薬指に咲く

雨宮羽音

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あれは確か小学四年生の夏。
僕は当時九歳だった。

僕と舞葉は子供のころから仲が良く、いつも一緒にいた。
毎日彼女の家に遊びにいくのが当たり前だったし、逆に彼女が僕の家に来ることも日常茶飯事にちじょうさはんじだ。

彼女の性格は明るく、人懐っこい。
あまり外で活発に遊ぶような子供では無かったが、好奇心は旺盛おうせいな女の子だった。


僕達の住む街では、夏になると神社で大きな祭りが開かれる。
地元では有名な一大イベントで、僕と舞葉は彼女の父親に連れられて、毎年参加するのが恒例こうれいとなっていた。

その年も夏祭りを楽しみにしていた舞葉は、七月に入ってから落ち着きが無く、毎日をそわそわとして過ごしていた。



例年通り、僕達は三人で神社の夏祭りに足を運んだ。

神社に到着した後、色々ある屋台のなかで、舞葉は金魚すくいに挑戦する。
しかし健闘も虚しく、一匹の金魚も取れなかった。

彼女は相当な不器用で、水にひたしたすくい網を一瞬にしてボロボロにしてしまう。
破れたすくい網を片手に、泣きそうになっている舞葉を見て、僕はいてもたってもいられなかった。

「ボクにまかしてよ!」

そう言って、舞葉のかわりに金魚すくいに挑戦する。

僕は持ち前の器用さを活かして、周りで見ていた大人達を驚かせる程の大量の金魚をすくい上げる。
僕の器に詰め込まれた金魚を見て、舞葉は目を輝かせて喜んでいた。

「わー! すごいすごーい!」

その後、数匹の金魚を入れてもらった袋を片手に、舞葉はとてもご機嫌な様子だった。






祭りを楽しんで、すっかり暗くなってしまった帰り道。

父親と手を繋いで歩いていた舞葉は、急に体調を崩して咳き込んだ。
彼女の父親は適当な場所に腰掛けて、具合が悪そうな彼女を、自分の膝の上に座らせる。

舞葉は生まれつき体が弱く、僕と一緒にいる時も時々そんな風に体調を悪くしていた。

「ねえ、舞葉ちゃんは大丈夫なの!?」

介抱かいほうされる舞葉を見て、僕は彼女の父に問いかける。

何度見ても、彼女が苦しんでいる姿を目の当たりにすると、僕は心配でたまらなくなるのだ。

「大丈夫。一時的な発作だから、すぐにおさまるよ。少し興奮し過ぎたようだね」

舞葉の父親は有名な医者だった。
腕がいいと評判で、とても人柄が良く、多くの人に信頼されている。

その噂を理解出来ない当時の僕でも、舞葉の父親のことは大好きだった。

「お父さんがお医者さんでよかったぁ…」

介抱されて具合が落ち着いた舞葉は、父親の胸に顔を埋めながらそう言う。

いつも一緒にいる舞葉を助けてくれる彼女の父親は、僕にとってヒーローのような存在だった。
そんな風に思っていた僕は、目の前の状況を見て疑問に思ったことをつい口にする。

「…お医者さんなら、舞葉ちゃんのことをいつでも助けてあげられるのかな?」

僕の質問を聞いて、舞葉の父親は目を丸くしていた。

「うん? そうだね。少なくとも私は、医者として自分の娘を助けてやれることをほこりに思っているよ」

その「誇り」という言葉は、当時の僕には難しかった。
それでも、肯定的こうていてきなことを言っているのは何となく感じ取れる。

「そっか…。ボクでもお医者さんになれるかな?」

真っ直ぐに視線が合った僕の目を見て、舞葉の父親は優しい笑顔を浮かべる。

「ふふふ、もちろん。ちゃんと勉強すれば、景太君にもなれるさ」

その表情を見て、その言葉を聞いて、僕は不思議な高揚感こうようかんが体の内側に込み上げてくるのを感じる。

「ボク、がんばるよ!」

それは子供心にとても純粋な決意だった。
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