オーバー・ターン!

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5,少しだけ賢くなりつつある子犬たち

5-7

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 ファーストミッションタイマー、セカンドミッションタイマー、サードミッションタイマー、イニシアライズ完了。
 タイムカウント開始。
 『行くぞ』
 目的の宙域にループアウトと同時にエスターの声が響いた。
 メインボートは減速をしていない。
 エスターの短い宣言と供に、救難装備を移動し終えたポッドが高速起動のまま重力嵐が吹き荒れる通常宙域に飛び出した。
 巡洋艦との距離は時間にして五秒に広がっていた。
 『また後で』
 『しくるなよ』
 俺の言葉にブラッゲが答えた。そのままメインボートはループ空間を生成。軽い衝撃を残してあっという間にループ空間に消えていく。
 『ターゲットと回線を開くよ』
 『了解』
 『こちら、ノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラス所属、ポッド指揮のマリネル・フェン・オーツ、応答願います』
 『撃っている・・・・撃っているぞ・・・・』
 『貴艦の感知することではない、2E06後に貴艦の近傍に到達する。貴艦のAIを含む全ての制御は既にこちらが掌握している』
 実際はびびりまくり、涙目になったマリネルだが、口調だけは動揺を抑えて答えた。
 攻撃艦は距離が近すぎるため、次元振動砲は使えない筈である。自分のパイロットやレーダー手まで巻き込むからだ。
 案の定、使用されたのは通常ビーム兵器である。
 絶えずモーメントを変える次元断層と重力波はそのことごとくを明後日の方向へとビームの軌道を逸らせる。怖いのは当てるつもりが無い攻撃が偶然に、こちらに軌道を逸らす事である。それも威嚇であるならば、向こうの砲撃AIは着弾予想を確実に当たらない場所を予測するはずであるから、こちらに直撃する事はまず無い。
 エスターは機体の状態と現状で様子見をしている高速攻撃艦の挙動から、できればテイルウイスパーを無傷でサルベージをしたいと思っている筈だと予想した。しかし、専門の機材が揃っていないため、時間稼ぎにこの宙域に留まっているとエスターは読んだのだ。引き上げの作業を邪魔する事は無く、引き上げたところを捕獲するという手を取らざるを得ない筈だ。但し、ポッドを切り離したメインボートには友好的ではないと判断し、メインボートは離脱ルートに乗り、宙域から離脱したのである。
 ポッドを俺はそのまま減速せずにテイルウイスパーとぎりぎり衝突するルートに乗せた。
 次元断層と入り乱れる重力波のおかげで、気を抜くと軌道が逸れるが、ループ空間内でのスイートスポットを探す事に比べたら、比較的楽である。
 それでも暴れ回る機体を宥め賺すために、俺は操船に集中した。
 また威嚇射撃を行ってきた。少々近い場所である。減速をしないのを焦っているらしい。
 『1E08後そちらに形状保持アンカーを十七セット同時に撃ち込む、牽引アンカーも六セット撃ち込む、それと今すぐにそちらのエンジンを予備起動させる』
 『そ、それは分かった、分かったが、お前達、当艦と衝突軌道を描いているぞ、減速、減速しろ!』
 『言いたいことは分かるけど、止まれないんだよー』
 回線をオフにしたマリネルが呟いた。
 攻撃艦にも同じように、こちらのポッドが衝突軌道を描いている事は分かっている筈だ。
 ある意味、救難ポッドがターゲットに対して衝突軌道を描くのは当たり前とも言える。
 最悪はターゲットに乗り移る必要も出てくるため、衝突軌道を描くのだ。だから今までは、俺達に対して威嚇射撃は行っても、本気で打ち落とそうとは思わなかったはずである。所が俺達は減速をしていない。これっぽっちも逆噴射を掛けていない。それどころか俺達はフルブーストを掛けているのである。
 いくら小さいと言っても救難のポッドは一機で空母クラスの戦艦の牽引が可能なほどのトルク型エンジンを装備している。しかも、ポッドでは各種シールドでその空母を覆い、ループ空間に突入可能な設計がされている。
 それだけの性能を持つポッドは、いわばエネルギーの塊の様な物である。このポッドが現在の速度で衝突した場合、少なくともテイルウイスパーは無事では済まない。
 よほどテイルウイスパーに搭乗している客か、テイルウイスパー自体が重要なのか、攻撃艦が本気で砲撃を開始してきた。
 『わぁ!』
 性能の良いAIが搭載されているらしく、二隻の攻撃艦が撃ち込んでくるビームはポッドがそれまでいた空間をなぎ払っていく。
 ビームが通過する衝撃とは異なった、ガツンと鼻先を叩かれる強烈な感覚と供にスーパーショートワープで俺はそれをかわすと、軌道の修正を行う。
 『痛くない!』
 マリネルが叫ぶ。
 次々に襲ってくるビームを同じように俺はスーパーショートワープでかわし、軌道の修正を行う。
 俺は左右上方に位置した攻撃艦の砲撃に集中する。
 『この・・・』
 ただでさえ暴れ回るポッドを押さえつけながら、仮想の左フットバーを蹴飛ばすように踏み込み、移動先を見据えて体を捻るようにスーパーショートワープ。
 襲いかかってくる衝撃。
 『痛くない!』
 軌道修正。
 時間差でのワープ先への砲撃。
 それを先読みした、スーパーショートワープ
 衝撃
 『痛くない!』
 光の束が俺達に幾筋も降り注ぐ。
 スーパーショートワープで元軌道に無理矢理戻る。
 衝撃
 衝撃
 連続するスーパーショートワープの激しい衝撃が俺達を襲う。
 『痛く・・・・』
 光の束が掠める。
 元軌道に復帰。
 『・・・・・』
 衝撃
 衝撃
 アンカー射出距離。
 ファーストミッションタイマー、タイムアップ。
 形状保持アンカーが射出された。
 涙を流して口を真一門に引き結び、突っ伏した格好のマリネルはそれでも正確にアンカーの軌道計算を行い、次のタイミングを見計らい、牽引アンカーを打ち出した。
 右に左に流れる仮想映像に、打ち出したアンカーが淡い光の軌跡を描きながら、ある物は回り込むようにテイルウイスパーに向かって行く。
 セカンド、サードミッションタイマーは継続されている。
 砲撃が緩くなった。
 テイルウイスパーに近づいたせいで、流れ弾が当たるのを警戒したためである。
 『ホールドアンカー、ヒット、・・・・次いで、牽引アンカーヒット、テイルウイスパー、エンジンリミッター解除終了、マックスパワー』
 突っ伏したままのマリネルがセカンドミッションタイマーのタイムアップを宣言した。
 『牽引アンカー、ファーストリフトアップ』
 『牽引アンカー、ファーストリフトアップよし』
 牽引アンカーに引きずられた軌道を修正する。
 セカンドとサードミッションタイマーの時間間隔はとても短い。
 『な、何をやっているんだ、このままでは、次元断層に落ちてしまう!』
 テイルウイスパー艦長の叫び声を俺達は無視した。
 俺はその次元断層目掛けて突っ込む。
 アンカーを巻き取りながら、マリネルがテイルウイスパーをこちらの動きに同期させる。
 『シールド展開終了』
 目前に次元断層が口を開いていた。落ちれば、高確率で死が俺達を待っているそこは虹色のエーテル流で満ち溢れとても綺麗な光景であった。
 そこに俺はテイルウイスパーの船体を抱きかかえる様に引っ張り込む。
 『さ、サードミッションタイマー誤差修正、205E21、間に合わない!』
 マリネルが叫んだ。
 『いや、来た』
 次元断層直前の空間に歪みが生じた。
 『ループアウト予兆!』
 マリネルの言葉にエスターとブラッゲの言葉が重なった。
 『ポッド回収』
 『ドンピシャだ!』
 次元断層の縁ぎりぎりに現れたメインボートの機影が俺達に覆い被さるように進路を取る。
 『テイルウイスパー制御、友弥』
 『了解』
 俺は完全にテイルウイスパーの船体にポッドを密着させ、テイルウイスパーの制御を傘下に置いた。その瞬間、次元断層内に半ば埋もれた格好でループ空間をエスターが生成し、ブラッゲの操船でメインボートが叩きつける様に、ポッドに強制ドッキングしてきた。

 『ま、まさか・・・・・』
 テイルウイスパー艦長が息を飲んだ。
 『無茶だ!』
 中庭でマヤが叫んだ。
 違法にリアルモニターを行っていた救難科の生徒数名が、来たるべく衝撃を避けるために慌ててリンクを解除した。
 「やっぱ、そう来るよな」
 ミリエ・オーガスがにやりと笑った。
 アジスの拳が握りしめられた。

 『ループイン』
 エスターの静かな声と供に俺達はテイルウイスパーをその懐に抱えたまま、ループ空間に突入した。
 衝撃
 同時に多方向からの突き上げが船体を襲った。
 先程の磁気嵐などとは比較にならないほどの破壊力を持った力があちこちから加わり、きりもみ状態に陥る。
 ブラッゲは操船を手放し、エンジン出力のみに集中した。
 俺はテイルウイスパーのパワーで姿勢制御を行う。
 『帰還ルート検証』
 荒れ狂う次元断層衝撃のループ空間をものともせずに、次ループ組み立て演算を行いながら、エスターが冷静な声で指示を飛ばした。
 『了解!』
 エスターもマリネルも現在の艦の状態には関与していない。
 現状を何とかするのは、俺とブラッゲでエスターとマリネルは次の手駒を揃えている。
 前の人のやることを信じて付いていくのが、後部座席と言ったマリネルは人をおだてるのが上手い。そこまで言われれば、信じて付いてこれるように態度で示したくなってしまうのが俺だ。
 俺は不規則な回転としか思えない視覚情報は当てにせず、制御情報と勘で暴れ回る艦の立て直しを行う。
 艦が安定しないということは、急激なモーメントの変化を全てシールドが吸収するということである。それは、シールド展開制御を行う専用のAIに多大な負荷を掛け、AIのオーバーロードを引き起こす原因となる。
 独立した複数のシールド専用のAIが同時にオーバーロードすることはないが、ループ空間が消滅するまでの間、全てのシールドAIがこのままで持つはずがない。それはこの艦が消滅する事を示す。
 現象は似ているが、次元断層の影響と重力嵐ではループ空間内の法則は異なる。また、例え同じでも、質量の観点から先程までとは絶対的に状況は異なっている。先程までのノウハウは全く役に立たないのは、エスターがこの作戦を思いついた時点で分かっていることであった。
 そして俺達は次元断層影響下でのループ空間の挙動で盛大な花火を既に上げていた。
 そう、既に俺達はアミアミ姉ちゃんの授業でこれを体験している。
 ただ、その規模が変わっただけである。
 このシミュレーションはエスターと何度も繰り返した。
 次々とオーバーロードしたシールドが消滅していく。
 そのシールドAIの残シールド数を示す数値が、かなりの早さで減算されていく。
 『メインボートエンジン、アイドル』
 言いながら、テイルウイスパーのエンジンをアイドル状態に落とした。
 ブラッゲも俺の操作とさほど時間を置かずに、アイドルまで落とした。
 さて、これで後は根比べである。
 俺が勝つか、このループ空間が勝つか、これは俺とループ空間の一対一の真剣勝負である。
 俺はこの状況を楽しんでいた。
 祖父の道場で、力が拮抗する相手と戦う時と同じ感覚を味わっている。
 それは戦いという場に特化された、ある種の昂揚感ともいえる。
 これほど楽しい事は無い。
 不規則な運動に悲鳴を上げる警告をまるっきり無視した俺は、その時を待った。
 次々にシールドが破壊されていく報告も無視する。
 操縦桿を軽く握ったまま、操縦桿の暴れるがままにさせる。
 エンジン制御装置には左手を置いたまま人差し指でその表面を軽く叩き、タイミングを計る。
 この左右の仮想制御装置は、テイルウイスパーに直結してある。
 エンジン出力はメインボート以上。アイドルからのピークパワーへの到達時間もメインボートには若干遅れる物の必要十分と俺はここに突入した短時間で把握した。
 視覚情報が回り続ける。
 回る視界の中、ある一定の地点に至った場所で、いきなり閃いた。
 艦の姿勢が脳裏に浮かんだのだ。
 『マックスパワー!』
 ブラッゲに叫びながら、俺はテイルウイスパーのエンジンをフルスロットル。
 但し操縦桿はそのまま、フリーにする。
 ブラッゲが追随する。
 テイルウイスパーとボートのエンジン出力メーターが跳ね上がる。
 レッドゾーン近くまで跳ね上がった瞬間、後ろから蹴飛ばされるような感覚と供に、艦の挙動がぴたりと安定した。
 シールドの破壊警告が残り一桁を示した時点で停止し、一気に全てのオーバーロードが解除された。
 『・・・・・ホールド』
 『ホールド確認』
 俺の宣言にブラッゲが冷や汗を拭いながら、答えた。
 一度安定した艦の挙動は、まるで穏やかな水面を走る船の様であった。
 エスターとの訓練結果、出た答えは、それこそ勘に頼ると言う物であったのが些か情け無いが、エスターで八割、俺でほぼ十割の成功率をたたき出していた。
 『帰還ルート、検討終了、最短で帰港が出来るルートだね』
 マリネルの言葉にエスターがそれに視線を向けた。
 『了解した、帰還する』
 静かにエスターが宣言した。

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