きい』
『次元断層もある、こんな所にわざわざ出向く者は自殺志願者か開拓者ぐらいなものだな』
エスターが呆れたようにスクロールさせた情報に視線を落とした。
『自殺しようと思ったが、怖くなって助けを求めた?』
『迷惑な話だが、そうなるとかなり厄介な話になるな・・・救助中にまた気が変わったら、巻き添えを食らう可能性がある』
じゃあと俺は続けた。
『開拓者が軍事パトロール艇を盗んで開拓地に向かおうとしたが、事故った?』
『それは、開拓者である以前に犯罪者だな・・・・救助艇を乗っ取られる可能性もある』
『亡命の為にわざと座礁したということは?っていうか、ステイン星系で亡命ってあるのか?』
『あり得る、その場合は我々と敵対する立ち位置で軍隊が出てくる可能性もある。一番考えたくない状況だな』
『・・・・・・やっぱり二人とも仲が良いね・・・・・』
マリネルがぼそりと呟いた。
『は?』
俺とエスターがそろって振り向いた。いつの間にか俺とエスターは頭をくっつけるようにして、いつもの如く可能性の検討に没頭していた。
『な、な、な、何を言う・・・・・お前達も参加しないか!』
顔を真っ赤に染めたエスターが狼狽えた。
『でもねぇ』
マリネルがブラッゲを振り返った。
『今の雰囲気に僕達、割り込めると思う?』
『・・・無理だ』
きっぱりとブラッゲが言い切った。
『む、無理なことはない、さぁ、お前達も参加しろ』
『いいからいいから、気にしないでね。僕とブラッゲで向こうの端の方でルートの検討でもしているから』
優しげな微笑みを浮かべたマリネルがパルクの画面端を指さしてそう言った。
『・・・・・・・・』
エスターが顔を真っ赤にしながら、口をぱくぱくさせ、握り拳をふるわせた。
しかし目を閉じて姿勢を正し、深く深呼吸をするエスター。
そのエスターがゆっくりと目を開いた。
『・・・・・・四の五の言わずに、意見を述べろ』
地の底から響いてくるような、それでいて静かなエスターの声が響いた。
もの凄く迫力があるエスターであった。
その声にブラッゲとマリネルが震え上がった。
やべぇ、やり過ぎたとブラッゲが呟いた。
ノエル・フェス・クラーナは二人の友人と中庭にいた。
購買部の仕事でかき入れ時の昼が終わり、遅めの昼食を取るか、そろそろ始まる救難クラスのデモの見学に行くかを友人達と話し合った結果、全員デモの見学に賛同したので、デモを見ようとしたのだが、あの清楚な友弥、そして故郷ではテレビ越しでしか見たことのない姫様の走る姿を一目見ようと考える生徒はノエル達だけではなく、第二実習室へ至る廊下の壁際は既に隙間無く人に埋め尽くされていた。
当然、第二実習室は定員オーバー状態になっており、結果として諦めざるを得なかった三人は中庭で購買部員に特別支給された昼食を取ることにしたのだ。
中庭に植えられている木の根元は芝生が敷き詰められて、昼はちょっとした賑わいを見せているが、今はノエル達三人の他は、人影はまばらで、せいぜい六人程度しかいなかった。
「マヤちん、頑張ったねぇ」
フィランがいきなり膝を付き、肩で息をしているマヤに声を掛けた。
マヤは対人恐怖症である。そのマヤが文句も言わずに、人が溢れる廊下や第二実習室前まで付いてきたのだ、これは珍しいことである。
マヤははこの対人恐怖症克服のため購買部に入ったのである。
本人に自覚と克服する意思があるため、トラミナ部長も購買部に入部を許可したのだ。この時、購買部に入ることは、トラミナの弟子になると言うことに気が付いていなかったマヤだが、今では当たり前のように、週に二回のトラミナ道場に通っている。
「ひ、引きこもりたい・・・・・・・」
「まぁまぁそう言わないで、ほらぁ、私のミートボール一個上げるから」
フィランが持ち前のおっとりした口調で弁当からミートボールを箸で摘むと、マヤに差し出した。
あぐっと噛みつき、美味しそうに咀嚼するマヤをよそに、ノエルは弁当を下に置き、バッグの中からパルクを取り出した。腕時計を確認すると、そろそろデモが開始される時間である。
「私のパルク・・・出す?」
マヤの言葉にフィランとノエルが顔を見合わせた。
マヤは元救難クラスの出身である。一年の時は救難クラスであり、上位三位までに入っていたチームの一員であったが、第二種空間物理学にのめり込み、こちらに移ってきたかなり珍しい女であった。ノエル達にしてみれば信じられない事であるが、本人は救難クラスにさほどの未練も感じていないらしく、それどころか、こちらのクラスに入った途端学年首位に立ち、休み時間でも、パルクを開き趣味の勉強をしているという変わり種でもあった。尊敬する人物がオーツ夫人と言うところから、今回マヤが見てみたかったのは、その息子のマリネルかもしれない。
「マヤのパルクか・・・・・魅力的ではあるね・・・・」
マヤのパルクはかなりカスタマイズされている。自作プログラムによりインタフェースにも手を加えられているが、無駄な動作を全て排除しているおかげか、同じパルクとは思えないほどの処理能力を発揮している。
ノエルとてパルクをカスタマイズしているが、マヤの足下には及ばない。
但し、マヤのパルクには本来有ってはならない裏の情報や、はたまた十八禁のソフトが無造作に置かれているのである。
三人は同じ寮部屋であるが、一緒に宿題をやっていて、いきなり男の全裸写真の上に公式が走り書きされたファイルを見せられて、ここに公式があると言われても焦るばかりである。
しかし毎年このデモを見るために、学校側の回線は混雑するのである。その上今回は、デクル姫と美少年の友弥、そして大天才の異名を取るマリネル、最年少で騎士の位を授けられたブラッゲの組み合わせのチームである。六年のトップチームよりモニターを行う生徒は多いはずである。
ノエル達は渋々とマヤのパルクにリンクした。
相変わらず、混沌としたデスクトップであった。ファイルの下にファイルが隠れている事などざらに有るのである。
「あ、そこのファイルは見ない方が良いと思う、特にノエルは」
「なんのファイル?」
「エロファイル、コラージュだけど、昨日誰かが作ったらしい、矢田貝君のオールヌード」
「な、なんて不謹慎な、あの清純な彼に、そ、そんな事をするなど」
「ノエルったら、鼻血出てるわよ」
リアルで慌てて鼻を押さえたノエルの手に生暖かい鼻血が流れ落ちた。
「本当に、ノエルってば、男の子に関しては全く免疫が無いから」
フィランが手渡したティッシュを丸めて鼻に詰める。
「あ、既に始まっている・・・・内容が公開されている」
慌てて二人が覗き込んだ。
マリネルが俺の腕にしがみついてきた。
「びびるなって」
「ち、ちがうよ、友弥の悪口言ってる人がいるから、友弥が又凹まないか心配しているんだよ」
そう言いながらも、マリネルの手は震えていた。
「俺が凹むとしたら、俺以外の誰かがタイガーI型をかっさらって行った時だ」
「ぼ、僕はどっちかっていうと、パンサーのG型が好きだな」
「あれはあれで良いんだよなぁ・・・・ってそういえば、テリエさんが乗っている車知ってるか?レプリカだけど、シュビムワーゲンに乗っているんだぞ」
「え?うそ、タイプ128?166?」
「そこまでは知らないけど、リアに跳ね上げ式のスクリューも有ったぞ」
「あ、後で見せて貰おう」
マリネルが瞳を輝かせた。
「お前ら、少しは集中するという言葉を知らないのか?」
エスターに言われて、マリネルがさらに身を寄せてきた。
「そういうお前も、少しは落ち着けって、そう緊張していると良い判断も出来ないぞ」
「え?」
マリネルが不思議そうな顔をしてエスターに視線を向けた。
「・・・・・・」
エスターは大きなため息をついた。
「そうだな、私はいつもになく緊張状態にあるな・・・・」
「気張る必要はない、やれることをやる、これだけだ」
「そうだな」
「し、始まりますわよ」
ペイゼルが俺達を注意した。
第二視聴覚室の前の扉が開くと、二人の女性が入ってきた。
一人はミリミリ姉ちゃんであった。もう一人の五十絡みの女の人は見覚えがない。
その場の生徒全員が驚きに包まれて、視聴覚室内は騒然とした。
口々にサンダーバーズとか本物のミリエ・オーガスだとか呟いている。
第二視聴覚室のざわめきが引くのを待ち、穏和な口調で、五十絡みの女の人が自己紹介を始めた。
「マーキス・アラ・ミーヤです、救難クラスの統括責任者をやっております。三年生以下のチームの方々とはあまり会う機会はないので、あのおばちゃん誰だ、とか思っているかもしれませんね」
微かな笑いが起こった。
「さて、今年も文化祭の前哨戦として、新歓のデモが行われますが、毎年私が言っているように、上級生には下級生に腕の違いを見せつける良い機会です。ここで下級生に負けると、次は秋の文化祭まで面目は丸潰れになり、楽しい夏休みも無くなる事も有り得ますので、頑張ってください」
あちこちから笑い声と悲惨なうめき声が聞こえた。
「下級生は、先輩の顔を潰してでも自分の優秀さをアピールしてください、ただし一年生は残念ながら、勝てるとは思わないでください、私は長い間、救難クラスを受け持っていますが、一年生での歴代記録は二位に入ったチームが一つのみです、後は帰還すら出来たチームは有りません、逆に言えば、それだけ困難な内容となります」
マーキス先生は言葉を切り、生徒を見渡した。
「それでは、その一年生で二位に入ったチームの一人を紹介します、皆さんご存じかと思いますが、サンダーバーズのミリエ・オーガスさんです」
「ミリエ・オーガスという、元サンダーバーズのメインパイロットをやっていた、しけた女だ。今では書類整理と厄介な仕事ばかり押しつけられる、いわば使いっ走りの様な事をしているので、そろそろ結婚でもしてやろうかと密かに思っていたりもする」
俺は吹き出した。結婚?あのミリミリ姉ちゃんが?
そう思うと腹がよじれそうであった。
「と、友弥・・・」
マリネルに突っつかれて気が付いたが、誰も笑っていない、そればかりか笑った俺を信じられないモノでも見たような顔で見ている。
ミリミリ姉ちゃんが咳払いをした。
「どうやら、私の冗談は受けない様だから早々今回のデモの解説をするか」
マジで少し残念そうなミリミリ姉ちゃんである。いえ、俺的にはクリティカルでした。
「今回のデモの内容は、アクロが考えて私達が訓練に使用していた、シミュレーターの内容を一部変更したモノになる。ちなみに変更もアクロが自ら手をかけたものをマーキス先生と統合管理システム高天原に承認していただいたものだ」
第二視聴覚室が又ざわめいた。
「世間様では、アクロは既に死んでいるとかいう噂も有るみたいだが、どっこい、しぶとく生きている。憎まれっ子世にはばかるというのはああいうのを言うんだろうな。まぁ、あいつのことはどうでも良いとして、なぜお前達がここに集められたのか、理由は解るか?・・・・・って一年生には何のことを言っているのか分からないか」
えーと、と明らかに面倒くさそうにミリミリ姉ちゃんが続けた。
「例年だと、実習室のボートにエントリーしてから開始・・・・ですよね?先生」
ミリミリ姉ちゃんがマーキス先生に問いかけた。
そうですとマーキス先生が頷いた。
「でも、現場ではまずこのように集まって、ブリーフィングから始まる。内容を理解してそれから着替えて出発になるわけだ、さて、お前達の中でどれだけセンサーを馴染ませる訓練をしている者達がいる?本来のミッションとはもう始まっているってことだ。今から私がミッション内容を提示する。パルクを持っていないチームはないな?」
ミリミリ姉ちゃんは生徒達を見渡した。
エスターが手早くチームメンバーにリンクをかけてきた。
「これはあくまでも、デモだ、この時間帯は例年だと、この学校のほぼ全員がパルク等でこのイベントを見ている。どのチームの誰が、何をやってどう対処したのかも全て公開される。中にはそれを嫌がって手を抜くチームも有るが、それは、それで良いと私は思っている。ただ、一つ言えるのは、手を抜いたというのは言い訳には使えない。出た結果が全てだ。それを受け入れられないのなら、手は抜かない方が身のためだ。まぁ、敗者と言われるのに耐えられるのならば、手を抜いて操船技術を秘匿するのも手だな。と言うわけで、今から十分間時間を与える、各チームで協議しろ、十分後に私が合図したら、お前達は各チームに与えられた更衣室まで走りシミュレータに搭乗することになる。いいか?内容を提示する」
ミリミリ姉ちゃんの言葉と供に、ミッション内容が公開された。
各チームは表層心理通信の無音モードで内容の検討を始める。
救難要ターゲットは一万二千ループの彼方で次元座礁した高速軍事パトロール船。乗員五名、救難要請はパトロール船から発信されている・・・・・・
『す、凄い辺境だね・・・・っていうだけ?』
マリネルが呟いた。
『そう思うか?』
エスターがターゲットの情報が無いことを示した。
高速軍事パトロール船の機種情報を検索するが、不明となっている。
『すげー胡散臭い』
俺は思わず苦笑してしまった。
『友弥、この船はどうして時空間座礁したと思う?』
『さぁ?ただ言えるのは、なんでこんな辺境に行ったのか?っていうことだよね』
『何が言いたい?』
エスターが問いかけてきた。
『そもそもこんな辺境で軍事パトロールが何の用が有るんだ?軍事パトロール船って、基本的に国境ラインを警備するモノだろ?考えられるのは大きく二つかな、一つは目的があってそこに行った、二つめは図らずもそこに行った』
『前と後じゃかなり状況が変わるな』
エスターが呟いた。
『前者だと確信犯、つまり最悪我々に対して何らかの悪意を持つ者達の可能性も否定できない。後者だと逃亡中の操船ミスや、純粋な事故もあり得る』
エスターが淡々と言葉を続けた。俺はじゃあと次の質問をした。
『時空間座礁の主な要因と言えば、なにが考えられる?』
『主な理由は、重力嵐、エンジン暴走、湾曲空間での測量ミスは人的要因に含まれるな』
エスターが出した答えに俺は考えを述べる。
『人的要因ではわざと座礁したのも含まれるよな』
『わざと座礁した?』
俺とエスターの会話をブラッゲとマリネルがきょとんとした顔で見ていた。
俺とエスターはこの手の会話には慣れていた。居残り訓練の前に、そもそも実習に出された課題の状況は,誰がどのようにして引き起こした結果であるかを話し合っていたのだ。
例えそれが的外れであっても可能性を検討する。それが将来自分たちが対面するであろう予期せぬ出来事に対抗する唯一の手段だと考えたのだ。平たく言えば、心構えだけはしておこうということである。
『現地の情報は?』
エスターの言葉に俺は資料をスクロールさせて確認をする。
『今調べてる・・・・・って重力嵐がすごいな・・・・これだと確かに座礁する可能性が大きい』
『次元断層もある、こんな所にわざわざ出向く者は自殺志願者か開拓者ぐらいなものだな』
エスターが呆れたようにスクロールさせた情報に視線を落とした。
『自殺しようと思ったが、怖くなって助けを求めた?』
『迷惑な話だが、そうなるとかなり厄介な話になるな・・・救助中にまた気が変わったら、巻き添えを食らう可能性がある』
じゃあと俺は続けた。
『開拓者が軍事パトロール艇を盗んで開拓地に向かおうとしたが、事故った?』
『それは、開拓者である以前に犯罪者だな・・・・救助艇を乗っ取られる可能性もある』
『亡命の為にわざと座礁したということは?っていうか、ステイン星系で亡命ってあるのか?』
『あり得る、その場合は我々と敵対する立ち位置で軍隊が出てくる可能性もある。一番考えたくない状況だな』
『・・・・・・やっぱり二人とも仲が良いね・・・・・』
マリネルがぼそりと呟いた。
『は?』
俺とエスターがそろって振り向いた。いつの間にか俺とエスターは頭をくっつけるようにして、いつもの如く可能性の検討に没頭していた。
『な、な、な、何を言う・・・・・お前達も参加しないか!』
顔を真っ赤に染めたエスターが狼狽えた。
『でもねぇ』
マリネルがブラッゲを振り返った。
『今の雰囲気に僕達、割り込めると思う?』
『・・・無理だ』
きっぱりとブラッゲが言い切った。
『む、無理なことはない、さぁ、お前達も参加しろ』
『いいからいいから、気にしないでね。僕とブラッゲで向こうの端の方でルートの検討でもしているから』
優しげな微笑みを浮かべたマリネルがパルクの画面端を指さしてそう言った。
『・・・・・・・・』
エスターが顔を真っ赤にしながら、口をぱくぱくさせ、握り拳をふるわせた。
しかし目を閉じて姿勢を正し、深く深呼吸をするエスター。
そのエスターがゆっくりと目を開いた。
『・・・・・・四の五の言わずに、意見を述べろ』
地の底から響いてくるような、それでいて静かなエスターの声が響いた。
もの凄く迫力があるエスターであった。
その声にブラッゲとマリネルが震え上がった。
やべぇ、やり過ぎたとブラッゲが呟いた。
ノエル・フェス・クラーナは二人の友人と中庭にいた。
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当然、第二実習室は定員オーバー状態になっており、結果として諦めざるを得なかった三人は中庭で購買部員に特別支給された昼食を取ることにしたのだ。
中庭に植えられている木の根元は芝生が敷き詰められて、昼はちょっとした賑わいを見せているが、今はノエル達三人の他は、人影はまばらで、せいぜい六人程度しかいなかった。
「マヤちん、頑張ったねぇ」
フィランがいきなり膝を付き、肩で息をしているマヤに声を掛けた。
マヤは対人恐怖症である。そのマヤが文句も言わずに、人が溢れる廊下や第二実習室前まで付いてきたのだ、これは珍しいことである。
マヤははこの対人恐怖症克服のため購買部に入ったのである。
本人に自覚と克服する意思があるため、トラミナ部長も購買部に入部を許可したのだ。この時、購買部に入ることは、トラミナの弟子になると言うことに気が付いていなかったマヤだが、今では当たり前のように、週に二回のトラミナ道場に通っている。
「ひ、引きこもりたい・・・・・・・」
「まぁまぁそう言わないで、ほらぁ、私のミートボール一個上げるから」
フィランが持ち前のおっとりした口調で弁当からミートボールを箸で摘むと、マヤに差し出した。
あぐっと噛みつき、美味しそうに咀嚼するマヤをよそに、ノエルは弁当を下に置き、バッグの中からパルクを取り出した。腕時計を確認すると、そろそろデモが開始される時間である。
「私のパルク・・・出す?」
マヤの言葉にフィランとノエルが顔を見合わせた。
マヤは元救難クラスの出身である。一年の時は救難クラスであり、上位三位までに入っていたチームの一員であったが、第二種空間物理学にのめり込み、こちらに移ってきたかなり珍しい女であった。ノエル達にしてみれば信じられない事であるが、本人は救難クラスにさほどの未練も感じていないらしく、それどころか、こちらのクラスに入った途端学年首位に立ち、休み時間でも、パルクを開き趣味の勉強をしているという変わり種でもあった。尊敬する人物がオーツ夫人と言うところから、今回マヤが見てみたかったのは、その息子のマリネルかもしれない。
「マヤのパルクか・・・・・魅力的ではあるね・・・・」
マヤのパルクはかなりカスタマイズされている。自作プログラムによりインタフェースにも手を加えられているが、無駄な動作を全て排除しているおかげか、同じパルクとは思えないほどの処理能力を発揮している。
ノエルとてパルクをカスタマイズしているが、マヤの足下には及ばない。
但し、マヤのパルクには本来有ってはならない裏の情報や、はたまた十八禁のソフトが無造作に置かれているのである。
三人は同じ寮部屋であるが、一緒に宿題をやっていて、いきなり男の全裸写真の上に公式が走り書きされたファイルを見せられて、ここに公式があると言われても焦るばかりである。
しかし毎年このデモを見るために、学校側の回線は混雑するのである。その上今回は、デクル姫と美少年の友弥、そして大天才の異名を取るマリネル、最年少で騎士の位を授けられたブラッゲの組み合わせのチームである。六年のトップチームよりモニターを行う生徒は多いはずである。
ノエル達は渋々とマヤのパルクにリンクした。
相変わらず、混沌としたデスクトップであった。ファイルの下にファイルが隠れている事などざらに有るのである。
「あ、そこのファイルは見ない方が良いと思う、特にノエルは」
「なんのファイル?」
「エロファイル、コラージュだけど、昨日誰かが作ったらしい、矢田貝君のオールヌード」
「な、なんて不謹慎な、あの清純な彼に、そ、そんな事をするなど」
「ノエルったら、鼻血出てるわよ」
リアルで慌てて鼻を押さえたノエルの手に生暖かい鼻血が流れ落ちた。
「本当に、ノエルってば、男の子に関しては全く免疫が無いから」
フィランが手渡したティッシュを丸めて鼻に詰める。
「あ、既に始まっている・・・・内容が公開されている」
慌てて二人が覗き込んだ。
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