薬指に咲く

雨宮羽音

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夏祭り

1.

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鈴虫すずむしの音が耳に心地よい。
季節は夏。

日が傾いて夕方になる頃。神社の境内では提灯ちょうちんに明かりが灯される。
境内けいだいを埋め尽くすように屋台が並び、その間を様々な人が往来していた。

今年も例年通り、夏祭りは多くの人で賑わっている。

その賑わいから少し離れた境内の端で、僕こと夏江景太なつえ けいたは呆然と立ち尽くしていた。

目の前の薄汚れた自動販売機を眺める僕は、暗い表情を浮かべている。

「嘘だろ…水しか残ってないじゃないか…」

自動販売機に並ぶボタンには、売り切れという文字が羅列されている。
唯一残っていたのは、他の飲み物より少し安い飲料水だけだった。

僕は仕方が無く、ため息をついてその飲料水を購入する。
何か味があるものが飲みたかったが、屋台で買うよりは遥かに安上がりだ。

早速買ったばっかりの水を飲んで、僕はそのまま賑やかな境内の奥へと進んでいく。

目に映る色とりどりの浴衣ゆかた法被はっぴ姿。
談笑する人々に、走り回る子供。
鉄板の上で料理が焼かれる音と匂い。

これが夏祭りだと、毎年足を運んでいる僕はそう思う。


そうして物思いにふけりながら歩いていると、不意に僕の背中に女性の声がかけられた。

「けーいた君!」

振り向くとそこには、夜霧舞葉やぎり まいはが立っていた。
明るくて茶色い髪をポニーテールにしてまとめた彼女は、僕に向かって悪戯いたずらっぽくウインクをしている。
薄い赤色の浴衣が可愛らしい。

「私のことを置いてどこ行ってたの!」

そう言って下駄げたを鳴らしながら、舞葉は僕の側まで寄って来る。

彼女とは幼稚園に通っていたころからの付き合いだ。
大学四年生の僕より、彼女は一つ歳下だった。

「舞葉…。ごめんごめん。なんか喉が渇いちゃって」

僕は彼女の小言に、笑いながら頭をく。

「だからって置いていく事ないでしょう。もう!」

舞葉は文句を言いながらも、楽しそうに笑っていた。

乱れた前髪を右手で直しながら、僕の腕に自分の左手を絡めてくる。
その薬指にはめられた指輪が、夕日と屋台の明かりで照らされて輝いていた。

それは僕の左手にはめている指輪と同じ物だ。

「お祭りなんだから、二人で満喫まんきつしないと! 打ち上げ花火が始まるまで、まだ結構時間あるよね?」

「うん。二時間くらいかな」

「じゃあ、のんびり屋台をみてても大丈夫そうだね! まずは何から行く?」

舞葉は浮き足立った様子で僕の手を引いた。

「そんなに急がなくても、屋台は逃げたりしないよ!」

苦笑いをしながら、僕は手を引かれるままに舞葉について行く。
どうやら夏祭りを楽しみにしているのは、彼女も僕と同じようだ。


そうして僕達は二人仲良く歩きながら、賑やかな屋台の列を見て回る。

誰もがワクワクとしてしまう夏祭りは、まだまだ始まったばかりだった。
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