オーバー・ターン!

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5,少しだけ賢くなりつつある子犬たち

5-4

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 黄色い歓声の中、俺のモチベーションポイントがエンプティーになる直前にやっとで三人が実習室に姿を現した。腰が引けるマリネルの手をブラッゲが引いて走る。
 『待たせた』
 エスターのいつもの言葉である。
 『もう少しで、俺は泣いて帰るところだった』
 そう言いながら、上段前に飛び上がろうとしたブラッゲの足を掴む。
 『あ、あぶねえ、何するんだ』
 ブラッゲの抗議に俺は自分の肩を叩いた。
 『わ、私は男を踏む事は出来ない・・・』
 『縁起を担いでいけ』
 マリネルの肩に足をかけて上段後部に潜り込むエスターを顎でしゃくってみせた。
 『・・・・』
 ブラッゲの足が俺の肩に掛かり上段前に乗り込もうとした瞬間、盛大なブーイングがわき起こった。
 わたしの友弥様に足をかけるとは、お前、それでも騎士かーーーー
 あちこちからのブーイングにブラッゲが凹んだ。
 『友弥、ブラッゲをはめた?』
 ハーネスを締めているマリネルの言葉に俺は親指を立てた。
 『て、テメェ、後で覚えていろよ』
 『無駄口を叩いているお暇があるのなら、さっさとハーネスをお締めなさい』
 俺のペイゼルの口まねにマリネルが受けた。
 『ぶっ飛ばす、ぜってーに後でぶっ飛ばす』
 『俺のMPがエンプティー近くになるまで放置した報いだ』
 『予備起動開始』
 『予備起動確認』
 エスターの予備起動宣言とマリネルの確認宣言がなされた。
 シミュレータのドアが閉じ、上段と下段のシートが上下に動き、間を仕切る防護壁が競り出てくる。
 『第一ルート候補を提示した、マリネル、検証しろ』
 エスターが共用領域にルートを提示した。
 『う、う、う、う、ショートワープ五回追加で短縮可能、訂正案を提示するぅ』
 涙声でマリネルが修正案を提示した。
 『第二ルート候補提示、マリネル』
 次々と候補を提示してそれをマリネルが検証していく。
 もっとも現時点でのルートは絵に描いた餅状態である。
 その間に俺とブラッゲは、計器類のチェックを行っていく。
 いつもの配置を再現して、俺は、エスターに聞いた。
 『例のやつは、ロードしてあるのか?』
 『今している、終わった、マリネルに書き換え権限を渡しておく』
 『うん、分かった・・・・って、あった、痛くない、痛くない、痛くない』
 『まぁ、実際に痛いよな』
 『やっぱり友弥も痛いの?』
 『お前、俺のこと誤解しているぞ』
 『いや、お前とエスターは異常だ。殴られるの好きなのか?』
 『ブラッゲ、後で話がある』
 エスターの冷たい声にブラッゲが縮み上がった。
 『はい、最後の修正案、終わったよ。最短はやっぱり第一案みたいだね・・・』
 『ループ数、行きが六回、帰りが五回。ロングワープ、行きが二回、帰りが三回。ショートワープ行きが5回で帰りが三回だ』
 俺はルートに目を通した。
 『承認』
 マリネルとブラッゲも承認した。
 俺はマリネルと視覚情報を交換した。マリネルが少々プロテクトボードがゆるめなのに気が付く。微調整を行い、再チェック、OK。
 『イグニッション』
 『イグニッション承認、管制塔許可良し、救難専用レーンクリア。ミッションスタート、ロード・ゼロ』
 俺達の視覚情報にハッチから漏れる光があふれ、誘導灯が映し出された。
 緑色の惑星の衛星軌道上でブラッゲがメインエンジンをピークパワーまで引っ張りながら、ボートをゆっくりと回頭させる。
 暗い宇宙空間に伸びる誘導灯の先を俺達は見つめた。


 「こんなイリーガルなことやっているのか」
 「え?どこが?」
 マヤの呟きに、ノエルが目前をもの凄い勢いで流れていく情報流に目を回しそうになりながら聞いた。
 「ルートの案を何回も書き換えているけど、これはやらない、仮想計器類の配置変更やバックグラウンド化もやらない、私語っぽいのがもの大量に交わされているけどこれもやらない、出港時にピークパワーまで引っ張るエンジンテストなどは禁止事項すれすれだからやらない」
 「なんか、やらないことばっかりねぇ」
 「そういう事をやっているから、実習の成績が最低なのかな?」
 ノエルの言葉に、マヤが珍しく真剣な顔で視覚映像に視線を向けた。
 一部の視覚映像はリアルタイムでも理解出来るが、高速サンプリングされている会話や搭乗員の行動などはリアルタイムでは追い切れない。現在、三人の目の前に滝のように流れていく情報の流れは、ファイル化した後に見るしかない。
 「フィラン、ノエル、姫様達がやっていること、リアルタイムで知りたくない?」
 「え?それって」
 フィランが目の前を流れていく情報を指さした。
 「自作だから。時々ロックが外れるかもしれないから。心してて」
 「「ちょっとまてーーーーーーー」」
 フィランとノエルの叫び声を無視して、マヤは表層心理通信のサンプリング速度を上げると管理ポートに直接アクセスをかけた。


 『7E05後に、一回目のロングワープ』
 『六千ロングワープ用意終了、到達空間クリア』
 マリネルが計算結果を共用域に順次落としていく。
 『んーーーーー』
 『なに?どうしたの友弥』
 マリネルに声を掛けられた俺は、何が?と聞き返した。
 『だって、今唸っていたじゃない』
 『え?そうだった?』
 『ぼけたか?』
 『友弥は元々天然でぼけてるよ?』
 ブラッゲの言葉にマリネルが答えた。エスターまでも頷くのが悔しい。
 『そろそろ、ロングワープだ、このまま行くぞ』
 『了解、ワープエンジンロード、OK』
 『問題なし』
 俺は機体形状を弄った。
 『問題なし』
 マリネルが到達ポイントの空間把握センサーを再度起動した。
 『ワープイン』
 エスターの宣言と供に、ボートが通常空間でのワープに入った。
 軽い振動の後、視覚センサーに写るのは白一色の空間であった。ワープ状態にあるのだ。
 『2E05、ワープアウト予定』
 『確認』
 マリネルとエスターのやりとりを聞きながら、俺はスティックを伝わる細かい振動を感じていた。ワープ状態にあるボートのいつもの挙動である。
 いつもの挙動であるが、俺は嫌な予感がしていた。この感覚は見知った感覚である。
 『友弥、また唸っているよ?』
 俺はマリネルの言葉に、確かに唸っていたことに気が付いた。
 『どうした?』
 エスターが聞いてきた。
 『ブラッゲ、到達位置をこちら側に移動出来るか?』
 到達空域立体マップの一カ所を指した俺の言葉に、ブラッゲは可能だと答えた。
 『理由は?』
 『男の勘だ』
 『えーーーー、友弥の勘、嫌だーー、良く当たるんだもん』
 ブラッゲがまたかと呆れた。
 『友弥の勘か、それでどのくらいずらせればいい?』
 エスターが再計算を始めた。
 『半ループ以上が理想かな?』
 『出来ないこともない』
 『流石だブラッゲ』
 俺の賞賛の言葉にブラッゲが複雑な顔をした。
 『ワープアウトポイントの質量は本来通りにするのだな?』
 流石にエスターには俺が何を感じたのか分かったらしい。
 『マリネル、結果を確認しろ』
 『うん、OK』
 『今回は、その勘を信じて、悪い方に飛び込むことはしないよな?』
 ブラッゲが聞いてきた。
 『殺気のようなものを感じる、そんなところに飛び込むか』
 『・・・・・』
 ブラッゲがあっけに取られる。
 『マリネル、対ステルスの空間把握は出来るか?』
 エスターがマリネルに聞いた。
 『え?あれって、僕達習っていないよ、まだ』
 『出来るか?』
 『出来ると思うよ、いつもの様にボートのAIに格納されている機能マニュアルを見れば分かるかな?』
 そう言いながら、マリネルはAIの機能マニュアルを共用領域に展開した。
 俺達はミッション中にマニュアルを読むという行為を半ば常識のように行っている。
 かなり膨大な情報になるのだが、明らかに不要な章はさっさと共用領域から消去していくと、意外とコンパクトになることを俺達は知っていた。
 元は、習っていませんでしたでは通用しない世界だと言った俺の言葉に呼応してエスターが行なった行動である。俺のミスばかり目立つが、実はこれを初めて行った実習では、エスターがマニュアルに集中しすぎて、盛大な花火が上がったのだ。なぜかそれでもいいだしっぺの俺が責められた。
 それから俺とエスターの共同でやってみたのだが、何よりもマリネルが好きそうな裏技であるため、それならば、マリネルにやらせれば良いという話になり、マリネルにこれはやってはいけない事だとは知らせずにやらせたところ、期待通りの結果が得られたのである。
 マリネルは目的の機能を機能マニュアルから引き出し、そこで得た知識を、今度は整備マニュアルを引っ張り出して、パラメータに適用させれば、何とかなると知ったのだ。
 程なくマリネルがマニュアルを読み終える。
 『ああ、これがそうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりそうなんだ』
 覚え書きを共用領域に書き出したので、俺達はそれに目を通した。
 マリネルがパラメータの調整を行う。
 『アクティブだと精度が上がるけど、相手には気づかれるよ?パッシブだと精度はがた落ちだけど、相手には気が付かれないけど、どっち?』
 潜水艦のソナーの様な物らしい。
 『こちらに疚しいことはない。アクティブでいい、確実に宙域を捜査しろ』
 『了解・・・・・うぁ・・なんかあるね』
 マリネルが解析を急ぐ。
 『船籍不明の高速巡洋艦二隻・・・テラノタイプ』
 マリネルの解析結果を得て、エスターが母港の救難管制室と交信を開始した。
 『恐ろしいほど、友弥の勘って当たるよね』
 『祖父達と道場の合宿にいくと、夜中に寝ているところを、いきなり襲われるんだ、それをかわして夜の山の中を逃げ回る訳だが、これまた夜の山に潜んでいる兄弟子がいてね、勘が良くないと半殺しの目にあう』
 『・・・・・・どこの傭兵訓練施設?』
 マリネルが引きつった顔で笑った。
 『ミッションに変更はない、ブラッゲ、最大でどれだけずらせられる?』
 管制室と交信が終わったエスターがブラッゲに声を掛けた。
 『今からだと最大でも一ループ・・・演算が追いつかない、マリネル補佐を』
 『了解・・・・あ、今からだとそのぐらいが限度じゃないかな?・・・・』
 ブラッゲの演算を引き継いだマリネルが呟いた。
 『できるだけずらせ。友弥、救難の警告サインは出ているな?』
 救難ボートは救急車や消防車のようにサイレンを鳴らしながら走っているのと同等な振る舞いを、到達宙域に向けて発信している。連合で決められた不可侵の警報である。
 『出ている。これ、消す方が難しいよな・・・・出来ないこともないけど』
 『はい、ブラッゲ、こんなもんかな?一.三ループ。巡洋艦の直接照準砲はぎりぎり射程の外になるけど、次元振動砲だと確実に射程内になっちゃう・・・』
 『友弥とマリネルはワープアウトと供に、アンノウンの警戒、私はループの準備、ブラッゲは友弥とマリネルの情報に注意しつつアウトポイントからの急速離脱、いざとなったらいつもの様に交代。いいか?』
 全員が了解と答えた。
 『ワープアウト』
 エスターの宣言と供に視界センサーに暗黒の宇宙空間が一瞬揺らめいた後映し出された。
 『四時の方向、撃ってる!撃ってるよ!本来のワープアウトポイントに!』
 ループ単位での距離が離れているため、視覚センサーには影も形も見えないが、彼方を見渡すボートのセンサーには精密な射撃を行っている情報が数値化されて示されている。
 『威嚇も警告も無しで、いきなりワープアウトを狙うとはな』
 俺達はワープポイントをずらしてワープアウトをした、しかし、通常空間では本来ワープアウトすべきポイントにワープアウトの重力波が観測されたはずである。巡洋艦はその重力波に向けて射撃を行っていた。
 この裏技はワープアウト時に中途半端なループ空間を発生させると本来のワープアウト空間に質量幻影を残して異なったポイントにワープアウトする事を利用したものである。
 これも膨大な物理計算が必要な上、ワープアウトの状態が不安定になり、ワープアウトと供に消滅しきれなかったループ空間に巻き込まれて宇宙の塵になる可能性があるので、厳禁事項である。
 神業とも言えるブラッゲの操船技術とマリネルの天才的演算技術の組み合わせで、初めて実現出来る裏技とも言える。これも最初は俺がマリネルを巻き込んでやったのだが、盛大な花火が上がり、ブラッゲがあの程度も出来ないのかと怒ってきたので、お前でも無理だろうと煽り、やらせたのである。
 最初は、やはり失敗して盛大な花火が上がった。しかし、負けず嫌いのブラッゲは俺とエスターの居残りとは別に、マリネルを無理矢理付き合わせて数日の特訓を経てコツを掴んだのである。今では当たり前の用に操船し、なぜあの時出来なかったのが不思議だとまで言うブラッゲである。
 『次元照準波関知、撃ってくるぞ』
 俺の宣言と供に、ボートの警告があちこちで点灯を初めた。ブラッゲの加速に船体が悲鳴を上げているのだ。
 相手の位置から見た推定射線を割り出したマリネルの計算結果から、俺がこちらの軌道案を書き込んでいく。一瞬その案に目を向けたブラッゲが頷く。
 『撃ってきた・・・・次元振動、来るよ!』
 『友弥!頼む』
 『了解!』
 タンク形状の変形と主機関のリミッター解除、操縦系と姿勢制御の全てが俺の制御下に置かれる。逆に俺を除いた全員が外部センサーとの接続を切り離す。
 一瞬の浮遊感の後、激しい衝撃がボートを襲ってきた。今まで以上の警告灯が一斉に点灯し、ボートがきりもみ状態に陥るのを勘で押さえ込みながら、次の衝撃に備える。
 次元振動砲のメインとも言える衝撃が、操縦系を一手に担っていた俺に襲いかかってくる。それは各種センサーに接続されたメインパイロットの五感にフィードバックしてくる衝撃だった。朦朧とする意識の下で俺はボートの姿勢制御を行う。
 『友弥、次、来る!』
 間接計測に変えたマリネルがパラメータの変動を察知した。
 俺の混濁した意識下でもそれは分かった。次元振動砲の最大の利点は範囲と距離、そして連射が可能な事である。
 撃ち込まれた宙域では、外部センサーに接続されている者の五感に多大なるダメージを与える。
 次元振動砲などと言われているが、主な目的はターゲットの目を潰すこと、特に外部センサーに接続しっぱなしのパイロットの意識を奪う事である。
 何発撃ち込まれたのかは、俺には分からない。意識が朦朧として、目の前の仮想計器の意味も役割も分からなくなっていく。
 俺は勘と生存本能に頼った状態で、メインボートを操り続けた。
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