愛の言葉に傾く天秤

秋月真鳥

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ユストゥス編

10.再び始まる二人の日々

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 ユストゥスと休憩室で一緒に過ごさなくなって、夕食も一緒に食べなくなってから、ライナルトは生きる気力をなくしていた。思い出すのはユストゥスのことばかりで、食事をする気にもならなければ、眠る気にもならない。
 女性が頻繁に出入りしていて、女性とお別れをしてからもユストゥスが来るから整えていた部屋もあっという間に荒れてしまった。片付ける気力も起きなくて、コーヒーや水だけ飲んで過ごす日々が続いた。空腹を感じていないのに、身体はしっかりと変調をきたしていて、眠ってもいないので眩暈が酷い。立っていることもできなくて、座って研究データを纏めるものの、研究もまともにできないような状態になってしまった。
 こんなことでは役立たずだとユストゥスに見捨てられてしまう。直接会わなくなった今、ライナルトとユストゥスを繋いでいるのは研究のデータだけだった。
 昼間だけは動けるように味のしない昼食を無理やり口に詰め込んで、研究データは仕上げてユストゥスに送るが、ユストゥスからの返事は事務的なもので、私的なものがなにもない。
 抱かれることに抵抗を示したライナルトも、もうユストゥスに棄てられるくらいなら抱かれる方でもいいと思い始めていたが、抱いてみたらユストゥスの方は違うと思ったのかもしれない。
 不安に駆られてますます眠れなくなったライナルトの元に、ユストゥスがやってきた。食べていないことや眠っていないことを伝えると、冷凍のパスタを温めて無理やりに食べさせてくれる。
 シャワーも浴びさせてくれてベッドに寝かされたが、ライナルトはユストゥスが帰ってしまうのが怖くて眠るどころではなかった。
 ユストゥスに縋って、愛して欲しいと願いたい。しかし、これまでそういうことをしてきた女性を、ライナルトはどう思っただろう。面倒だと切り捨てて来た記憶しかない。棄てられないようにするにはどうすればいいのか。
 必死に引き留めて、傍にいるのを確認して眠ったが、目が覚めたときには寝室にユストゥスはおらず、ライナルトは焦って寝室から出た。
 ユストゥスはシンクのカップやグラスを洗っていた。

「帰ったのかと思った……」
「寝てたんじゃないの?」
「目が覚めた」

 ここでユストゥスを逃がしてしまってはライナルトは一生後悔する。どんな手を使ってもユストゥスを繋ぎ止めたかった。

「傍にいてくれ……」
「傍にいるよ」
「ずっと俺の傍にいてくれ」
「ライナルト……」

 ベッドに押し込められて、ベッド脇に座るユストゥスにライナルトは必死に縋り付く。

「俺には何もない。誰もいない。俺にはユストゥスだけなんだ。ユストゥスのいいようにしていい。だから、棄てないでくれ」

 棄てられたら生きていくことはできない。
 それほどにライナルトの中でユストゥスは大きな存在になっていた。
 懇願するライナルトに、ユストゥスは穏やかに言った。

「ライナルト、落ち着いて聞いて」
「俺を棄てるのか? やっぱり、ユストゥスにとっても、俺は遊びだったのか?」
「違うよ、落ち着いて」
「ユストゥス、俺を抱いてもいい。だから、俺を棄てるな」

 棄てられたくない一心のライナルトに、ユストゥスは告げる。

「僕もライナルトを愛してるんだと思う」
「俺を、愛してる?」
「そうだよ。そうじゃなかったら、抱くなんてできなかった」

 愛してる。
 そうじゃなかったら、抱くなんてできなかった。
 その言葉にライナルトは涙を流していた。
 その夜、何もせずにユストゥスはライナルトを抱き締めて眠ってくれた。
 もう一度、やり直すようにユストゥスとライナルトの日々が始まる。

「今夜は、兄さんのところに行く? それとも、ライナルトが何か作ってくれる?」
「俺が作るよ。その後には……」

 甘い雰囲気を漂わせると、ユストゥスが水色の目を細めてくすくすと笑う。貼り付いたような笑顔ではなくて、本心の笑顔にライナルトは期待に胸を高鳴らせる。
 夕食の後で、シャワーを浴びてライナルトはユストゥスを寝室に招いた。ユストゥスと離れていた期間でライナルトはかなりやつれていたので、ユストゥスはその期間はライナルトのことを抱かなかった。
 最初の行為は事故のようなものなので、実質的なユストゥスとライナルトの初めての夜になる。抱かれることを了承していても、ライナルトはいざベッドに押し倒されると、違和感を覚えてしまう。

「変な感じだ。ユストゥスが俺を抱くなんて」
「すぐに快感で何も分からなくなるよ」

 形のいい唇の両端を吊り上げてユストゥスが笑う。口付けをして、ライナルトはユストゥスの身体を足の間に招いた。ローションを纏わせた指で、ユストゥスがライナルトの後孔を探る。弱みは既に知られているので、そこを指で押し上げられると、ライナルトは快感に腰を跳ねさせる。

「あぁっ! ひんっ!」
「ここ、気持ちいいでしょう?」
「ひぁぁぁ!? ぐりぐり、しないでぇ!?」

 過ぎた快楽に中心からとろとろと白濁が零れるのに構わず、ユストゥスはライナルトの弱みを責めながら指を増やしていく。もっと強引に来てもいいのに、じれったいくらいに優しく中を解されて、やっとユストゥスを受け入れる頃にはライナルトは快感で泣いて顔をぐしゃぐしゃにしていた。

「ライナルト、可愛いね」
「あっ! あぁっ! ひっ! ひんっ!」

 腰を動かされてライナルトは細切れに喘ぐことしかできなくなる。たっぷりと愛されて、ライナルトはユストゥスに抱き締められて意識を飛ばした。
 シャワーを浴びて清潔なシーツの上に倒れ込んだライナルトにユストゥスが囁いてくる。

「結婚式はどうする?」
「結婚してくれるのか?」
「しないつもりだったの?」

 当然のように結婚するつもりで、結婚式も上げるつもりだったユストゥスに、ライナルトは喜びしか感じない。これまで付き合った女性がそんなことを言ってきたら、何を勘違いしているのかと即関係を切っていたのに、ユストゥスとの間では全く違うのだと実感する。

「兄さんとギルベルトは、小さな教会で結婚式を挙げたんだ。参列者は僕だけだった」
「俺もそういうのがいいな。エリーアスとギルベルトだけ来てくれたらいい」
「僕もそう思ってた。婚姻届けはいつ出しに行く?」

 話が順調に進み過ぎていて怖いが、ライナルトはこの幸せを享受することに決めた。ユストゥスならば大丈夫だとエリーアスとギルベルトの二人を見て分かっている。

「俺も、エリーアスとギルベルトみたいになれるかな?」
「ならなくていいよ」
「なりたいんだけどな」
「僕とライナルトは、兄さんとギルベルトとは違う人間なんだから、違うように幸せになればいいんだよ」

 違っていても幸せになれると言ってくれるユストゥスについていきさえすれば、幸せにしてくれそうな気がするライナルト。自信満々にユストゥスが言うのが心強くてならない。

「ユストゥスを愛してよかった」
「僕もライナルトを好きになってよかったと思ってるよ。ちょっと、手のかかる奴だけどね」
「それは、すまない……」

 何度も助けられているのは確かだし、ユストゥスの方が年下なのにライナルトを包み込んでくれているのは間違いなかった。この包容力に惚れたのかもしれない。

「一生傍にいてくれ」
「それは僕の台詞でもあるよ。ライナルトは僕の傍に一生いなければいけないんだからね」
「望むところだ」

 答えるとユストゥスが唇の両端を吊り上げて笑う。水色の目が細められて、普段よりも幼く思える顔つきになるのが可愛くて堪らない。
 自分が女にしようとしたユストゥスにライナルトは抱かれている。これからも抱かれ続ける。それを受け入れたからこそこの関係があるのだが、ユストゥスに抱かれることに最早抵抗のなくなっている自分がいることに、ライナルトは驚いていた。
 口付けを交わして、ユストゥスに抱き付いてライナルトは目を閉じる。
 ユストゥスのいない夜にライナルトは眠れない。
 ユストゥスのいない人生をライナルトは生きることができない。
 自分でも気づいていなかった自分の寂しさを教えてくれた最愛のひとに抱き締められて、ライナルトは深い眠りに落ちていた。
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