オーバー・ターン!

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6,終章

6-1

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 俺は自転車の後部座席に座り、ペダルを漕いでいるエスターの背中をしげしげと見ていた。
 俺達は昨晩と同じく、陽が落ちた奥名瀬フリーウエイを学校に向かって移動している最中である。
 「で?なんでまたとら姉さんの所なんだ?」
 夜風になびくエスターの髪を避けながら、俺はエスターに聞いてみる。
 今日のデモが行われた後のヒーローインタビューに俺とマリネルは出席しなかった。
 ステイン星系の報道会社がインタビューに参加してきたため、余計な騒ぎが起きないように配慮をしたと巷では言われているらしいが、実態は止めるマリネルを首にぶら下げたまま混合格闘部のイベントに脇目もふらずに参加しに行ってしまったためである。
 結果は芳しくはなかった。
 俺達のデモとヒーローインタビューで各部のイベントが中断されたおかげで、俺は誰もいない武道場で愕然と立ち尽くす結果となったのだ。明日以降、改めて再開されるらしく、思いっきり落胆した俺をマリネルは慌てて慰め始めた。
 マリネルに余計な心配を掛けさせたようである。
 ともあれ、エスターはヒーローインタビューでノーラステインの教育省にはびこる汚職と不正を証拠と供に暴露した。これは世紀の偉業を成し遂げたチームの賞賛で盛り上がっていた会場を一瞬のうちに静寂に包ませた。
 エスターは俺の放校処分も、親族の不当な我が儘を聞き入れた教育省の役人達が、学校側の教員判断を全く無視し、理事会に対して圧力を掛けた結果であると付け加え、その時にやりとりされた生体認証付きのログ情報まで提示して見せたらしい。
 中には救難クラス理事会のトップも数名いたそうだ。このエスターの発表と同時に、ノーラステイン女王付きで、不正の取り締まりを行う事が発表されたが、それは教育省に留まらず、各省庁に飛び火していたらしく、今頃ペイゼルの本国では大変な騒ぎになっている事であろう。
 エスターが暴露したのは、氷山の一角であり、その他の事実は全てノーラステイン女王付きの発表により明らかにされた事で、表向きはノーラステインの面目は保たれた事になっている。
 しかし、世間では氷の妖精の逆鱗に触れた為に行われた粛正と、まことしやかに噂されているらしい。
 他国の不正も許さぬその姿勢は、批判もあるが、ほとんどのノーラステイン国民は氷の妖精を支持をしているそうだ。
 俺達の作戦では、理事会決定がなされる前に、全ての不正を暴いて、理事会決定を先延ばしにすることであった。
 ノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスの理事会の決定は絶対であるらしく、この決定を覆すことは、システム上不可能となっているとエスターが言っていた。
 だから、不正に関わった者達を公式発表の前に追放し、正当な理事会決定を期待するというのがエスターが立てた最善のプランであったのだが、ノーラステイン女王の発表を遅らせろという依頼により水泡に帰してしまったのである。
 そこで、エスターは代案をノーラステイン女王に提示して、この代案を承認するように逆に依頼したのである。それが、エノラステインでの救難クラスの開設という物である。
 エスターがここに来た理由の一つとして、エノラステインでの救難クラス開校の是非を調査するという側面もあったらしい。
 これにノーラステイン女王として歓迎の意を示すというのがエスターの依頼事項であった。
 施設などは、地球の日本にあるノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスの施設を有償で使用出来る事等、細々とした依頼もしたらしい。
 ノーラステイン女王はこれに同意した。
 そして俺とアミアミ姉ちゃんは書類上ではエノラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスの第一期生とその教師となったのだ。
 もっとも、エノラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスに関する正式な発表は、明日エノラステイン女王とノーラステイン女王が共同声明として行う事になっているので、ペイゼルやマリネルなど、一部の者以外は誰も知らないはずである。
 「ペイゼルが、目覚めたので、見に来るがいいと母から連絡があった」
 「は?」
 「あいつは、普段はああだが、いざとなると肝っ玉が据わる女だ」
 そう言いながら振り向いたエスターはどこか嬉しそうにも見えた。
 「お前があいつを嫌っていないのが不思議だが、嫌っていないのならば、あいつの良いところを見せてやらなければなと思った」
 「ペイゼルの良いところ?」
 「ああ、そうだ」
 「他人の事を親身に心配をするとか、謝りはしないが、素直に反省はするとかあるけど、それ以上に?そもそもペイゼルの本質は、情に厚く義理に堅い人物だと思っているのだが・・・」
 「・・・随分と見ているな」
 俺の言葉にエスターが呆れた様に呟いた。
 「そうか?」
 そうだと言いながら、エスターが心臓破りの坂を登り始めた。
 無言でペダルを漕ぐエスターに俺は何となく不機嫌になった様子を感じ取ったので、流石に今のは、怒るかと反省をした。
 「ごめん、今のは決してエスターが情に薄くて義理を知らないとか、腹に一物もってて油断ならない奴とか言ってる訳じゃないから・・・・」
 坂を上りながら、エスターがゆっくりと振り向いてきた。
 微笑んでいた。
 急勾配を自転車で二人乗りをしているはずなのに、まるで坂道を下ってるかの如く余裕に満ちた様子のエスターであった。
 しかし、七月の熱帯夜と言われている夜に、俺は背筋に冷たいものが押し当てられた様な感覚を覚えた。
 あれ?地雷踏んだ?
 

 購買部の前に自転車を着けた。
 購買部前にはマリネルとブラッゲが俺達を待っていた。メンテナンスが終わり戻ってきた単車で先に来ていたのである。
 俺達が購買部員の先輩に連れられて、バックヤードに赴くと、ログミール達がそこにいた。
 「ペイゼル様は奥にいます」
 「わかった、お前達も一緒にこい」
 ログミールの言葉にエスターは頷くと、奥に向かった。
 奥に行くと、いつかのエスターの様に背筋を伸ばして立つペイゼルと、渋面のとら姉さんがいた。
 「来たぞトラミナ、ここにいる全員にリンクを」
 「・・・・わかりました、少々お待ちください、お二人にお伺いします」
 とら姉さんがキーボードを叩き、間接的にリンク中のメンバーに許可を求めた。
 「許可が出ました、全員でよいのですね?」
 頷いたエスターを確認したとら姉さんが俺達にリンクをかけてきた。
 リンクが確立されると、そこにはノーラステイン女王と、その横にどことなくエスターに似た五十絡みの女の人が荘厳な椅子に座っていた。
 一目見て、それがエノラステイン女王であるのが分かった。エスター以上に眼光の鋭さがあるが、同時に厳しさだけではなく、優しさも感じる瞳の持ち主であった。厳しさだけが前面に押し出されているエスターとは、その辺りが違う。しかし、確かに一癖も二癖もありそうな女王ではあった。
 そしてその二人の前に背筋を伸ばし立つペイゼル。その姿はこの二人の女王を前にしてもひけを取らぬ堂々としたものであった。
 ブラッゲ達は慌ててその場に跪いた。確かにこの二人には人を跪かせる威光を感じる。
 「跪く必要はない、面を上げよ、これは公式の会見ではない。知り合いの婆二人が茶飲み話をしているところに、その子供とその友人達がたまたま遊びに来たというだけのことだ」
 エノラステイン女王が喉の奥で笑いながら言い放ったが、どうやらその言葉は余計にブラッゲ達を萎縮させた様である。そしてエノラステイン女王は俺に視線を向けた。
 「ほう、そちが友弥か、我が娘が世話になっていると聞くが、これからも宜しく頼むぞ」
 いえいえこちらこそお世話になっておりますと俺はお辞儀をした。
 「・・・・お話を進めても宜しいですか」
 凛とした声が響いた。ペイゼルの声だとは最初は気が付かなかった。
 「ああ、構わない、どうせ今のところは我の出る幕は無いからな」
 エノラステイン女王はそう言い放つと、足を組み直した。
 「で?結局の所、お前は何が言いたいのだ?」
 ノーラステイン女王がペイゼルに聞いた。その目はどことなく楽しそうであった。
 「我が国の恥を晒して、それに耐えられる女王では無い筈だと言うことですわ」
 「ほう、我が国の恥ときたか」
 「そうですわ、このままエノラステインに救難クラスを設立するのを認めることは、我が国の恥以外の何者でもありませんわ」
 俺の後ろでマリネルが動揺したのが分かった。エスターはうっすらと笑みを浮かべている。
 「そして、ノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスをこのまま存続させることも恥以外の何者でもありませんわ。今日の報道でこう言われています、【これから将来も同じような事件が起こる可能性が否定できない】と、これは現状のノーラステイン救難クラスのシステムそのものに欠陥があるためですわ。その様な救難クラスに誰が来ますか?来年になり、ここ地球の救難クラスだけでなく、タミルークス星系などのノーラステイン救難クラスを志願する者達がどれだけいるのか考えるまでも無いとわたくしは思います」
 ペイゼルはエスターを振り向いた。
 「エスター、貴方が言う、エノラステイン救難クラスのシステムはどうなっていますか?今回と同じような事件が起こることを否定できますか?」
 エスターは頷いた。
 「エノラステイン救難クラスは、少なくとも今回の様な、人間のエゴにより不当な選別をすることは出来ないようなシステムになる。それは、いつかお前と議論したシステムを採用するからだ。つまり、利権に関わる事であろうと無かろうと、人選も含めて運営は全て第一種統合生命体連合に依頼する」
 エスターに聞いた話だと、地球で開設されるエノラステイン救難クラスは、高天原の三人に運営の基礎から人選まで全てを委託する事になっているそうである。価値観が全く異なり、我々のエゴや不正とは全く無縁な者達に管理を委ねることで、信頼を得るとエスターが言っていた。
 「それは人間を信用しないと言うことだな」
 ノーラステイン女王が笑みを深めながら、言い放った。
 「いいえ、ちがいますわ、百人が百人とも信用できると言えるシステムを確立する必要があると言うことですわ。第一種統合生命体連合を信じているからこそ、知覚操作管理も委任されているのでしょう?それに異論を唱える者がいますか?」
 「今のところは、いないな」
 「だから、わたくしは、ノーラステイン救難クラスの解体を行う必要があると言っているのです。ノーラステイン救難クラスを解体して、システムの根本的見直しを行うモデルケースとしてエノラステインから提案されたシステムを採用した救難クラスの開設を二国共同で行う。それがこの地球の救難クラスとなれば、我が国の恥とはなりますまい」
 ああ、なるほどと俺は納得した。ペイゼルは俺とアミアミ姉ちゃんの居場所を確保しようとしてくれているのだ。それも、俺とアミアミ姉ちゃんだけが、別の学校という形ではなく、なるべく今までと同じ形に収まるようにと考えているのだ。だから、あえてエスターの意見に異を唱えたのだ。エスターの案のままだと、俺達が負けた事になると考えたのだ。
 そしてそれが、ペイゼルなりの今回の件に対しての責任の取り方であり、同時に筋の通し方なのだ。
 ペイゼルは自分の出来ることなら、何でもすると言ってくれた。それが言葉だけでは無いことを証明しようとしているのだ。やっぱりペイゼルは思った通りとても優しく信用がおける人物なのだ。
 「事故が起きた時の責任は誰が取る?それも依頼するというのか?」
 ノーラステイン女王の言葉にペイゼルが笑った。
 「責任と、仰いましたか?」
 ペイゼルは俺を振り向いた。
 「友弥、貴方はなぜ、ここ地球に、そもそも特技科が開設されているのか、知っていますか?」
 いきなり話を振られた俺だが、俺には何となく気が付いていたことである。そう、例のガイドブックに、ヒントが書かれていた。
 この地球は第二種人型生命体連合に所属していない。つまり地球人は彼らから見れば狭義の意味で人権がないのだ。
 「多分、ここってかなり危ない研究とかしている施設なんじゃないかな?ステイン星系では危険すぎる研究とかを辺境の地で行っているのかな?いざとなったら、この星ごと隔離すれば済む話しだとか?」
 「その通りです友弥、我々ステイン星系はここやタミルークス等の未開の地などで、いざとなれば破棄すれば済む恒星系に特技科を設立し、本国では危険視されている研究を行っていますわ。ではそうなった場合に誰があなた方先住民に対する責任を取ると言うのでしょう?誰も取りようがありませんわ」
 ペイゼルが女王二人を見据えた。
 「もとより取れる範囲での責任は女王様方がお取りになることに、今も昔も変わりはありませんわ」
 ペイゼルがきっぱりと言い切った。
 事故が起きた時の責任の話をする前に、事故そのものを起こさないよう安全性を高めるのが本来の在り方だとペイゼルは言っているのである。
 地域住民としては、色々と突っ込む場所が多いが、それを隠しもせずに俺の前で言い切ったペイゼルの姿は、確かに格好が良かった。



 俺達はリンクを解除し、とら姉さんに会見が終わった事を告げた。
 「ど、どういうことだ?・・・・」
 ブラッゲが、呆然とした声で呟いた。あまりの緊張に会話の内容が右から左にすり抜けていっていた様である。
 つまり、とログミールが答えた。
 「我々や友弥様やアジス先生も含めて今まで通りということです」
 「友弥があっちに行く、こっちに行くではなくて、救難クラスそのもののが変わるっていうことだよね!」
 マリネルが満面の笑みで俺を振り向いたかと思うと、抱きついてきた。
 ペイゼルが終始主導権を握り、話を進めた結果、二人の女王は、ペイゼルの案を受け入れた。
 ノーラステインの救難クラスは一度解体される事になった。つまり、俺とアミアミ姉ちゃんの処分も無効となり、エノラステインの立案したシステムを取り入れた救難クラスが、在校生をそのまま引き継ぐ形で新規に誕生することになったのだ。
 「やったよ、やったよ、友弥、今までみたいに一緒にいられるんだよ」
 いや、エスターの当初の案でも俺はここにいられるんだけど、と答えたらまた空気読めとか言われそうなので黙って、マリネルの頭を撫でていた。何よりペイゼルがあの女王二人に対峙してまでも一歩も引かずに、説得した結果である。感謝する事は有っても、難癖を付ける事ではない。
 俺はペイゼルに視線を向けた。
 トライやムラウラに帰宅を告げて、さっさとバックヤードから歩き去っていこうとするペイゼルは、嫌味ばかりを言うペイゼルでも、異常なほどに遠慮をするペイゼルでもなかった。
 そう、そこには高飛車で高慢そうだが、己を律して確固たる責任を自覚した王女がいた。
 「ペイゼル」
 俺の言葉にペイゼルの足が止まった。
 「ペイゼル、ありがとう」
 ペイゼルがゆっくりと振り向く。
 その顔には何の感情も浮かんでいなかった。ただ、真っ直ぐに俺の目を見てきた。
 「・・・・・・・・負けたままでは、収まりが付きませんわ。このまま貴方に勝ち逃げさせる訳にはいきません、ただそれだけの事ですわ」
 そう答えたペイゼルの肩をエスターが叩いた。
 ペイゼルは痛そうに顔を歪めた。
 「どうだ?これが次期ノーラステイン女王だ。そして私の最も強敵となるライバルだ」
 エスターは言葉を切ると胸を張った。
 「私はこれと競えることを誇りに思う」
 「あ、貴方如きにライバルなど呼ばれてほしくありませんわ・・・・ましてや今更誇りに思うなどと・・・・・・」
 そう答えたペイゼルは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。かなり嬉しそうである。
 エスターの言葉に俺は頷いた。
 「ああ、凄いな。エスターといい、ペイゼルといい、俺の周りには格好いい女性が沢山いる。俺も負けていられないな」
 そう、俺もかなりの負けず嫌いである。だから俺も負ける訳にはいかない。
 俺はエスターに視線を向けると、俺の視線を受けてエスターが頷いた。
 だから俺はとら姉さんを振り向いた。
 「これは俺の戦いなんだ。だから、俺が行くから」
 俺の言葉に不意を突かれた格好のとら姉さんが絶句して俺の顔を見つめてきた。
 「・・・お前・・・・何を知っている・・・」
 やっとの事で言葉を発したとら姉さんは椅子から腰を浮かせたが、俺はその肩先に手を当てた。
 腰が砕ける様にとら姉さんが椅子に戻った。
 驚愕の表情のとら姉さん。
 「とら姉さんの口から答えが返ってくるとは思わないから、何も聞かない。だけど、もう一度言うけど。これは俺の戦いなんだよ、だから、誰も俺の代わりはさせない」
 そう口にした俺はその場にいる全員を見渡した。
 あっけにとられているブラッゲとマリネル。
 トライとムラウラもきょとんとした表情をしている。
 ペイゼルは無言で俺を見つめている。
 エスターはなるべく無表情になろうと努めながら、俺を見ている。
 「んじゃ、ちょっと、行ってくるから」
 「ああ、いってこい・・・・」
 エスターの声に俺は手を振り、バックヤードから売り場に戻った。
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