オーバー・ターン!

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6,終章

6-2

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 友弥が裏口から外に出ると、ペイゼルがエスターをじろりと睨んだ。
 「一体、友弥は何をするというのかしら?」
 エスターは裏口を見つめていたが、大きく息を吐き、気を紛らわせる様に頭を振った。
 「あいつはこの茶番劇に終止符を打ちにいったんだ」
 「茶番劇?」
 ペイゼルが眉間にしわを寄せた。
 「ペイゼル。今回の真の首謀者は誰だと思う?」
 エスターの言葉に、とら姉さんの顔色が変わった。
 「首謀者?ディッケの親戚じゃないの?」
 マリネルがもっともなことを口にした。
 「いや、それはあくまでもターゲットだ。そのターゲットを動かす為の茶番を考えた人物こそが真の首謀者だ」
 「我が母イグリーであることは、明白ですわ」
 ペイゼルがさらりと言葉にした。
 「それと我が母、マリムルトだ」
 二人の王女の言葉にマリネルが目を見開き、トラミナのこぶしが握りしめられた。
 エスターがゆっくりと話し始めた。
 かつて【氷の妖精と呼ばれた事件を覚えているか、あの時に比べたら今回の情報収集は比じゃない】と言ったのはトラミナ本人であった。
 その言葉は正確に真実を言い当てていた。
 その言葉をトラミナが口にした時、既にエスターはトラミナが受けていたエノラステイン女王の指令を知っていた上に、トラミナとノーラステイン女王を結ぶ連絡係が誰かということも解っていたのである。
 今回のシナリオで、己の役割を知っていたのは、そう多くはない。
 少なくともアジスは知らなかった。しかし、そのアジスは驚くべき事に全容を把握していた。アジスの正体がACROであれば、それも頷けるとはエスターの言葉である。
 氷の妖精と、伝説的な統合指揮者である二人が昨日朝に互いの情報を交換したことにより、今回の出来事に関する内容はかなりの精度にまで昇華されていたのだ。
 特にディッケに関する情報はかなりの精度まで高まり、その内容から今回の騒動の基点はディッケの行動によるものだが、そのディッケの行動自体、第三者に指示された結果であることが裏付けられたのだ。
 「簡単に言えば、必要悪と放置していた事態が増長し、エノラステインとノーラステイン両国家の運営に支障が出始めたため、これを粛正したということだ。そこで見せしめの意味も含めて盛大な事件を起こす必要があった。ディッケに目をつけたのは、我が母マリムルトの調査機関で、その調査結果を基に母がディッケを利用したシナリオを描き、イグリー殿が手配と人員の配置を行った。シナリオに登場する人物は、ミリエ・オーガス、トラミナ、ログミール、私、そして私のチームに割り振られた現地人・・・・・友弥だ」
 「私のこともお知りですか?」
 ログミールの静かな声が響いた。
 「サンダーバーズが何時から警備会社になったのか、知りたいところだな」
 この言葉にペイゼルがため息をついた。まさかエスターにそこまで知られているとは思わなかったという表情である。
 「サンダーバーズと言っても、この者達はイーストペイグラットシティーの社員訓練部門の社員ですわ・・・・・・」
 「我が国の特別職業訓練学校の様な物だな。優秀な人材育成の為に、学生に賃金を支払うシステムだ・・・・・・異なるのは国が学生としてではなく、企業が社員として雇うということだな」
 ログミール、トライ、ムラウラの三人の身分は、表向きはノーラステイン国営の警備会社の社員であり、このノーラステイン国営の警備会社を通じて救難クラスの入学審査に通った者達である。
 しかし実態は、その国営会社に出向している、いわゆる派遣社員であり、その派遣元はサンダーバーズである。
 では、なぜ三人がペイゼルの護衛として雇われているのか?
 それはあまりにも情けない話だが、サンダーバーズが経営の危機に陥っていたからである。
 サンダーバーズは過去の栄光から、かなり優秀な人材をそろえているが、現在では人材教育に力を入れている為、単純に利益が少ないのである。
 最悪は、エノラステインに身売りをすることで、公共の人材教育機関として運営の立て直しを行う事も出来るのだが、これにノーラステイン女王が待ったを掛けたのである。
 英雄達の所属する会社がそのままエノラステイン国営会社になるのは、ノーラステインの国民が許す筈もなく、何もせずに手をこまねいていた国を、ひいては女王を国民が糾弾するのは目に見えていた。
 しかし、国営ではない会社に国が金を払うわけにはいかない。そこで、王女の護衛という名目でノーラステインはサンダーバーズに資金の援助を行ったのである。トライとムラウラが王女の護衛を主に受け持ち、ログミールは護衛任務に加え、二人の管理監督とその他の雑用をこなしていたのである。
 その雑用の中には、雇い主であるノーラステイン女王からの直接指示であるエノラステインとの情報交換も含まれていた。
 「当たりです。私はトラミナ様を経由してイグリー様との中間連絡を依頼されておりました。ですが、あえて言わせていただけるのならば、トライとムラウラは、今回の件に関しては、何も知らされておりません」
 ログミールがいつもの様に淡々と事実を口にした。その言葉に一番驚いているのは確かにトライとムラウラであった。二人ともログミールに驚愕の視線を向けている。
 「トラミナが我が母の手足となり、ログミールがイグリー殿の手足となった」
 エスターの言葉にログミールが頷いた。
 「ミリエオーガスはお前の上司だな?」
 「はい、私達が直接お会いしたのは、一昨日が初めてですが」
 「正直だな、ログミール」
 エスターが唇の端に笑みを浮かべた。
 「しかしサンダーバーズには、業務内容を第三者に話してはいけないという規則は無いのか?」
 「私達の主業務は、ペイゼル様の護衛であります。何事に於いてもこの業務が最優先されます。エスター様との付き合いも自ずと長くなると予想される為、エスター様と敵対することは円滑な業務遂行の観点から避けるべきであると判断されます。そのため、優先度が低い業務内容の開示は致し方在りません。もとより、本案件に関してイグリー様とマリムルト様にはそのように言われております」
 「ほう、我が母はなんと言った?」
 「【うちの性悪狐が顔を突っ込んでくるのは解っているが、足音が聞こえたらなりふり構わず全力で逃げろ】そう仰っておりました」
 エスターは肩をすくめた。
 「あれにしては、つまらない言葉だな」
 「姫様・・・あまりうちの後輩をいじめないでくれませんか?」
 いつの間にかミリエ・オーガスがバックヤードの入り口に立っていた。
 やれやれと呟きながら、ミリエは頭を掻きながらバックヤードを横切ると、近場の椅子に腰を降ろした。
 「アジスが言う通り、私たちは姫様の事を舐めすぎていましたね、まさかそこまで知られるとは思ってもいませんでしたよ」
 ミリエはまいったまいったと言いながら笑った。
 「あ、そうそう。とらさん・・・・友弥も本気みたいですよ。私たちはしてやられました。アジスとディッケの行方が解りません・・・・・」
 ミリエの言葉にトラミナが呻いた。
 「どういうことですの?」
 ペイゼルの言葉にエスターがゆっくりと椅子に腰掛けながら答えた。
 「今回のシナリオは、我が母とイグリー殿が策謀して、ディッケに囮捜査の主犯格となるように半ば強制したことに端を発する。ディッケの報酬は、幾ばくかの金銭と奴の師匠が最後に戦った流派の人間との真剣勝負の場を授けることだった・・・・」
 「真剣勝負って・・・・」
 マリネルが呟いた。
 「そうだ、ルールなどない、単純な素手での殴り合いだ」


 俺は静かに息を吐いた。
 寮までMTBを飛ばして帰ってきたのだが、ちょうどいいウオーミングアップになった。
 明かりの灯る道場に入ると、俺は入り口で礼をし、道場の上座に向かって礼をした。
 上座にはこの道場の主である大家の静さんが座していた。
 下座にはアミアミ姉ちゃんが何時ものスーツ姿で座っている。
 向かって右には祐子さんが医療用のバッグを抱えていた。
 中央には白い道着姿のディッケが胡座をかいている。俺を見ようともしない。
 「ご厚意、感謝いたします」
 俺はこの場を提供し、さらに立ち会いを了承してくれた静さんに改めて礼をすると、静さんが頷いた。それを確認して俺はディッケに向き直った。
 「ここにトラミナがいると聞いた」
 ディッケが口を開いた。
 「とら姉さんはここには来ません」
 「では、ここには用はない」
 ゆっくりとディッケは立ち上がり、そのまま道場の出入り口へと向かう。
 「二年前のことです。祖父の所に、男の人が真剣勝負を求めて現れました。ランツと名乗った男の人です」
 ディッケの足が止まった。
 俺はゆっくりと制服のネクタイを緩めた。
 「興味ありますか?この話」

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