オーバー・ターン!

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5,少しだけ賢くなりつつある子犬たち

5-3

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 俺達が改めて現地までのルートを検討していると、ミリミリ姉ちゃんがそろそろ時間だと全員に伝えた。
 『俺達のシミュレータはどこだ?』
 『東館地下の第二実習室の二号機だ』
 『東館というとあっちか』
 俺は窓を仰ぎ見た。
 『時間との戦いでも有るんだよな』
 『私達一年は、みそっかすだからな。一番遠方のシミュレータが割り当てられている』
 『じゃあ、急いで行こうか』
 『うわ、友弥のその笑顔・・・・凄く不吉・・・・』
 マリネルが引いた。
 『マリネルはお前が面倒を見るのか?』
 エスターが聞いてきた。どうやらエスターも同じ事を考えていたらしい。
 「カウントダウンを開始する」
 ミリミリ姉ちゃんがカウント十から数え始め、ゼロになると、その場にいた生徒達は一斉に立ち上がり、出入り口に殺到した。
 「いくぞ」
 「ま、マジでやるのか?」
 エスターの宣言に、ブラッゲが叫んだ。
 俺はマリネルを抱えた、そしてブラッゲが混雑するドアとは反対側の窓を開けた。
 俺達の行動に、ミリミリ姉ちゃんとマーキス先生があっけに取られた顔をした。
 俺達は一番短距離を選んだ、それが出来ると判断したからだ。
 窓に足をかけて、二階から飛び出した。


 「これって、どういう内容なの?難しいの?」
 フィランがマヤに聞いた。
 「デモミッションとしては、かなり異常、こんなに本番を想定したのは初めて見た、公開された情報は事実のみで、状況は推察するしかない」
 「これってアクロがデザインしたって書いてあるな」
 「サンダーバーズのシミュレータの改変らしい、すごいね、こんなのを惜しみなく出すんだ、今頃他の救難会社も慌てていると思う・・・・とくにシミュレータ担当官あたり・・・ほら、外部からのモニター申請が凄い量になっている。これ、本国で今晩のニュースになる」
 ステイン星系だけではなく、第二種人型生命体連合の各救難会社のシミュレータ内容は一般的に極秘扱いされ、社外に公開されることはない。
 シミュレータデータはその会社のノウハウの集大成であり、そのノウハウは社員が命をかけて収集した情報であるからだ。
 「一般公開って、外部にもされるものなの?」
 フィランの言葉にマヤが頷いた。
 「申請が有れば、有料で見る事が出来る。主に救難会社が新人の発掘に使うらしい」
 「あーー、やっぱり矢田貝君が走っているところ見たかったな」
 ノエルの言葉にそうねぇとフィランが呟いた。
 「あの矢田貝君がマリネル君の手をとって走る姿、見てみたかったわぁ」
 うっとりと呟くフィランの目は異様に潤んでいた。
 「走っている所じゃないけど、二人のコラなら有る」
 「ちょうだい、後でちょうだい」
 「お前達、あの二人をそんな目で・・・うぐ」
 鼻血が一層吹き出したノエルが蹲った。
 「一番変なことを想像しているのは、ノエルじゃない、マヤは一言もエロいコラだっていって無いわよ?」
 まぁ、確かにエロなんだけどねと呟くマヤの言葉を背に、フィランが新しいティッシュを渡した。
 改めて鼻に詰め直したノエルは、誤魔化すように咳払いした。
 「そろそろ始まる」
 「あ、本当だカウントが開始された」
 第二視聴覚室の辺りで、盛大な歓声が沸き上がった。
 ノエルはカーテンが引かれている第二視聴覚室の窓を仰ぎ見た。
 その時、人影がカーテンと窓を開けた。
 「え?」
 ノエルが驚きの声を上げるのと同時に、その窓から人影が飛び出てきた。
 先に飛び出たのは、金髪の史上最年少で騎士の称号を持つ少女。
 風に捲れ上がるスカートを気にもせずに見事な着地と同時に走り出す。
 続いたのは、氷の妖精の異名を持つ畏怖と供に尊敬の念がわき起こるデクル姫。
 長い黒髪をなびかせて、こちらもスカートを気にもせず、綺麗に着地すると、無表情のまま騎士の後を追う。
 最後は恐怖の叫び声を上げる世紀の大天才を抱いて空中に踊り出てきた美少年。
 前の二人より長い距離を目指して飛び出した彼は着地と同時にこちらに気が付き、はにかんだ様な顔で会釈をしてきたが直ぐにそのまま二人に続く。
 三人の前を横切った四人は、デクル姫の指示に従い窓が開け放しの教室にまるで陸上のハードルを跳び越えるように飛び込んで行く。
 少しの間が空き、飛び込んだ先がざわめき、それが歓声となり中庭まで響いてきた。
 「・・・・・・・」
 暫くの間、三人は固まっていた。
 「ここにいてよかった?」
 ノエルが呆然としたまま呟いた。
 フィランとマヤがゆっくりと頷いた。


 「・・・・呆れたわね、貴方たちでもここまで無茶はしなかった」
 エントリーチームが全員出払い、空になった第二視聴覚教室の窓から中庭を確認したマーキスが微笑みながらミリエを振り向いた。
 「まぁなんて言うのか、無茶な女と慎重な男が子供を作ると無謀になるのかなと」
 「笑えない冗談ね」
 「まぁ、冗談ではないですから」
 二人は、視聴覚室の後方に授けられたドアに向かった。視聴覚室の制御室である。この視聴覚室は映画館の様な構造になっており、視聴覚室のスクリーン制御などを行うことができる部屋である。
 そこにアジスと五名程の教師がいた。
 「どうですか?」
 マーキスの言葉に一人の教師が、まだ誰もたどり着いていませんと答えた。
 「ちょっと待て、今一年のチームが更衣室に入った・・・・ってあいつらワープでもしたのか?なんで一番遠い奴らが一番早い?」
 「まぁ。なんというか」
 ミリエが呟いた。
 「ワープというか、ショートカット?」
 「そのままじゃないですか」
 マーキスが呆れたように呟いた。


 更衣室に飛び込んだ俺達は、それぞれの個室に向かった。
 「いいか?焦るなよ、センサーを馴染ませずにこの部屋から出たら、その時点で終わりだ、時間は稼いだ筈だ、いつもより時間をかけてでも馴染ませろ、いいな」
 エスターの言葉に俺達は頷いた。
 スーツに取り付けられたセンサーは、シミュレータのAIと相性が悪い。いや、悪いと表現するのは語弊がある。
 スーツのセンサーとシミュレータのAIセンサーは互いに監視をしており、搭乗する時点で互いのハンドシェイクは行われるのだが、その際のハンドシェイク情報をデフォルトとして互いの状態をやりとりするため、センサーが馴染んでないと、誤情報がシミュレータAIに通知され、シミュレータ運用中に思わぬ誤動作が発生してしまうのだ。
 例えば酸素濃度予測センサーが馴染んでいないと、シミュレータの中で時間と共に馴染んだセンサーの値を誤解して、酸素濃度が少なく供給される場合があるそうだ。
 これを防止するために、平均的な個人情報をシミュレータAIが記憶しており、その値からかけ離れた場合、シミュレータAIから、スーツのセンサーに全て初期状態に戻す命令が下され、シミュレータが動かない様に安全装置が作動するのだ。
 その場合、全員がまたセンサーを馴染ませる事からやり直しになるのだ。これはかなりのタイムロスとなるのだ。
 俺はいつもの通りにボディスーツを着込むと、やはりいつもの通りにセンサーは馴染んでいた。視界に投影された各種パラメータもオールグリーンとなっている。
 『あ、焦るなって言われても、友弥の馴染み具合を見ると、いつも焦るよぉ』
 マリネルが焦る心を抑えながら、必死にセンサーを馴染ませているのが分かる。
 『それっていつもの事だから、今更、改めて焦る必要も無いんじゃないか?』
 『あ・・・・そっか』
 俺の言葉に気が付いたようにマリネルが言った。少しは気が楽になったようだ。
 『じゃあ先に行っているぞ』
 俺はヘルメットを手にした。
 俺が実習室に足を踏み入れると、いきなり歓声が沸き上がった。
 思わすたじろいでしまう。
 そこはギャラリーで覆い尽くされていた。流石にシミュレーターの周囲に人は立ち入ってはいないが、実習室を取り囲むように備え付けられているキャットウオークや、各シミュレータの状況が大きなスクリーンに投影されているシミュレーター管理ステージには人が溢れかえっている。
 『どうした?』
 俺の驚きを察したエスターが聞いてきた。
 『ギャラリーが凄い・・・・』
 俺の視覚にアクセスしてきたエスターがそうか?と平然と聞き返してきた。
 『まだ少ない方だと思うが?』
 『ああ、謁見の間の民衆に比べたら、いないも同然だな』
 『すみません、王女様と騎士様の常識は俺には非常識ですので・・・』
 『ぼくも、僕も非常識だと思うよ友弥、でも友弥、そういいつつ、全然動揺していないね?』
 『驚きはしたけどね、何を好きこのんでわざわざ見に来たんだか・・・六年のトップチームはここにこないって知らないのか?』
 『友弥、まだ自覚ないんだ・・・・』
 何をと俺は聞き返したが、マリネルは大きなため息をつき、別にと返してきた。
 『それより、今回の配置はどうする?』
 『ブラッゲが上段前、私が上段後部、友弥が下段前、マリネルが下段後部』
 『おー、レギュラーポジション』
 俺は二号機にとりつくと、上段後部、上段前部、下段後部と次々にそれぞれのリンクを確立させていく。最後に下段前部を自分にリンクして、シートに潜り込んだ。全てのチェックを終えて、外部の様子を見ることにした。
 『上級生もいるみたいだな、音声は拾えるか?』
 『それはマリネルに一任』
 エスターの言葉をマリネルに丸投げした。センサーの馴染ませるのにもちょうど良いかもしれない。
 『やる、どこの人たち?』
 『あれだ、四年のチーム。本来は二位の成績だが、リーダーのリンエ・プローズが怪我のため、不参加になったチームだ』
 シミュレータの外部センサーを示してエスターがキャットウオーク上の一団を示した。
 【何分だ?】
 首から腕を吊ったリーダーとおぼしき女生徒が、隣のパルクを覗いている女生徒に話しかけた声が俺達の耳に届いた。流石にマリネルである。対応が素早い。
 【七分かかってない・・・・】
 【そんな短時間でセンサーを馴染ませ、全員のリンクを確率した上で、自分の担当チェックは全て終わっているだと?なんの冗談だ・・・・殆ど着替えの時間しか掛かっていないじゃないか・・・・】
 『そうなのか?』
 俺の言葉にエスターがあきれた声で返してきた。
 『言ったはずだが?』
 【ちょ、ちょっとまって、何このカーネル・・・・・・見たこともないカーネルが動いてる・・・・ミカ、解析出来る?】
 【今やっている・・・・・・・って、嘘、あの状態で、外部スキャンしている・・・・そんなことできるの?・・・・・ターゲットは・・・・は私達ぃ?】
 あーー、とマリネルの声。
 『みんな、手元のパルクで、二号機の状態モニターにアクセスしてる』
 『一般公開されている管理ポート以外から直接アクセスしているのはいるか?』
 『いる、ブロックした、偽情報を偽情報だと分かるように流しておくね』
 『上出来だ』
 【ブロックされた・・・・】
 【信じられんな・・・】
 【でも、リンエ、これ見て、これ】
 【・・・・・・キャプチャしとけ、後で壁紙にする】
 【おっけー】
 『マリネル、どんな情報流したんだ?』
 『友弥の写真、この間撮ったプリクラの僕の部分だけ切り落とした奴』
 俺は吹き出した。
 『頼むから、そういうのは本人の許可を得てからにしてくれ』
 『得れば良いのか?』
 ブラッゲが突っ込んできた。
 『ああ、絶対に許可しないがな、っていうか、早く来い、俺だけ見せ物にするな』
 『アイドルは辛いよな』
 『ぶっ飛ばす』
 『乱数生命体保護をかけていない流出した情報は消せないぞ』
 エスターの冷静な突っ込みに俺は頭を抱えた。
 かわいいーーーーーー
 俺が頭を抱えると、そんな声があちこちから直接聞こえてきた。
 『友弥、泣いてるの?』
 『情けなくてな・・・・』
 俺のモチベーションが一秒ずつ削り取られて行くような気がしてならない。

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