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薬指に咲く
3.
しおりを挟む「ねえ! はやくこっちへ来て座って!」
舞葉の声が聞こえて、僕は去年の思い出から意識を戻す。
彼女は先にベンチに座り、振り返って手招きをしていた。
「ごめんごめん」
僕はそそくさとその場所まで駆け寄ると、舞葉の隣に腰を下ろす。
打ち上げ花火が始まる瞬間だった。
空に咲く花を、舞葉は瞳を輝かせて見上げている。
その横顔を見て、僕は満足気に笑う。
「今年はいつもより綺麗に見えるなー。なんでだろう」
舞葉は不思議に思ったことを口からこぼす。
僕が答えなかったので、しばらくそうして二人で花火を眺め続けることになった。
「…ねえ覚えてる? 去年の打ち上げ花火を見た時のこと。この指輪をくれた時のこと
…」
自分の左手にはめられた指輪を、舞葉は嬉しそうに、満足げに眺めていた。
つい今し方思い返していた内容と、舞葉の問いかけが一致していて、僕は思わず吹き出してしまう。
「あはは、さっき丁度、その時のことを思い出していたんだ。もちろん覚えてるよ…」
僕は照れ臭そうに笑いながら、舞葉の方へと振り返った。
しかし、隣に舞葉の姿は無かった。
僕の言葉に対して、何の返事も帰ってこない。
「あれ? 舞葉?」
隣にいたはずの舞葉は姿を消していた。
打ち上げ花火の音だけが聞こえる。
その光が、誰もいないベンチを照らしていた。
「…ああ」
僕は視線を落として目の前の地面を見つめる。
固く握りしめた自分の手を開くと、そこには舞葉に贈ったはずの指輪があった。
銀色の指輪は、空に咲く花火の光をうつして輝いている。
「もちろん…覚えているよ。…君がもう、この世にいないってこと」
僕の頬を涙が伝い落ちる。
手の中にある指輪に、僕の流した涙がこぼれた。
そうだった。
舞葉と去年、ここへ来た。
それから三ヶ月後の十月。
彼女は病気のせいで、この世を去ったんだ。
僕も夜霧先生も、そして舞葉も、最後まで諦めることなく病と闘った。
それでも、やはり医学は万能じゃなかった。
舞葉の最後の瞬間が、僕の脳裏を一瞬だけよぎる。
僕が手を握り、舞葉の父が見守る中で、彼女は静かに息を引き取った。
「舞葉…。君に会いたいよ…」
僕は泣きながら、なんとか声を絞り出した。
その言葉に反応するかの様に、ベンチに座る景太の後ろには人影が現れる。
薄らと透けて見えるそれは、確かに舞葉だった。
「私も会いたい…」
舞葉は寂しそうな笑顔を浮かべてそう口にする。
その言葉は景太には届かない。
舞葉の存在を、景太が認識することも出来ない。
「舞葉、僕…四月から医者になるんだ。研修医でまだまだ駆け出しだけど…」
景太の独り言を聞いて、舞葉は目を閉じる。
そして、決して会話が噛み合わないことを理解したうえで、彼女は景太の背中に話しかける。
「…ねえ覚えてる? 私と約束したこと」
「約束…したもんな。…沢山勉強して、立派な医者になって…多くの人を助けられるようになるって」
舞葉は景太の言葉に、静かに涙を流す。
「景太君ならなれるよ…。必ずなれる…」
「僕、頑張るから…絶対に諦めたりしないから…」
「…うん、頑張れ! …頑張れ景太君!!」
そう言って、舞葉はベンチに座っている景太のことを、後ろから抱きしめた。
「ずっと…見ててくれよな…」
「もちろん。ずっとずっと、ずーっと、見ててあげるからね…」
舞葉に向けた自分の言葉に堪えきれなくなり、景太の口からは嗚咽が漏れる。
声を押し殺して泣く景太を、舞葉いつまでも抱きしめ続けていた。
打ち上げ花火の音が、彼の泣き声をかき消す。
その光に照らされた二人は、花火が終わるまで、ずっとそうして寄り添っていた。
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