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薬指に咲く
2.
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一年前の夏祭り。
僕達は二人並んで、屋台の並ぶ賑やかな境内を見て回っていた。
舞葉が癌である事を知ってから、半月も経っていない頃だった。
僕は状況的に舞葉の心と体を心配したが、彼女がどうしても祭りに行きたいと言うので、その気持ちを尊重した。
夏祭りに足を運んだ僕は、内心では舞葉のことが心配でたまらなかった。
舞葉が無理をしていて、心に抱えている不安を隠しているのではないかと思っていたからだ。
しかし、僕の思いはすぐに払拭された。
金魚すくいをして、射的をして、かき氷を食べる舞葉。
様々な屋台で、終始笑顔を見せてくれる彼女を見て、僕は胸を撫で下ろす。
まるで病気のことなど無かったかの様に振る舞う舞葉を、僕は心の底から楽しませてあげたいと思った。
だから僕は、たくさん話をして、一見くだらない冗談を言いながら、いつも以上に精一杯彼女をエスコートしたのだった。
空が暗くなり、打ち上げ花火が始まる時間。
毎年の様に山の中腹へ向かった僕達は、休憩所のベンチに肩を並べて座る。
「綺麗だねー!」
舞葉は始まった打ち上げ花火を見上げて、空に咲く大輪の花へと手を伸ばす。
「うん。今年も盛大だね」
空を仰ぎ見る舞葉を横目に、僕は答える。
彼女はその瞳いっぱいに、瞬く花火の光と、夜空の星を映していた。
瞳を輝かせる舞葉は、急に大きなため息をつく。
「あーあ、来週から入院か…。そしたらこうやって、景太君と出かけることも出来なくなっちゃうね…」
その言葉を聞いて僕はドキリとする。
祭りに来てから、病気のことを忘れた様に楽しい時間を過ごした。
その夢の様な時間から、急に現実に引き戻された様な気がしたのだ。
空を見上げている舞葉に、僕は言葉をかける。
「…僕は毎日会いに行くよ」
「本当? 本当に毎日来てくれる?」
「絶対に行く。雨でも風でも、台風でも雪でも。…たとえ交通事故にあっても、僕は舞葉に会いに行くよ」
僕のその言葉を聞いて、舞葉が小さく笑った。
「あはは、事故にあったらさすがに無理だよ」
「無理じゃ無い。…舞葉と同じ病室に入れてもらう。そしたら毎日一緒にいられるよ」
「…それはいい考えかも」
舞葉が横に座る僕の顔を見上げる。
目が合った僕達は、小さく笑い声を上げた。
「はぁ…。いつも一緒にいられたから、少し会えない時間が増えるだけでも、寂しくなるな…」
「舞葉…」
笑いながらも、しおらしいことを言う舞葉に、僕はかける言葉を探す。
その時、不意に舞葉はベンチから立ち上がると、数歩だけ前へ進んだ。
突然の行動に舞葉を心配した僕は、彼女の背中に声をかける。
「どうしたんだよ舞葉…」
舞葉の後ろ姿を見ると、彼女は肩を震わせていた。
鼻をすする音がして、彼女が泣いていることが分かる。
「ごめん…。ごめんね突然…」
舞葉はそう言って、なんとか涙を抑えようとしていた。
しかし、頬を伝う雫はどんどん大きくなり、ついには声を漏らしながら、彼女は泣きじゃくる。
「おかしいな…、絶対に泣かないって決めてたはずなのに…。なんだか、急に悲しくなっちゃって…。今年が最後の夏祭りになるのかなって思ったらさ…」
「舞葉…」
ひどく苦しそうな声で、彼女は続ける。
「こうやって一緒にいられなくなって…。どんどん時間が過ぎていったら…。いつかは景太君の中から、私が消えちゃうんだろうなって…」
舞葉の言葉を聞いて、僕はベンチから勢いよく立ち上がる。
舞葉に駆け寄ると、後ろから彼女の体を力強く抱きしめた。
「何諦めてるんだよ! そんな、助からないみたいなこと言うなよ…」
僕の声も、思わず震えてしまう。
「前にも言ったじゃないか…。僕はずっと舞葉のそばにいる、決して離さないって…」
「わかってる…、わかってるのに…」
舞葉は僕の腕にしがみつく。
彼女の涙は止まらなかった。
「僕達は離れ離れになんてならない。たとえなにがあったとしても、僕の中から舞葉が消えるなんて絶対にありえないよ…」
言い聞かせる様に、僕は舞葉の後ろから語りかける。
「うん…。ごめんね…」
僕の腕の中で力無く答えた舞葉は、ひどく縮こまっているように感じた。
そんな彼女を見て、僕は意を決して舞葉に語りかける。
「ねえ舞葉、左手を出して」
「え…?」
「いいから、ほら」
困惑する舞葉の左手を、僕は後ろから捕まえる。
そして舞葉に見えない様に隠しながら、彼女の左手にある物をはめる。
僕が包み隠していた手を離すと、彼女の左薬指には銀色の指輪が輝いていた。
舞葉は自分の左手を見て息を詰まらせる。
「僕と結婚してくれないか。舞葉」
「そんな私…、私はもうすぐ…」
困惑した様子で、身をよじろうとする舞葉。
彼女が何かを言おうとするのを、僕は自分の言葉で遮った。
「僕は小さい時から舞葉が好きだった。僕がこんなに愛した人は君だけなんだ。君にはずっと、僕の隣にいて欲しいんだ」
「でも…」
舞葉が決して後ろ向きなことを言わないように、さらに僕は言葉を続ける。
「僕はまだ大学生だけど…卒業して、絶対に立派な医者になってみせる。そして一生懸命働いて、毎日舞葉の待つ家に帰る。必ず舞葉を幸せにするって約束する」
僕は力強い口調でそう言い切った。
舞葉がいない未来のことなんて考えてないということを、はっきりと口に出して伝える。
「景太君…」
強張っていた舞葉の体から力が抜ける。
僕は彼女の左手を取って、薬指の指輪が見える位置に持ってくる。
「この指輪が、きっと僕達を離れ離れにしないよう繋いでくれる。だから…返事を聞かせてくれないか…?」
僕の問いかけに、舞葉は少しの間黙っていた。
彼女は自分の薬指に輝く指輪を見つめている。
「もう…、言わなくても答えは分かってるくせに…」
一際大きな打ち上げ花火の音が、僕達を包み込む。
その光に照らされた舞葉の顔には、もう涙は流れていなかった。
「え…、ちゃんと言ってくれよ…」
困った顔をする僕の方へ、舞葉が振り返る。
「今この瞬間から…私はすっごく、幸せだよ…」
舞葉が背伸びをした。
僕達は互いの唇を重ね合わせる。
続け様に打ち上げられた花火の音が、僕達を祝福しているかの様に次々と聞こえてくる。
暗く落ち込んでいた空を、花火の光が明るく照らしていた。
僕の首に回された舞葉の腕。
その左手の薬指で、銀色の指輪も煌めいている。
花火が映り込んだその輝きは、まるで大輪の花を咲かせているかの様だった。
「来年もまた、花火を見に来ようね」
僕の腕の中で、舞葉が言う。
「うん。絶対一緒に来よう」
僕は答えて、もう一度彼女を強く抱きしめる。
打ち上げ花火の光が、僕達を暖かく包み込んでいる。
その光が止むまで、僕達はお互いの体を離そうとはしなかった。
僕達は二人並んで、屋台の並ぶ賑やかな境内を見て回っていた。
舞葉が癌である事を知ってから、半月も経っていない頃だった。
僕は状況的に舞葉の心と体を心配したが、彼女がどうしても祭りに行きたいと言うので、その気持ちを尊重した。
夏祭りに足を運んだ僕は、内心では舞葉のことが心配でたまらなかった。
舞葉が無理をしていて、心に抱えている不安を隠しているのではないかと思っていたからだ。
しかし、僕の思いはすぐに払拭された。
金魚すくいをして、射的をして、かき氷を食べる舞葉。
様々な屋台で、終始笑顔を見せてくれる彼女を見て、僕は胸を撫で下ろす。
まるで病気のことなど無かったかの様に振る舞う舞葉を、僕は心の底から楽しませてあげたいと思った。
だから僕は、たくさん話をして、一見くだらない冗談を言いながら、いつも以上に精一杯彼女をエスコートしたのだった。
空が暗くなり、打ち上げ花火が始まる時間。
毎年の様に山の中腹へ向かった僕達は、休憩所のベンチに肩を並べて座る。
「綺麗だねー!」
舞葉は始まった打ち上げ花火を見上げて、空に咲く大輪の花へと手を伸ばす。
「うん。今年も盛大だね」
空を仰ぎ見る舞葉を横目に、僕は答える。
彼女はその瞳いっぱいに、瞬く花火の光と、夜空の星を映していた。
瞳を輝かせる舞葉は、急に大きなため息をつく。
「あーあ、来週から入院か…。そしたらこうやって、景太君と出かけることも出来なくなっちゃうね…」
その言葉を聞いて僕はドキリとする。
祭りに来てから、病気のことを忘れた様に楽しい時間を過ごした。
その夢の様な時間から、急に現実に引き戻された様な気がしたのだ。
空を見上げている舞葉に、僕は言葉をかける。
「…僕は毎日会いに行くよ」
「本当? 本当に毎日来てくれる?」
「絶対に行く。雨でも風でも、台風でも雪でも。…たとえ交通事故にあっても、僕は舞葉に会いに行くよ」
僕のその言葉を聞いて、舞葉が小さく笑った。
「あはは、事故にあったらさすがに無理だよ」
「無理じゃ無い。…舞葉と同じ病室に入れてもらう。そしたら毎日一緒にいられるよ」
「…それはいい考えかも」
舞葉が横に座る僕の顔を見上げる。
目が合った僕達は、小さく笑い声を上げた。
「はぁ…。いつも一緒にいられたから、少し会えない時間が増えるだけでも、寂しくなるな…」
「舞葉…」
笑いながらも、しおらしいことを言う舞葉に、僕はかける言葉を探す。
その時、不意に舞葉はベンチから立ち上がると、数歩だけ前へ進んだ。
突然の行動に舞葉を心配した僕は、彼女の背中に声をかける。
「どうしたんだよ舞葉…」
舞葉の後ろ姿を見ると、彼女は肩を震わせていた。
鼻をすする音がして、彼女が泣いていることが分かる。
「ごめん…。ごめんね突然…」
舞葉はそう言って、なんとか涙を抑えようとしていた。
しかし、頬を伝う雫はどんどん大きくなり、ついには声を漏らしながら、彼女は泣きじゃくる。
「おかしいな…、絶対に泣かないって決めてたはずなのに…。なんだか、急に悲しくなっちゃって…。今年が最後の夏祭りになるのかなって思ったらさ…」
「舞葉…」
ひどく苦しそうな声で、彼女は続ける。
「こうやって一緒にいられなくなって…。どんどん時間が過ぎていったら…。いつかは景太君の中から、私が消えちゃうんだろうなって…」
舞葉の言葉を聞いて、僕はベンチから勢いよく立ち上がる。
舞葉に駆け寄ると、後ろから彼女の体を力強く抱きしめた。
「何諦めてるんだよ! そんな、助からないみたいなこと言うなよ…」
僕の声も、思わず震えてしまう。
「前にも言ったじゃないか…。僕はずっと舞葉のそばにいる、決して離さないって…」
「わかってる…、わかってるのに…」
舞葉は僕の腕にしがみつく。
彼女の涙は止まらなかった。
「僕達は離れ離れになんてならない。たとえなにがあったとしても、僕の中から舞葉が消えるなんて絶対にありえないよ…」
言い聞かせる様に、僕は舞葉の後ろから語りかける。
「うん…。ごめんね…」
僕の腕の中で力無く答えた舞葉は、ひどく縮こまっているように感じた。
そんな彼女を見て、僕は意を決して舞葉に語りかける。
「ねえ舞葉、左手を出して」
「え…?」
「いいから、ほら」
困惑する舞葉の左手を、僕は後ろから捕まえる。
そして舞葉に見えない様に隠しながら、彼女の左手にある物をはめる。
僕が包み隠していた手を離すと、彼女の左薬指には銀色の指輪が輝いていた。
舞葉は自分の左手を見て息を詰まらせる。
「僕と結婚してくれないか。舞葉」
「そんな私…、私はもうすぐ…」
困惑した様子で、身をよじろうとする舞葉。
彼女が何かを言おうとするのを、僕は自分の言葉で遮った。
「僕は小さい時から舞葉が好きだった。僕がこんなに愛した人は君だけなんだ。君にはずっと、僕の隣にいて欲しいんだ」
「でも…」
舞葉が決して後ろ向きなことを言わないように、さらに僕は言葉を続ける。
「僕はまだ大学生だけど…卒業して、絶対に立派な医者になってみせる。そして一生懸命働いて、毎日舞葉の待つ家に帰る。必ず舞葉を幸せにするって約束する」
僕は力強い口調でそう言い切った。
舞葉がいない未来のことなんて考えてないということを、はっきりと口に出して伝える。
「景太君…」
強張っていた舞葉の体から力が抜ける。
僕は彼女の左手を取って、薬指の指輪が見える位置に持ってくる。
「この指輪が、きっと僕達を離れ離れにしないよう繋いでくれる。だから…返事を聞かせてくれないか…?」
僕の問いかけに、舞葉は少しの間黙っていた。
彼女は自分の薬指に輝く指輪を見つめている。
「もう…、言わなくても答えは分かってるくせに…」
一際大きな打ち上げ花火の音が、僕達を包み込む。
その光に照らされた舞葉の顔には、もう涙は流れていなかった。
「え…、ちゃんと言ってくれよ…」
困った顔をする僕の方へ、舞葉が振り返る。
「今この瞬間から…私はすっごく、幸せだよ…」
舞葉が背伸びをした。
僕達は互いの唇を重ね合わせる。
続け様に打ち上げられた花火の音が、僕達を祝福しているかの様に次々と聞こえてくる。
暗く落ち込んでいた空を、花火の光が明るく照らしていた。
僕の首に回された舞葉の腕。
その左手の薬指で、銀色の指輪も煌めいている。
花火が映り込んだその輝きは、まるで大輪の花を咲かせているかの様だった。
「来年もまた、花火を見に来ようね」
僕の腕の中で、舞葉が言う。
「うん。絶対一緒に来よう」
僕は答えて、もう一度彼女を強く抱きしめる。
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