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5,少しだけ賢くなりつつある子犬たち
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誰かが何かを叫び、誰かが何かを答えた。
『・・・や・・・とも・・・・や・・・・・・友弥!』
マリネルの叫び声が聞こえる。どこだ?ここは・・・俺の意識がゆっくりと収束していった。
『起きたか?』
どことなく安堵したエスターの声が聞こえた。
『おはよう・・・・』
視覚センサーには、乱舞する光の点が見える。どうやらループ空間に突入しているらしい。
『び、びっくりしたよーーー友弥、このまま目を覚まさないかと思っちゃったよー』
共用領域に展開されていた俺の生体情報に視線を向けた。エスターがバックグラウンド化されていた物を、マスター権限で再表示させたようである。精密演算効率は落ちている様だが、それ以外は問題ない事を確認した。
『というより、あれだけの次元振動砲を受けて、こうも簡単に目を覚ます友弥がおかしい・・・六発だぞ、六発食らったんだぞ?』
『へー、記録更新したな、次は七発と言わず、二桁を目標にしてみるか』
皮肉を込めてブラッゲに答えると、ブラッゲがそっぽを向いた。
意外と打たれ弱いブラッゲは次元振動砲のいい餌食である。
『・・・・・次からは、私も耐えられるように訓練をする・・・』
『頑張れ、何なら俺が鍛えてやろうか?久しぶりに人間サンドバッグを殴るのもすっきりして良いかもしれない』
『と、友弥ってそんなことしているの?』
『修行でね、防御はしても良いが反撃は許さないと言われて、殴り続けられる役も、逆に殴る方もやった』
『だ、だからそれって、どこの傭兵学校なのさー』
『な、なによこれ、こんなのありなの!』
フィランが叫んだ。
マヤの自作変換プログラムは思った以上に優秀で、先程までただの情報の流れがリアルタイムで認識できた。あくまでも、表層心理通信に乗るごく一部の情報だけではあるが、全ての視覚情報もリアルタイムで認識されるので、その場にいるような臨場感がある。
フィランが叫び声を上げることが出来たのは、次元振動砲を振り切り、無理矢理ループ空間に突入してからである。
第一種空間操舵手養成クラスのフィランであり、ブラッゲを主にモニターしていたからこそ、やっとで我に返れたのである。ノエルは未だに呆然としている。
『あり得る話、救難信号が発信されてから、二時間が経っているから、敵対する者達がいたとしたら、十分に準備が出来る。特に最初のロングワープポイントは、誰でもあのポイントに出るのが最短だと思うから、網を張るのには良い場所』
『で、でも・・・』
マヤがノエルの体を揺さぶった。
『おーいノエル、帰ってこーい』
どうせならと友弥をメインにモニターしていたノエルは、友弥の受けた衝撃をも感知したのである。実際の友弥の受けた衝撃の足下にも及ばないが、それでもかなりの衝撃を受けたのは確かで、同じように友弥を違法にリアルモニターしていた者達は、半数以上このミッションが終了するまでは回復しないであろう。しかし、ノエルはあのトラミナの門下生であり、トラミナが将来を有望視しているだけあり、マヤの言葉で我に返った。
『でも、操舵手養成クラスのフィランとしては、もっと気になるところが有ると思うけど?』
我に返ったノエルから視線を外して、マヤがフィランに問いかけた。
『いっぱい、有りまくり・・・通常空間での速度は出しすぎ。ボート形状の人手変形は絶対厳禁。マニュアルを読むのは許せても、パラメータの変更は厳禁。ましてやAIのスリープ領域に格納されている機能をロードするなんて、整備科の生徒でも難易度が高すぎる裏技。ワープアウトの座標ずらしは、出来るなんて初めて知った。メインパイロットの変更なんて聞いたことがない。ループに飛び込む速度も出しすぎ。ボートが破壊されるのには十分すぎるほどの速度が出ている。しかもスイッチしたメインパイロットの意識が混濁している時に入るなんて絶対に不可能』
マヤが楽しそうな笑みを浮かべているのにフィランは気が付いた。
『姫様御一行は、当たり前の用にやっている。言ってたよね、姫様は【いつもの通り】って。すごいねあんな事が何時でもできるんだ、こう言うのを見せつけられると、やっぱり自分は救難に向いていないって良くわかる』
マヤの言葉にノエルが頭を叩きながら視線を向けた。
『救難クラスでなにかあったの?』
『マリーネスアの記録を見つけた、かなり厳重なプロテクトが掛かっている所でね、高天原の麓辺りにあったんだけどね』
『そ、それって・・下手すると退学・・・』
『うん、学校のシステムに違法ハッキングしてみたんだけど、管理者は知っていたらしい、私が迷っているということに』
『迷っていた?』
『そう実習の成績さえ良ければいいという救難クラスのあり方についてね。うんざりするほど規則に則った運用さえすれば、成績が良くなる。出来の悪いAIでも積んでいた方がまだましじゃないかと思えるほど。でもそれに対する私の意見は受け入れられなくて、そんなときに、私は二種空間物理学に出会った。あ、これだと思った。でも親の期待は救難クラスの卒業だった。悩んでいた私は気を紛らわせる為に高天原のハックを試みたけど、潜った先に管理者っぽいのが待ちかまえていて、迷うのは良いことだ、だけどここにハックした結果退学になり、それを理由にするのは感心しないと言われて、これを見て自分で判断しろと言われた』
マヤが伸びをした。
『すっきりした、もうこれ以上は無いと思うぐらいすっきりした。私が思っていたことは間違っていなくて、しかもルーチンワークが得意な私には向いていない、それなら、好きなことをしようって踏ん切りが付いた、私なんかが救難を行ったら、助かるものも助からなくなる』
『そんなことがあったんだ』
フィランの言葉に、マヤが楽しそうに笑った。
『さて、大変だ、実習成績が最低で危険なことを繰り返して放校処分決定になった男の子が、第一関門突破した。ほら、他の一年はフェリスレイ姫のチームも含めて全滅している、残ったのでミッションを続けているのは、六年が二つ、五年が一つに、四年のチームが一つしかない、後はループ空間で帰還を選んでいるのが四チーム。今頃アイドルでも見学していたつもりの救難クラスの者達は、青くなっていると思う』
『基本的な方針の変更は行わない』
エスターが宙域データを検討しながら宣言した。
『そう言うと思った・・・』
ブラッゲが頭を抱える。
エスター達はループに突入した時に、ループ空間の異常に気が付いたらしい。
観測と演算の結果、予想通り重力嵐が発生していることが判明した。状況は図らずも先週の状況と同じになったと言える。しかも、今回は後方から攻撃の意思を示した巡洋艦がトレースしてきているのだ、明らかに先週と比べて状況は悪かった。
ループ空間を不安定にさせるループ砲も数回撃ち込まれているが、これは疑似ループ空間を多数ばらまいたので何とかなっている。
『私達に出来ることは、一刻も早く要救助ポイントに到達し救難活動を行い、速やかに帰港することだ、意見はあるか?』
『質問ならある』
俺の言葉にエスターが何だと聞いてきた。
『巡洋艦は、あれに耐えられるのか?』
これにはマリネルが答えた。
『よっぽどの事じゃないと、あれに飛び込む事はしないと思うけど、飛び込んでもあちらの装備だったら遭難することは無いと思う、腐っても軍用の巡洋艦だし』
『救助艇が事故を誘発させるのも、気が引けるからな』
俺の言葉に、マリネルがそれは心配しなくても大丈夫だと思うよと言いながら、エスターが共用域に展開した次ループの演算に目を通した。
『懸念事項は突入速度だねー』
エスターが頷いた。
『突入速度?』
ブラッゲが聞いてきた。
『うん、今回は質量計算の観点から、突入速度がかなり必要みたい』
エスターの演算結果は、未だかつて無い速度でループに突入することを示していた。
『良いのか?こんなスピードで突入して良いのか?』
ブラッゲの目が据わった。本当に良いんだなとしつこく確認してくる。
『構わない。ポッドに掛かる衝撃は、友弥とマリネルで何とか出来るだろ』
エスターの許可を得て、ブラッゲは思わずガッツポーズを取った。
『うっしゃー、付いてこれるなら付いてきてみろ、巡洋艦、お前らの根性見せて貰うぞ』
『うわ、ブラッゲに火が付いた』
『燃え尽きる前に何とか帰れればいいけどな』
『無駄口叩くな、友弥!』
はいはいと俺はブラッゲに答えた。
突入に不要な装備を全てメインボートに移動させる。
エスターの原則変更無しと答えたルート図をタイムチャートにして視界の端に貼り付けた。
ルートの原則変更無しとは言っても、大きく異なる点がある。それは通常空間に出るのは現地到着時のみで、後は現地までループ中にループを組み上げることで、途切れなくループを繰り返す事になった点である。その分の燃料もこちらが持っていなければならなくなった。ロングワープもループ中に行うので、ポッドは当初の予定よりかなり多くの燃料が必要となっている。
しかし、巡洋艦に比べて三秒程度は先行出来る。現地に先回りされていることを考えても、エーテル速度に近い早さで行動している俺達にとっては、この時間はかなり重要である。
三秒もあれば、牽引だけで済むのならば、現地での作業が終了し、帰還ルートに乗ってもまだおつりが来る時間である。
『次のループがまず第一関門だね、でも重力嵐は一番弱いから』
マリネルが同じように、ルート図を見ながら確認してきた。
『了解、ポッド操船AIのリアクションを切り替えるぞ』
『了解、バックアップは取っておくね』
『切り離すぞ』
エスターの言葉に俺とマリネルが頷いた。
『・・・・・頑張る必要はない、危険だと思ったら、ループアウトしてくれ』
『頑張れと言わないところが、お前らしいな』
エスターが口元に笑みを浮かべた。
『ポッドアウト』
メインボートから俺達のポッドが切り離された。同時にポッドをフルブースト。
それでも視覚センサー上面をメインボードの船底が前に流れ、ループ空間が現れた。リミッターを解除したエンジン警告灯をマリネルが邪魔と呟いて、片隅に追いやる。
メインボートの後部から尾を引くエーテル流が青白い光を放ち、幻想的な光景を作り上げている。
一旦離れた距離は、徐々に狭まりエーテル流の中にポッドを収めると、激しい衝撃と、操縦蛇に細かい振動が感じられる。気を抜くと、きりもみ状態になる機体を押さえつけて、定位置に着いたことをメインボートに知らせた。
『加速を開始する』
エスターの冷静な声が心地よかった。
『ああ、こっちがそちらを追い越すような緩い加速はするなよ』
『よく言う』
ブラッゲが笑った。
『シールド展開、何時でもいけるよ』
マリネルが後方の巡洋艦を監視しながら、ループからループへの突入準備が完了したことを報告した。
エーテル流が激しくなり、視界が青白い光の奔流で埋め尽くされる。
途端に暴れ出す船体を宥め賺す。
『行くぞ』
『何時でも』
『ループ空間確認、友弥の頭、借りるよ』
『好きに使え』
『ループイン』
一瞬の無音の後、これまで以上の激しい衝撃がポッドを突き上げた。
右に左にとポッドがシェイクされる。
マリネルが演算した姿勢制御情報を視界の端で確認しながら、暴れ回るポッドを押さえ込み、エーテル流から出ないように制御する。
『!』
一瞬の隙でポッドが百八十度回転した。
エスターとブラッゲが一瞬息を呑んだのが分かった。しかし、ブラッゲは速度を緩めず、エスターも次ループの準備を止めることはしない。
そのままのモーメントを利用して、機体を一回転させる。
大量の情報処理を行っていたマリネルが声にならない叫び声を上げるが、演算結果は更新し続けられている。
ふとブラッゲが言ったことは本当だなと思った。
マリネルには演算とシールド制御と、エンジンの管理を任せているが、状況は数値化されてしか見えていない。まるっきり前が見えない状態でも、マリネルは涙目になりながら、俺の必要としている情報を手早く処理して、見やすいように配置していく。
一番凄いのはこいつじゃないか。それに気が付いた俺は、妙に嬉しくなった。
『な、なに?笑ってるの?友弥』
『ああ、お前って凄いやつだってな』
『わ、訳分からないよ、ってうぁ』
マリネルの叫び声を聞きながら、コツを掴んできた俺は、異常と思える程、メインボートに接近した。互いのシールドが干渉し合い、激しい反発が発生するが、それを抑え込む。
『な、なに?ぶつかる、ぶつかる』
しかしマリネルの声に反して、ポッドの振動はぴたりと収まった。
『え?』
『見つけた、スイートスポット』
『え?え?え?あ、ああああああああ、そう言うことか』
マリネルが演算結果を改めて見直して納得したように呟いた。
土曜日の強制停止直前にポッドとメインボート互いのシールドが干渉し合い、メインボートのエーテル流の軌跡が一定になるポイントを見つけた俺は、その場所はループ空間の物理法則には影響されることは無いのではないかと予想したのだが、読みは当たっていたようである。
『へーこうなってるんだ、面白い結果だね、何時でも同じ場所がスイートスポットというわけではないけど、このループ空間ではここがそうなんだ、あ、そうかこれがベリスーンの論理に対する回答か・・・・メモメモ』
『何やってるんだ?』
『ん?ベリスーン論理の反論公式展開・・・・・ちょっと待っててね・・・・・・できた、後はこれを検証するだけだね』
『マリネル、お前は今、さらりと凄いこと言わなかったか?』
ノイズ混じりにエスターの呆れたような声が聞こえた。
『というかさ、アクロがこのデモを作ったっていうことは、アクロは既にこの回答を得ていたって言うことじゃないかな?サンダーバーズにしてみれば、当たり前の事なんだよ。ただ母様達が検証に時間が掛かっていて、公式に発表出来ないだけじゃないかな?僕が組んだこの公式も、汎用的じゃないしね、これを実用化するとなるとそれこそ数年かかると思うよ』
『凡人には机上の空論にしかならないということか?』
『うん、だからマリーネスアが凄いって、サンダーバーズのメンバーが言うんだと思う、こんなクリティカルなポイントに着くのって普通できないよ』
それはあれか?とエスターが聞いてきた。
『自転車で崖から飛び出し、ポールに着地するというようなものか?』
マリネルが引きつった笑いを浮かべた。
『あれよりも、クリティカルだと思う・・・っていうことは友弥って、あれ以上のことが出来るんだね・・・・例えば、ポールじゃなくて、風に揺れているロープだったり・・・』
その様な事は出来る筈が無い。
『俺は今凄いことをやっているのか?』
『自覚してないでしょ』
『全然、ただ楽しかったぞ?』
『た、楽しかったの?』
『ああ、後何回か出来ると思うと、わくわくする』
『友弥、変だよ、絶対に変だよ』
『変だな』
『変だ』
全員に言われて俺は少しだけ凹んだ。
『でも残念でした、次はだいたいのポイントが算出出来るから、さっきみたいに探しまくるということはしなくても済むから』
『えー』
『『『えーじゃない!』』』
三人に同時に突っ込まれた。
程なくして俺達は二回目のロングワープに突入した。
巡洋艦は一隻に減っていた。重力嵐のループ空間に耐えきれずにループアウトしたようであった。
『・・・や・・・とも・・・・や・・・・・・友弥!』
マリネルの叫び声が聞こえる。どこだ?ここは・・・俺の意識がゆっくりと収束していった。
『起きたか?』
どことなく安堵したエスターの声が聞こえた。
『おはよう・・・・』
視覚センサーには、乱舞する光の点が見える。どうやらループ空間に突入しているらしい。
『び、びっくりしたよーーー友弥、このまま目を覚まさないかと思っちゃったよー』
共用領域に展開されていた俺の生体情報に視線を向けた。エスターがバックグラウンド化されていた物を、マスター権限で再表示させたようである。精密演算効率は落ちている様だが、それ以外は問題ない事を確認した。
『というより、あれだけの次元振動砲を受けて、こうも簡単に目を覚ます友弥がおかしい・・・六発だぞ、六発食らったんだぞ?』
『へー、記録更新したな、次は七発と言わず、二桁を目標にしてみるか』
皮肉を込めてブラッゲに答えると、ブラッゲがそっぽを向いた。
意外と打たれ弱いブラッゲは次元振動砲のいい餌食である。
『・・・・・次からは、私も耐えられるように訓練をする・・・』
『頑張れ、何なら俺が鍛えてやろうか?久しぶりに人間サンドバッグを殴るのもすっきりして良いかもしれない』
『と、友弥ってそんなことしているの?』
『修行でね、防御はしても良いが反撃は許さないと言われて、殴り続けられる役も、逆に殴る方もやった』
『だ、だからそれって、どこの傭兵学校なのさー』
『な、なによこれ、こんなのありなの!』
フィランが叫んだ。
マヤの自作変換プログラムは思った以上に優秀で、先程までただの情報の流れがリアルタイムで認識できた。あくまでも、表層心理通信に乗るごく一部の情報だけではあるが、全ての視覚情報もリアルタイムで認識されるので、その場にいるような臨場感がある。
フィランが叫び声を上げることが出来たのは、次元振動砲を振り切り、無理矢理ループ空間に突入してからである。
第一種空間操舵手養成クラスのフィランであり、ブラッゲを主にモニターしていたからこそ、やっとで我に返れたのである。ノエルは未だに呆然としている。
『あり得る話、救難信号が発信されてから、二時間が経っているから、敵対する者達がいたとしたら、十分に準備が出来る。特に最初のロングワープポイントは、誰でもあのポイントに出るのが最短だと思うから、網を張るのには良い場所』
『で、でも・・・』
マヤがノエルの体を揺さぶった。
『おーいノエル、帰ってこーい』
どうせならと友弥をメインにモニターしていたノエルは、友弥の受けた衝撃をも感知したのである。実際の友弥の受けた衝撃の足下にも及ばないが、それでもかなりの衝撃を受けたのは確かで、同じように友弥を違法にリアルモニターしていた者達は、半数以上このミッションが終了するまでは回復しないであろう。しかし、ノエルはあのトラミナの門下生であり、トラミナが将来を有望視しているだけあり、マヤの言葉で我に返った。
『でも、操舵手養成クラスのフィランとしては、もっと気になるところが有ると思うけど?』
我に返ったノエルから視線を外して、マヤがフィランに問いかけた。
『いっぱい、有りまくり・・・通常空間での速度は出しすぎ。ボート形状の人手変形は絶対厳禁。マニュアルを読むのは許せても、パラメータの変更は厳禁。ましてやAIのスリープ領域に格納されている機能をロードするなんて、整備科の生徒でも難易度が高すぎる裏技。ワープアウトの座標ずらしは、出来るなんて初めて知った。メインパイロットの変更なんて聞いたことがない。ループに飛び込む速度も出しすぎ。ボートが破壊されるのには十分すぎるほどの速度が出ている。しかもスイッチしたメインパイロットの意識が混濁している時に入るなんて絶対に不可能』
マヤが楽しそうな笑みを浮かべているのにフィランは気が付いた。
『姫様御一行は、当たり前の用にやっている。言ってたよね、姫様は【いつもの通り】って。すごいねあんな事が何時でもできるんだ、こう言うのを見せつけられると、やっぱり自分は救難に向いていないって良くわかる』
マヤの言葉にノエルが頭を叩きながら視線を向けた。
『救難クラスでなにかあったの?』
『マリーネスアの記録を見つけた、かなり厳重なプロテクトが掛かっている所でね、高天原の麓辺りにあったんだけどね』
『そ、それって・・下手すると退学・・・』
『うん、学校のシステムに違法ハッキングしてみたんだけど、管理者は知っていたらしい、私が迷っているということに』
『迷っていた?』
『そう実習の成績さえ良ければいいという救難クラスのあり方についてね。うんざりするほど規則に則った運用さえすれば、成績が良くなる。出来の悪いAIでも積んでいた方がまだましじゃないかと思えるほど。でもそれに対する私の意見は受け入れられなくて、そんなときに、私は二種空間物理学に出会った。あ、これだと思った。でも親の期待は救難クラスの卒業だった。悩んでいた私は気を紛らわせる為に高天原のハックを試みたけど、潜った先に管理者っぽいのが待ちかまえていて、迷うのは良いことだ、だけどここにハックした結果退学になり、それを理由にするのは感心しないと言われて、これを見て自分で判断しろと言われた』
マヤが伸びをした。
『すっきりした、もうこれ以上は無いと思うぐらいすっきりした。私が思っていたことは間違っていなくて、しかもルーチンワークが得意な私には向いていない、それなら、好きなことをしようって踏ん切りが付いた、私なんかが救難を行ったら、助かるものも助からなくなる』
『そんなことがあったんだ』
フィランの言葉に、マヤが楽しそうに笑った。
『さて、大変だ、実習成績が最低で危険なことを繰り返して放校処分決定になった男の子が、第一関門突破した。ほら、他の一年はフェリスレイ姫のチームも含めて全滅している、残ったのでミッションを続けているのは、六年が二つ、五年が一つに、四年のチームが一つしかない、後はループ空間で帰還を選んでいるのが四チーム。今頃アイドルでも見学していたつもりの救難クラスの者達は、青くなっていると思う』
『基本的な方針の変更は行わない』
エスターが宙域データを検討しながら宣言した。
『そう言うと思った・・・』
ブラッゲが頭を抱える。
エスター達はループに突入した時に、ループ空間の異常に気が付いたらしい。
観測と演算の結果、予想通り重力嵐が発生していることが判明した。状況は図らずも先週の状況と同じになったと言える。しかも、今回は後方から攻撃の意思を示した巡洋艦がトレースしてきているのだ、明らかに先週と比べて状況は悪かった。
ループ空間を不安定にさせるループ砲も数回撃ち込まれているが、これは疑似ループ空間を多数ばらまいたので何とかなっている。
『私達に出来ることは、一刻も早く要救助ポイントに到達し救難活動を行い、速やかに帰港することだ、意見はあるか?』
『質問ならある』
俺の言葉にエスターが何だと聞いてきた。
『巡洋艦は、あれに耐えられるのか?』
これにはマリネルが答えた。
『よっぽどの事じゃないと、あれに飛び込む事はしないと思うけど、飛び込んでもあちらの装備だったら遭難することは無いと思う、腐っても軍用の巡洋艦だし』
『救助艇が事故を誘発させるのも、気が引けるからな』
俺の言葉に、マリネルがそれは心配しなくても大丈夫だと思うよと言いながら、エスターが共用域に展開した次ループの演算に目を通した。
『懸念事項は突入速度だねー』
エスターが頷いた。
『突入速度?』
ブラッゲが聞いてきた。
『うん、今回は質量計算の観点から、突入速度がかなり必要みたい』
エスターの演算結果は、未だかつて無い速度でループに突入することを示していた。
『良いのか?こんなスピードで突入して良いのか?』
ブラッゲの目が据わった。本当に良いんだなとしつこく確認してくる。
『構わない。ポッドに掛かる衝撃は、友弥とマリネルで何とか出来るだろ』
エスターの許可を得て、ブラッゲは思わずガッツポーズを取った。
『うっしゃー、付いてこれるなら付いてきてみろ、巡洋艦、お前らの根性見せて貰うぞ』
『うわ、ブラッゲに火が付いた』
『燃え尽きる前に何とか帰れればいいけどな』
『無駄口叩くな、友弥!』
はいはいと俺はブラッゲに答えた。
突入に不要な装備を全てメインボートに移動させる。
エスターの原則変更無しと答えたルート図をタイムチャートにして視界の端に貼り付けた。
ルートの原則変更無しとは言っても、大きく異なる点がある。それは通常空間に出るのは現地到着時のみで、後は現地までループ中にループを組み上げることで、途切れなくループを繰り返す事になった点である。その分の燃料もこちらが持っていなければならなくなった。ロングワープもループ中に行うので、ポッドは当初の予定よりかなり多くの燃料が必要となっている。
しかし、巡洋艦に比べて三秒程度は先行出来る。現地に先回りされていることを考えても、エーテル速度に近い早さで行動している俺達にとっては、この時間はかなり重要である。
三秒もあれば、牽引だけで済むのならば、現地での作業が終了し、帰還ルートに乗ってもまだおつりが来る時間である。
『次のループがまず第一関門だね、でも重力嵐は一番弱いから』
マリネルが同じように、ルート図を見ながら確認してきた。
『了解、ポッド操船AIのリアクションを切り替えるぞ』
『了解、バックアップは取っておくね』
『切り離すぞ』
エスターの言葉に俺とマリネルが頷いた。
『・・・・・頑張る必要はない、危険だと思ったら、ループアウトしてくれ』
『頑張れと言わないところが、お前らしいな』
エスターが口元に笑みを浮かべた。
『ポッドアウト』
メインボートから俺達のポッドが切り離された。同時にポッドをフルブースト。
それでも視覚センサー上面をメインボードの船底が前に流れ、ループ空間が現れた。リミッターを解除したエンジン警告灯をマリネルが邪魔と呟いて、片隅に追いやる。
メインボートの後部から尾を引くエーテル流が青白い光を放ち、幻想的な光景を作り上げている。
一旦離れた距離は、徐々に狭まりエーテル流の中にポッドを収めると、激しい衝撃と、操縦蛇に細かい振動が感じられる。気を抜くと、きりもみ状態になる機体を押さえつけて、定位置に着いたことをメインボートに知らせた。
『加速を開始する』
エスターの冷静な声が心地よかった。
『ああ、こっちがそちらを追い越すような緩い加速はするなよ』
『よく言う』
ブラッゲが笑った。
『シールド展開、何時でもいけるよ』
マリネルが後方の巡洋艦を監視しながら、ループからループへの突入準備が完了したことを報告した。
エーテル流が激しくなり、視界が青白い光の奔流で埋め尽くされる。
途端に暴れ出す船体を宥め賺す。
『行くぞ』
『何時でも』
『ループ空間確認、友弥の頭、借りるよ』
『好きに使え』
『ループイン』
一瞬の無音の後、これまで以上の激しい衝撃がポッドを突き上げた。
右に左にとポッドがシェイクされる。
マリネルが演算した姿勢制御情報を視界の端で確認しながら、暴れ回るポッドを押さえ込み、エーテル流から出ないように制御する。
『!』
一瞬の隙でポッドが百八十度回転した。
エスターとブラッゲが一瞬息を呑んだのが分かった。しかし、ブラッゲは速度を緩めず、エスターも次ループの準備を止めることはしない。
そのままのモーメントを利用して、機体を一回転させる。
大量の情報処理を行っていたマリネルが声にならない叫び声を上げるが、演算結果は更新し続けられている。
ふとブラッゲが言ったことは本当だなと思った。
マリネルには演算とシールド制御と、エンジンの管理を任せているが、状況は数値化されてしか見えていない。まるっきり前が見えない状態でも、マリネルは涙目になりながら、俺の必要としている情報を手早く処理して、見やすいように配置していく。
一番凄いのはこいつじゃないか。それに気が付いた俺は、妙に嬉しくなった。
『な、なに?笑ってるの?友弥』
『ああ、お前って凄いやつだってな』
『わ、訳分からないよ、ってうぁ』
マリネルの叫び声を聞きながら、コツを掴んできた俺は、異常と思える程、メインボートに接近した。互いのシールドが干渉し合い、激しい反発が発生するが、それを抑え込む。
『な、なに?ぶつかる、ぶつかる』
しかしマリネルの声に反して、ポッドの振動はぴたりと収まった。
『え?』
『見つけた、スイートスポット』
『え?え?え?あ、ああああああああ、そう言うことか』
マリネルが演算結果を改めて見直して納得したように呟いた。
土曜日の強制停止直前にポッドとメインボート互いのシールドが干渉し合い、メインボートのエーテル流の軌跡が一定になるポイントを見つけた俺は、その場所はループ空間の物理法則には影響されることは無いのではないかと予想したのだが、読みは当たっていたようである。
『へーこうなってるんだ、面白い結果だね、何時でも同じ場所がスイートスポットというわけではないけど、このループ空間ではここがそうなんだ、あ、そうかこれがベリスーンの論理に対する回答か・・・・メモメモ』
『何やってるんだ?』
『ん?ベリスーン論理の反論公式展開・・・・・ちょっと待っててね・・・・・・できた、後はこれを検証するだけだね』
『マリネル、お前は今、さらりと凄いこと言わなかったか?』
ノイズ混じりにエスターの呆れたような声が聞こえた。
『というかさ、アクロがこのデモを作ったっていうことは、アクロは既にこの回答を得ていたって言うことじゃないかな?サンダーバーズにしてみれば、当たり前の事なんだよ。ただ母様達が検証に時間が掛かっていて、公式に発表出来ないだけじゃないかな?僕が組んだこの公式も、汎用的じゃないしね、これを実用化するとなるとそれこそ数年かかると思うよ』
『凡人には机上の空論にしかならないということか?』
『うん、だからマリーネスアが凄いって、サンダーバーズのメンバーが言うんだと思う、こんなクリティカルなポイントに着くのって普通できないよ』
それはあれか?とエスターが聞いてきた。
『自転車で崖から飛び出し、ポールに着地するというようなものか?』
マリネルが引きつった笑いを浮かべた。
『あれよりも、クリティカルだと思う・・・っていうことは友弥って、あれ以上のことが出来るんだね・・・・例えば、ポールじゃなくて、風に揺れているロープだったり・・・』
その様な事は出来る筈が無い。
『俺は今凄いことをやっているのか?』
『自覚してないでしょ』
『全然、ただ楽しかったぞ?』
『た、楽しかったの?』
『ああ、後何回か出来ると思うと、わくわくする』
『友弥、変だよ、絶対に変だよ』
『変だな』
『変だ』
全員に言われて俺は少しだけ凹んだ。
『でも残念でした、次はだいたいのポイントが算出出来るから、さっきみたいに探しまくるということはしなくても済むから』
『えー』
『『『えーじゃない!』』』
三人に同時に突っ込まれた。
程なくして俺達は二回目のロングワープに突入した。
巡洋艦は一隻に減っていた。重力嵐のループ空間に耐えきれずにループアウトしたようであった。
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これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
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