オーバー・ターン!

sum01

文字の大きさ
36 / 38
6,終章

6-2

しおりを挟む
 友弥が裏口から外に出ると、ペイゼルがエスターをじろりと睨んだ。
 「一体、友弥は何をするというのかしら?」
 エスターは裏口を見つめていたが、大きく息を吐き、気を紛らわせる様に頭を振った。
 「あいつはこの茶番劇に終止符を打ちにいったんだ」
 「茶番劇?」
 ペイゼルが眉間にしわを寄せた。
 「ペイゼル。今回の真の首謀者は誰だと思う?」
 エスターの言葉に、とら姉さんの顔色が変わった。
 「首謀者?ディッケの親戚じゃないの?」
 マリネルがもっともなことを口にした。
 「いや、それはあくまでもターゲットだ。そのターゲットを動かす為の茶番を考えた人物こそが真の首謀者だ」
 「我が母イグリーであることは、明白ですわ」
 ペイゼルがさらりと言葉にした。
 「それと我が母、マリムルトだ」
 二人の王女の言葉にマリネルが目を見開き、トラミナのこぶしが握りしめられた。
 エスターがゆっくりと話し始めた。
 かつて【氷の妖精と呼ばれた事件を覚えているか、あの時に比べたら今回の情報収集は比じゃない】と言ったのはトラミナ本人であった。
 その言葉は正確に真実を言い当てていた。
 その言葉をトラミナが口にした時、既にエスターはトラミナが受けていたエノラステイン女王の指令を知っていた上に、トラミナとノーラステイン女王を結ぶ連絡係が誰かということも解っていたのである。
 今回のシナリオで、己の役割を知っていたのは、そう多くはない。
 少なくともアジスは知らなかった。しかし、そのアジスは驚くべき事に全容を把握していた。アジスの正体がACROであれば、それも頷けるとはエスターの言葉である。
 氷の妖精と、伝説的な統合指揮者である二人が昨日朝に互いの情報を交換したことにより、今回の出来事に関する内容はかなりの精度にまで昇華されていたのだ。
 特にディッケに関する情報はかなりの精度まで高まり、その内容から今回の騒動の基点はディッケの行動によるものだが、そのディッケの行動自体、第三者に指示された結果であることが裏付けられたのだ。
 「簡単に言えば、必要悪と放置していた事態が増長し、エノラステインとノーラステイン両国家の運営に支障が出始めたため、これを粛正したということだ。そこで見せしめの意味も含めて盛大な事件を起こす必要があった。ディッケに目をつけたのは、我が母マリムルトの調査機関で、その調査結果を基に母がディッケを利用したシナリオを描き、イグリー殿が手配と人員の配置を行った。シナリオに登場する人物は、ミリエ・オーガス、トラミナ、ログミール、私、そして私のチームに割り振られた現地人・・・・・友弥だ」
 「私のこともお知りですか?」
 ログミールの静かな声が響いた。
 「サンダーバーズが何時から警備会社になったのか、知りたいところだな」
 この言葉にペイゼルがため息をついた。まさかエスターにそこまで知られているとは思わなかったという表情である。
 「サンダーバーズと言っても、この者達はイーストペイグラットシティーの社員訓練部門の社員ですわ・・・・・・」
 「我が国の特別職業訓練学校の様な物だな。優秀な人材育成の為に、学生に賃金を支払うシステムだ・・・・・・異なるのは国が学生としてではなく、企業が社員として雇うということだな」
 ログミール、トライ、ムラウラの三人の身分は、表向きはノーラステイン国営の警備会社の社員であり、このノーラステイン国営の警備会社を通じて救難クラスの入学審査に通った者達である。
 しかし実態は、その国営会社に出向している、いわゆる派遣社員であり、その派遣元はサンダーバーズである。
 では、なぜ三人がペイゼルの護衛として雇われているのか?
 それはあまりにも情けない話だが、サンダーバーズが経営の危機に陥っていたからである。
 サンダーバーズは過去の栄光から、かなり優秀な人材をそろえているが、現在では人材教育に力を入れている為、単純に利益が少ないのである。
 最悪は、エノラステインに身売りをすることで、公共の人材教育機関として運営の立て直しを行う事も出来るのだが、これにノーラステイン女王が待ったを掛けたのである。
 英雄達の所属する会社がそのままエノラステイン国営会社になるのは、ノーラステインの国民が許す筈もなく、何もせずに手をこまねいていた国を、ひいては女王を国民が糾弾するのは目に見えていた。
 しかし、国営ではない会社に国が金を払うわけにはいかない。そこで、王女の護衛という名目でノーラステインはサンダーバーズに資金の援助を行ったのである。トライとムラウラが王女の護衛を主に受け持ち、ログミールは護衛任務に加え、二人の管理監督とその他の雑用をこなしていたのである。
 その雑用の中には、雇い主であるノーラステイン女王からの直接指示であるエノラステインとの情報交換も含まれていた。
 「当たりです。私はトラミナ様を経由してイグリー様との中間連絡を依頼されておりました。ですが、あえて言わせていただけるのならば、トライとムラウラは、今回の件に関しては、何も知らされておりません」
 ログミールがいつもの様に淡々と事実を口にした。その言葉に一番驚いているのは確かにトライとムラウラであった。二人ともログミールに驚愕の視線を向けている。
 「トラミナが我が母の手足となり、ログミールがイグリー殿の手足となった」
 エスターの言葉にログミールが頷いた。
 「ミリエオーガスはお前の上司だな?」
 「はい、私達が直接お会いしたのは、一昨日が初めてですが」
 「正直だな、ログミール」
 エスターが唇の端に笑みを浮かべた。
 「しかしサンダーバーズには、業務内容を第三者に話してはいけないという規則は無いのか?」
 「私達の主業務は、ペイゼル様の護衛であります。何事に於いてもこの業務が最優先されます。エスター様との付き合いも自ずと長くなると予想される為、エスター様と敵対することは円滑な業務遂行の観点から避けるべきであると判断されます。そのため、優先度が低い業務内容の開示は致し方在りません。もとより、本案件に関してイグリー様とマリムルト様にはそのように言われております」
 「ほう、我が母はなんと言った?」
 「【うちの性悪狐が顔を突っ込んでくるのは解っているが、足音が聞こえたらなりふり構わず全力で逃げろ】そう仰っておりました」
 エスターは肩をすくめた。
 「あれにしては、つまらない言葉だな」
 「姫様・・・あまりうちの後輩をいじめないでくれませんか?」
 いつの間にかミリエ・オーガスがバックヤードの入り口に立っていた。
 やれやれと呟きながら、ミリエは頭を掻きながらバックヤードを横切ると、近場の椅子に腰を降ろした。
 「アジスが言う通り、私たちは姫様の事を舐めすぎていましたね、まさかそこまで知られるとは思ってもいませんでしたよ」
 ミリエはまいったまいったと言いながら笑った。
 「あ、そうそう。とらさん・・・・友弥も本気みたいですよ。私たちはしてやられました。アジスとディッケの行方が解りません・・・・・」
 ミリエの言葉にトラミナが呻いた。
 「どういうことですの?」
 ペイゼルの言葉にエスターがゆっくりと椅子に腰掛けながら答えた。
 「今回のシナリオは、我が母とイグリー殿が策謀して、ディッケに囮捜査の主犯格となるように半ば強制したことに端を発する。ディッケの報酬は、幾ばくかの金銭と奴の師匠が最後に戦った流派の人間との真剣勝負の場を授けることだった・・・・」
 「真剣勝負って・・・・」
 マリネルが呟いた。
 「そうだ、ルールなどない、単純な素手での殴り合いだ」


 俺は静かに息を吐いた。
 寮までMTBを飛ばして帰ってきたのだが、ちょうどいいウオーミングアップになった。
 明かりの灯る道場に入ると、俺は入り口で礼をし、道場の上座に向かって礼をした。
 上座にはこの道場の主である大家の静さんが座していた。
 下座にはアミアミ姉ちゃんが何時ものスーツ姿で座っている。
 向かって右には祐子さんが医療用のバッグを抱えていた。
 中央には白い道着姿のディッケが胡座をかいている。俺を見ようともしない。
 「ご厚意、感謝いたします」
 俺はこの場を提供し、さらに立ち会いを了承してくれた静さんに改めて礼をすると、静さんが頷いた。それを確認して俺はディッケに向き直った。
 「ここにトラミナがいると聞いた」
 ディッケが口を開いた。
 「とら姉さんはここには来ません」
 「では、ここには用はない」
 ゆっくりとディッケは立ち上がり、そのまま道場の出入り口へと向かう。
 「二年前のことです。祖父の所に、男の人が真剣勝負を求めて現れました。ランツと名乗った男の人です」
 ディッケの足が止まった。
 俺はゆっくりと制服のネクタイを緩めた。
 「興味ありますか?この話」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

処理中です...