オーバー・ターン!

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5,少しだけ賢くなりつつある子犬たち

5-6

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 『わ、私達ってもしかして、歴史が書き換わる瞬間に立ち会ってる?』
 フィランが目を回しながらも興奮したように言った。
 『そうかもね、でも少なくともこれで、このデータはそのままでは発表できなくなった』
 どいうこと?と聞いてきたフィランをとりあえず置いておいて、また固まってしまったノエルの体を揺すぶるマヤである。
 『・・・・・こ、こんなことしてるの?救難クラスって』
 帰ってきたノエルが呆然としながら呟いた。
 『だから普通はこんな事してないと言ってる』
 『ねぇ、どういうことなの?』
 食い下がるフィランにマヤがちらりと視線を向けた。
 『私が昔のマリーネスアの映像を見たといったけど、そこでは、マリーネスアは去年初めて発表されたポッドの機能を人手で実現していた』
 『?』
 『危なすぎるから。独特の勘の様なもので実現される技術は汎用的ではないから、それを発表すると、無駄な人死にが出る可能性がある。例えば、その技術が有れば助けられると知っていた場合、無理だと分かっていてもやろうとする者達が現れる。そして共倒れ。こういう技術は、出来る人は教えられなくても出来るもの。教えられてやるものじゃない』
 『そうなの?』
 『いずれにせよ、高天原がさっきのシーンはリアルタイムで参照不可にしている』
 『本当だファイルの中身が空になっている』
 『事実だけは残る。どうやったら出来るか自分で考えろということ』
 『それが救難クラスなんだね』
 『なんで救難クラスがあんなに優遇されているか分かった気がする・・・』
 『本来なら毎年あんなに卒業生が出ることはないと思う』
 この時点で残っているのは、デクル姫達のチームのみとなっていた。
 他は全てが巡洋艦の攻撃が追いつき、撃沈されていた。
 『こんなデスミッションの様なシミュレーションを日常的にやっていたんだ、サンダーバーズは』


 「デクル姫様達はロングワープを終えて、重力波干渉が酷いループ空間での連続ショートワープを終えようとしています」
 ログミールの淡々とした声が聞こえた。
 ペイゼルは開け放したシミュレータの外に片足を投げ出した格好で上段後部で俯いていた。第二実習室は当初黄色い声と歓声に包まれていたが、今では静寂が支配していた。時折ログミールと同じ様に現状の報告を告げる声が聞こえるだけで、全員が無言で正面もしくは手元のパルクのスクリーンに投影される映像に見入っている。
 最初は迎撃された時点でペイゼルは反則だと怒り、次に友弥が続行中だと知ったときは、怒りなど忘れ去ったかの如く、応援を開始したペイゼルであるが、それまでのエスター達の行動ログを目にした途端に、浮かれた気分は吹き飛んだ。
 ログ情報には、淡々と難問をクリアしていくエスター達の行動記録が展開されている。
 その中には、ペイゼル達が習っていない事や、習いはしたが、実用的ではないために忘れ去った技術の応用などが克明に記載されている。
 しかも、今までにエスター達が見せた技術で習っていないものは、ステルスの検索機能のみである。それ以外は全てアジス先生の授業で習っている。
 いわば、三ヶ月の授業で習ったことの応用のみでエスター達は行動していた。六年の行動とエスター達の行動を見れば、明らかにエスター達の行動には無駄が多い。
 しかし習っているか習っていないかの問題ではない。
 一体どれだけ考え、どれだけ失敗を繰り返したらこのような行動が取れるのか、たかが三ヶ月間でこれだけの事が出来るのは、考えてみれば、エスターと友弥は毎日真夜中近くまで、休日も惜しみシミュレータに取り組んでいたおかげであろうことは想像に難くない。
 最初は才能のない友弥に付き合って大変だとエスターに同情もした、しかし実態は、二人供に常識では不可能である事を、可能にするべく取り組んでいたのだ。そこに付き合う付き合わないの関係は存在しない。
 今さらだが、友弥の失敗には問題定義をするものが多数あった。もし、こうなったらどうする?と友弥は問いかけていたのだ。そして、アジス先生も友弥の失敗を決して責めることはしなかった。
 ただ静かに見守っていたのだ。
 それに気づきもしないで、馬鹿にしていた自分が一番の道化者だということに気が付いた。
 友弥が美少年で、それに浮かれていたのも許せなかった。
 男だから失敗をしても仕方がないと、感じていた自分が恥ずかしかった。
 そして何よりも悔しかった。もの凄く悔しかった。単純に負けた事が悔しかった。
 悔しすぎて涙が溢れてきた。ペイゼルは俯いたまま静かに悔し涙を流していた。
 悔しい。
 悔しい。
 悔しい。
 エスターに、友弥に、ブラッゲに、マリネルに負けたことが悔しい。
 いや、違う、本当に悔しいのは、負けたことを仕方がないと自分に言い訳した事が一番悔しいのだ。
 その様に考えてしまう事を一番嫌っていた筈なのに、いざ己の身に降りかかると、仕方ないと考えてしまった自分が許せない。そう、自分はその様に考えることを許されてはいない。自分には、その様な物の見方をすることが許されていない。自分はあくまでも王女として振る舞わなければならない。
 王女は、仕方がないという言葉を口にしてはならない、感じることも許されない、そのような状況に陥ること自体許されない。
 ならば、王女として自分に出来ることは、この自分を変える事である。
 認めよう、自分はこんなにも弱い人間であったのだ。
 認めよう、自分がこんなにも狭量な人間であったことを。
 認めよう、自分はこんなにも無知であったことを。
 そして変える。今一度、王女としての誇りを持って、自分を変えてみせる。
 「そろそろ現地に到着します」
 ログミールの言葉にペイゼルは顔を上げた。
 メインパイロット席から心配げにペイゼルを振り向いていたムラウラが息を呑んだ。
 顔を上げたペイゼルは真っ直ぐに前を見ていた。


 最大の難関と思われた最終ループは、容易にスイートスポットが見つかり、かなり肩すかしを食らった格好になった。
 その分だけ俺達は、現地の状況の情報収集に集中出来ることになったので、幸運だと言えば幸運なのかも知れない。
 『いるねー』
 最終ループ空間でマリネルがステルス検索と、ついでに他の習っていない、色々な宙域検索方法を使用してターゲット宙域の検索結果を共用領域に展開した。
 『高速攻撃艦二隻か、マリンタイプ、戦争でも始める気のようだな』
 エスターが呟いた。
 『友弥、もうちょい右だ』
 『っと、こんなもんか?』
 『もうちょい、後十センチ』
 作戦のメインプランはエスターとマリネルの二人に任せて、俺とブラッゲはこの間に預けていた装備を戻そうと、転送ケーブルの接続を試みていた。
 平たく言えば空中給油の様なものだ。転送ケーブルを通して、メインボードから半液状物質化させた装備品と再現データをこちらの物資貯蔵タンクに移し返すのだ。
 『どうした?マリネル』
 『あ、うん、ごめんなさい、また友弥達って非常識な事をしているなぁと・・・』
 ドッキングしていない状態での物資移動は当たり前のように行われるが、ループ空間でかつ、重力嵐の中で行う非常識をマリネルは言っているのだ。
 質量の軽減は、スイートスポットが見つかるまでの、姿勢制御とシールド負荷軽減の為に必要なのであって、スイートスポットに入ってしまったら、このままループアウトする為、質量は元に戻す事が出来る。何よりも事態が事態なだけに現地では迅速な行動が要求される。
装備品や燃料の移動に掛かる時間を無くすために、俺達は非常識とは分かっているが、やらざるを得ないのだ。
 『よし、バッチリ入ったぞ、友弥、お前はいい女になれるな』
 『お前の方こそいい男になれる』
 転送ケーブルはメインボートから伸び、先端をポッドのコネクタに挿入するのだが、度々、男と女の行為に例えて表現される。
 『今の友弥の台詞、後で波紋を呼ぶね・・・・』
 『そうだな』
 マリネルとエスターがしみじみと呟いた。
 『お前ら、仕事しろ』
 俺の言葉に、マリネルが慌てて、救難ターゲットの検査を行う。
 結果を順次共用領域に展開していく。
 調査結果、ターゲット艦の座礁は本物であった。共用域に疑似モデルとして視覚化されたターゲットは、次元断層に機体の半分を突っ込んだ形で半透明になり、あちこちからエーテル流が流れ出し、船体を走る光輝が不規則な文様を描き出している。
 『質量はおよそポッドの二十倍、余裕だね』
 『問題はこれか、やっぱり』
 エスターは巻き込まれない程度に距離を離した攻撃艦二隻のデータに視線を向けた。
 ともあれ、ターゲットと回線を開くぞと宣言したエスターに俺達は頷いた。
 『こちら、ノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラス所属救難船統合指揮エスターリア・デクル・クルストだ、応答願う』
 救難コードで専用の回線を開いたエスターの問いかけには、直ぐに応答が帰ってきた。
 『こちらブランダン第二航宙試験飛行部隊所属のテイルウイスパー、艦長のラミスト・ベル・フィーンド、貴国への亡命と保護を求める。と言いたいところだが、少々遅かったようだ』
 テイルウイスパーだと?と呟いたエスターの目が細まった。しかし、定型化されている続く言葉を述べる。
 『貴艦は救難要請信号を発信した時点で、連合国際条約に基づき、その所属は一時的に連合所属となっている。同じく連合国際条約に基づき、本船は貴艦もしくは貴艦内に留まっている生命体を本船の母港であるノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラス港に連れ帰る義務が生じている。貴艦の要救助人員は五名となっているが、これに間違いはないか』
 『あ・・・ああ、そうだ、あれが何とかできるなら・・・・五名で構わない』
 分かり易い船長だなと思った。同じ事を感じ取ったエスターが再度聞き直した。
 『繰り返す、貴艦内に現在、そして過去に留まっていた者も含めての人数を正確に申請することを要求する』
 『・・・じゅ・・・・十五名だ・・・内、死者三名・・・・』
 『了解した。貴艦のメインAIへのアクセスと、全ての制御権をこちらに譲渡することを要求する。これは連合国際条約に基づく正当な要求である』
 『構わない・・・・・』
 マリネルは転送されてくるテイルウイスパーのメインAIへのアクセス権を確認しながら、エスターに質問した。
 『なんで、人数が違うって分かったの?』
 『あの船を五人で動かせるか?最低八人は必要だと思わないか?』
 『八人でも無理だよねぇ。汎用ダミーAIなんか装備していないだろうし。ってそれだけの理由?』
 『後は艦長の覚悟を決めたような物言いか?それは横に置いて、客が五名、船員が艦長を含めて十名っていうところか』
 『ぎりぎりだね、それで三人亡くなっていると来ればあの船、動かせないね』
 『友弥とお前以外はな』
 マリネルが目を剥いた。
 『お前達とダミーAIであの船を乗っ取る。かなり強力なエンジンが装備されているようだ、あれが有れば、お前達の作業も少しは楽になるぞ』
 『あれ、全部、そのまま持って行くつもり?』
 『つもりだ』
 『座礁した船だよ?』
 『見たところ、メインシャフトは生きているようだ』
 早々にテイルウイスパーのAIにアクセスしたマリネルが、艦の状況を共用領域に示していく。
 『うん、傷一つ無い』
 『エンジンは?』
 『生きている・・・制御担当がいないだけ』
 中央部に五名、後は艦首に近い場所に七名、遺体は艦尾に三名。
 記録から見て、艦尾で起きた気密漏れとシールドの修理作業中に次元断層が動き、磁気の嵐に巻き込まれたのがその三名の様であった。
 『友弥、お前の意見は』
 『いける、こっちには、ホールドアンカーが腐るほどある、あの艦に撃ち込んでやれば何とかなる』
 『使う対象、間違えてるよーー』
 すかさず突っ込んできたマリネルに俺は、でも使えるだろ?と聞いた。
 本来は、倒壊するループ空間や空間滑りの危険性が有る空間の状態を固定化する杭の様なものである。杭と表現されるだけあり、それを打ち込む際に発生する衝撃で逆に倒壊を促す危険性を否定しきれない代物ではあるが、かなり有効な装備である。
 『それにどこに撃ち込むのさ、アンカーポイントを探して精密スキャンしている間に、ループが終わっちゃうよ・・・・ってなにこれ?』
 共用領域に展開されたアンカーポイントの目安をマリネルが見つけた。
 『・・・いつの間にこんなもの作ったの?』
 マリネルが3D映像として投影されたテイルウイスパーを三百六十度回転させて確認した。
 『友弥の記憶領域からさっき引っ張り出したデータを映像化した』
 エスターの言葉に俺は苦笑をした。
 『お前のことだから、このぐらいは考えていると思ったから、少々覗かせて貰った、どうせ映像化処理をするつもりだったのだろう?』
 『なんでそこにホールドアンカーを撃ち込めば良いと判断したんだ?』
 ブラッゲが聞いてきた。
 『弱点を責めるのは、戦いの基本だし、何となく、そこら辺が脆いかなと』
 『・・・・・・・・・当たり・・・・もうやだ、友弥のこの非論理的な勘』
 アンカーポイントの情報を精密スキャンした結果、マリネルがいけると結論を出した。
俺が提示した以外のアンカーポイントが有ったとしても、メインシャフトが生きていることを考えれば、これだけの補強でかなり無理な挙動も出来そうである。
 『とすれば、後は如何にあれの隙を突くかということか』
 エスターが暫く考えた後、意見を聞かせろと言い共用領域に案を提示した。
 それを見て、マリネルは叫び声を上げて、ブラッゲが天を仰ぎ、俺は親指を立てた。
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